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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第四部
114/115

第二章 己を知る為の(2)

 昼食どきの食堂は混んでいる。

 午前最後の授業は兵士科の生徒も魔法科の生徒も等しく、その終了時間が近づくとそわそわしてしまうものだ。

「やっぱりさぁ、兵士よりは騎士のほうがモテそうだよな」

 比較的早く食堂の席を確保できたヒューは暢気にそんなことを言い出した。じゃんけんで勝ったおかげで授業の後片付けをまぬがれたのは大きい。

「ヒュー、そういう動機で決めるのは良くないよ」

 サラダを食べながらケインが静かに注意をする。ガルはなんの話だと眉を寄せるしかできなかった。こういうときケインがいてくれるのは本当にありがたい。ヒューはたまに唐突に話題を放り投げてくるからガルはついていけないときがある。

「いや大事だろ!? 将来に関わる大事な問題だって!」

 どうやら進路についての話だったらしい。兵士科の生徒は卒業後に各国の騎士団や軍に所属することが多い。

「別に騎士だからってモテるわけじゃなさそうだったけど」

 ガルが知るのはルテティアの騎士団だから、他はどうなのかはわからないけど、恋人が欲しいと嘆いている騎士のほうが記憶に残っている。


「……いったいなんの話だ? ここ、座っても大丈夫?」


 遅れてやってきたアイザが首を傾げている。ヒューは「どうぞどうぞ」とガルの隣をすすめた。もはや予約席みたいな扱いをされていることに、アイザは気づいていない。

「なぁアイザ、兵士と騎士だったらどっちと付き合いたい?」

「職業だけでは判断しようがない」

 ヒューの質問にアイザはすっぱりと気持ちいいほどはっきり答えた。

「なんでそんな話になってるんだ?」

「兵士科もさ、進路のことも考えていくとある程度とる授業に違いが出てくるんだよ。んで、よくわかれるのが兵士か騎士かってとこ」

「……おおまかにすると同じじゃないか?」

 アイザには二つの違いがよくわからないのだろう。所属が違うだけではないのだろうか、と首を傾げる。

「いやけっこう違うんだよ。騎士はやっぱり騎士道精神とかあるし、式典とか華やかな場での警護もあるから」

「なるほど……?」

 わかるようなわからないような顔でアイザが答える。ヒューは大真面目に悩んでいるが、魔法科のアイザにはわかりにくい上に共感は得られないだろう。

「メイネルス帝国とかなら兵士のほうが有利だけど、ノルダインやルテティアなら騎士だよな。あとホルム公国の騎士団は有名だし」

「兵士科でもいろいろあるんだな」

 狙うならどこそこがいいだのと話しているヒューとケインを横目にアイザはサラダをつつく。

「アイザは? そろそろ専攻を決める頃だと思うけど」

 ケインが気を利かせて話題をふってくる。ガルの向かいに座っていたヒューにはガルがぴくりと反応したのがよくわかった。

「わたしは……精霊学を専攻しようかな、と考えている」

 精霊学。

 兵士科の生徒はもちろん、正直なところ魔法科の生徒にもあまり馴染みのない分野だ。

魔法を使う上で精霊の存在はなくてはならないものだが、それは万人が認識できる存在ではない。故に研究もあまり進んでいない分野でもあった。

「……それはけっこうマイナーなところじゃない?」

 ケインですら困惑した顔をしている。魔法科の生徒のなかでは不人気の分野だということを知っているんだろう。

「そうだけど、だからこそマギヴィルでやっておくべきかなって思って」

 それにアイザの体質を活かすこともできる。精霊が見えるアイザが研究し、見えない人間にもわかるように理論を確立できれば精霊学もかなり発展するはずだ。

「もしかしてアイザって卒業後の進路決めてんの?」

「国に戻るよ」

 きっぱりと、アイザは答える。その声ははっきりと意思は固いのだと思わせるものだった。

「そうなんだ。アイザならあちこちから勧誘がありそうだけど……」

 ケインが苦笑まじりにそう呟いた。

 アイザの噂は関わりのない兵士科にも聞こえてくる。真面目で優秀であることはマギヴィルに通う生徒にとっては当たり前にあるべき素養だが、アイザはそこから頭がひとつ飛び抜けていた。

 魔力が豊富であること、精霊の瞳を持っていること、既に高位の精霊との契約を結んでいること。

 これらは学生どころか普通の魔法使いにとっても喉から手が出るほど欲しいものだろう。

「あっても興味ないかな。ルテティアをまた魔法が使える国にするのがわたしの目標なんだ」

「あ、だから精霊学なんだ」

「そう」

 魔法を使うためには精霊の存在が必要不可欠で、ルテティアは精霊が減ってしまっている。ほぼいないといってもいい。

 それをどうにかするためにアイザは学びたいと思っている。

「え? でもそれって個人でやれる範囲を超えてるじゃん。どうすんの?」

 ヒューがきょとんと目を丸くしている。

 一個人が国をどうにかしたいなんて、規模が大きすぎてぴんとこないのだろう。

「いや、個人でやるつもりはなくて……王宮魔法使いってことになるんじゃないかな。一応」

 アイザだって一人でどうにかできるとは思っていないし、個人で勝手にやっていい範囲を超えているとわかっている。だがこれは既にイアランやタシアンには伝えてあることだ。

「は!? もう内定してんの!? どんな裏ワザだよ!」

 ぎょっとした顔のヒューにアイザは苦笑いする。

「えっと……タシアン経由で……?」

「そうだったアイザにはめちゃくちゃすごいツテがあった……!」

 ツテというか兄なんだけど、とアイザやガルは思っていたがもちろんそれを声には出さない。お互いに顔を見合せてくすくすと笑うくらいにとどめておいた。

「ガルは!? まさかおまえも……!?」

「いや特には決めてないけど」

 すごい勢いで食いついてきたヒューに、ガルはさらりと答える。アイザと違ってガルは将来に関してこれといって特になにかを決めていない。

「でもたぶんタシアンに捕まるんじゃないか?」

「アイザで俺を釣ろうって考えてるよきっと」

 今のルテティアはかなりの人材不足に陥っている。騎士団をまとめるタシアンにしてみればガルは絶対に確保しておきたい人材だ。

 そしてガルを確保するためにはアイザが必要不可欠だということも知っている。タシアンからすればアイザがルテティアに戻るなら自動的にガルもついてくるなと考えているかもしれない。

 ……まぁ、そのとおりなんだけど、とガルは声に出さずに小さく笑った。

「あー……やっぱ人脈って大事だよなぁ……」

 ヒューが遠い目をしている。まだなにも決まっていない彼からすればアイザやガルが羨ましいのだろう。

「わたしたちは特殊だから、参考にならないと思う。その人脈を作るのもマギヴィルで重要なことだし」

「そうだね」

 ヒューは唇を尖らせて拗ねているが、真面目なアイザやケインは意見が合う。

「で、ガルはとる授業どうすんの?」

「んー……」

 ルテティアに戻ることになるだろうから、騎士になるつもりで授業を選択するべきなんだろう。


「俺、とりあえず休学してジェンマに行ってみようと思ってる」


 昼食の最後の一口を飲み込んだガルはさらりとそんなことを言った。

 ヒューとケインが予想外の言葉に「え?」「へ?」と目を丸くしている。

「……ジェンマに?」

 アイザの声がぽつりと落ちる。

 ガルはアイザにこのことを伝えていなかった。ずっとずっと一人で考えてきて、今ようやくここで口にした。



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