第9話
「和也ぁぁぁぁぁ!」
「おっ!?」
翌日、ぐっすりと眠っていたのに突然のサイレンの様な爆音レベルのシャラスの怒声でで俺は布団から飛び上がった。
「な、なんだよ。急に」
さっきのシャラスの叫び声の影響か、耳の奥がキンキンしているがそんな状態の俺を彼女は無視して俺の首元を掴んでテレビの前に顔を近づけさせた。
テレビに映し出されていたのは上空から撮影されている異怪との大規模戦闘を行っている聖域部隊の中継映像らしくさっきから爆発音やらキャスターの興奮気味の話し声が聞こえてくる。
こんな朝っぱらからよくやるな……今回の相手はデカイ蛙か。
画面に映し出されている異怪は濁った水の様な色の体をして、口から出ている異様なまでに長い舌が特徴の巨大なカエルだった。
巨大なカエルがその異様なまでに長い舌を隊員に向けて伸ばすが隊員が持っていた刀らしきものでスパッと一刀両断され、辺りに濁った水の様な色をしている体液がまき散らされ、ビルの側面にビシャっと付着した。
うわ、ビルにべったりついてんな……あれ、清掃費用とか凄まじいんだろうな~。ていうか、なんであんなにも異怪の体液って凄まじい匂いがするんだよ。
「で? こんな朝からなんだよ」
「あんた今日、学校休みよね!?」
今日は土曜日で本来なら学校。だがうちの学校は私立なので第2土曜日は休業日に設定されている。そんな訳で今日は休みなのである。公立に行っても良かったんだが……生憎頭が悪過ぎて名前を書いて通れるこの学校にしか来ることが出来なかった。
「まあ、休みだけど」
「点数稼ぎに行くわよ!」
「休みの日くらいゆっくりさせてくれよ」
「私の点数を稼ぐ方が重要なの! ほら行くわよ」
そう言って、シャラスは俺の意見を一切聞かずに寝巻のままの俺の腕を掴んで家から出て、闘っている場所がどこであるかも知らずに走りはじめた。
こいつ、相当点数が危ないんだな……コツコツ点数をためていくという考えはこいつの頭の中にはないのかね。半年間の間だったら結構な数の依頼をこなせるだろ。
「おい、シャラス」
「何よ!」
「今、あいつが戦っている場所知っているのか?」
そう尋ねると知らなかったのか、シャラスは急に止まって腕を組んで考え始めた。
まあ、あんな短絡的に行動をしたらどこから中継されているかなんて見ていないだろうし、なんせこいつの頭の中にはどこで、いつ闘っているかよりもそいつを倒すことによって得られる点数しか頭にないんだろ。
「東京だよ。東京」
「だ、だったらそのトウキョウっていう場所に」
「俺らが着くころには戦いは終わっている。それどころか日が暮れるわ」
そう言うと、見るからに残念そうな感じを全身で表現し始めた。
いくら、技術が進歩しているからって言っても、流石に10分や20分で簡単に着く距離じゃないからな。多分、2時間以上はかかるな。
「はぁ~。せっかくの休みが台無しだ」
「ねえ、和也」
「あ? なん……なんだ? あいつら」
シャラスに服を引っ張られ、ふと顔を上げると前方に以前、俺がボコボコにした不良共やスーツを着た男性なんかがフラフラと俺に向かって歩いてきた。
視線は定まっていないし……それに、顔に生気が感じられない。
「か、和也。あっちにもいるわよ」
シャラスが言う方向を向くと、さっきの奴と同じ状態の奴らがぞろぞろと10人くらいの集団で俺達に近づいてきていた。
こいつら……本当に生きているのか? まるで映画かなんかに出てくるゾンビみたいな歩き方だな。
電柱にぶつかっても、こけて地面に顔から倒れてもぶつけた個所を抑えもせずにただ、立ち上がってこっちへと歩いてくる。
「な、なんなのよ。こいつら、正気じゃないわよ」
「さあな。ただ、あまりいい状況じゃないみたいだし……逃げるぞ!」
シャラスの腕を掴み、集団がいない方向へと全速力で走っていくが曲がり角を曲がると、さっきの集団と同じ状態の奴らがゾロゾロと集まってきていた。
「あんた変なことしたんじゃないの!?」
「俺がしていたら誰も反撃なんかしてこねえよ! こっちだ!」
彼女の腕を掴んだまま、別の方向へと走っていくがなんせこの町には隠れられる場所は大量にあるがどこもカギが閉まっているから入ることが出来ない。
あとはこの辺りで隠れられる場所と言ったらあそこくらいしかない!
「ねえ! どこに行く気なのよ!」
「公園だよ!」
「すぐに見つかるんじゃないの!?」
「この町の公園を他の町の公園と一緒にするなよ!」
俺は近くの公園に入り、公園の中央にある砂場に入った。
「ちょっと! 何砂遊びなんかしているのよ!」
「探しものだよ!」
俺は必死に砂をかき分け、ある物を探しているんだがシャラスには砂で遊んでいる風にしか見えなかったらしい。
そんな事はともかく、早くあれを探さないとあいつらがここに来る!
必死に砂をかき分けていくと、一瞬ガリッ! という音が聞こえた。
「あった!」
俺はそこの砂を重点的に退かしていくと、持ち手のついたドアが現れ、その持ち手を持って上に上げると地下に繋がっている階段が現れた。
「ここに入るぞ!」
「え!? ちょっと!」
「良いから!」
戸惑うシャラスの腕を掴んで無理やり中に引きずり込んで階段を下りさせ、自分も地下に入ってからドアを降ろして鍵を閉めた。
助かったぜ。この公園がなかったら今頃、あいつらを避けるようにして逃げ続けないといけなかったからな。
「なんなの? ここ」
「前に言ったと思うけど、ここは、昔は開発が盛んな町だったんだ。その一環として大災害が起きた際の避難経路としてそれぞれの公園の地下に通路を作ったんだよ。それが今でも残っているってわけ」
結果、町の開発は途中で中止。この公園の地下通路も途中で工事が中断されたからどこまで続いているか俺でも分からないけど、とりあえずの避難場所としては有効だ。それに公園と公園が地下通路でつながっているから他の場所にも移動できる……まあ、時間をかければすぐにあいつらも見つけるとは思うが。
でも、なんであいつらはあんな風に変になっちまったんだ。
「ここ暑くてジメジメするわね……それに臭い!」
「そのくらい我慢しろ。なあ、異怪の事どれくらい知っている」
「かなり知っているわよ。ていうか本当に臭いんだけど」
相当自身があるらしく、彼女のその一言にはかなりの自信が感じられた。
ていうか異怪の体液の凄まじい異臭を臭いとは言わずにここの変なにおいを臭いというのかよ……悪魔の鼻はどうなっているのやら。
「そうか……じゃあ、人間を操る異怪とかいるか?」
「なんでそんなこと」
「あいつらの状態はどうみたって普通じゃなかった。操られているという風に考えるのが妥当だろ」
「そうね……」
異怪のことはこいつに任せるとして……この状況を何とかしないと。
ポケットに手をつっこんで、携帯を取り出してみるが地下なのでもちろん圏外になっており、さらに不幸な事に充電率が残り20パーセントを切っていた。
あまり、ライトは使えないか……圏外だから助けを呼ぶメールも電話も来ない。まあ、俺がメールなんか送る相手もいないし。安さんは電話番号しか知らないし。
上の状況も知りたい……でも、ニュース見たらその分だけ充電使うし。
「―――っ!」
その時、向こうの方からガシャン! という何か地面に強く物を打ち付けた時に聞こえる音が地下通路に響き、俺の耳に入ってきた。
まさか、もうここが……いや、もしかしたら操っている奴らの頭の中にある知識を使ってここまでたどり着いたのか。
「シャラス、とりあえず移動するぞ」
「分かったわ」
とりあえず、立ち上がって少しでも奴らから遠ざかるように歩きはじめた。
大体、あんな状況に出来るのはこっちの世界に入ってきた異怪かもしくは、シャラスと同じ存在の悪魔が変な力でも使って操っているのか。でも、後者は理由が分からない。
そんな事を考えながら歩いていると、地上へとつながっているドアに辿り着いた。
今、外に出たらあいつらに見つかる可能性が高いけど、こんな狭いとこに居てもどうせあいつらに捕まるんだったら広い所に出てあいつらから逃げた方が良いか。
「外に出るの?」
「ああ、いったん外に出る。んしょ!」
全体重をかけて鉄の重い扉を開けると眩しい日光が暗闇に慣れていた俺達の目に突き刺さり、少し視界が暗くなった。
先にシャラスを外に出し、俺も外に出てから扉を閉めた。
「で? 異怪の方はどうだ?」
「まあ、目星は付いたわ。この前、あんたが倒した奴覚えてる?」
「ああ」
「そいつらの種族はバードタイプ。その中に超音波を発して他種族の生物を操る能力を持った親玉がいるの。たぶん、そいつがどっかで巣を作ってこの世界に住みついているのよ」
シャラスの話を聞き、思い当たる節があった。
以前、ニュースを見ている時に最近、この世界で暴れている異怪は鳥の姿をした奴が多いって言っていたのを覚えている……多分、シャラスの推測は当たっているんだろ。
「ねえ、人間ご自慢の聖域隊って来ないの?」
「あいつらは異怪専門でなおかつ戦闘専門だ。こういう地上での戦闘以外の問題は他の部署があるんだけど……まあ、多分来ないだろ」
「なんでよ。人間の問題でしょ?」
「……シャラス。これだけは頭にたたきこんでおけ……人間っていう生き物は自分達の問題でも誰かが怪我しない限り動かないんだよ」
そんな事よりもその超音波で他種族を操るっていうバードの親玉を倒さない限り、この問題は解決しないってことか。そのためにはそいつがどこにいるかを探さないと。
『ギュオアァァァァー!』
突然の叫び声に驚きながらも顔を上げて上を見るといつの間にか俺たちの頭上に以前、倒した個体と似たような形をした異怪が飛んでいた。
「おいおい! 何でこんな近くに来られるまで気付かなかったんだよ!」
「ステルスよ! 姿を隠していたからこんな近くに居ても気づかなかった。和也! ちゃちゃっと倒して点数稼いで頂戴!」
まあ、点数を稼ぐ云々は置いておくとして……とりあえず、こいつを倒さないと!
「行くぜ!」
以前のように腕に力を入れるが何も反応せず、あの時現れた人外の姿をした腕は現れなかった。
「ちょっと! 何やっているのよ!」
「何って、避けろ! 馬鹿!」
異怪に背を向けていたシャラスめがけて巨大な鳥が突っ込んできたから、シャラスを押し飛ばして俺もその場から飛んで退くと、地面に横向きに穴が開いた。
おいおい。たったの一撃でコンクリの地面にこんな傷をつけるのかよ。
「ちょ! 離しなさいよ!」
「シャラス!」
彼女の悲鳴にも似た声が聞こえ、そっちの方向を向くと巨大な鳥がその大きな体に比例している大きさの足でシャラスを掴んで、今にも羽ばたこうとしていた。
「逃がすか!」
とにかくシャラスの腕を掴もうと近づいた瞬間!
『ゴアァァ!』
「どわぁ!」
「和也!」
巨大な鳥がその大きな両翼を大きく羽ばたかせて、俺を軽々と吹き飛ばすほどの強風を生み出し、俺を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた俺は受け身すらろくにとれぬまま、背中からコンクリートの地面に打ち付けられ、一瞬、呼吸が出来なかった。
「かはっ! はっ!」
『クカカカ!』
巨大な鳥は俺の無様な様を笑うように声をあげた後、大きな翼を羽ばたかせて大空へと羽ばたいた。
「和也! ライン!」
シャラスが手を合わせて、大きな声でそう叫んだ瞬間、彼女の両手が淡く緑色の光を発して俺に向かって一本の線が伸びてきた。
俺はそれを、倒れたまま掴んだ。
「シャラス! おいシャラス!」
一体これはなんだとシャラスに尋ねようと叫ぶが、既に彼女の声が届かない距離にまで離れていた。
しかし、俺が掴んでいる緑色の光を発している一本の線は途切れることなくその長さを伸ばしていく。
まさか、これを辿って助けに来いってことなのか……おそらく、あの異怪が向かっている場所っていうのは親玉がいる巣だろうな。そこにはかなりの数の異怪がいる……上等だ。
てめえらがそういう態度をとるって言うんならこっちもそれ相応の集団でてめえらを絶滅に追い込んでやる。
「この俺をイライラさせた償いはてめえらの絶滅で勘弁してやる。腹ぁ括って待っていろよ。鳥ども。泣こうが喚こうがグチャグチャにして殺してやるからよ」
俺は緑色の光を発している一本の線を強く掴んで、伸びている方向へと走っていった。