オレハモウリョウカイシタケド。
とりあえずマヤの事は考えない様にしてクラークは一晩を過ごした。寮のベットは結構快適で、故郷のクラークのベットより良く眠れた。疲れていただけかもしれないけど。
朝の鐘で一緒に起きたクラウスと朝食に向かう。6種族が集う環境だからか、あるいは世界中を旅することになる冒険者のためのギルドだからか、様々な地域の食事が日替わりで提供されるらしい。バルドメロは昨晩そう説明していた――気がする。
実際、食堂で手渡された食事を見て、クラークは首を傾げた。
「……こんだけ?」
堅そうなパンに、べったりと甘そうなジャムが塗られている。それが2枚。あと、大きなカップに並々と注がれた飲み物だけだ。クラークの感覚からすると、朝食と言ったら、炒めた卵と、豚肉の腸詰めか燻製肉と、蒸かした芋とか炒めた豆とか茸とか、と、パンを出して欲しい所なのだが。「うーん」クラウスも唸って渋い顔をしている。物足りなさそうだ。
「おはようございます、クラーク、クラウス」
「おはよう」
席に座って2人して渋い顔をしていると、穏やかな声と、平坦な声を掛けられてクラークは顔を上げた。
「おはよう、ケネトにケネス……語呂が良いな」
「お互いに、その通りですね」
思わずクラークが最後に下らないことを言うと、ケネトは楽しそうに言った。人狼族の少年は、ふさふさした首のたてがみを撫でてから、朝食を見下ろして言う。
「昨日は、この辺りの土地の一般的な食事でしたが、今日の朝食は、豹頭族の一般的な朝食のように見えます。夕食が楽しみですね。豹頭族は美食家だと言います」
「へぇ、そうなんだ」
クラウスは感心したように頷いてからパンに齧りつく。「甘っ」小さな声で、ぼやいた。
クラークも、甘い物が苦手という訳ではないけど、朝食として食べるのは変な気分がする。ついでに量も物足りない。追加料金を支払えば、もう1人前食べる事も出来るが、クラーク達にはまだ無理だ。
というのも、ギルド内では外の通貨とは違う、ギルド内だけで使用できる「シア」という通貨が使われるらしいのだ。授業を受ければ、一定額配布される。あるいは実技訓練で地下迷宮の探索を行い、持帰った品を購買部で売ることでも手に入れる事が出来るそうだ。
食事のみならず、武具の購入や、怪我の治療に掛かる費用も「シア」が必要となるらしい。流石に保健室で「シア」が足りない場合は、無利子で借りる事が出来るそうだが。要するに、団員の出発地点を揃えるためのギルド側の配慮である。
そりゃあ、夢と希望を抱いて制服1枚で入団して、他の団員、例えばあのサイラスが、家の財力で無駄に立派な武具を手に入れていたら、心が折れてしまうかもしれない。賢しげな顔で「それが現実だ」とか無粋な事を言う輩は、メーティスギルドに来る前に、さっさと地下迷宮へ行ってしまえばいい。
「ケネス達は、今日、どうするの?」
あっという間にパン2枚を平らげてしまって、多少悲しそうな顔をしながらクラウスは言った。入団式は明日だ。
ケネトは穏やかな声で言った。
「わたしはエスポワールの街を歩いてみようと思います。人間種族の街を歩くのは、初めてです。とても楽しみです」
「おれはギルド内を回ってみようと思ってる」
ケネスは相変わらず平坦な声で答えた。2人を見比べてから、クラウス。
「へぇ、じゃ、ケネト、よかったらぼくと一緒に出かけない? ぼくは一昨日ギルドに着いて、昨日もうギルド内を一通り見て回っちゃったから」
「喜んで。1人よりも2人の方がきっと楽しいと思います」
「よかった!」
ケネトが微笑んで頷くと、ほっとしたようにクラウスは言った。「それに」ケネトはちょっと悪戯っぽく笑って言う。
「街中なら、普通の硬貨が使えます。何かを買って食べる事が出来ると思っています」
どうやら、ケネトもこの食事では足りていなかったらしい。
クラークはちょっと笑って手を振る。「気を付けて。俺はギルド内を回ってみるよ」
話がまとまると、さっそくクラウスとケネトは食器を持って席を立った。「それじゃ、また」とか「それでは」とか言って食堂から出て行く。
ケネスと2人になると、クラークは昨日の事を相談しようと口を開いた。
「ところでさ」「ところでお前」
クラークが勢い込んで言うと、微妙に不思議そうと言うか、怪訝そうな顔をしたケネスと被った。お互いちょっとの間、目でどうぞどうぞとか言ってから、ケネスが口を開いた。
「……ところでお前、本当にマヤの所に行って、声掛けるってどういうことだ」
「どういうことって、いや、あのマリエッタって子が『失せろゴミが!』みたいな顔してたから」
ケネスの言葉を素直に受け取って、クラークが正直に答えると、ケネスは眉をひそめて続けた。
「いや、そうだったけど。それにしても本当に突撃してパーティって、大丈夫か? いや、おれはもう了解したけど。お前は妙にマヤに噛みついてたって言うか、合わなそうな感じだったし」
「……はい?」
オレハモウリョウカイシタケド。なにその呪文、みたいな気分だ。
「はい? とか言われてもな」
「え、じゃ、いいえ?」
「そういう問題じゃない」
「いや分かってる。分かってる? どうだろうな。っていうか、何の話?」
だんだん自信が無くなってきたクラークが尋ねると、呆れたようにケネスが答えた。
「何って、パーティの話だよ。お前、本当にマヤにパーティ組んでくれって頼んだんだろ? 昨日、マヤ、おれの部屋に来て、自分達とパーティ組む気があるかって聞きに来たぞ」
「はぁぁぁぁ!?」
仕事が早すぎる女子である。クラークとしては驚愕するしかない。「頼んでない! 俺は頼んでない!」慌ててクラークが首を振る「……今更照れるなよ」ケネスは呆れたようにのたまった。
「いや、ほんとだって! 向こうが自分と組めとか言い出したんだよ!」
「それで誰が得するんだ」
「俺が聞きたい!」
あくまで疑う目を向けてくるケネスに、クラークはスプーンを振って主張した。
確かにマリエッタから逃げる為にマヤの所に行ったが、別にクラークはマヤとパーティを組む気はなかった。全然無かった。美人だなぁとは思うけど。思うけど! あくまで遠くから見ていたいと思っていたのだ。
最終的にはクラークは頭を抱えてしまう。「何て仕事が早いんだよ……」そこでようやくケネスも信じる気になったのか、ちょっと目を細めて考えてからおもむろに立ち上がった。「よし」
「……どした?」
「マヤ本人に聞きに行こう」
言うなり、ケネスは食器を片付け始める。こいつも仕事が早いなおい、とか思いながら、クラークも慌てて倣う。並んで歩きながら、ふと気になった事をクラークは言った。「って言うかケネス、おれはもう了解したとか言ってなかった?」
「うん?」クラークの半歩先を歩いていたケネスはちょっと振り返って、無表情のまま頷いた。「言った。了解したから」
「えと、でも俺に、大丈夫かとか聞いた?」クラークはじゃっかん自信が無くなってきて尋ねる。ケネスは引き続き無表情のまま答えた。「聞いた」
別に怒ってるとか機嫌が悪いとかではなくて、基本的にケネスは無表情だ。表情筋がめちゃくちゃ弱いんだと、クラークは思っている。ただ、何となく今日はいつもと違う気が、した。クラークは思い切って聞いてみる。
「……もしかして、俺とパーティ組む気、無かった?」
クラークはすっかりそのつもりだったと言うか、当然のようにケネスとパーティを組むつもりだった。ただ、クラークの知らない間に盗賊科に入団していたり、マヤの誘いに頷いていたり、あれ、もしかして俺だけ勝手に思い込んでた? とか自信が無くなって来る。
同郷だけど仲間じゃない的な? むしろもっといい戦士を選びますが、的なやつ? 5歳からの付き合いと、冒険者パーティを組むのは別問題?
ケネスは足を止めて、きっぱり言った。
「いや。出来ればクラークと組みたい」ただその後、わずかに言いよどんでから続けた。「……けど、おれ、盗賊科に入ったし」
「入ったし?」
クラークが促すと、ケネスはまた歩き出しながら、何かを確認するように言った。
「盗賊としては、完全に初めてになるから、たぶんしばらく役に立たない。盗賊は罠解除と、偵察と……パーティの安全にけっこう響くだろ。勝手に盗賊になっておいて、しばらく足引っ張るけどよろしくってのは虫が良過ぎる。だから、クラークが決めれば良いと思ってた」
一気に言って、ケネスははぁっ、と息を吐く。「……そしたら、新米盗賊でも構わない、って、昨日の夜マヤに誘われたら頷いてた。てっきり、クラークがマヤを誘ったんだと……あぁ、だから、つまりアレだ」そこまで言って、ケネスはぐしゃっと髪に手を突っ込んで2、3回掻き回してから言った。
「おれ、引け目があるくせに、当然クラークと組むつもりだった。何でマヤ経由なんだろうとは思ったけど、クラークと組むつもりでマヤに返事した。だけど、そうじゃないみたいだから、ちゃんと話をしに行こう。で、クラークもそこでちゃんと決めればいい。冒険者のパーティは、仲間に命、預けるんだから」
それだけ言うと、ケネスは早足で前だけ見て歩く事に専念してしまう。クラークは、安心したのと、水臭い奴め、とか思ったのとで何だかにやけてしまう。
ケネスが、照れているからクラークの方を全然見ないのは分かっていながら、横からケネスを肘でつつく。
「別に、俺だってちょっと剣持った事がある、程度なんだから新米戦士だって」
「……お前、けっこうやるだろ」
「あんな田舎の子どもの間で一番強かったからって、何になるのか微妙だろ」
クラークが言うと、ようやくケネスは普段通りの感じで、ふっ、と笑って短く言った。「かもな」