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楽しみだなぁ

 寮の自室に戻ると、クラウスはまだ戻ってきていないようだった。今日は盗賊科の団員に声掛けるって言ってたっけ。大変だな、とか思いながら昨日端折った洗濯を済ましてしまおうと、洗濯物を持って1階に向かう。


 洗濯場は、満員で場所がないってほどじゃないけど、結構混んでいる。授業が終わって、パーティメンバー集めなり、居残り練習なりを終わらせて、夕食の前に面倒なことを済ませるかって気分になる時間なのだろう。大陸6種族の団員――って言っても、妖精族エルフ竜人族ドラゴニアンは見当たらないから、4種族しかいないけど、とにかく種族の違う団員が同じ制服を着て、同じ場所で洗濯をしてるのは結構不思議な光景だ。


 ばしゃばしゃと制服を洗っていると、隣の団員が洗濯を終えて、別の団員がやってくる。けっこう背が高くて、生真面目そうな顔の団員だ。


「あ、フィリップ。同じ寮だったんだ」


 思わずクラークが言うと、フィリップはちょっと考える顔をして、「あぁ」と呟いた。「同じ戦士科の」


「うん。戦士科のクラーク。よろしく図書委員」


 そういやこっちは名乗ってないな、と思ってクラークが言うと、フィリップはちょっと渋い顔をした。


「こちらこそよろしく。知っているだろうが、戦士科で、図書委員のフィリップだ」

「図書委員の仕事とか、集まりとかは、もうやったの?」


 制服のシャツを絞って、体操着に取り掛かりながらクラークが尋ねると、フィリップも制服に石鹸を擦りつけながら答えた。


「あぁ、初日に戦士科の図書委員が全員図書室に連れていかれて、他の学科の図書委員との顔合わせがあった。その時に、図書委員の先輩から、簡単に業務の内容を伝えられたよ。私はさっそく、昨日カウンター業務に当たった」


「戦士科の団員がみんな思ったような事を質問しただけなのに、災難だったな」


 多少憐れみを込めてクラークが言うと、フィリップは生真面目な顔のまま首を振った。


「いや、他学科の団員と知り合う良い機会になった。先輩から、ギルド内の地下迷宮の話についても伺えたしな」ちょっと手を止めて、制服のシャツを絞ってから、フィリップは付け足す。「……もちろん最初は、何故私がと思ったが」


 正直な奴だ。まぁ、最初っからド真面目で正直だから図書委員になったわけだけど。くふ、とちょっと笑ってから、不意にクラークは思い出す。


「あ、先輩」

「うん?」

「うちのパーティのメンバーが昨日、図書委員の可愛くて優しい女の先輩が貸出対応してくれた、って言ってたんだけど、その先輩が次にいつ受付やってるか分かる?」


 至極真面目にクラークが尋ねると、フィリップは頭を抱えかけて、両手が泡だらけなのに気付いてやめたみたいだった。「クラーク、君という人は……」


「いやいや、真面目な話ですよ?」

「不埒にもほどがある!」

「えー。どうせ同じ本を借りに行くなら、可愛い先輩がいる時が良いかと思ってさー」

「えー、じゃない!」

「頼むよ図書委員~」

「断る! ……というより、6学年6学科の団員が集まっているから、一口に図書委員と言っても人数が多い。組み合わせを変えてローテーションを行っているから、マリアベル先輩が次にいつ入るかは私も把握していないよ」

「マリアベル先輩」まじまじと、フィリップを見上げる。

「……なんだね」

「可愛い先輩って言っただけで、心当たりあるんだ。しかも名前で呼んじゃうんだ」


 からかうように言うと、フィリップは顔を赤くした。「昨日対応だった図書委員の中で、女性の先輩はお1人だけだったからだ!」


「ほー」


 これは期待できそうですなぁ、と呑気に思いながら、最後の体操着を絞る。フィリップは心外そうな顔でまだ何か言いたそうだったが、クラークが「それじゃ、また明日」と話を切り上げると「あぁ、また明日」と片手を上げて応えた。


 上機嫌で部屋に戻ろうとすると、マヤが自習室に向かうのを見かける。どれだけ団員がいたって、マヤのことはすぐに見付けられるだろう。恐ろしく綺麗なくせに、人を寄せ付けない空気を振りまいて周囲に空白地帯を作っているから。


 断じてリリーが言ったみたいな理由ではないけど、声を掛けようかな、と思ってから、やっぱり洗濯物を干したいし、何となく自習室は近寄り難いので、特に声を掛けずに部屋に戻る。


「あ、おかえりクラーク」


 今度はクラウスも戻ってきていた。しかも、成果があったのか嬉しそうな顔をしている。


「ただいま、クラウス。なんか良いことあったの?」

「あ、はは。分かる? パーティメンバーがね、集まったんだよ。6人」

「お、急展開だな! 6人ってことは、パーティ完成か」


 基本的に冒険者は5、6人でパーティを組んで探索を行う。かつての英雄達の時代から続く伝統であるとも、地下迷宮内部ではぐれずに活動を行うには適切な数であるとも、宝の配分を円滑に行えるのはそれくらいが限度だとも、言う。まあ諸説あって何が正しいのかは分からないが、メーティスギルドでは、パーティの上限は6人と決められていた。


「メンバーについて、聞いても良い?」

「もちろんだよ。まず盗賊科に行ってね、レアンドロっていう団員に声掛けたんだ」


 聞いたことがある名前が飛び出して、クラークは目を瞬かせた。「レアンドロ? 黒髪の?」


「うん、そう。知り合い?」


「あぁ、ちょっとだけ。へぇ、レアンドロか」


「サイラスが教えてくれたんだけど、豹頭族フェルプールでは有名な盗賊一家の子らしくって。ダメ元だったんだけどね、でも意外とすんなり了承してくれたんだ」にこにこ笑ってクラウスは続けた。「そしたら、レアンドロがもう黒魔術師科の女の子とパーティを組む約束を取り付けてるって言うから、その子とも会って、パーティに入ってくれるか確認したら、いいよって言ってくれたから。これで5人」


「ほー、レアンドロ、やるなぁ」


 宣言通り、貴重な黒魔術師科の団員を、しかも女子団員を確保していたらしい。クラウスも感心したように頷いた。


「本当に。助かっちゃったよ。黒魔術師科なのに、って言ったら失礼だけど、でも、感じの良い子だったよ」

「……良いなぁ」


 万感の思いを込めてクラークは目を閉じた。いや、マヤ可愛いけどね。美人だけどね。知ってる。


「はは……あとは、サイラスが昼休みに声掛けられたって言って、狩人科の子を連れてきてくれたんだよね。だから、それで6人」

「それじゃ、騎士2人に、盗賊に、狩人に、白魔術師に黒魔術師か。良い感じに揃ったなぁ」

「ちょっと安全寄りだけどね。攻撃役アタッカーが、黒魔術師のキャシーしかいないから」

「狩人科は?」


 狩人と言われて、反射的にケネスの顔を思い浮かべながらクラークが尋ねると、クラウスは「どうだろうな」と呟いた。


「女の子だし、弓持ちらしいから。補助役バッファー寄りの攻撃役かも」

「女子……あぁ、そっか、てっきり男かと思ってた」

「女の子少ないからねぇ。だからクラーク知ってるかも。この寮の、マリエッタって女の子なんだけど」

「い?」


 マリエッタ。また聞いたような名前だ。団員数多いんだけどな。でも、確かにサイラスを狩りに行ったってことは、ハンター的に正しい流れかもしれない。


「い?」クラウスは不思議そうに首を傾げている。クラークは慌てて首を振った。何を弁解しているのかは、我ながらよく分からなかったが。


「い……いやぁ。知り合い、っていうか、まぁそんな感じだったから驚いて」

「あ、ほんとに知ってた。気が強そうだけど、さっぱりした感じの女の子だよね」


「あー、そう、かな。どうだろ。ちょっと挨拶したくらいだから」気が強そうなんてもんじゃなく、物凄い威圧された気がしてならないし、さっぱりしてるかっていうと、あんまりそんな気もしないのだが。

 ただ、パーティを組んだって言うクラウスにそんなことを伝えるのも躊躇われて、クラークは頷いた。「まぁ、クラウスがやりやすそうなら、良かった」


「ありがとう。本当に、そうだね。これでようやく、ぼくたちも冒険者らしいことが出来るよ」

 クラウスはちょっと考えて、「不謹慎かもしれないけど」と続けた。


「楽しみだなぁ。もちろん、遊びじゃないのは、分かってるんだけど。でも、故郷を離れて、同じ年頃の、他種族の仲間と一緒に冒険をするって、すごく貴重な経験だよね」


「……確かに、そうかもなぁ」


 メーティスギルドに来て、まだほんの数日しか経っていないのに、知り合った人の、得た知識のなんと多い事か。ここに来なければ、クラークはまだあの故郷で流れ者の父無し子と差別され、裕福な商人の娘の幼馴染に、劣等感なんだか恋心なんだかよく分からないものを抱いて、変わり者のケネスだけを友人として生きているはずだった。危ない所だった。


 もちろん、このメーティスギルドに来て良い事ばかりでもないけど、それでも本当に、思い切ってここへ来てよかったとクラークはしみじみ思った。


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