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ヒロイン登場

 淡く緑色に輝く石が敷き詰められた細い道の上を、巨大な列車が音も無く進む。街の近くになると、緑色の石の間に間隔が設けられるようになる。間隔は少しずつ広くなり、やがて無くなり、ただの地面になる。ただの地面の上では、当然、鉄製の巨大な列車は動かない。


 ただの地面の周囲には、駅が造られていて、長旅を終えた人々が列車から降り、あるいは、これから旅に出る者達が乗り込んで行く。整備の為の技師たちが、列車や、石の点検を行っている。丁度駅に着いた列車からは、特色上、降りて行く者は少ない。何人かは駅へ降りたが、駅に立つ売り子から、食事や飲み物を買うとまた列車の中へ戻っていく。


 純白で塗られた車体に、竜の横顔と交差する剣の院章が、黒のような濃紺で描かれている。乗り込んでいる乗客のほとんどは、大陸の各地から集まった冒険者の卵だ。その中に、クラークも、友人のケネスも混ざっている。いや、これから混ざろうと、していた。


「おぉ……これが、『罠列車トラップ・トレイン』……」

「凄いな……本当に、こんな鉄の塊も動かせるのか……」


 今の所、駅から列車を見つめて、田舎からのお上りさん丸出しで呆けている所だった。

 クラークもケネスも、『遺産』の鷹によって届けられたメーティスギルドの制服を着て、必要最低限の荷物を詰め込んだ鞄を持っている。冒険者養成ギルドは、6年の寄宿制だ。もちろん、卒業の前に退団して本職の冒険者になるのも、あるいは卒業後に、かつて冒険者養成ギルドに所属していたのだと誇らしげに語るだけの一般人になるのも、まったく本人の自由だ。


 メーティスギルドへは大陸各地から加入者が集まる。そのため、加入の時期にはギルドが保有する列車が運行されていた。


 『罠列車』の名の通り、列車を動かす動力はかつての地下迷宮の『罠』らしい。


 地下迷宮の中で、地面と同じ色をしているその石は、迂闊な冒険者が足を載せるなり淡く輝いて稼働を始め、冒険者が抗う間もなく、愚者を奈落の底へ叩き落としたり、槍の生えた壁へ叩きつけたりしていた訳である。

 その『罠』を、冒険者達は地下迷宮の地面ごと剥がし、持帰り、そうして、燃料不要の動力として利用するようになった。現代では、大陸の各地を繋ぐ列車の『道』として利用されている。


 クラーク達が見ている間にも、発車時刻になった列車の進行方向に、技師たちが間隔を調整して立ち、一斉に細長い『罠』の石を、枕木のように列車の前へ渡して行く。

 最も列車の近くに置かれた石が、列車の車輪に触れるなり、淡く緑色に輝き列車を推し進めた。『罠』の石の密度で、速度は決まるようだ。技師たちによって調節して置かれた『罠』は、少しずつ列車の速度が上がっていくように調整されている。動いた、と思っている間に、列車は淡く緑に輝く『道』の上を疾走していく。


 ほぉ、と間抜けな声を上げてしまい、しまった、とクラークは思う。が、隣からも同じ音がしたから、まぁ良いか、とも思う。


「……さて、おれたちも行こうか」


 照れ隠しみたいにケネスは言い、「だな」とクラークも頷いた。

 制服と共に届けられた切符を車掌に見せると、「君たちは、入って左の号車だよ」と告げられる。車掌に礼を言って列車の中を見ると、クラーク達と同年代の少年少女で混み合っていた。大陸で最も個体数の多い人間種族の団員が、一番多い。


 が、それ以外の種族の者も多い。種族として人間より小柄だが、頑丈な身体を持ち、褐色の肌をしている小人族ドワーフ

 猫を祖先に持つという、しなやかな身体に、猫科の獣のような耳と細い尻尾を持つ豹頭族フェルプール

 狼の民というが、穏やかな瞳や、人間よりじゃっかん長身の身体を覆う美しい毛皮は、犬のようにも見える人狼族ラウルフ

 彼らは、個体数もそれなりに多く、互いに他種族とも友好的な関係を築いているためか、団員にも多い。


 前記の4種族に比べてかなり少なくなるのは、古くは妖精を祖とするといわれ、自然と歌を愛する、線の細い美男美女の多い妖精族エルフ、そして、竜の血を受けたという、爬虫類じみた瞳と、頑強な身体の一部が強靭な鱗に覆われている竜人族ドラゴニアン。妖精族と竜人族は、その寿命の長さから、人間種族などに比べると個体数が少ない。


 また、妖精族は自然の中で静かな暮らしを望む傾向が強いこと、竜人族は、短命で脆弱な竜人族以外の種族を見下す傾向が強いことから、あまり冒険者養成校の団員にはいないと聞く。


 クラークが車両を動く中で、竜人族の少年を1人だけ見かけた。どちらかと言えば、妖精族の美少女を拝んでみたかったのだが。

 数十人、あるいは、百人少々乗せられそうな列車の中で、クラークとケネスは自分たちの座席を探す。

 列車の中は、4人掛けの個室が幾つも並んでいた。座席には、余計な装飾は施されていないが、清潔でそれなりに快適そうに見える。幾つかの個室を通り過ぎると、クラークと、ケネスの切符に書かれた座席が見つかった。


 扉を横開きに開けると、4人掛けの個室にはまだ誰もいなかった。クラークとケネスは隣同士の席だったが、まだ誰もいないしな、とお互い言い合って、窓際の席で対面に座る。

 座席の下に荷物を押し込んで、窓の外を見やる。種族の異なる少年少女が、揃って同じような制服を着ている様は、何となく愉快だ。個室にケネスしかいない気安さから、窓の外の少女を見やってクラークは勝手な事を言う。


「さっすがに、あんな田舎とは違うなー。あの子見ろよ、冒険者やめた方が良いくらい可愛いぞ」


 クラークが目で追った、わりと華奢な感じで、肩くらいまでの水色の髪を1つにまとめた少女を見て、ケネスも頷く。


「んー。あぁ、確かに。だけど、大体あれだな。女子でもけっこう鍛えてるっていうか、何て言うか」


 男女問わず、線の細いのは後衛の黒魔術師か白魔術師だろう。もしかしたら、敏捷性を重視する盗賊や狩人かもしれない。逆に、前衛の戦士や騎士です、と、武器を持っていないのに、顔とか身体つきに書いてあるような女子も、結構多い。

 機を計ったようにクラーク達の前、列車の外を1人の団員が歩いて行く。女子の制服を着た生き物を見て、クラークは一瞬絶句してから呻いた。


「……おい、見たか、今の」

「見た」


 ケネスも至極真面目な顔をしていた。


「女子っつーか、ゴリだろ、今の」

「っていうか、女子の制服着てるだけで、男じゃないのか」

「んなわけ……」

「いや、だって、入団の書類に、制服の希望欄があっただろ。性別の記入欄とは別に」


 正直、この相方はあまり表情豊かな方ではないのだが――それを差し引いても、真顔でそんな事を言い出すので、クラークは入団の書類を思い出す。書類の記入欄を思い出す。恐ろしい事だが、確かに、男に2回丸を付けた気がしてくる。


「……マジか」

「冒険者たるもの、既存の観念に囚われること無かれ、というのが理念らしいな」


 やっぱりケネスは真顔で言うが、クラークとしては、そこ? そこやっちゃう? という気分だ。だってスカートですよ? あのゴリ、髪にリボン付けてましたよ?

 とりあえず、クラークはすみやかにゴリを記憶から抹消する。衝撃が強すぎて難しいので、可愛い子を探して記憶の上書きを図る。初めて見るが、豹頭種の女子の耳は、何と言うか造りモノみたいで可愛い。特に黒髪の子だと、黒猫感が満載で可愛い。


 小人族も、大人になると男女問わず髭が生えるというが、冒険者養成学校に入るような年齢の女子は、人間より小柄で、ちょっと犬っぽい顔立ちをしていて、髪の毛の量がもふっとした感じに多くて可愛い。よし、けっこう上書き出来た。とかクラークは思う。


「クラーク、あの子とか、好きだろ」不意に窓の外を指差して、ケネスが言う。

「ん? どの……」子、と尋ねかけて、クラークは息を飲んだ。


 ケネスに見透かされているようで、じゃっかん悔しいがクラークの好みドストライクっぽい女子がいた。っぽいというか、ど真ん中にも程がある。


 いかにも気の強そうな大きな瞳。妖精族みたいに華奢で、均整のとれた体型。ちょっと不満そうに上を向いた唇。紅色に、ほんの少し紫を混ぜたみたいな、不思議な色の長い髪を、顔の横で2つに括っている。

 後衛のようだが、冒険者を志すだけあってそれなりに鍛えているのだろう。姿勢が良くて、歩いていてもほとんど身体の軸がぶれない。杖術も修めているのかもな、とクラークは観察する。


「おぉぅ……」

 唸って、クラークは頷く。分かる。仲良くなれそうにないけど、好きだよ。すげー好み。ケネスはクラークの顔を見て、ちょっとニヤリと笑う。

「分っかりやすいなー」

「ほっとけ」

 そんな事を話していると、クラーク達が座っている個室の扉がノックされて、開かれる。


「お邪魔します」


 そう言ってわずかに微笑んだのは、やはりクラーク達と同じ、メーティスギルドの新人と思われる少年だった。けっこう背が高くて、さらさらっとした金髪で、そこそこ――というか、まぁ、あれだ。


「初めまして。相席だね、よろしく。僕はサイラス」


 穏やかに微笑んで言った少年に、クラークも立ち上がって手を差し出す。握手、だと受け取ったのだろう。いかにも善良そうな顔をして、サイラスが手を握って来る。


「初めまして。俺はクラーク。イケメンは全員死ねばいいと思ってるからお前とよろしくするつもりは無い」「ごめん、こいつちょっと頭おかしいから気にしないで」


 握り潰す勢いでサイラスの手を掴んでクラークが断言すると、慣れた調子でケネスが割り込んで言った。

 どう反応したら良いのか困っているサイラスの手をクラークから引っぺがすと、ケネスは改めてサイラスと握手をして言った。


「おれはケネス。よろしく」

「あ、うん。よ、よろしく?」

「サイラスの専攻学科は? 前衛に見えるけど騎士科? 戦士科?」

「どっちにせよイケメンは滅びるがいい!!」


 真顔で世間話を開始するケネスと、あくまで呪い続けるクラークに対して、どう返したものか分からなかったのだろう。じゃっかん引きつった笑みを浮かべて、えぇと、とか呻いてからサイラスは言った。


「と、とりあえず。座っていいかな?」

「どうぞ」「うっせえイケメンは立ってろ!」


 引き続きケネスとクラークは正反対の事を言ったが、ケネスは荷物を移動させて、サイラスに席を空ける。冗談なのかそうではないのか、慣れていない人間にはいまいち判断しにくい無表情でケネスは言う。


「クラーク、ステイだ。分かるか」

「俺は犬か何かか」


 がるる、と狂犬よろしく唸るクラークと、慣れた様子で澄ました顔をしているケネスの対面の席にサイラスは恐る恐るといった感じで座り、そうしてケネス達を眺めて不思議そうに言った。


「クラーク君、ケネス君は滅びなくて良いの?」

「クラーク君とかやめろ、背中かゆい」


 顔をしかめてクラークが言うと、いかにも善良で、良いとこの坊っちゃん臭を振り撒いているようなサイラスはちょっと首を傾げて、ぽやんとした顔で言った。


「えぇと、じゃあ、クー君?」

「何で愛称になるんだよ!!」

「じゃあ、クラーク?」


 微笑んで言うサイラスに、こいつは天然か養殖かとクラークは真剣に考える。クラークの隣で、ケネスは無表情のまま爆笑するという謎の技を披露している。こえーからやめろそれ、とかクラークは思うが、サイラスはやっぱり気にしていないようだった。「ケネス君は、どう思う?」のんびりとケネスに尋ねている。


「クー君の方が良いんじゃないか」

「やめろ。ほんとやめろ、そういうの」


 適当なことを助言するケネスに、クラークは頭を抱えて呻くが、サイラスは微笑んで頷いていた。


「そっか、クー君の方がいいか」

「ちなみにおれのことはケネスって呼んで」


 あっさりとケネスは変な愛称を回避した。サイラスはじゃっかん残念そうにしていたが。


「分かった」

「いや、俺のことも普通にクラークって呼べよ。マジで」

「そうだなー……」


 微笑んでためらって見せるサイラスに、こいつ養殖だ、とクラークは判断する。イケメンで養殖とか本当に滅びてしまえ、と神に祈る。あまり信じてはいないけど。


「それじゃ、クラーク。話が戻るけど、ケネスは滅びなくて良いの?」


 養殖イケメンは、ケネスとクラークを見比べて言った。

 なるほど、確かにケネスは、田舎街の外側にある森の傍に住んで狩人をしている一家の息子にしては、不思議なくらい整った顔立ちをしている。寡黙過ぎる父親に似て愛想は欠けるが、碧がかった青い瞳に、同色の髪は、無表情さも彼の個性に仕立て上げている。


「……こいつは、良いんだよ。面白いから」


 手っとり早く言えば、どちらかというとケネスも、サイラス側の人間である。ただ、言い訳のようにクラークは言った。ケネスは、ふむ、と頷いて言う。


「おれは別にお前と漫才をやるためにメーティスまで行くんじゃないからな」

「俺だってそうだよ」

「ちなみに漫才のギャラは折半だぞ」

「ギャラなんて発生しねぇよ!」


 何年たってもよく分からない相方の発言に、思わずクラークが喚くとサイラスは愉快そうに笑って呟いた。


「仲が良くて羨ましいな。2人は同郷、だよね?」


 ここまでほいほい言い合って、今日初対面ですとか言ったら怖いだろとかクラークは思ったが、ケネスは相変わらずの無表情で説明を始めた。


「そう、同郷。南のローズベリー地方の街から来たんだ」

「それじゃ、ここの駅までは乗り合い馬車?」

「まぁ、列車の走ってない田舎だから、そうだね」

「田舎者がって思っただろ。お前はどこの出身だ、ボンボンめ」


 ケネスが同意した隙にクラークが尋ねると、サイラスは「ボンボン……」とじゃっかん傷ついたような顔をしてから言った。


「えぇと、カルタークから、かな……」

「人間種族の王都じゃねぇか! 分っかりやすい奴め!!」


 あまりの出来過ぎ君っぷりにクラークが噛みつくと、ケネスは逆に怪訝そうな顔をして言った。


「王都カルタークから? それじゃ、何だってわざわざメーティスまで行くんだ。王都だって、名門の冒険者養成ギルド……なんだっけな、名前は忘れたけど、あるだろ」

「うぅん……」


 サイラスは、曖昧な微笑を浮かべて黙り込んだ。どうも、このイケメンで高身長で王都出身の坊っちゃんにも悩める所はあるらしい。滅びれば全て解決だ、としつこくクラークは思う。

 サイラスの身の上話に全く興味が無かったこともあるが、不意にクラークは扉――というか、通路の方に意識を移す。



 世界中を巡る道に比べると、現代の技術者が造る必要のある車両の数はまだまだ少ない。また、乗り遅れる者の救済や、運行計画の緻密さもまだ『遺産』の技術に追いついていない、等々の事情から列車の停車時間はかなり長く取られている。

 クラーク達が乗っている列車の発車時刻も、まだしばらく先だった筈だ。だから、通路は行き交う団員でけっこう賑やかだったのだが、気が付くとやけに静かになっている。


「……何か、外、静かだな」


 呟くようにクラークが言うと、話題を逸らしたいからか、サイラスも通路の方を見やった。


「そういえば」

「発車はまだだろ?」


 ケネスは言うが、何となく、こう、発車時間になって少年少女達が大人しく席に着いたとか、そういう静かさでは無いようにクラークは思う。


 どちらかというと、思わず全員、息を飲んで黙り込んだような――


 不意に、ノックも何もなく、クラーク達が見つめていた個室の扉が開かれる。

 立っていた少女を見て、クラークは、こいつのせいか、と深く納得した。

「「「……」」」

 クラークもサイラスも、ケネスでさえも息を飲んだ。

 通路の端に寄って立っている他の団員達も、目を見開いて、口を噤んでその少女を見つめている。


 先程見かけた少女だった。ちなみにゴリの方では無く、クラークの好みド真ん中の方である。


 間近で見ても、いや、間近で見れば見るほど、妖精族のように綺麗な顔立ちをしている。誰もがうっとりと見とれかけて、その瞳の冷たさに絶句する。

 何と言うか、とりあえず冷たい。冷たすぎる。異様な程だ。人見知りだとか、緊張しているとか、そういう新人にありがちな壁の造り方とは桁が違う。これは近付いたら不味いと、誰もが瞬時に理解して口を噤んで道を譲るような、そういう性質の悪い生き物だ。


「何なのあんた達、気色悪い」


 案の定、性質の悪い生き物は、心底クラーク達を見下した瞳で、同級生と仲良くギルド生活を送る気ゼロみたいなことを言い捨てる。悪態を吐くその声も、じゃっかん幼さを含んで甘いものの、透き通るような美しい声で、ほんともうやだ、みたいな気分になる。そんな気分のまま、クラークは呻く。


「……冒涜だ」

「はぁ?」


 少女は実に嫌そうに言った。舌打ちまでおまけに付いてくる。何て女だ、と、絶望的な気分でクラークは立ち上がって少女に向かって言った。


「冒涜だって言ったんだよ! お前! 何なんだ! そのスペックの無駄遣いは! 世の中舐めてんのか!?」

「……とりあえず、あんたは死ねばいいと思う」

「お前の性根が直るんだったら死んでやるさ! とりあえず謝れ! 全世界に謝れ! そのスペックを、どれほどの女子が羨みどれほどの男子が憧れて絶望したか分かるか!! わーかーるーかー!?」


 クラークが絶叫し、少女の後方に立つ団員数名がクラークの言葉に同意して頷いた辺りで、後頭部に洒落にならない衝撃が走る。「ぬぁぁっ」クラークが呻いて思わず蹲ると、旅行鞄を振り回してクラークの後頭部をぶん殴ったらしいケネスが、静かな声で言った。


「やぁ、初めまして。君もこの個室の席? よろしく」


 クラークの魂の叫びも、後頭部強打も何も無かったような顔をして言うケネスに、少女はわずかに鼻を鳴らして言った。


「そうね。そうじゃなければ、こんな喧しい阿呆のいる場所になんて来ないわよ」


 そう言いながら、少女はケネスの鼻先に切符を突き付ける。いやいや、そんな至近距離じゃ、書いてある文字なんて見えないよ、と周りの団員は誰もが思っただろうが、ケネスは静かに応じた。


「なるほど、確かにこの個室の、窓際の席みたいだね」


 ケネスの言葉に、少女は嫌そーうに溜息を吐く。


「……そうね。でももう、そこの金髪野郎が窓際に座ってるし、通路側で構わないわ」


 そう言って、後ろ手に個室の扉を閉めてから、宣言通り通路際の空いている席に座ろうとする。蹲って悶えているクラークの背中をわざわざ蹴っ飛ばしてどかしてから、荷物を足下に置いた。

 ほんとこいつ近付いたら不味いな、遠くから眺めるに限る、とか思いながらクラークは立ち上がる。


「ケネス、あの距離で切符読めたの?」


 呆然としながらサイラスは尋ねる。ケネスは事もなげに頷いた。


「狩人の目は遠近両用だよ」「適当なこと言ってんじゃないわよ」


 ほとんどケネスの言葉に被せて、少女は言った。愛らしい瞳を細めて、じろじろとケネスを眺めている。やっぱりその眼は冷たい。クラークがあんな目で観察されたら、とりあえず逃げたくなる。


「あんたは、盗賊でしょ」


 恐ろしく冷たい目で、少女は断言する。

 おいおい、と思ってクラークは呆れながら口を開く。


「何言ってんだ。ケネスは父親が動物狩ってる本職の猟師で、母親が元・弓使いの吟遊詩人だぞ。弓使う為に生まれて来たような生き物だぞ。狩人に決まってんだろ」


 クラークがそう言うと、じゃっかん気まずそうな顔をして――まぁ、クラーク以外の人間が見たら、普段通りの無表情にしか見えないだろうが――「いや」ケネスは首を振った。


「実は、盗賊科に入る事にしたんだ」


「ほら聞いたか……あぁ?」


 クラーク自身も驚くくらい変な声が出て、ケネスの顔を見やる。ケネスは相変わらずの無表情だ。なにこいつ、何でこんなに驚いてんの、とか書いてありそうな顔だ。いや、書いて無いけど。じゃっかん混乱しながら、クラークはこめかみを揉みながら考える。


 ケネスは狩人の息子で、子供ながらに森の動物を相手にして鍛えた弓の腕前は結構なものだ。それを捨てて盗賊科に入団? 訳が分からない。そして、クラークさえ知らなかったことを、どうして初対面の少女が知っている? やっぱり訳が分からない。


「いや……わけ分かんないんだけど。なにお前、盗賊って。え、弓、どうすんの?」

「どうするって……普通に使うけど?」

「質問に疑問符で返すなよ。アリエルさんに怒られるぞ」

「人の母親を名前で呼ぶな、気持ち悪い」

「お前の顔を造った偉大な母君だ。美人とは全力で親しくなろうと試みるぞ俺は」

「彼女は?」

「性格ブスは除く。……じゃなくてなっ!!」


 クラークが喚いて立ち上がった瞬間、何かが飛んでくる。何と言うか、クラークが立ち上がるのが分かってたみたいに綺麗に顔面に固い物がめり込んだ。


「ぐべっ!?」


 思わず椅子に座り直して足元をみると、分厚い本が落ちていた。彼女は? とケネスに指差された少女が、額に青筋を浮かべて、何かを投げつけた姿勢で固まっている。クラークとケネスを睨みつけて来る視線は、魔物とか野生の動物とかを射殺せそうなほど鋭い。


「……誰が、ブスですって?」


 地獄の底から響いてくるような声に問われ、鼻、折れたんじゃないかとか思いながら、クラークは答える。


「いや、君の事を醜女だとは思わないよ? 全然思わないよ? むしろ顔は大好きだよ? ただ残念な事に性格は最低だから親しくなろうと思わないって言ってるだけで」

「……本当に、あんたが死ねばいいのに」


 平然と、むしろ丁寧にクラークが説明すると、少女は呪いを吐き捨てて、投げつけた本を拾おうとクラークの足元に手を伸ばした。

 ちょっとしたお茶目心でクラークが窓側に本を蹴り飛ばしてみると、少女はそれを先回りするように手を伸ばして本を受け止めて見せる。


「あんたの考えるような事なんて、お見通しよ」


 心底つまらなそうに、少女は言う。たぶん、死ねカスとか爆発しろクズとか思ってる顔だ。


「さいですか」

「えぇ」


 クラークが他に言いようも無くそう言うと、少女は頷いて、何事も無かったかのように拾った分厚い本を読み始める。考えてみれば、少女は名前すら未だに名乗っていない。本当に、何て社交性が死滅してるんだ、とかクラークはいっそ清々しく思う。


「……で、何で盗賊科?」


 随分話を巻き戻してクラークが尋ねると、ケネスは、覚えてたの? みたいな顔をしてから言った。


「いや、何となく……っていうか、正直、弓の使い方はもう知ってるしな。今更、狩人科ってのも、って思って。で、冒険者っぽくて、弓も使える学科って考えたら、盗賊科だろ」

「あー、確かに……」


 確かに、メーティスギルドに設立されている学科は、戦士科、騎士科、黒魔術師科、白魔術師科、盗賊科、狩人科の6学科である。各学科で、扱う武器の種類もある程度決まっている。戦士科なら、剣とか斧とか。黒魔術師科なら、杖とか魔導書だった筈だ。そして逆引きで考えると、弓を扱う専攻科は、狩人科か、盗賊科になるだろう。

 そこまで想いを馳せて、それでもやっぱりクラークは頭を掻いて、澄ました顔で隣に座るケネスの顔を見やる。


「それにしてもなぁ……普通に使う弓と違って、冒険者の狩人科の授業では、魔術と併用して、弓をすげー遠くに飛ばせるようになったり、薬物を使って、毒とか麻痺とか睡眠とかの状態異常付与攻撃を出来るようになったり……まぁ、冒険者ならではの色々があるだろ。そっち極めた方が、強そうだけどなー」


 クラークが言うと、ケネスはわずかに誇らしげに顔をほころばせて、それでも、よく考えた結果だよ、と言わんばかりに言った。


「ま、それでも、な。せっかく故郷を離れて、ギルドで学ぶんだ……何て言うか、親父とお袋に貰ったものだけじゃなくて、何かおれだけの、特技を身に付けられたら良いと思って」

「そっか」


 あの田舎町から離れたい一心だったクラークとは違って、ケネスはギルドで学ぶことに意義を求めているようだった。それは頼もしいような、友人として誇らしいような、急かされるような、何とも形容しがたい感情をクラークに運んでくる。

 ケネスから目を逸らすようにクラークが視線を動かすと、どこか苦しそうに微笑んだサイラスと目が合った。サイラスも、やはり思う所があるのだろうか。


 冒険者は、今や、あらゆる種族の少年達の憧れの職業になりつつある。だけどそれは憧れだけで、冒険者は命がけの、それも、見返りが確実にあるとはとても言えないような安定性に欠ける職だ。本気で目指す者は、憧れる子供の数に比べると、そこまで多くない。


 本気で冒険者を志し、冒険者養成ギルドに通おうとする者は、親が冒険者であったり、冒険者紛いの傭兵や、流れ者であったりすることが殆どだ。あるいは、昨今では落ちぶれつつある貴族や騎士の家の、3男や4男など、相続権の低い子供が目指すことも増えてきていると言うが。


 そこまでクラークは考えて、ふとサイラスを眺め直す。


 いかにも育ちの良さそうな雰囲気。王都生まれ。それなのに、王都を離れてメーティスギルドに加入した少年。


 離れたいのかもな、こいつも。


 つまらない、足を引っ張るようなあらゆる事から。


 クラークはそこまで思い至り、わずかにサイラスに親近感を抱く。それから、勝手な自分の妄想だ、と思い直して、やっぱりイケメン滅びろ、と強く思う。



 何となく、クラークとケネスの会話が途切れると、個室の中は途端に静かになる。「そういえば」サイラスが口を開きかけた所で、けたたましい笛の音が響く。


「……間もなく列車は発車します! お乗り遅れのないよう!!」


 窓の外で、駅員が叫んでいる。廊下では、ばたばたと自分の席に戻る足音が響き渡る。ガタンっ、と、列車の扉が手動で閉められる音がしたかと思うと、ゆるゆると列車が動き始めた。


「おいおい、発車するって言ってからは早いな」

「確かに」

「本当だね」


 クラークが言うと、ケネスとサイラスが頷いた。少女は完全にこちらを無視。クラークは、とりあえず彼女を『本を読む美少女人形』だと思い込むことに努める。悪くないな、それ、とか失礼な事を思う。悪態を吐かれるよりはよっぽど良い。


 ぼんやりとクラークは少女を眺め、ケネスとサイラスは窓の外を見ながらまったりと話している。


「けっこう、早いな」

「馬が早駆けするくらい、かな」

「それ位は出てるよな。鉄の列車のこの質量を、この速度って、『罠』半端ないな」

「うん、そりゃあ、冒険者が踏んでこの速度以上の速さで壁に叩きつけられたら、死んじゃう、よねぇ……」


 サイラスは恐ろしそうに、後方に流れていく緑色に光る石を眺め、ケネスは感情の読めない声であっさり言った。


「まぁ、挽肉ミンチだろうな」

「怖いよ、ケネス君……」


 サイラスは思わずと言った感じで言ってしまってから、慌てたように付け足した。「あ、ごめん、ケネス」

 聞くともなしに、ケネス達の会話を聞いていたクラークは、ふと思い至って言う。


「だけどまぁ、『罠』を地下迷宮の中に仕掛けた何かしらより、それを持ち帰って利用してる冒険者と、大陸の6種族の方が凄いだろ。何だっけな、英雄も言ってたし。えぇと……あれだ、『我らのこの強欲さこそが、我らを大陸の覇者たらしめる』」


「冒険者の9英雄の1人、アレン殿が遺した言葉だね」


 サイラスはやけに嬉しそうに微笑んでいた。崇拝者ファンなのかもしれない。9英雄と称えられるかつての冒険者は、世界に地下迷宮の入口が発見された直後に探索を行い、多くの富を持ち帰るのみならず、政治的にも大きな功績を残した。


 最も大きな功績の1つとしては、どの教科書でもまず、種族間の平等を保とうとした点が挙げられる。

 彼らは名前の通り9人で活動を行っていた。そして、その9人の中には6種族全てが含まれていた。活動開始当初は6人であり、人間種族3人、妖精族1人、竜人族1人、豹頭族1人の構成だったから、決して偶然ではない。


 彼らは当初、強力な魔力を持つ妖精族と、生まれついての戦闘種族である竜人族を含むパーティとして破竹の勢いで地下迷宮の探索を進め、そして、ある時期から、自分達が持帰る『遺産』の力の強大さを警戒するようになった。


 『遺産』の力を、大陸に広く勢力を誇る6種族の内、4種族だけで独占する事になりかねない状況を恐れ、中期からは、小人族と人狼族の若者をパーティの仲間として迎え入れた。そして、仲間に等しく分配すると言う建前で、6種族全てに、等しく『遺産』を分け与えた。


 彼らが単なる考えなしの冒険野郎であり、6英雄であり続けたら、6種族の地位は、特に『遺産』の恩恵を得られない可能性のあった小人族と人狼族の地位は、現在のように対等では有り得なかっただろうと考えられている。


 その他にも、冒険者を引退した後、あらゆる方面から引き手数多であったが、権力者の地位には極力近付かずに後継の育成に励んだ事や、あるいは、持帰った『遺産』の――特に凶悪な殺戮兵器の――管理者に立った事、などなど、彼らの活動は、歴史に大きな影響を及ぼした。


 9英雄が活動していた頃から、既に200年近く経っているが、妖精族の白魔術師、通称『黒衣の聖女』たるマリゴールドと、竜人族の騎士、通称『鋼の守護者』たるラウールは現在でも存命している。その事からも、9英雄を今なお崇拝する若者は多い。

 どこまで真実かは怪しいものだが、『黒衣の聖女』と、『紅の剣聖』と称えられた女性冒険者2人は、絶世の美女であったとも名高い。クラークとしても、全力で崇拝する所存である。


「馬っ鹿じゃないの」


 不意に、憎しみさえこもっているような声を叩きつけられて、クラークは無言のままに頷く。よし、お前、ほんとに喋るな。喋らなければ、世界は平和だから。


「……いきなり御大層なこと言い出すな」


 クラークが呆れたように言うと、少女は恐ろしく暗い瞳で、唸るように答えた。



「あんた達が全員馬鹿面下げてるから言っただけよ。それは警句なんだから、最後まで正しく記憶なさい。英雄はこう遺したのよ――『我らのこの強欲さこそが、我らを大陸の覇者たらしめ、そして我らを滅ぼすであろう』、と」



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