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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第四部
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序章 運命、それはいずれ出会うもの

 ガルの育った村には、一人、偏屈な老婆がいた。

 家族はおらず、長いこと一人きりで住んでいた。他の村人は気のいい人ばかりだったのでその老婆がどんなに口が悪かろうと頑固だろうとおおらかに受け止めていた。変わり者だったが、間違いなくあの村の一員だったのだ。

 その老婆はたまに、予言めいたことを言うことがあった。

 ――明日は大雨になるよ、とか。

 ――今年の冬はよくない風邪が流行るよ、とか。

 そういった、あたったかどうかはわかりにくい、ぼんやりとしたものだった。村人は皆、その老婆の言葉を受け入れ、決して忘れないようにしていた。だって、俺たちを心配して教えてくれたんだろうからね、と笑って。


「――ガル」


 村に一人きりの老婆は、同じく村に一人きりのガルを気まぐれに気にかけてくれていた。赤子の頃から親もいないガルは、ずっとあちこちの家を転々としながら村人の皆から育てられていたので、ガルには家族はいないけど皆が家族みたいなものだった。

 あれは、ガルが十歳になる頃だったか。

 老婆が足を怪我した。しばらくは歩くのにも苦労しそうだ、という話を聞いて、ガルは老婆の家に住むことにしたのだ。余計なお世話だと騒がれたものの、助けは必要だろうと周りが言いくるめたら案外老婆は大人しくガルを受け入れた。

 それからなんとなく、他の家に移るタイミングを見失って、ガルはそのまま老婆の家で暮らすようになった。老婆もそこそこ高齢だったので、ガルがいるとなにかと楽だったのだろう。

 偏屈なばあさんだったけど、ガルはこの人が嫌いではなかった。

「ガル」

 あれは確か、老婆と暮らすようになって二、三年ほどした頃だった。

 静かな夜で、ガルの耳にすら木々の葉音くらいしか聞こえなかった。しんと静まり返った家の中で、老婆はふと口を開いたのだ。


「おまえはいずれ、逃れられない運命に出会うだろう」


 いつもの予言めいた言葉だった。

 しかしいつもよりもずっと、漠然とした言葉だった。

「……運命? なにそれ」

 ガルはあまり、ぼんやりとした言葉は信じない。

 それが何かしらの事柄であるとか、出来事であるとか、はたまた人であるのかも老婆は告げなかった。ただ運命と、それだけをガルに教えた。

「運命は運命だ。抗いようのない、絶対的な運命。おまえはそう遠くない未来に運命に出会うよ」

「……ばーさんが嘘をつくとは思ってないけどさ、俺はこの村から出ないし、そんなこと早々起きないと思うよ」

 村人の顔ぶれは基本的に変わらない。誰かと誰かが結婚して子どもが生まれたり、誰かの親戚が嫁いできたりすることはあっても、変化には乏しい。

 だからそんな、劇的なことが起きるだなんて信じられなかった。

「それでも、出会うよ。おまえは」

 老婆は穏やかに微笑んで、そう告げる。

 そんな表情は今まで一度も見たことがなくて、目に焼き付いた。ガルはその時の老婆の顔を今もなお覚えている。


 それから一ヶ月ほど経った、真冬のとある日。

 老婆は眠るように息を引き取った。

 二人で暮らしていた家は、ガルにこれからも使ってほしいと、老婆はこっそりとイスラに伝えていたらしい。その伝言を聞いたガルは、ぽとりと静かに涙を落とした。




 ――運命なんて言葉、信じちゃいなかった。

 だってそんなの、どこか夢物語みたいにぼんやりしていて、不確かで、ガルにはなんだかとても頼りないものに思えたのだ。

 しかしその考えはたった一瞬で塗り替えられた。

 あの雨の夜。

 遠くに聞こえた馬の嘶き。

 雨に濡れた、一人の少女。

 間違いなく、老婆の予言通りガルは出会った。

 自分の何もかもを覆す、圧倒的で情熱的な、己を燃やし尽くすかのような出会いだった。

 守らなきゃ。俺が、守らなきゃいけない。

 そうやって突き動かされて、今やあの村からも飛び出して異国の学園で勉学に励んでいるけれど。

「ガル」

 まっすぐに伸びる濃灰色の髪が揺れて、風に踊る。青い瞳がこちらを見上げてくるたびに、ガルの胸の奥では炎が灯る。

 満たされる。

 満たされるのに、飢えていく。

 そんな感覚にも少しずつ慣れてきて、ガルは一度息を飲み込んでから、微笑んだ。

「アイザ」

 その少女の名を告げながら、心の中では既にはっきりとした形をもって彼女を呼ぶ。


 ――おれのうんめい、と。



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