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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第二部
56/115

第五章 王子の試練(4)

 クリスは出口を見上げた。味方ではない、というクリスの言葉はガルの警戒心を煽る。だがクリス自身は危険を感じていないかのように平然としている。

「どうせ今から気配を殺しても無駄だろう。さっさとのぼるぞ」

 待ち受けている人物に心当たりがあるらしいクリスは、すたすたと階段を上る。

「俺たちを待ってんのも、また時間稼ぎ?」

「そうだろうな」

 アイザが姿を消して既に三十分以上経っている。だが女子のおしゃべりに三十分という時間はあまりにも少ない。お茶の一杯の飲み終わらないだろう。クリスとガルは待ち構えているであろう相手をどうにかしなけば、まだアイザのもとへは辿り着けない。

「なぁ、さっきの薬、もう一本あるんだろ」

 ガルにとっては足止めなんてされている場合ではない。そのためにはどんな手段だろうとかまわない。一刻も早くアイザのもとへ行かなければという使命感だけがガルを焦らせていた。

「できればここでは使いたくないな。妨害がここで最後とは限らないし、それに――」

 光が差し込む出口には扉はない。緑の匂いを運ぶ爽やかな風が頬や髪を撫でていった。

 地下水道からの出た先は、古びた庭園のようだった。蔦が這い、煉瓦の組まれたその出口は生い茂る草木によって隠されている。手入れされていないのだろうか、木香薔薇が好き放題に伸びていて、重そうな枝を垂らしている。

「……こいつにそういう小細工は通用しない」

 クリスが目線を向けた先、出口から十歩ほど離れた場所でその騎士は立っていた。

 焦げ茶の髪に、薄茶の瞳。一見した印象は平凡だが、凛々しい白い騎士服がよく似合う好青年だ。こちらに気づくと柔和な表情を浮かべる。

「お久しぶりです、クリス様」

「ああ、久しぶりだな。カーティス。おまえまで駆り出されたのか」

「その愛らしい姿で素のまま話されると困惑しますね」

 隠す必要のない相手だからクリスは美少女を演じる様子はない。だがここまで走り地下水道を抜けていたとはいえ、見た目は愛らしい少女のままだ。

「お上品に振る舞ったほうがよいのならそうするけれど? あなたにはその方が酷だと思った私の優しさを察して欲しいわね」

 にっこりと刺々しくクリスが告げると、カーティスは苦笑した。

「……さすがというべきか、なんというか……いつも通り話してくだいクリス様」

 ふん、とクリスは鼻で笑って表情を変える。

「それで、客人は丁重にもてなしてるんだろうな」

 客人、という含みをもたせた言葉にもカーティスは顔色ひとつ変えなかった。少しくらい動揺してみせれば可愛げがあるんだが、とクリスは目の前の堅物男を評価する。

「もちろん、今頃は姫とのんびりお茶されていると思いますよ」

 やっぱりそうか、とクリスはひとまず胸を撫で下ろす。十中八九そうだと思っていたが、確証はなかった。アイザが無事ならひとまず安心だ。だが安堵したのはクリスだけだった。


「……あのさ?」


 チリ、と産毛が逆立つような、そんな低い声だった。いつもの彼からは想像も出来ないような、地を這うような怒気を孕んだその声にクリスは自分の耳を疑った。

「……ガル?」

 クリスが振り返ると、今まで黙っていたガルがぽつりと口を開いた。

「別に俺だってさ、アイザに危険がなくて、そっちがただアイザに用があっただけだっていうなら、まぁ……いいんだけどさ?」

 金の目が静かな怒りを帯びて光る。背筋を凍らせるようなそれに、クリスは言葉を失った。

「俺の目の届かないとこに勝手にアイザを連れて行くの、やめてくんない?」

 どうして、とクリスの唇が音もなく動く。

 ガルの目に宿るのはそこらへんに転がっているありきたりな友情や親愛では片付けられないほどの、別の何かだ。

「……君は?」

 カーティスはガルの様子に怯むことなく微笑みながら問う。どうせ知っているだろうにわざわざ名を問うのは、ガルの頭を冷やすつもりなのだろうか、とクリスはカーティスを見た。

「それ、時間稼ぎのつもりでやってんの?」

 だがガルは思った以上に冷静だった。ただのおしゃべりに付き合う気はないと全身で告げている。その頑固な反応にカーティスは苦笑いする。

「……おまえのそれは、少し異常だな」

 もともと、ガルのアイザへのべったり具合は普通ではない気はしていたが、クリスのなかで今はっきりとした。友情などではないし、ましてそれは恋なんて甘やかなもので表せるものではない。

「は?」

「……なんでもない」

「つーか知り合いならおまえがどうにかしろよ」

 矛先が自分に向いて、クリスは肩をすくめた。

「どうにかって? 言っておくがカーティスは近衛騎士団の中でも実力は一、二を争う男だぞ。俺にどうしろと?」

 しかもカーティスはクリスが幼少の頃からの顔見知りである。こちらのやろうとしていることは予想がついているだろう。

「……驚いた。彼女以外にもクリス様にご友人ができていたとは」

 遠慮のないクリスとガルのやりとりにカーティスが目を丸くしている。

「違う」

「友だちじゃねぇよ!」

 カーティスに切り返すタイミングもぴったりで、二人は思わず顔を見合わせている。その様子にくすくすと笑った。

「……ミシェル様がお喜びになりますね」

「姉上に喜ばれてもな」

 はぁ、と疲れたようにため息を吐き出して、クリスはカーティスを見る。緑の目は鋭く、うつくしい少女のような愛らしさは露ほどもない。命じることに慣れた、強者の目だ。

「カーティス・グレイ。俺もここでのんびりおしゃべりするつもりはない。俺たちを通すのか通さないのかはっきりしてもらおうか?」

「クリス様、ここはただ命じればよいんですよ。俺たちを案内しろ、と」

 やんわりと微笑むカーティスに、クリスは目を細めた。クリスは王の子ではあるが、王族として認められたわけではない。この試練の期間、王族に非ずと判断されれば成人と同時に臣下に下ることになる。

 カーティスは騎士だ。ノルダインの王族に仕える者だ。クリスにはまだ、彼に命じる資格はない。

「……ただの小娘に命じられるのが趣味か? そういうのはあまり口に出さないほうがいいと思うが」

 分かっていながらクリスはからかうように微苦笑した。人を変態みたいに言わないでください、とカーティスは苦い表情を浮かべる。

「心配などなさらなくても、あなたは王族の一員になりますよ」

「当たり前だ、俺を誰だと思ってる」

 ひとつに結っていたクリスの髪がほろりと解けてきて、鬱陶しそうにクリスはそれを耳にかけた。誰だと思っている、この俺を。カーティスを見るその緑の目はそう告げているようだった。

 胸を張り、クリスははっきりと命じる。


「カーティス、俺たちを案内しろ。アイザ・ルイスのもとへ」



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