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同室の友人

 メーティスギルドの門に着くころには、すっかり陽が落ちていた。学科も種族も、性別すらもごた混ぜで団員達は寄宿寮の部屋を割り当てられる。冒険者たるもの、既存の観念に囚われること無かれという理念によるものらしいが、2人部屋で男女が同じ部屋に割り振られることは流石に無いらしかった。

 1年目用の寮は5棟ほどあり、幸いな事にクラークとケネスは同じ棟だった。


「入団の申し込み順かね」「かもな」2人で話しながら荷物をそれぞれの部屋に運ぶ。学年ごとに寮の棟が分かれていると言う事は、毎年引っ越しをすることになるわけだ。けっこう面倒だよな、とクラークは思う。


 寮の1階は食堂や風呂など、共用の設備がある。2階から上が団員達の居住部だ。ケネスは最上階の6階、クラークは3階だった。


「参ったな。運が無かった」


 ケネスは嫌そうに言って、荷物を抱えて階段を上がっていく。ケネスと3階で別れて、クラークが部屋に向かうと、既に部屋には同居人がいるのか明かりが付いている。クラークがノックをすると、中から扉を開けられた。


「はじめまして」


 ひょこっ、と顔を出して人懐こそうに微笑んだのは、小柄だがしっかりした体格の小人族ドワーフの少年だった。


「初めまして、今日からよろしく。俺は戦士科のクラーク」

「ぼくは騎士科のクラウス……何だか名前似てるね。名前順で部屋割が決められたのかなぁ。ともあれ、1年間よろしく」


 ちょっとのんびりした口調でクラウスは言い、クラークを室内に招いた。

 部屋の中はさっぱりとした造りで、備え付けの机と寝台と箪笥が、部屋の左右に並んでいる。右側の机には、既に荷物が置かれていた。同じく右側の寝台も、既に使われた痕跡がある。


「ぼくは昨日着いたんだ。だから先に右側を使わせて貰ったんだけど、良かったかな」

「もちろん。どっちでも良いよ。じゃ、俺は左を使わせて貰うから」

「うん」


 必要最低限の物しか入っていないとはいえ、それなりに重い荷物を机に置くとほっとした。肩を回して、すぐに荷物を開く気にもなれなかったので、椅子に座ってクラークはクラウスに尋ねた。


「クラウスは昨日着いたんだ。じゃあ、寮の説明ももう受けた? 食事とか、規則とか」

「うん、食事の時間とか、就寝の時間とか、色々あったよ。とはいえ、あくまで目安で、冒険者たるもの、好きにしろって締めくくられたけど。今日も、この後の夕食の時に、今日着いた団員向けに相談役から説明があるんじゃないかな」

「……相談役」


 その単語で、列車の中で会った相談役の顔が浮かんでしまって、じゃっかんクラークは自分の顔が引きつるのが感じられた。不思議そうにクラウスが首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや、ここに来る列車の中で、強烈な感じの相談役に会って。一応、女子団員の相談役だって言ってたんだけど、でも、寮、男女混合っぽいしな。何なんだろうな」


 自分でも言いながら訳が分からなくなってしまって、クラークが頭を掻くと、クラウスは納得したように頷いた。


「あぁ、寮は男女混合だけど、一応、女子団員から1人、男子団員から1人、5年目から相談役が新人の寮の棟ごとに選出されるらしいよ。新人の寮は5棟あるから、全部で10人いる事になるのかな」

「女子団員の相談役だって言ってたけど、女子の制服着てたけど、どうみても男だったんだけど、どうしたら良いかな?」

「うぅん? 何それ」


 クラークがからかっていると思ったのか、面白そうにクラウスは笑って首を傾げた。

 どう説明したもんかな、とクラークは思うが、まぁ10人しかいない相談役なら、どこかでクラウスも遭遇することになるだろう、と雑に考えて曖昧に笑って流す。


 それからしばらくは、クラークが荷物をほどきながら、お互いの出身地や、メーティスギルドに来るまでの列車の中で会った団員の話などを、2人でとりとめも無く話す。


 クラークが小人族の少年と話すのがほぼ初めてなのと同様に、クラウスも人間種族の少年と話をする機会は今日までほとんど無かったらしい。6種族間の生活水準はほとんど変わらないはずなのだが、やはり種族独自の風習が、ふとした瞬間に顔を覗かせて興味深い。

 特に、勇敢な小人族ならではの発言で、クラウスはこう言ったのである。


「小人族の男なら、盾の陰に隠れる臆病な騎士なんぞ志すんじゃないって家族には反対されたんだけどね」


 騎士科の団員が聞いたら激怒しそうな発言だ。苦笑しながらクラークは言った。


「騎士だって、十分勇敢だけどな」

「ぼくもそう思う。もちろん、小人族の誇りである9英雄の1人、『小さな巨人』と呼ばれた戦士は偉大だと思うけどね……でも、巨大な化け物にも決して怯まずに仲間を守る騎士は、やっぱりかっこいいと思うんだよ」


 目をきらきらさせながらクラウスは言い、恥ずかしそうに笑った。「まぁぼく小さいから、上手く盾役タンクを出来るか分からないんだけどね」

 そんな事を話していると、廊下から鐘の音が聞こえて来る。なに? とクラークが尋ねる間もなく、クラウスが嬉しそうに言った。


「夕食のお知らせだよ。もちろん、素直に1階の食堂に向かうのも、手が放せないって鐘の音を無視して夕食を食いっぱぐれるのも、冒険者の自由だけど」

「なるほどねぇ」


 言って、クラークは仕舞いかけていた荷物を適当にベットの上に置いた。育ち盛りの少年が、夕食に行かない理由が無い。

 クラウスは既に1日かけてギルド内を探索済みらしい。大まかな建物の並びと、ギルド内の施設――購買部、図書館、体育館、保健室、そして、地下迷宮の入口について教えてもらう。「まぁ、入団式は明後日だから、クラークも実際行ってみると良いと思うよ」最後に微笑んでクラウスは言った。


「先輩は今も授業、やってるんだよな?」


「そう。だから、体育館とかで騎士科の団員が訓練してる所も見られて楽しかったよ。それに、同じようにギルド内を探索してる新人とも、何人か話せたし。気が早い子は、もうパーティメンバーを探してるみたいだった」


「あぁ、俺も他の新人から聞いたんだけど、まぁ入団式からメンバー集めは色々大変らしいな」


「仕方ないことだとは思うけどね。実技“訓練”って言ったって、本物の地下迷宮に入るわけだし。実際、毎年死ぬ団員も何人かはいるって聞いてるし。そしたら、何て言うか、信用できるメンバーを集めたいよね」


 本音を言えば、頼りになるメンバーを、だろうが、クラウスは曖昧に笑って言った。その辺りには触れずにクラークも続ける。


「死人と、それを目の当たりにして心が折れて退団する団員で、新人は1年で2割は減るのが通例らしいよな」

「らしいね。2年目用の寮は、4棟しかなかったよ」


 既にギルド内を回ったクラウスが言う。毎年引っ越しの訳が理解出来た。


「なるほどなぁ」


 中途半端な空き部屋が出る事もさることながら、ある日突然、同居人がいなくなった部屋はさぞかし寒々しい事だろう。クラークにとって幸いな事に、クラウスはかなり話しやすい同居人だったから、なおさら強くそう思う。


 食堂では、入り口で木のトレーを取り、パン2つと、何かの肉と野菜を炒めたものが乗った皿、スープの入ったカップ、それからフォークとナイフを流れ作業で受け取って行く。まぁ、普通の食事だ。長方形の机が幾つも並んでいて、空いている席を勝手に使えば良いらしい。

 ギルドへ明日到着予定の団員もいるからか、席にはじゃっかん余裕がある。空いている一角に、クラウスと並んで座ると、見慣れた色の髪が目に入ってクラークは手を上げた。


「ケネス」

「あぁ、クラーク」


 ケネスは、同室の団員なのか、人狼族ラウルフの少年と並んで歩いていた。「こいつ、おれの同郷のクラーク」簡単に説明してクラーク達の前に座る。


「はじめまして。白魔術師科のケネトです」


 ケネトは全身が灰色の毛皮に包まれているものの、濃紺の瞳は穏やかで、信心深い光を宿している。同期だとは分かっているけど、何となく、クラークもクラウスも背筋を伸ばして答えた。


「初めまして。俺は戦士科のクラーク」

「ぼくは騎士科のクラウス。よろしく」


 クラウスはケネトと、それからケネスにも微笑んで言った。ケネスは、クラークにだけ分かる程度に慌ててクラウスに返した。


「おれは盗賊科のケネス。よろしく。クラウスは、クラークと同室?」

「そう。ケネスとケネトも、かな?」


 クラウスが頷いてから、2人に尋ねると、ケネスとケネトは顔を見合わせてから頷いた。


「そうですね。わたしたちは、部屋割は名前順ではないかと話していたのですが、どうやらそのようだと、今、思いました」


 ケネトは穏やかな声で言った。地方から出てきたばかりなのか、まだ大陸公用語に慣れていない様子だ。


「あぁ、俺達もそう思った。それにしても――」


 最上階で運が無かったな、とかクラークが言いかけた時、元からけっこう騒がしかった食堂の空気が改めてざわりっ、と揺れ、そして、不自然に静かになった。

 何となく原因が分かったような気がして、他の団員に倣ってクラークも食堂の入り口を見やる。クラウスも首を伸ばし、ケネトも振り返って入り口を見ていた。ケネスは決して見るものかと誓ったのか、おもむろにパンを千切って口の中に突っ込んだ。


「うわ……」


 想像通り、強烈な相談役――鍛え抜かれた身体の、騎士科か戦士科の男子団員にしか見えないのだが、何故か化粧が濃くて女子団員の制服を着ているルーシーと、やはり先輩らしい男子団員が並んで立っていた。


「「……」」


 初見らしいクラウスとケネトは、一体自分が何を目にしているのかまったく理解できない様に絶句している。

 異様に静まり返った食堂の中で、ルーシーでは無い方の団員が声を上げた。


「あー、新人諸君、入団式は明後日になるが、ともあれ入団おめでとう。我らメーティスギルドは、君達を歓迎する」


 冷静沈着、といえば聞こえが良いのだろうが、先輩らしい男子団員はやけに眠そうというか、だるそうな声で言った。かなり背が高いけど、何となく、身体つきや歩き方の雰囲気から後衛のように見える。紫色の髪を、男子団員にしては結構長く伸ばして、首の後ろで1つに束ねていた。


「私達2人がこの寮の相談役の団員になる。2階の端にそれぞれ部屋を構えているから、ギルド生活の中で困った事があった際には、遠慮なく尋ねて来て欲しい。また、今日ギルドに到着した団員の為に、21時からこの食堂で寮生活の規則についての説明を行う。興味がある者は、時間になったら来るように」


 絶句している新人の様子は気に留めず、言うべき事だけを言うと、相談役の男子団員は踵を返して食堂から出て行った。ルーシーは手近な団員に手を振った。「またねぇ」妙に腰を振るくねくねした歩き方で去っていく。なにあれこわい。

 最後まで振り返らなかったケネスは、音も無くスープを口にして、それからため息と共に言った。


「あの相談役殿か」

「……ルーシー先輩だった」


 クラークが、また見ちまったよ的な気分で頷くと、ようやく悪い夢から目が覚めたようにクラウスとケネトは肩を揺らした。


「い、今、今の先輩……」


 クラウスは何を言いたいのか自分でも分からない様に頭を抱えながら呻き、ケネトは両手を組み合わせて額に当て、何かを低い声で呟いた。人狼族の風習はクラークには分からないが、多分、魔除けとか、加護の祈りとか、まぁそんな感じだろうな、と思う。


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