第34話
歩き続けること4時間ほど、イスラ曰くもう半分ほどにまで来たらしいが夜は魔獣が当たりをウロウロする時間帯なので今日はここで野宿をするらしい。
適当にそこらから枝とはっぱを持ってきてそれらを積み重ね、イスラが葉っぱに白い輝きを振ると葉に火が付き、薄暗い当たりを軽く照らす。
「1つ聞きたいんだが天使に食事の習慣はあるか?」
「あるに決まっているだろう。食事の習慣がないのは悪魔くらいだ」
それを聞き、俺はホッと一安心する。
天使も悪魔と同じように食事という習慣が無かったら天界に着いてからどうしようかと思ったわ……だとすれば今日1回くらい晩飯抜くか…………シャラス。
「……何故貴様は己の命を危険にさらしてまでシャラスという悪魔を助けようとする」
「……護るって約束したしな……」
「本当にそれだけか?」
「どういう意味だよ」
「貴様を見ていると本当に約束だけで動いているとは到底思えんのだ。別の何かに突き動かされているようにも見える」
…………そんなこと考えたこともなかったな……それはアスムやイッサがシャラスの元へやってきたときにやけにイライラしていたことと関係あるんだろうか。
今思えば不思議なことは今もだがいくつもある。
シャラスと初めて出会ったときもイスラと初めて出会ったときも目が離せなくなったし……本当によく分からないことが多すぎる。
「天使のこと、もっと教えてくれ」
「いきなり何を言い出すかと思えば……所詮、貴様とは期間限定の契約だ。話す義理はない」
「……だとしてもだ」
「なに?」
「期間限定の契約だとしてもこれから乗り込む奴らのことくらいは知っておきたい……もちろんお前のことも色々と知りたいけどそこまで踏み込める関係じゃないしな」
イスラは少し驚いた表情で俺をのことを見た後、目を閉じ、小さくため息をつくと目を開いて俺のことをまっすぐ見てきた。
「…………天使とは本来、人を助ける種族だ。貴様が言うように手を差し伸べる側の存在だ…………だがそれもNO.1が失踪してからというものは大きく逸れてしまった。私の世代は皆、悪魔は忌むべき者、それに魂を売る人間もまた消すべきものと学んできた。そのせいで人を助ける天使が人を殺すという矛盾した行動が当たり前になってしまったんだ」
……つまりあの施設の職員たちをあいつが襲撃したのに死者が出なかったのはイスラが手加減、もしくは戸惑いがあったからと……大真面目に考えても分かりにくいわ。あの時のイスラの目はマジで人を殺しにかかってきてたろ。
「そのNO.1っていうのは相当重要なのか」
「当たり前だ。全ての天使の長たる存在だ。美しく、強いその存在は全ての天使の憧れ。あの方に仕えたいがために己を鍛錬する天使だっているほどだ…………あのお方が失踪したのは今から170年ほど前と聞く……それ以来、教育では悪魔は忌むべき存在である教えられてきた……教えてくれ。本当に悪魔は忌むべき存在なのか?」
「…………全員が全員、そんな奴じゃないっていいきれない……でも悪魔にだっていい奴はいる。魔力が無いに等しいと嘘の宣告をされ、人生を壊されたシャラスを助けようと必死に戦うやつだっているし、そいつを慕うやつだっている……でもシャラスを下に見る奴のように最悪な奴だっている……人間だって同じだ。同じ存在なのに育った場所で差別され、挙句の果てには死んでも蹂躙される……良い奴がいるのは事実だが屑みたいなやつがいるのも確かだ」
今でも葬式の時に見たあいつらの一部は覚えている。15階のビルの屋上から飛び降りたことで損傷が酷いからとはっきりとは俺にも先生にも見せてくれなかったが葬式の時に隙を見て棺桶を開けた。
最悪だった……もう顔を見てこいつが誰だとは言い切れない程ぐちゃぐちゃになっており、髪型と体型を見て長年一緒に居続けた俺だから分かるくらいにしかあいつらの姿は保たれていなかった。
もうそいつらが泣くことも笑う事もない。ずっと後は眠るだけでいいのに……世界はあいつらを死んでもなお、地獄に落とそうとする。
その時、手に別の温もりを感じ、顔を上げるとイスラの手が重ねられていた。
「…………そのシャラスというやつを助けた暁には……私にも会わせて話をさせてくれ……本当に私たちにされてきた教育が正しかったのか、間違っていたのか……誰かの意見ではなく己自身の考えで決めたい」
「あぁ。会わせるさ……必ず……ところでお前の数字は12だったよな」
「あぁ、そうだが」
「……どこにそんなもん書いてんだ」
「胸元にちゃんと……な、ない」
イスラは服の中を見てそう言い、俺に背を向けて着ている服をはだけさせて数字を確認するがそれでもさっきと反応は変わらなかった。
「天使の数字は生まれた瞬間、その魔力の量、素質から数字が浮かび上がる……数字が消えたと言う事は私がさらに上の数字へ上がるか、それとも下がるかのどちらかしかない……だが私は天使とはまだ戦っていないぞ……」
「よくは分かんねえけどそれは天界に着いてから考えようぜ。そろそろ寝よう」
「あ、あぁ」
火を消すと完全に周囲が暗くなり、何も見えない状態になるがまだシャラスとの契約が残っている俺からすれば明るかろうが暗かろうが見え方は大体同じなので広い場所を見つけ、そこに横になる。
「お、おい。いきなり炎を消すきゃぁ!」
「おぐぅ!」
何も見えない状態で俺の足に引っかかったのかそんな小さな悲鳴が聞こえた後、俺の腹部にひじでも突き刺さったのかすさまじい痛みが走る。
こ、こいつ……わ、わざと…………。
どれほど偶然を装った夜這いだといいたくなるくらいの距離にイスラの顔があった。
人間と同じ白と黒がある目、俺の胸板の辺りに垂れ下っている白い髪……改めてみても目を離せないほど、美しい。
「あ~……大丈夫か?」
「あ、あぁ…………」
そう言い、イスラは地面に手を突き、広い場所を探して俺の隣に横になった。
「確か黒は悪魔を連想させるから忌むべき色だったよな……それも教育か?」
「いや。それは昔からだ……もともと天使と悪魔は相反する存在だ。我々天使の伝承などでも大体は悪魔を滅する場面が多い。その時に黒がよく使われているのだ……ただ例外がいくつかある」
「例外?」
「あぁ……伝承は過去の偉人たちにより、物語として……また絵画として語り継がれる……一度貴様はその伝承を聞いた方が良いのかもしれない。時間があればだが」
「端的に言えばどんな」
「……聖と魔をその身に宿すものが現れし時、世界を覆う闇は払われ、地上に光が降り注がん……端的に言えばこうなる」
聖と魔……つまり天使の左腕と悪魔の右腕のことか……そう言えば魔王も俺の右腕を見て伝承通りだとか言っていたが片腕だけ持って行っても意味がないんじゃないのか……いや、もしかしたら俺がこうなることを予想して敢えて生かしたのか。天使の左腕を得た俺から左腕をも奪おうとする。だから俺をあの時殺さずに生かした。そして俺は奴の予想通りに天使の力を得た……ただそうなると研究所を襲った悪魔の言ったことが気になる。あのクソみたいな若造……恐らくそいつは魔王を指しているんだろうが……じゃあ奴が忠誠を誓った奴はいったい誰なんだ。
「夜空も例外の1つだ。夜が明ければ我らの太陽が昇る。その時間をじっと耐え忍ぶべし……幼い頃、そう教わった」
「お前の母ちゃんにか」
俺の問いにイスラは首を左右に振って否定する。
「私は捨てられていたそうだ。ちょうど170年前の寒い夜。教会の前に……私は父親の顔も母親の顔も知らない。写真すらもない」
つまり孤児か。俺なんかよりもよっぽど辛い境遇で生きてきたんだろうが俺なんかと比べてこいつは遥かに精神的に強い。
俺は……まぁ、両親のせいかは知らないが顔も写真でしか見たことがなく、声すら聞いたことがない俺は結局、中途半端に不良になった。
「だが私はそれでもいい。いつかは会えると思っているからな……そろそろ寝る」
そう言ってイスラは俺に背を向け、もうそれ以上喋らなかった。
「ど、どういう事よ! なんでシャラスが!」
「そんなのこっちが知らないわよ! でも魔王様が言った以上、絶対になさるわ」
「……ナロスタ。それはいつ執行されるの」
「……あんたまさかシャラスを助ける気なの? 無理よ、イッサ。いくらあんたが強いといっても魔王には絶対に勝てない」
「じゃあ諦めろっていうの!? シャラスは……シャラスはただ単に人間と契約してしまっただけじゃない!」
「それが理由なんだと。人間と契約はするな……それを犯したあいつはもう無理よ」
「……あいつは……和也は何やってんのよ」




