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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第二部
46/115

第三章 ルームメイトの秘密(4)

 アイザのルームメイトのクリスティーナ・バーシェンは男である。本当の名前はクリス・シュロス。このノルダイン王国の王子であり、王家のしきたりで成人まで女として学園で過ごし、正体を知られることなく無事に卒業しなければならない。


 それは、ガルの理解力を推し量った、簡潔な説明だった。昨夜もこのくらい簡単に説明してくれてもよかったのに、と思いながらもここで口を挟むのは利口ではないな、とアイザは黙って自習室の椅子に座っていた。

「……うん。とりあえず事情はわかった」

 隣に座るガルは神妙な顔つきで頷いたあとに、でも! と声をあげる。自習室に他に生徒はいないとはいえその声は大きい。ちらりとアイザがルーを見ると、分かったような顔で尻尾を振った。アイザの目に一瞬だけ翠のひかりが映る。優秀な精霊さまは昨夜のように音漏れの心配を消し去ってくれたらしい。

「なんでおまえがアイザのルームメイトなのかは納得できない! アイザは女の子だぞ!? 男と同室なんてダメだろ!」

 そう言いながらぐいっと肩を抱き寄せられて、アイザはガルの声量に思わず顔を顰めた。

(声が部屋の外に聞こえないようにするんじゃなくて、ガルの声を小さくしてくれないかな……)

そうすれば声が外に漏れる心配そのものがなくなると思うのだが。

「それは俺に言われても困る。空き部屋がなかったんだろう」

「それなら俺の部屋に」

 名案と言わんばかりにアイザに目を向けたガルに、アイザは極めて冷静に切り返した。

「わたしに、どうやって、男子寮に入れと」

一言一言強調して言い返すと、ガルも「う」と口籠る。

 アイザにはクリスのように手段があるわけではないし、学園からの許可があるわけでもない。毎日男子寮に侵入して問題児になるのはごめんだ。紹介状を書いてくれたタシアンの名にも傷がつくし、そんなことでは胸を張ってルテティアに戻れない。

「で、でもさぁ! 男と二人きりっていうのはちょっと!」

「それに関してはもう昨日の晩に話し合ったし、二人きりじゃなくてルーがいるし」

 そう、もちろんクリスと同じ部屋で過ごすことについては問題になった。ならないはずがない。ガルが問題視することに、アイザやクリスが気づかないわけがないのだ。


 昨晩あのあとすぐに、それじゃあ、とニーリーが解散を切り出した。

『あたしは部屋に戻ろうかな。クリスは結局どうすんの?』

 もともと、医務室かどこかで寝ようと考えていたからニーリーが念のため護衛にやってきたのだ。予定通りならばそこまでクリスを送り届けなければならない。

『バレた以上、逃げ回る必要はないだろ』

つまり、部屋で眠るつもりらしい。クリスの回答にニーリーは驚きながら詰め寄った。

『いやいや、あんたが年頃の男女がどうのって言ってたんじゃないの』

 ニーリーがアイザとクリスを交互に見る。傍目にはどう見ても女同士にしか見えないが、事実はもちろん年頃の男女で間違いない。

『……おまえが嫌なら何か方法を考えるが』

 ちらり、とクリスに目線を向けられてアイザも口籠る。方法、といってもクリスも学園では一生徒に過ぎない。アイザが嫌だと言えば、結局彼が医務室や自習室で眠ることになるのだろう。それをどちらかが卒業するまで続けるのはあまりにも面倒な話だ。

『いや、別に二人きりってわけでもないし……』

 アイザの足元には、ルーがぴったりとくっついている。アイザの視線に気づくとルーは、寝そべったまま尻尾をぱたぱたと振って自分の存在を主張していた。

『なるほど、番犬がいた』

 ぽん、と手を叩きながらニーリーが納得した。ルーは不満げに低く唸った。

『犬ではなく狼だ』

『……気づいてはいたが、なんで精霊がここにいる?』

 すっかりタイミングを失って確認できずにいたのだろう。クリスがルーを指差しながら問いかけてきた。

『ルーはもともと知り合いなんだ。さっき森で偶然再会して、わたしと契約した』

 アイザが犬のようにおすわりしているルーの首筋を撫でながら答えると、クリスはなんとも言えない顔で笑った。

『ただでさえ目立ってるのに、学園に来て早々精霊と契約か……』

『大物だねぇ』

 あはは、と明るく笑い飛ばすニーリーのほうがよほど大物だと思うのだがアイザは口にせずルーを見た。視線に気づいたルーがアイザを見上げる。

『契約しておいてよかっただろう? アイザ』

 ふふん、とふさふさの胸毛を誇るように胸を張ってルーが笑った。契約するかどうか渋ったのを根に持っているらしい。

『……まぁ、そうだな』

 犬扱いに抗議したわりには、番犬役を喜んで引き受けているように見える。男と同室など、と一番口うるさそうなルーも、アイザの意思を尊重するらしい。

 最終的には当事者のアイザが「別にかまわない」という結論を下したことで、アイザとクリスの同室問題は解決したのだ。



 そう、アイザのなかでは解決した問題だった。

(ルーが反対しないなら問題ないと思ったけど、ルーより口うるさいのがいたなぁ……)

 はぁ、とため息を零しながらアイザはガルを見た。

「そもそも、わたしがガルの部屋に行ったとしても、男と二人きりなのは変わらなくないか……?」

 他人の目からもはっきり男女と認識される分、その方がめんどうだ。どう考えても騒ぎになるしあらぬ噂も流れるだろう。

「俺はいいんだよ!」

「なんだよその理屈は……」

 理由になってない、とアイザはまたため息を吐き出した。ガルとは王都やノルダインへ向かう道中で数え切れないくらい一緒に夜を過ごしたが、同じ部屋に二人きりで眠るなんてことはなかった。レーリなんかはきっちりしていたのでアイザだけ別の部屋か、それができないなら三人同室だった。

(王城でのあの夜だって、わたしは寝てないし、そのあとすぐに殿下のところへ行ったし……)

 ガルがよくてクリスは駄目だという理由が、アイザには思い当たらない。もちろんクリスは昨夜出会ったばかりだし心から信頼できるとは言えないが、話している限り彼は紳士だ。クリスの見た目で紳士という表現もどうかとは思うが。

「安心しろ、俺は薄っぺらい胸に興味はない」

(……紳士、ではないかもしれない……)

 早くもクリスの評価を取り下げたくなりながらアイザは自分の胸元を見下ろした。しかしガルが噛み付くように言い返す。

「アイザは薄っぺらくない!」

「ガル!」

(そこはおまえが否定しなくてもいい……!)

 それに、事実そんなに大声で主張できるほど大きいわけでもない。そんなことはアイザが一番よくわかっている。

「とにかく! わたしが気にしないんだから、おまえがとやかく言う必要はないだろ。おまえはわたしにかまいすぎだ!」

 そうだ、そもそも昨日の口喧嘩の原因も同じだった。ガルはアイザについてあれこれと口出してきてばかりだ。そのわりに自分のことは案外適当にやっている。

「俺がかまいたくてかまってるんだからいいだろ」

 これでは一向に平行線のままだ。アイザが前髪をかき上げながら、呆れたように口を開く。

「……あのな。優先順位ってもんがあるだろ。あんまりわたしばかり優先してると、大事なことを見落とすぞ」

 勉強とか、友だちとか。

 何もかも最優先にアイザを選ぼうとするガルは、見ていてときどき危うい。しかしガルは「そんなこと」と言いたげな顔をしていた。

「それなら問題ない。俺、アイザ以上に大事な人なんていないし」

 清々しいまでにきっぱりと言い切ったガルに、アイザだけでなくクリスたちも言葉を失った。しん、と朝の自習室に静寂が落ちる。

(……は?)

 すぐにガルの言葉が理解できなかった。

 静けさに耐えかねたのか、ぐぅ、とガルの腹の虫が鳴くまで誰も一言もしゃべらなかった。クリスは微妙な顔をしていたし、ニーリーはにやにやしているし、ナシオンは唖然としている。ルーだけが表情を伺えないので何を考えているのかわからない。

「……まぁ、よくないけど、いいや。とりあえず早く飯に行こ。腹減った」

 納得いかない顔のまま、ガルはアイザの手を取って自習室の扉を開ける。早くしなければ食堂が混み始める時間になっていた。手を引かれたまま、アイザは何度もガルのセリフを反芻して、ようやく飲み込む。

(…………はぁ!?)




「……あれはまた、すごいな……」

 自覚なさそうなところが、と付け加えるとニーリーもナシオンも同意するように頷いた。あれはきっと、手綱を握るアイザは苦労するだろう。

「アイザちゃん愛されてるねー……。ところでクリスぅ? 貧乳滅びろって発言は聞き逃せないなぁ? あとで覚えてろよこのやろう」

 拳を握りしめて主であるクリスを睨み付けてくるニーリーに、クリスは一歩後ろに下がった。

「おい、そこまで言ってないだろ」

「ダメだろクリス、姉さんの前で貧乳発言は。本人結構気にしてるんだから」

 ナシオンがニーリーのむなしい胸元をちらりと見て言うと、ニーリーはにっこりと笑って指をポキポキと鳴らした。

「よーしわかった。ナシオンもあとでボコる」

 しまった口が滑った、とナシオンは顔色を悪くしたが時すでに遅し。この場合、本当に殴られるのはナシオンだけになるのだろう。クリスはこういう時逃げるのがうまいのだ。

「……ところでさっきのさ、見たのかな? 触ったのかな?」

 早くも食堂の人混みのなかに消えたふたりを思い出しながら、ニーリーが興味深げに呟いた。

「……俺が知るか」

 小さく呟くと、クリスは慣れたように『クリスティーナ・バーシェン』に戻る。

 学園の一日がようやく始まろうとしていた。



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