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にゃんこさんも現れ

 教育都市エスポワール。

 名前の通り、教育機関の多く集まる都市だ。実に分かりやすい。


 都市の西半分に、広大な敷地を持つ冒険者養成ギルド・メーティスを筆頭として、一般的な学問を修める大学、あるいは芸術や魔術の為の同業者組合ギルドが幾つも集まっている。

 東半分には、住人が利用するような店舗が多く並び、また、一般的な都市としての機能を果たすための各施設――領主の居城に、教会、兵士の詰め所、裁判所、などが揃っている。そして、街の最南端には『罠列車トラップ・トレイン』の駅が存在した。


 都市の特色上、街の人口は圧倒的に若者が多いだろう。既に夕方と夜の間のような時間だが、駅前は大きな荷物を持った少年少女でごったがえしている。


「……首いてぇ……」

「そりゃ、あんな面白い体勢で半日寝てればな」


 クラークが呻くと、律儀にケネスが突っ込んだ。

 『罠列車』から下りて、メーティスギルドの本部に向かう集団の、かなり後ろの方を歩きながらクラークはぼやく。一般的な学校には制服など存在しないのだが、メーティスギルドの団員は揃いの制服を着ているから無駄に目立つ。万が一はぐれても、街中にいる先輩を簡単に見つけられそうだ。

 何でメーティスギルドには制服が存在するかと言うと、びっくりするほど実用的な話だ。服に、非常時にギルドへ帰還する事が出来る魔術が織り込まれている、らしい。で、意匠を全員同じにしたら、制服が出来上がったと言う訳だ。


 ちなみに、その魔術をどうやって使うのかは、まだクラーク達には分からない。そんな便利な魔術があるんだったら、別に列車で移動する必要もないような気がする。費用対効果だろうか。クラークはぼやいた。


「あんな個室じゃ、寝るくらいしかないだろ。結局、ルーシー騒動の後は全員だんまりで」

「おれは楽しかったよ」

「分かるよ。景色見ながら、そういう顔してた」

「なら、寝る以外にもあるって分かるだろ。アホめ」

「アホとか言うな。俺は通路側だった」

「なら、マヤでも見てれば良かっただろ」

「あぁ……いや、さすがにキモ過ぎるだろ、それは」


 余りにもさらりとケネスが言ったので、一瞬クラークは納得しかけて、それから首を振った。いや、悪くは無いけど。見てたかったけどね、とかクラークは思わなくもない。ただ、これ以上『ゴミ虫め』みたいな目を向けられるのが辛かったので、諦めて寝てみたわけで。


「ふぅん……でもまぁ、もうそんなに話すことも無いだろうし、気持ち悪がられても良かったんじゃないか」


 随分思い切りのいいことを言って、ケネスは辺りを見回す。

 先輩に先導されて街中を歩く新人の数は、今いるだけでも罠列車2台分。ごっちゃりしている。これから、まだまだ増えるらしい。学科も異なるとなると、確かによほどの事が無ければもう会うことは無いかもしれない。


「んぁー。ってもなぁ。もしかしたらあれだろ。実技訓練で、うっかり同じパーティになったりするかもしれないだろ」

「うっかりなったりするかもって言うか、実技訓練でパーティ組む相手は団員同士で決めるんだから、お前が突撃しない限り有り得ないだろ」


 冒険者は、よほどの事がない限り、1人で地下迷宮に挑む事は無い。地下迷宮内に住まう魔物と戦う為の前衛の戦士か騎士と、治療役ヒーラーの白魔術師、地下迷宮内の罠を看破する盗賊はほぼ必須となり、彼等を含む5、6人でパーティを組んで地下迷宮を探索することが殆どだ。


 メーティスギルド本部の敷地内には、地下迷宮が1つ存在すると言う。地下迷宮内から魔物が湧き出る事もあるので、地下迷宮の入り口を囲む形でメーティスギルドを設立した、という方が正しいかもしれないが。

 ともあれ、その地下迷宮を使用し、メーティスギルドの団員は実技訓練として地下迷宮の探索を行うことになる。その際には、ギルドからの指示もあるが、基本的には団員が自主的にメンバーを集めてパーティを結成することになるらしい。


「……突撃したらどうする?」


 ふと興味本位でクラークが尋ねると、ケネスはちょっと考えこむように目を細めた。


「お前のメンタルの強さを讃えてやるよ。性格がどうであれ、黒魔術師科の団員は少ないだろ。パーティにいたら、強いだろうなとは、思う」

「おぉう、現実的だな……確かに、黒魔術師科の団員は少ないって聞くけど。ただ、黒魔術師は打たれ弱そうだし、一概には何ともな」

「まぁな。でも彼女、丈夫そうだったし」

「それは、確かに」


 黒魔術師と聞くと、何となくひ弱で根暗で賢そうなイメージがあるが、マヤはそうでもなかった。冒険者を志すような黒魔術師は、そういうものなのかもしれないが。


「どっちにせよ、訓練が始まる頃になってから、かな?」

「いやいやぁ」


 クラークがまだ先の事のように言うと、不意に横手から否定の言葉を投げつけられた。

 見ると、豹頭族フェルプールの男子団員が尻尾を揺らして微笑んでいる。


「初めまして、俺は盗賊科のレアンドロ。盗み聞きの上に、突然口を挟んで悪いにゃ」

「いや、構わないよ。おれも盗賊科で、ケネスだ。これからよろしく」


 そつなくケネスが言うと、レアンドロは愉快そうに頷く。「よろしくにゃ」もさっとした黒髪の中から生えている三角の耳がぴくぴく揺れている。

 つうか、にゃ。にゃって言ったよ。やっぱりそうなのか、とか至極どうでもいいことを考えながら、クラークも慌てて言った。


「俺は戦士科のクラーク。よろしく」

「よろしくにゃ。それで、まぁ突然口を挟んだわけだけど、お前さんら、呑気にしてる場合じゃないにゃ。訓練が始まる頃も何も、入団式の日から、白魔術師科と黒魔術師科の団員は争奪戦が始まるのが恒例にゃ」


 言われて、思わずクラークとケネスは顔を見合わせる。ケネスは不思議そうにレアンドロに言った。


「そういうものなのか。レアンドロは誰からその話を?」

「兄貴がメーティスの団員にゃ。うちは代々盗賊の冒険者の家系にゃ」

「あぁ、なるほど。それは信用できる情報源だな」


 ケネスが至極真面目な顔をして言うと、にゃっにゃっ、とレアンドロは愉快そうに笑った。


「さっきからの会話にしても、お前さんら面白いにゃ。ケネスが盗賊科じゃなかったら、パーティを組んでくれって頼みたい所にゃ。でも、盗賊は他の盗賊の縄張りを荒らさないのが仁義だから、諦めるにゃ」

「仁義って?」


 クラークが尋ねると、レアンドロは事もなげに答えた。


「盗賊は1パーティに1人しか入らないのが仁義にゃ。9英雄の時代から続く仁義にゃ。特に俺は、豹頭族の盗賊だから、仁義は通すにゃ」


「あぁ、そうか……9英雄の豹頭族は2人とも盗賊で、同時に探索に向かうことは無かったんだっけ」


「そうにゃ。6英雄の時代からメンバーだった盗賊、『異端の技巧士』たるラウレッタ様は、冒険者として地下迷宮を探索するより、持ち帰った『遺産』の解析を行う方が楽しくなったのにゃ。だから、同じ豹頭族の盗賊で、当時から『幸運の申し子』と呼び名高かったマリア様を後継者としてパーティに参加させたにゃ」


「……そう聞くと、仁義っつうか、なんつーか」


 思わずクラークは頬を掻きながら呟いた。仁義と言うより、より楽しい事をするために後輩に仕事をぶん投げたように聞こえなくもない。

 クラークの微妙な笑みの意味に気付いたのか、レアンドロは不敵に笑って言った。


「にゃっにゃっにゃ。そうかも知れないにゃ。豹頭族は楽しい事が好きにゃ……とはいえ、『罠列車』を考案したのも、『鷹』に指令を与える術を開発したのも、『異端の技巧士』たるラウレッタ様で、ラウレッタ様の後継として英雄達のパーティに途中から参加することになったマリア様も、『幸運の申し子』の2つ名の通り、あらゆる罠を安全に解除して英雄達を守り続けたのにゃ。仕事に抜かりは無いのにゃ」


 そこまで言うと、不意にレアンドロはピン、と耳を立てて背後を振り返った。何事かと思ってクラーク達もレアンドロの背後を見やると、いかにも魔術師科の団員っぽい、しかも割と可愛らしい顔立ちの女子団員が歩いていた。


「そういうわけで、俺は今日から争奪戦に参加するにゃ。またにゃ」


 そう言うなり、レアンドロは女子団員の方に向かって歩き出し、宣言通り声を掛けている。仕事が早いと言うか何と言うか。


「……ほんとに彼女、魔術師科の団員なのかね」


 クラークが言うと、本気なのか冗談なのか、クラークですら読み取り難い無表情でケネスは言った。


「さぁなぁ……もしかしたら、レアンドロは兄貴から、可愛い女子も争奪戦になるって教わってるんじゃないのか」

「かもな」


 他にどうとも言いようが無く、クラークは頷いて辺りを見回した。レアンドロに言われたからではあるが、改めて周りの団員を検分するように眺める。揃いの制服を着た団員達は、装備も身に付けていない今、種族以外の個性を故意に殺されているようにも見える。この状態で、パーティメンバーを集めないとって言ってもな、とかクラークは諦めるように言い訳じみたことを考えた。


「パーティねぇ……ケネス、どう思う?」

「学科も分からないのに、今は無理だろ」


 あっさりとケネスは言い切った。清々しさすら感じる。「とはいえ」ケネスは続けた。


「知り合い同士でいつまでもくっついてるのもな。試しに、それぞれ別の団員に声掛けてみるか?」


 クラークは少し考えた。「明日から……」小声で言うと、ケネスは珍しく声を上げて笑った。


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