第30話
目を覚ました時、一番最初に視界に入ってきたのは見慣れない白い天井だった。
起き上がろうとするが体が右の方に倒れていくのでいつものように右手で体を支えようと腕を動かした瞬間、腕に痛みが走るとともに体がベッドに落ちた。
…………そうだったな。俺、あいつに腕持っていかれたんだっけか。
思い出すのは奴によって異能ごと肩から先を切断され、腕を奪われただけではなく護ると決めたはずのシャラスさえも奪われてしまった。
「おう、起きたか」
自動ドアが開くような音ともに男性の声が聞こえ、左腕だけで何とかバランスを保ちながら上半身を起こすとベッドの足元の近くに白衣を着た茶髪の男が立っていた。
「……あんたが助けてくれたのか」
「まあな。あ、俺は朝倉亮。医者だ」
「……じゃあここは病院か」
「正確に言えばとある施設の医務室だがな。ついて来い、案内してやる」
そう言われ、近くに置かれていた薄い上着をどうにかして着て朝倉と名乗った医者の男の後ろをついて俺が今まで眠っていた部屋から出た瞬間、また無いはずの右腕に痛みが走り、思わず壁にもたれ掛る。
「あ~。やっぱ発症したか。幻肢痛」
「幻肢痛?」
「事故なんかで四肢を切断した人に起こる難治性の疼痛でな。ハッキリとした原因も治療法も分かっていない。ないはずの腕や足に痛みが走るんだよ」
その幻肢痛とやらの痛みのあまり、俺は壁にもたれ掛った状態でへたり込んでしまう。
こ、ここまで痛いのか……今まで殴られたり殴ったりして痛みには慣れてるつもりだったんだけどな……まだまだ甘ちゃんだったってわけか。
「悪いが痛みどめなんかが効果はないんだ。痛みを発している部分がないからな」
「……医者の癖に手も貸さないんだな」
嫌味をたっぷりふんだんにこめて朝倉に言い放つが奴は呆れ気味にため息をつき、白衣のポケットに手を突っ込んで俺を見下ろしてくる。
「医者の仕事に介助はねえんだよ、ボケ。介助してもらいたけりゃ看護師にでも頼め。ていうか医者が全部が全部の病人を治すと思うなよ。治したいっつう気持ちがある患者を助けんだよ」
「……それもそうだ」
奴が言ったことに納得し、大きく呼吸をしてまだ痛みが残る無いはずの腕を庇いながら壁を伝ってどうにかして立ち上がるが額から脂汗がタラタラ流れ出てくる。
「当分は壁伝いに歩くことだな。下手したら死ぬぞ」
「かもな……で、ここはどこなんだよ」
「まあそう急かすなって。ついて来いよ」
ついて来いっていうんなら少しは俺の歩く速度に合わせて歩いてくれねえかな……まあ、あいつに行っても何にも響かないとは思うが。
心の中で嫌味を言いながら壁伝いに歩いていくと1つの大きな扉に辿り着き、そいつがコントロールパネルらしき場所に顔を近づけると電子音が鳴り、大きな扉が開いていく。
「あ、所長! おはようございまーす!」
扉が開いた先にあったのはかなりだだっ広い開けた空間で層に分けて部屋が区切られているのか左右にズラーッと天井まで部屋がいくつも積み上げられている。
ほとんどの奴らが白衣を着ており、書類を見ながら忙しそうに歩き回っている。
そんな中、朝倉のことを所長と呼びながら白衣を着た女性がこちらにやってくる。
「発電技術の伝授、全部終了しました!」
「お疲れさん」
「あ、もしかしてこの人が」
「あぁ。こいつは朝倉和美」
……朝倉?
そんなことを思ったときにふと2人におそろいの指輪が薬指はめられているのが見え、それを見てようやく2人が夫婦であることに気づいた。
随分と若い嫁さんを貰ったもんだな。まあ朝倉自身も若いんだろうけどそれでも嫁さんの方が若く見えるな。
「どうも。朝倉亮の妻の朝倉和美です。腕大丈夫?」
「ま、まあ」
「こいつは発電部門の部長だ」
「技術開発でもしてんのか」
「いいや。ここは悪魔に人間の技術を伝えるために作られた施設だよ」
人間の技術を教える施設…………こんなデカい施設が人里離れた場所につくられたのは他の無関係な奴らに感づかれない様にって話か……にしても人間は悪魔と協力関係にあるってわけか……でもそうだとしてもなんで悪魔は人間と契約しちゃいけないんだ……今すぐにでもシャラスを助けに行きたいがこんな状態で行っても殺されるのは明白だし、そもそも冥界にどうやっていくのかすら分からない。
せめてイッサにでも連絡が付けばいいんだが。
「悪魔と連絡はできるのか」
「悪魔と? 悪いが個人同士はできんぞ。冥界政府になら連絡できるとは思うが……何故だ」
「いや……忘れてくれ」
「でもほとんど悪魔さんには技術教えちゃいましたね~」
「そうだな……まぁ、向こうさんの寿命はこっちの何百倍もあるし、あとは勝手に発展してくれんだろ。和美、こいつを適当に案内してくれ」
「オッケー! じゃ、行きましょうか」
朝倉旦那と分かれ、朝倉嫁についていきながら施設の奥の方へと入っていく。
「ところでなんで貴方は森で倒れてたんですか? 腕も切断されてましたし」
「まあ……話せば長くなるんですが」
施設の奥へ向かいながら朝倉妻に俺が森に倒れていた経緯を話していく。
俺が悪魔と契約していた契約物であること、腕を切断されたのは異能を奪われたため、そして魔王相手に戦った結果こうなったことを全て話した。
「といった具合です」
「……おかしいですね」
「なんで」
「だって悪魔と人間は協力関係にあるんですよ? なのに悪魔と契約したからっていう理由で腕をちょん切って持っていくなんてひどすぎです! というかなんで腕持って行ったんでしょうか」
……そう言えばそうだ。なんで奴は俺の腕を切断して持っていくだけで殺さなかったんだろうか……あいつの力なら俺なんて小物は一撃で葬れるはずなのにわざと反撃せずに俺の出方を待っていたり、攻撃をわざわざ魔法陣で防いだり…………そう言えば伝承がどうのって言ってたな。
「さあ? 俺も分かんないです」
「ですね~。あ、何か食べます? 近くに食堂あるんですよ~」
「……じゃあ行きます」
ちょうど腹も減っていたので朝倉嫁の案内の元、食堂へと向かうと既に昼は過ぎたらしく、食堂に白衣を着た連中の姿はほとんど見当たらず、ポツポツと座席に座っているくらいだった。
「何食べます? なんでもありますよ~」
「あ、和美ちゃん! これ良かったら食べなよ!」
「ありがとうございます~」
「あ、これもあげる!」
次から次へと食堂内にいる男からまだ手を付けていない料理が納められていき、テーブルにはあっという間に5品の料理が揃った。
……モテモテってやつか。
「なんだか集まっちゃいましたね~。なんでみなさん私にくれるんでしょう?」
なるほど。無自覚のモテモテってやつか……もしくは旦那以外男性なんて眼に入らないっていうタイプで他の男は眼中でもないっていうタイプか……まあ、冷める前に食おう。
近くに置かれている箸入れから割り箸を一善取り、適当な奴から食って行こうとするが利き腕ではないほうの腕のせいで上手く箸が握れず、食べることができない。
な、中々利き腕じゃない方で食うのは難しいな。
「あ、私が食べさせてあげますよ~」
その瞬間、周囲の男どもから怒りの籠った視線を大量にもらうがそんなものは無視して見せつけるかのように朝倉嫁に食べさせてもらう。
……こんなことしてる場合じゃないんだが……飯食ってから行動開始するか。




