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ゴリまで登場して

 『罠列車』は恐ろしく静かに進む。とはいえ、乗客のほとんどは少年少女だから、車内はなかなかに騒がしい――この個室を除けば。


 異様に静かな個室の中で、扉近くの席を陣取っている少女は、先程から一言も喋らずに本を読んでいる。そのくせ、無言のままむやみやたらと周囲を威嚇していた。隣に座るサイラスは、実に居心地が悪そうに時折身じろぎをし、身じろぎする度に、少女に邪魔だと言わんばかりに睨まれて、脅えた子羊みたいな顔をしている。

 サイラスの正面に座るケネスは、やはり一言も発さずにぼんやりと窓の外を眺めている。秀麗な顔に何か特別な感情を浮かべているわけではないが、なーんとなく、付き合いの長いクラークには、ケネスが高速で流れる景色に興奮して、見入っているのが分かる。子供か。とか呆れたようにクラークは思い、子供でした、とか勝手に納得する。

 そんなわけで、ケネスの邪魔をするのは気が引け、サイラスに助け船を出すつもりは無く、口を開けばろくな事を言わない少女に話しかける気にもなれず――クラークも、先程から黙りこくっている。あぁ、何故、希望に満ちたギルド生活を前にして、こんな事になっているのか。


 その元凶たる少女を眺める。腹立たしい程に、見た目だけは極上である。最早、美の女神への挑戦だか冒涜だとしか思えない。口を開かず、辺りを睨みつけずに、ただ本を読んでいるだけならば、精巧な人形のようだ。

 不意に何かに気付いたように、少女は本から視線を上げて、扉を見やる。それだけの仕草なのに、クラークは息を呑んで見つめた。わずかに揺れる髪が、魔術めいて美しい。これで、ほんの少しでも親愛の情を込めてクラークに微笑みかけてくれたら、きっとクラークは彼女の為に命だって差し出すだろう。

 だが、幸か不幸か、少女は不愉快そうに顔をしかめて扉を眺めている。「……どうしたの?」サイラスが尋ねると、クラーク達の個室の扉がノックされた。


「検札か?」


 窓の外の光景から視線を剥がして、ケネスが言う。「いや、どうだろ」クラークが言うか言わないかの間に、外の人物によって扉が開かれる。


「はぁーい、はじめまして、可愛い新人ルーキーちゃんたち」


 明るく言ったのは、なるほど、クラーク達を新人と呼ぶだけあって、新人では無さそうだった。見ると、制服の襟に、紺色の団章を付けている。年次によって団章の色は変わる、らしい。クラーク達が付けている団章は、ひよっこを表すみたいな黄色だ。

 確か、紺は最高年次の1つ下、5年目の証だった筈だ。


「あらぁ、ここの個室は、可愛い子が揃ってるじゃないの……1人を除いてね」


 クラークに向かって意味深に微笑み、片目をつぶって見せる。喉の奥が乾いて仕方が無かったが、クラークは何とか言葉を絞り出す。


「はは……そうっすね……平凡面ですいません……」


 何とか返事をしたクラークを称えて欲しい。もう、全力で褒め称えて欲しい。何せ、サイラスもケネスも、口を半開きにして絶句している。

 個室に乱入してきた先輩は、女子用の制服を着ていた。毒々しい花みたいに鮮やかなピンク色の長い髪を、リボンで頭の後ろの高い位置に結い上げている。瞬きをする度に、悪い夢のように絡み合う睫毛も髪と同色で、妙に長い。唇は、血の色みたいに真っ赤に紅で塗られているし、頬紅も濃い。

 冒険者かよ、という突っ込みの前に、冒険者でしか有り得ないような見事な筋肉美と、割れた顎と、喉仏に絶句するしかない。


 ゴリだ。


 ゴリだな。


 クラークとケネスは、無言で頷き合う。怖すぎて、口には出せないが。

 脅える男子団員を後目に、するりと音も無く少女が立ち上がり、ゴリ――もとい、先輩に向かって右手を差し出した。


「はじめまして、先輩。此度、黒魔術師科に入団したマヤ・アマガミと申します」


 氷のような無表情ではあるが、一応、先輩に対する礼儀は心得ていたらしい。

 返事を返しただけで、讃えて欲しかったクラークは、彼女の――マヤの振る舞いに、思わず平伏しそうになる。おぉ、性悪なだけじゃなかったんだな。その太すぎる神経は、ある意味素晴らしい。


「あらぁ、可愛いこと。礼儀正しくて、可愛い子はとっても好きよぉ。アタシはルーシー。ルーシー・フロレンス」


 感激したようにゴリ、もといルーシーがマヤの手を両手で握り返す。わずかに見えたルーシーの逞しい掌には、冗談では決して作れないような見事な剣蛸と、冒険者養成ギルドの団員としての訓練の日々の成果が見て取れた。


「騎士科の5年目で、寮では女子団員の相談役をやっているわ。ギルド生活で困ったことがあったら、いつでもアタシの所に来て頂戴ね、マヤちゃん」


 艶然とルーシーは微笑み、未だに硬直するサイラスとケネスを見て、そ・れ・と、と続けた。


「困って無くても、シャイで可愛い男の子は、いつでも歓迎するから遊びに来てちょうだいね。あら、言っちゃった☆」


 言ってから、ルーシーは恥ずかしそうに両手を頬に当てて身体をくねらせる。なるほど、確かに先輩の女子団員がやったら、ときめいた、かも、しれない。

 だが、呆然と座り込んでいるクラークの目前で、やたらと短いルーシーの制服のスカートが揺れる様は恐怖すら覚えさせる。クラークは慌ててケネスの肩を掴んだ。「だってさ、良かったな!」ルーシーから眼を逸らしたい一心で、クラークはケネスの顔を覗き込む。


「それは……どうも……」

「あ、はは……ありがとう、ございます……」


 引きつった声でケネスとサイラスは答える。ルーシーはうっとりと眼を細め、悠然と続けた。


「冒険者たるもの」


 その声は、数秒前の腐った毒みたいに甘ったるい声ではなく、騎士科の、それも相談役に選出されるような団員に相応しい、自信と深みに満ちた声だった。


「己に出来る事は何か、出来ない事は何かを見極め、己の判断で、自身が求める姿を目指して邁進するのよぉ。そこに、凡夫の常識や、愚者の良識など必要ないの」


 その結果が、ルーシー、なのだろう。なるほど、確かに己の人生に対して強固な意志を感じる。堂々とした立ち姿は、新人が目指すべき冒険者の有り様を表して――いて、たまるかー! と、強くクラークは思う。強く強く、念じるように思う。

 不意にルーシーは微笑み、踵を返して言った。


「それじゃあねぇ。可愛い新人ちゃん達。次はマヤちゃん以外も名乗りなさいよぉ」


 ルーシーがスカートを翻して個室から出て行ってもしばらくの間、あれは悪い夢だったのか、本当に相談役の先輩なのか、とか考えてクラークがぼんやりとしていると、ケネスが思ったより近い距離から言った。


「クラーク、いつまで人の肩掴んでんだ」

「あ、そうだった」


 ルーシーが去った今、いつまでもケネスの肩を鷲掴みしている理由も無い。クラークが手を放すと、思い出したようにサイラスが大きく息を吐いた。まぁ、クラークにはその気持ちが分からなくもない。

 少女、マヤはいつの間にか座って、涼しい顔をして再び本を読み始めている。

 サイラスは息を整えると、わずかに困ったように眉を寄せて呟いた。


「しまったなぁ……先輩に対して名乗りもしないなんて、とても失礼な事を……」


 そのまま、さらさらの金髪をかき混ぜるみたいに両手で頭を抱えてしまう。

 クラークは、クラーク自身がそれほど礼儀知らずだとは思わないが、それでも思わず言っていた。


「いやぁ……あれは仕方ないだろ。衝撃的過ぎるだろ」


 言ってからクラークは、しまったイケメンのフォローをしてしまった、と苦々しく思う。見ると、サイラスは拾われた子犬みたいな眼をクラークに向けて来ていて、ほんとやめろそういうの、とかクラークは思う。


「そ、それよりあれだな。お前」

「……お前?」


 話を逸らしたい一心でクラークがマヤに向かって言うと、案の定、絶対零度の瞳を向けられた。腐った生ごみとか、死にかけの害虫を見る時の目だ。ちょっと心が折れそうになる。


「……ま、マヤ?」

「さんは?」

「マヤ……さん? っておかしいだろ、同期だろ!!」

「同期だって、あんたはつまんない戦士でしょ。あたしは黒魔術師で、美人よ」

「だからなんだよ!」

「価値が違う」

「お前その発言は、戦士科の団員全員敵に回したぞ!?」

「だから?」

「だからっ……怖い目にあうぞ!!」

「馬鹿なの?」


 取りつく島も無いと言うのはこのことである。クラークは結構粘った方だと思うのだが。


「ま、まぁまぁ。マヤさんもクラーク君も落ち着いて」

「だからクンとか止めろって!」

「あ、ご、ごめん」


 仲裁に入ろうとしたサイラスにまでクラークが噛みつくと、サイラスは心底困ったように眉を下げた。そんなに素直な反応を返されると、流石のクラークも罪悪感とかそういうものを感じなくも無い。


「……いや、俺こそ」


 頭を掻いてクラークが言うと、冷やかな声が2人をぶった斬った。


「何あんたたち友情なんて育んじゃってるの。気色悪い」

「ぐぅぅぅ……この女ぁぁぁ……」


 ぐぅの音も出ないという言葉があるが、何とかクラークはぐぅの音を出すことには成功した。

 そのまま頭を抱えて床とかをのたうち回りたい衝動に駆られるが、実行に移した場合は、更に冷やかな視線を向けられることが容易に想像できるので何とか堪える。

 もう体力が残っていないクラークとサイラスを見て、ようやくケネスが口を開いた。


「ところで美貌の黒魔術師のマヤ様」


 おっそろしく平坦な声で、にこりともせずに言うから冗談なのか本気なのか全く分からない。流石のマヤも、ちょっとたじろいだようだった。


「な……何よ」


「いや、普通に呼んでみようと思って。これからは同期だからな。ギルド内で会うたびに、挨拶させてもらうよ。で、美貌の黒魔術師のマヤ様に聞きたいことがあるんだけど」


「……何かしら」


 平静を装っているが、じゃっかんマヤの肩が震えている。


「うん。美貌の黒魔術師のマヤ様は、家名からして東方王国の出身なのかな?」

「えぇ。で?」


 突き放すようにマヤは言うが、ケネスは頷くと、平然と続けた。


「美貌の黒魔術師のマヤ様は、大陸系の顔立ちにしか見えないけど、移民何世?」


「どうだっていいでしょ」


「そっか。じゃあ勝手に4世くらいだと思う事にする。東方王国は魔術師達の国だって言われるよね。それで、美貌の黒魔術師のマヤ様は何でわざわざメーティスギルドを選んだんだ? 東方王国にだって、冒険者養成ギルドくらいあるだろうに」


「……あんたには、関係無いでしょ」


 会話をする気が無い事を全面に押し出してマヤは言う。ただし、わずかに語尾が震えていて、持っている本で顔を覆っていた。


「そっか。じゃあ勝手に東方王国では大したことない黒魔術師なんだって思う事にする。遠くまでよく来たね、美貌の黒魔術師のマヤ様」


「あああああああああああああっ!! こいつはぁぁぁっ!!」


 とうとうマヤは悲鳴を上げて立ち上がり、持っていた本をケネスに向かって投げつけた。ケネスがひょいっ、と避けると、本は壁に当たって跳ね返り、クラークの足元に落ちる。内臓を晒すみたいに広がった、わずかに黄色掛かったページに書かれている文字をクラークは見てみる。なるほど、確かに大陸公用語ではなくて、東方王国の言語特有の角ばった文字が並んでいた。

 マヤはそのまま頭を抱え、いやいや、と駄々をこねる子供みたいに首を振った。


「こいつっ、朝の『おはよう』から夜の『また明日』までずーっとあたしのことをそのふざけた名前で呼ぶつもりでしょ! 何かみえた! そんなギルド生活が今みえたっ!!」

「はっはっは、ケネスは凄いだろう」

「あんたが威張るなっ!!」


 調子に乗ってクラークが言うと、マヤから人も刺し殺せそうな視線を向けられるが、ケネスごときに動揺させられるような黒魔術師などあんまり怖くない。

 しばらくマヤはクラークを睨みつけていたが、飽きたのか、あるいはクラーク達に余裕を見せつけようとしたのか、とにかく再び本を拾って、頁をめくり始めた。


 再び、静寂が訪れる。


 ケネスは窓の外に視線を固定し、サイラスは居心地悪そうにマヤを眺め、そしてクラークは、楽しいギルド生活になりそうだよ、とヤケクソ気味に考えて目を閉じた。


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