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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第二部
53/115

第五章 王子の試練(1)

 殺気はない。けれど彼らは執拗に追いかけてくる。

(――そろそろ、森を抜ける)

 追っ手の目をくらますには森の中を逃げ回るほうが好都合だったので、アイザたちはわざと遠回りをしていた。立場を隠しているクリスは、こんな昼間から妙な人間に追いかけられている姿を見られるわけにはいかない。森のあちこちには課外授業のために生徒たちがいるのだ。

 結果的には追っ手を振り払う行為に繋がっているはずだが――残念なことに、追っ手の数は減っていないように思える。

 ガルのそばにいるシルフィは鬼ごっこを楽しんでいるらしい。こちらの必死な様子などにも気づかず終始ご機嫌だ。

 ルーの背に乗っているアイザに疲れはない。ガルはまだまだ平気そうだけど、ただでさえ動きにくい格好をしているクリスには疲労が滲んでいる。

 アイザは振り返り追っ手の様子を伺いながら、タイミングをはかった。既に森の出口は見え始めている。緑の合間から注ぐ光に、アイザは不敵に笑った。

「《導く陽光、その光で森を照らして、真白の世界への扉を開けて》」

 アイザが唱えると、光水晶が待ちわびていたかのように輝いた。クリスとガルが森の外へ飛び出し、最後にアイザが続いたその瞬間、森の出口から差し込むやわらかな光が閃光のように激しく光った。

「……!」

 背後で動揺する気配に、アイザは手ごたえを感じた。

「狙ってたのか」

「もちろん。ほら、急ぐぞ」

 クリスの問いかけにアイザは頷きながら先を急かした。ここで一瞬でも足止めして距離を稼ぐのだ。

「……というか、いつもこんなにたいへんなのか? その試練っていうのは」

「俺に仕掛けてくるのは大方上の兄弟たちだ。三番目だからな、後継として期待されていない分、親はほとんど手を出してこない」

 幾分か濁された説明を、アイザは脳内で補填する。クリスが第三王子であるがゆえ、国王からはこの試練とやらは仕掛けられていないらしい。

「上の……」

 第三王子、というのだから上に王子が二人いることは分かる。そのどちらかの仕業ということだろうか、とアイザは首を傾げる。

「ああ、それに、今回のこれは間違いなく姉の仕業だ、な!」

 足元の石に躓きかけたクリスがどうにか踏み止まって、再び走り出す。

「お姉さんの?」

「このめちゃくちゃな仕掛け方といい、ニーリーが絡んでいた様子といい、間違いない」

 苦々しい顔でクリスが答える。

(兄弟仲、あまり良くないのかな……?)

 聞いてよいものかとアイザが悩みながら口を噤み、前方へ目を向ければ寮が見えてきた。追っ手は黒づくめの集団なんて一目で怪しいとわかる姿だ、教師たちの目にでもついたら大事になる。まだ授業中で人気がないのが不幸中の幸いとでも言うべきだろうか。

「もうすぐだ」

 もはや自分の足で走っているわけではないので、アイザに疲れはない。クリスを励ますようにそう言った瞬間、チリリ、と肌を焼くような感覚があった。――それは、慣れてきた魔法の気配だった。

「これ、は」

 ふわりと浮くような感覚には、覚えがある。

「アイザ!?」

 異変に気づいたガルが、アイザへと手を伸ばす。思ったよりも冷静な頭で、アイザは手を伸ばしながら地面を見た。大きな円を描く幾何学模様。

「ママ!」

 シルフィが叫んでいるのに、その声は水の中で聞こえるようにどこか遠い。

(魔法陣……?)

 アイザの身を包むこの感覚が、以前に体験したものと同じなら、これは違う場所へと転移させるための魔法だ。だとすれば事前にクリスが寮へ逃げるとわかっていて設置したものだろう。

 でもならばなぜ――

(わたしで、発動した?)

 追っ手の狙いはクリスではないのか。これはクリスに与えられた試練のはずだ。ならば、魔法陣が捉える対象もクリスのはずである。

 だが魔法はアイザを包み込んでいく。時と場所に関与する魔法を弾くほどの技術はアイザにない。

「クリス、ガル……!」

 手を伸ばした。

 けれどそれは空を掴み、アイザはルーとともに光に包まれて消え失せた。

「まま……?」

 心細げなシルフィの声が、最後にアイザの耳に届いた。




「な、んで……!」

 アイザがいたはずの場所には、何もない。アイザを乗せていたルーもいなくなっていた。つい先ほどまでいたのに、妙な気配のあとには光に包まれて、アイザはその光に飲み込まれるように姿を消した。そのことに、焦りのような、苛立ちのような感情がふつふつと溢れてくる。

「なんでアイザが連れて行かれるんだよ!」

 ガルはクリスの胸倉を掴み、噛みつくように吠える。

 前にもこんなことがあった。しっかりと繋いだ手がほどかれて、気づけばアイザは消えていた、あのとき。

 ――アイザが、女王のもとへ連れ去られたとき。

「落ち着けこの馬鹿!」

 クリスはガルの迫力に負けることなく同じように胸倉を掴み声を上げた。

「アイザは一人じゃない、ルーも一緒だろうが! あの精霊が側にいてあいつが危険な目にあうわけないだろう!」

 契約した精霊は主人を護ることを第一に動く。ましてあの過保護なルーと一緒にいて、アイザが怪我をするようなことになるはずがない。

 ガルも、頭ではクリスの言うことが理解できる。追いかけてきた連中からは嫌な気配はなかった。今回は、アイザ一人が消えたわけではない。危険という危険はないだろう。頭では、分かる。分かるのだ。

 けれど、アイザがいない。連れ去られた。

 ただそれだけで、こんなにも心はざわめく。

「巻き込んでおいてごちゃごちゃ言うな!」

「俺が悪いってことくらい嫌なほどわかってんだよこの単細胞が!」

 クリスがその外見からは想像もできない力で、ガルを吹き飛ばすかのように胸倉から手を放した。素で声を張り上げていることなど気にもならないくらいに、クリスも自分を叱りつけたくて仕方なかった。

「今ここで俺をぶん殴って気絶でもさせるか!? そしたらおまえはどう足掻いたってアイザを迎えには行けねぇぞ馬鹿!」

 目を覚ませ、頭を冷やせと罵声を浴びせられているようだった。ガルは唇を噛み締めてクリスを睨む。

 クリスは姉の仕業だ、と言っていた。つまりはアイザが連れて行かれたのも、その人のもとなのだろう。クリスの姉――つまりはこのノルダインの王女ということになる。

「……おまえ、ほんっと大嫌いだ」

「奇遇だな俺もおまえみたいな馬鹿は大嫌いだ」

 だけど、とガルはクリスに背を向ける。クリスもわかっていたかのようにその背に背中を合わせる。

「ケンカだめ」

 むすっとしたシルフィが、ガルの頬をつねった。喧嘩じゃない、とは言えないのでガルも苦笑して誤魔化す。

 アイザは連れ去られた。追っ手はもちろん、消えていない。

 ――周囲には追いついてきた黒づくめの服の男たちが数人いる。

「こいつらぶっ飛ばして、おまえを引きずってでもアイザのとこへ案内してもらうからな」

 ガルの低い声に、クリスは零れ落ちてきた髪を掻き上げハッと笑う。

「エスコートもできない馬鹿犬に、王子様は務まると思えないな」



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