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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第一部
12/115

第三章 国境騎士団(5)

「……やっぱりガルも連れて来ればよかったかな」


 王都にやって来て三日目、アイザは見知らぬ路地で途方に暮れていた。

 夕暮れ前の、店がいちばん落ち着く時間帯だ。アイザはしたためた書状を手に城門まで行き、門番にそれを手渡してきた。許可がないのだから城に入ることはできない。だから、その許可を求めるための書状だった。

 貴族として暮らしていたわけではないし、それが正規の方法なのかどうかもわからないが、アイザに出来ることといったらそれだけだった。

(街中で魔法を使えば、女王陛下の耳にも届くかも――とは思ったけど)

 それは同時に、国境騎士団に見つかる危険性も高める行為であったし、なにより、

 

 ――いいか、アイザ。魔法を使ってはいけない。いいか、絶対だ。――


 繰り返し繰り返し、何度も言われてきた父の言葉も、アイザに魔法を使うことを躊躇わせた。見世物のように魔法を使うのは、本当に必要なときだけで充分だ。

「ガルも一緒だと、門番に喧嘩売りそうだったんだよなぁ」

 ため息を零し、アイザは周囲を見回す。国境騎士団の目を誤魔化すために、髪は結い上げて帽子をかぶっている。けれどそれでも念のために人通りの少ない道を、と路地裏に入ることを繰り返した結果、迷子になったのだ。

「五番通りまで戻れればすぐなんだけど……」

 ガルにはつい先日、なにかあったら呼べよ、とは言われたばかりだが、さすがに踊る仔馬亭から離れたこんな場所で彼を呼んだところで、アイザの声は届かないだろう。静かな森のなかならばあるいは――だがここは、人々の多い王都のなかなのだ。獣人であるガルにも、さすがに無理がある。

 この三日間、タニアに頼まれて買い出しなどに行くときはいつもガルが一緒だった。彼は不思議と道に迷わない。匂いなのか本能なのか、アイザとは別の何かで嗅ぎ分けているように思える。

(だから断じて、わたしが方向音痴というわけではない、はず)

 そもそも王都は路地が入り組んでいてわかりにくいのだ。


「そこのお嬢さん、道にでも迷ったか?」


 さてこうなったら仕方がない、素直に誰かに道を尋ねよう、と思ったところで背後から声をかけられた。振り返ったアイザに、笑いかける亜麻色の髪の青年がいる。二十三、四歳くらいだろうか。

(……悪人って感じでもなさそうだな)

 どこか洗練されている佇まいと、それをわざと崩しているような仕草。着ている服もそこそこ上等なもので、武器らしきものは持っていない。

「……ええ、まぁ。王都に来たばかりで道を知らなくて」

「それなら、こんな路地裏に入らない方がいいぞ。大通りならわかりやすい。路地に入れば入るほど入り組んでるからな」

 くすくすと笑いながら青年はアイザに歩み寄った。背が高く、体格もいい。服の上からもしっかりとした筋肉がついているのだと分かった。

(――ああ、なるほど。この人、なんとなくガルに似てるんだ)

 悪意なんて根っから無縁のような、そんな笑い方にアイザはガルを思い出して笑ってしまった。

「で? どこに行きたいんだ?」

 ちょうど人に道を聞こうと思っていたところだ。青年の問いかけにアイザは素直に答える。

「五番通りの近くまで行けばわかるんですけど」

「それなら……そうだな、少し歩くか。ついてこい」

 青年は青い目を細めて、アイザを呼ぶように手を招く。連れて行ってくれるのだろうという仕草に、アイザは目を丸くして慌てた。

「いえ、教えていただければ――」

「教えるよりわかりやすいところまで連れていったほうが早い。お嬢さん、王都は初めてか?」

 すたすたと歩く青年に追いつくために少し小走りになりながら、アイザは「ええ、まぁ」と答えた。これほど見事に迷子になっていれば、王都の地理に明るくないのは丸わかりだろう。

「田舎育ちなので。あなたは、王都に住んで長いんですか?」

「いんや。だがまぁ、何度も来てるからな。そこそこ詳しい」

(なんだ、王都の人じゃなかったのか)

 迷いなく歩くその様子からしても、迷子のアイザに声をかけてきたことも、てっきり王都で育ち知り尽くしているからなのだと思った。

「それじゃあ、お仕事か何かの途中だったんじゃ」

 王都に住んでいるわけでもないのに、王都に滞在しているともなれば仕事か何か用事で滞在しているということだろう。

「んーまぁ、そんなとこだな。部下と一緒なんだが……ま、少しくらいは平気だろ」

「部下……」

「なんだ。こんなんでも、わりと偉い人間だぞ俺は」

 見えないかもしれないけどな、と笑う彼につられて、アイザもくすくすと笑った。こんな奔放な人が上司では、部下は振り回されてばかりだろう。

「ふふ、部下の方はたいへんそうですね」

「たいへんなのは俺だ。いつもねちねち小言を言われてる」

(それは小言を言われるようなことをしているんじゃ……)

 どちらかといえばアイザも小言を言う側の人間である。そんなことを考えていると小言を言う相手にガルの顔が浮かんでしまって、アイザは内心で首を傾げた。確かにガルには小言を言うことも多かったが、まだ出会って間もない相手である。どちらかと言えば、父に対してのほうが自然であったはずなのに。

「と、ここまで来ればわかるか? この通りをまっすぐいけば五番通りの近くまで出る」

 青年に言われて、アイザはきょろきょろとあたりを見回す。なんとなく覚えのある道だ。

「大丈夫です、ありがとうございました」

「いいや、気をつけて帰れよ」

 手を振る青年にお辞儀をして、アイザは人混みの中に紛れていく。

「――あ」

(名前くらい、聞けばよかったな……)

 少し歩いてから思い出し、振り返ったがもう既に青年の姿はなかった。






「タシアン団長、どこに行っていたんですか!」


 元の場所まで戻ると、口うるさい部下がタシアンの姿を見つけるなり文句を言い始めた。まったく優秀だが、相変わらず小姑のような部下だ、とタシアンは呆れる。

「迷子の案内をしていただけだ。それでレーリ、報告は」

 部下は――レーリはむ、と眉を寄せて、けれど忠実に団長であるタシアンに報告をあげる。

「アイザ・ルイスが王都に入ったのは記録にも残ってます。城に入っていないのも同様に。今いる人間で宿屋をあたらせてますが――」

 王都までやってきた人員はそう多くない。王都の入口までアイザを追いかけた二人と、タシアンとレーリ、そして最初に失態を犯した二人だけだ。その他の人間には、やらねばならないことがある。タシアンも本来ならばそちらの指示を出しているはずだった。

「この王都に何軒宿屋があると思う」

「……そのとおりです、まだ見つかっていません」

 当たり前だ、とタシアンはため息を吐き出した。しかし捜索方法がそれくらいしかないのもまた事実である。

「報告では、彼女は王都に入るときに派手に魔法を使ったんだろう? ならば時間はない。じきに女王陛下の耳に入るだろう」

 王都にアイザ・ルイスが入る――この段階で既に想定していた最悪の事態といえる。これで、彼女が女王のもとへ辿りついてしまったら――。考えるだけで頭が痛い。

「王立騎士団が動き始めた形跡は、まだありません」

 優秀な部下はそちらの動向も探っていたらしい。ありがたいことだ、と思いながらもタシアンは気を引き締めた。


「時間の問題だ。早くアイザ・ルイスを見つけて、この王都から出す」





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