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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第二部
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第三章 ルームメイトの秘密(1)



 ナシオンが面倒くさそうにセリカを探しに行くのを見送って、ニーリーはさーてと、と振り返った。

「あたしたちは戻ろうか? クリス」

 振り返った先には金髪の少女がひとり。ほとんどしゃべらずにニーリーとナシオンを見ているだけだったが、すっかり藍色に染まった空を見上げて頷いた。

「……そうだな」

「あらやだクリスティーナお嬢様? 言葉遣いが悪うございますわよ?」

 にやにやと笑いながら指摘してくるニーリーに、クリスはぎろりと睨みつける。一瞬ののち、すぐににっこりと愛らしい少女の顔で笑った。

「あらやだごめんなさい、ニーリー。もう遅いもの、急いで寮に帰りましょ?」

 淡い金の髪はふわふわと夜風に揺れる。背は少女としては高いのだろうが、ほっそりとしたその身体は病弱なご令嬢の印象を裏切らない。

「……いつも思うけどクリスのそれすごいよねぇ」

「なんのことかしら?」

「……ゴメンナサイ気持ち悪いからやめて」

 にっこりと微笑んでいるくせに、その笑顔を見ると寒気がする。ニーリーが白旗を上げるとクリスはふん、と鼻で笑った。

「自分から茶化しておいて降参するのも早いなおまえは」

 先ほどまでの愛らしい少女の影がすっと消え失せる。顔を出した月に照らされたクリスの横顔はすっきりと凛々しいものだった。

「いやいや、これはですね? クリスの護衛として、ちゃあんとクリスが女の子になりきれているかなー? ってテストしているわけですよ」

 すっかり人気もなくなった帰り道は、誰かに聞かれる心配もない。

「少なくともおまえよりは女らしい」

「くっそー! 言ったなあ!? まぁそうなんだけどさ!!」

 ニーリーが唯一女として勝てるはずの胸元もかなり寂しい。見た目はどう考えてもクリスが圧倒的に美少女なのだ。

「で、クリスは今夜どうすんの? 言っておくけどうちのルームメイト帰ってくるし泊めてあげれないからね」

 ここ三日ほどニーリーのルームメイトは親がぎっくり腰になったとのことで里帰りしていた。その間クリスはニーリーの部屋に居候していたわけだが、今夜はそうもいかない。

「おまえはいびきがうるさいからちょうどいい。まぁ、前にやってたとおり医務室でも借りるか」

「いつまでそうしてんのさ? あんたなら隠し通せるんじゃないのー?」

 ニーリーが言うとおりクリスには隙がない。たとえ同室でもうまく誤魔化せると思うのだが、クリスは渋い顔をした。

「万一があるだろうが。それに一応、年頃の男女だしな」

「ちょいこら。あたしは年頃の女の子じゃないのかなー?」

 つい昨夜も同じ部屋で寝ていた身としては聞き捨てならない。

「おまえと俺ではどう転がっても間違いはありえない」

 幼い頃から共に育った間柄である。ニーリーにとっても弟のナシオンと同じく、クリスは手のかかる弟分だ。クリスにとっても似たようなものだろう。

「まぁねー。ないねー。ないない、ありえない。あたし筋肉フェチだし」

 自分で文句を言っておきながらあっさり否定するニーリーをじろりと睨みつつ、クリスもこっちだって貧乳はごめんだ、と心の内で零した。口に出したらあとが怖いので言わないが。

 寮の玄関を入ると、食堂のほうはがやがやと賑わっていた。ちょうど一番混む時間だ。あたたかい色合いのランプがクリスとニーリーを出迎える。

「あの様子じゃ戻ってくるまで時間かかるだろうし、シャワーだけすませてくるか」

 ニーリーの部屋が使えないとなると落ち着いてシャワーを浴びる場所がない。空腹よりも優先すべきはシャワーだろう。

 なにしろクリスは、美少女のクリスティーナ・バーシェンなのだから。

「んじゃあとで迎えに行くわ」

「過保護だな」

「過保護にもなりますー。あたしもナシオンも一応あんたの護衛なんだからね」

「はいはい」

 年長者ということもあり、ニーリーはいつも小言が多い。いつも聞き流す癖がついている。


 アイザ・ルイスがマギヴィルにやって来てから、部屋に戻ると自分以外の人間の気配がするようになった。当然といえば当然で、クリスのように誰かの部屋に居候することもできなければ医務室を寝室代わりにする考えもなさそうな生真面目な彼女がここで過ごしているのだ。

 長い金髪はもちろん地毛だ。おかげで洗うのが面倒くさい。

「……サーベス先生が探しに行って、説教までセットだったとしても二時間ちょっとってところか」

 どれだけ早く探し出せたとしても最低でもそれだけかかるだろう。なら余裕を持って一時間ほどでシャワーと準備を済ませてしまえば鉢合わせることはないはずだ。

 シャワーの前に、と買っておいたパンを齧る。部屋に置いたままの荷物のなかから、明日必要なものとそうでないものを選り分けて鞄にしまう。

 ひととおりの準備を終えてシャワーを浴びる。洗面所にあるクリスのものには、律儀に触っていないようだった。水回りは清潔なまま。おそらくこまめに掃除しているのだろう。

 ベッドにしても慌てて起きて出掛けたなんて様子はない。アイザの不在を狙って部屋に戻ってきても、散らかっていることはないしベッドもきちんと整えられていた。性格がにじみ出るようだ。

 髪を洗ったあとは邪魔になるのでひとつに束ねる。そんな動作ひとつ、男であるはずなのに女らしいもんだと苦笑した。

 キュ、とシャワーを止める。下穿きだけ穿いて部屋に戻った。そろそろニーリーが迎えに来る頃だろう。

だから油断していた。

 そもそもまだ戻ってくるはずがなかった。

 がちゃりと扉が開く音がする。ニーリーはデリカシーにかけるというか、思慮が足りないというか、こんなことはしょっちゅうだ。

「おい、ニーリー。開けるときはノックくらいしろよ」

 何度言っても覚えた試しはないが、クリスは呆れたように注意しておく。ごめんごめん、と茶化した返事があると思いきや何も言ってこなかった。

 まさか、と思う。

 クリスが顔を上げると、束ねたままの髪からぽたぽたと水滴が落ちた。

そこには、目を丸くして口をぱくぱくさせた、濃い灰の髪の少女がいる。

「……お、おま」

 アイザ・ルイスがクリスを指差した。 しまった、隠しようがない、と自分の上半身を見下ろす。どんな貧乳だとしてもここまで何もないということはないだろう。

「おまえ、男じゃないか!!」

 アイザの驚く声が部屋に響く。考えるよりも先にクリスは動いて、アイザの口を手で塞いだ。

「馬鹿かあんた。外に聞こえたらどう責任とってくれんだよ」

「……先ほどの声なら外には漏れておらんぞ、少年」

 足元から声がして、クリスは視線だけ動かす。狼の姿をした精霊がこちらを見上げていた。

「アイザは賢い子だが、突然の出来事に弱い」

 万が一こんなところを誰かに見られたら、むしろアイザが男を連れ込んだように見えなくもない。ルーは息をするように部屋の音が外に漏れないよう魔法をかけたのだ。

「おーいクリスー! 迎えに来たよー!」

 場違いな明るい声とともに、ニーリーが部屋に入ってくる。

 アイザの口元を押さえたままの半裸のクリスと、そのふたりの足元にいる狼。どう見てもおかしい。

「……ええと、ひとっ飛びに仲良くなっちゃったかな?」

 馬鹿、とクリスが小さく零すと、アイザから離れた。おやおや? と楽しげなニーリーと、苦虫を噛み潰したような顔のクリスを見てアイザは眉を顰める。

「……説明しろ。どういうことだ」


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