第3話
お気に入り登録が増えないな……悲C
お隣にシャラスという悪魔が引っ越して来てから早数日が経過したんだが特段、普段と何も変わらない日々が続いている。
隣からは全く声などは聞こえず、心配になって逆に訪問しようかと思うくらいに静かだが夜になるとあいつから部屋に来るので訪問まではしなかった。
そんなある日の夜のこと。
「ごっ!」
グッスリと眠っていた俺だったが腹に凄まじい痛みを感じ、寝ぼけ眼のまま起きると何故か数時間前よりも生き生きとした表情をしているシャラスが俺の目の前に立っていた。
壁に掛けられている時計を見るとまだ、夜中の1時。
「なんだよ……まだ、夜中だぞ」
「夜中だから起こしたのよ。依頼が来たわ。行くわよ」
シャラスは少し笑みを浮かべながらピラピラと俺の前で1枚の紙を見せた。
「依頼? なんのことだよ。んんん~。眠」
「良いから。後で話すから、今は何も言わずに来て」
「ヤダ……俺は寝る」
そう言い、再び眠りに身を任せようとするが―――――。
「お願い! 私の点数がかかっているのよ!」
と言われ結局、俺は今にも閉じそうな目をゴシゴシと擦り、スウェットのまま外に出た。
時間は真夜中と呼ばれている時間帯なので当然のごとく、外は真っ暗だった。
「ほら、早く来て」
シャラスに急かされ、欠伸を噛みしめながら俺は街灯も付いていない真っ暗な道をゆっくりと歩きはじめた。
この町の夜はかなり怖い。街灯のほとんどがそのやらなければならない機能をすることが出来ない状態にあり、完全に真っ暗。夜中の1時ともなれば辺りは寝静まるからさらに恐怖感は深まる。生まれた頃からこの町に住んでいる奴らにとってはなれたものだけど。
「えっと……あーもう。見にくいわね」
何やらシャラスは手に持っている物と睨めっこしながら時折、鬱陶しそうにブツブツといいながらも先頭を歩いていた。
……いくら、6月とはいえやっぱり夜は少し肌寒く感じるな。
これから夏の本番がやってくる……また、あの天然サウナ地獄を2カ月以上も我慢しなければならない年がやってきたのか。
クソ。仕事に熱中し過ぎて育児を途中で放棄しやがった親が渡してくれる生活費がもっと多ければもっと、ましなアパートにも住めてあんなクーラーも付いていないオンボロアパートにも住まなくてよくなるのに。せめて、15万は欲しい。流石に家賃を払った後の仕送りで1ヶ月、暮らすのは節約してもかなりキツイ。今じゃ1日3食なんかできない。
「着いたわ」
シャラスが立ち止まり、右側を向いたので俺もそれに倣って右側を向くとそこには俺の家なんかとはもう比べ物にならないくらいの豪邸が建っていた。
入口の役目を果たしているのは大きな門、その奥には小さな噴水の様な物が設置されているのが見え、豪邸にまで通じている道の両脇にはライオンやら鷹といった動物の姿が彫られた石の置物が置かれていた。
この辺りじゃ有名な豪邸だな。この町で最も大きい家といえば、この家をさす。
確かここに住んでいる人って世界的に有名なデザイナーだったっけ? なんでもこの町が出身地で本拠地をここにしたいとかでここに引っ越して来たらしい。
ちなみに市が独自に設けている税金の税収はほとんどがこの人からという噂がある。
「なんでこんな所に?」
「ん? ああ、依頼よ。悪魔はね、昔から人間と手を組んで代価を貰う代わりにその代価に見合った事を行ってきたのよ。ま、言うならなんでも屋さんよ。ほら、前に説明したでしよ」
そう言って、インターホンを押すと女性の声が聞こえてきた。
『はい。どちらさまですか?』
「なんでも屋のシャラスです! 依頼を遂行しに来ました!」
『どうぞ』
インターホンが切れたと同時に、ゴゴゴゴ! と重い音を響かせながら石で作られた門が開き、俺達が中に入ってもいいという許可を出した。
流石に悪魔っていう事で通っている訳じゃないらしいな……。
「こんばんは。よく来て下さいました」
そんな事を考えながら敷地の中を歩いていると綺麗な女性の声が聞こえ、顔を上げると前から上品さを感じさせるような雰囲気の女性が俺達の方に歩いてきていた。
綺麗だな……シャラスを美少女とするならば目の前の女性は大人な美人ってところだな。
「うぉ! 超美イダァ!」
「どうかなさいましたか?」
「いいえ、なんでもありません」
超美人と言おうとしたところで、何故かシャラスに思いっきり足を踏まれてしまった。
依頼人に鼻を伸ばしてんじゃないわよ! とかそんな感じだろうな。何も踵で踏まなくても良いんじゃないかと思うんだが。
「外では何なので中へどうぞ」
女性の案内のもと俺は人生で初めてお金持ちが普段、見ている世界を見ることとなった。
玄関口である大きな扉を女性が開けると、まず広がっているのは両サイドに伸びている大きな階段。そして赤色の絨毯が階段までの綺麗に道を彩っており、さらに靴を脱ぐ場所は一般家庭よりも2倍か3倍は大きいし、客用に用意されているスリッパもモコモコの毛が生えており履き心地は抜群そうだった。
……なんか、どっかのパーティー会場に来ているみたいだ。行った事ないけど。
スリッパを履き、女性に案内された一室へと足を踏み込むともうそこは俺が知っている世界とは別次元とも思える世界だった。
部屋の隅に置かれているベッドはとても一人用のベッドとは思えないほどの大きさを誇っており、部屋の中で異様にその存在感を示していた。
さらに次に目に入ったのは置かれている家具の数々。
まずはテレビ。もう個室にテレビが置かれている時点で俺からすれば十分びっくりなのだが置かれているテレビがまた最近、売り出されたばかりであろう最新の薄型テレビ。
ていうか、あれ紙じゃねぇの!? ていうくらいに薄い……まあ、盛ったけど。
さらに部屋の端に置かれている勉強机には遠目に見ても、分厚いと分かるくらいに厚い本がたくさん並べられており、机の上にはそれとは対照的な雰囲気を出している可愛いテディーベアの数々が並べられていた。
壁際にはこれまでデザインしてきた物らしき物と一緒に依頼主が映り込んでいる写真がいくつもケースに入れられて立てかけられていた。
どの写真を見ても依頼主の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「おかしいですよね。自分がデザインしたものと一緒に映るって」
「おかしくないですよ……私は良いと思いますよ。自分が作りだした物と一緒に写真に映る……嬉しそうな顔をしているなら、それで」
「ふふふ。そうですか……あ、依頼なのですが」
女性が視線を向けた場所を見るとこの豪華な空間の中でただ一つだけ、全く逆のベクトルの雰囲気を醸し出している部分が目に入った。それは――――――。
「凄いグチャグチャのクローゼットすね」
「うぅぅ……お恥ずかしい限りです」
机とは真逆の位置に置かれているクローゼットからは凄まじい数の服があふれ出しており戸棚は全て開けられ、そこに服が掛けられていたり、どうやって巻いたんだっていうくらいにグルングルンに巻かれているマフラーがあったりと目も当てられない惨状だった。
「で、今日のご依頼は」
「はい。あの惨状をどうにかしてほしいのです」
いや、自分でしろよ――――――そう言いたい気持ちをぐっと心の奥に押し込んだ。
そんな事言ったらまたシャラスに踏まれるからな。
「こんな事は自分でしなければならないのですが、実は私、今日の早朝の4時には出かけなければならなくて……」
壁に掛けられている時計を見ると夜中の二時。なるほどね。少なくとも仕事をする前は少しでも長く睡眠をとりたいと。でも、片付けていると寝られないからなんでも屋さんに頼んであの惨状をどうにかしてほしいと。
「分かりました! 私にお任せ下さい!」
そう言われ、女性はパァ~と明るい表情を浮かべた。
「良かったです! やはり、ネットの噂どおりです!」
「どんな噂なんですか?」
「どんな事でも絶対に解決してくれるなんでも屋さんがいるって」
ここまで悪魔が忍び寄っていたとは……世界の裏側というのは末恐ろしいですな。
「では、代価の方ですが」
「あの中の服を5着までなら差し上げます」
「ぜひ、やらせていただきます! ほら、さっさとやるわよ!」
代価の内容を聞くや否や、シャラスは目をキラキラ輝かせて俺の腕を引っ張り、クローゼットへと引っ張っていく。
なんで、こんなにも女子って服の事とかになると必死になるのやら。
「では、私はこれで。5着までなら好きな物を持っていってくださいね」
呆れながらも服を整理していく中、依頼主の女性はそう言って大きなベッドに横たわって眠りについた。
よく、他人がいる前で寝られるな。それだけ疲れていると言う事なのか……ともかく仕事をするか。
「……本当になんでも屋じゃねぇか」
「代価を貰えば何だってやるのが悪魔なのよ。ほら、口を動かす余裕があるなら手を動かしてさっさと服を整理しあぁ! この服可愛い!」
「………………」
「んん! かたづけるわよ」
ジト―とシャラスの方を睨みつけると咳払いを一回して、すぐさま表情を元に戻してさっきまで手に持っていた服をちゃっかり、きちんと畳んで自分の足元に置いた。
品定めと同時並行して片付けられる女性ってなかなか凄いよな。
そんな事で感心しながら俺はシャラスの隣に座り込んでせっせと大量の服を畳んで、クローゼットを綺麗にしていった。
「うわ、これまだ値札付いてるし……一、十、百、千、万……ろ、六万五千円!?」
こ、こんなにも高い服を初めて見た。
俺の服なんか多分、上下合わせても五千円は行かないぞ……それを上の服だけで圧倒的な差を広げるとは……げっ! このカバンなんか何万じゃなくて何十万じゃねぇか!
「カバンごときでここまで値段が高くなるのかよ」
「そう? ブランド物の服だったらこれくらいでも安いと思うけどね。あっ! これなんか可愛い! これ貰っちゃおうかな!」
…………やはり、女の子が言う可愛いという言葉の真意を男の俺が理解することなど不可能だな。服なんか見て可愛いとかの感情が出てくる方が男の俺からすれば不思議なことなのだが。
とにかく俺はこの異次元の世界から一刻も早く脱出したいのでそれ以降、一言も話さずにグチャグチャのタンスを綺麗にするために腕を動かし続けた。
「うふふ♪。今度、外にでる時に着よ」
あれから約1時間、ひたすら服を整理していきようやくその作業が終わった俺達は真夜中の道を2人で歩いて、家へと向かっていた。
よっぽど可愛い服でも貰えたのか、シャラスはさっきから笑みを零しながら何度も袋の中に入っている服を眺めている。
「なあ、ところで依頼ってなんなんだよ」
「あ、そうだった。前にも言ったけど私たち悪魔はね、古来より人と手を結んできたのよ。代価を得る代わりにその代価に見合ったことをやる。そういう事をしてきたおかげで人間の文化や技術なんかが悪魔の世界に流れ込んできたの。悪魔がここまで生き残れたのも人間のおかげっていう事も多いのよ。逆に悪魔の技術が人間に流れたことで発展したって言うのもあると思うわよ」
成程ね。人間から代価を得ていくうちに人間が生み出した道具なんかが悪魔の世界に持ち帰られていき、それを研究、解析して自分のものにしていくことで悪魔の世界も発展していったって言う訳ですな。なんだ。悪魔っていうから人を食ったりするかと思えば案外、そういう系じゃないんだな。俺たちの想像している悪魔はただ単に物語上の事ってわけね。
もしも、シャラスが言った事が大昔にあったとすると聖域武装は悪魔から流れてきた技術を利用したことで生まれた技術…………そうだとした人間は一体、何年前から悪魔と手を組んだんだ……いや、それ以上にどうやって悪魔と関係を持ったんだ。
モンスターゲートが開いた後か……そう考えるのが普通か。
「依頼をこなしていくことで悪魔としての能力も向上していくわけ。凄い方なんか歴史上の人と契約したことがある人だっているんだから。極たまにだけど依頼の内容が戦いになる場合もあるけど」
「出来ればそのたまにはというのには遭遇したくはない」
「でも、依頼をこなせばその難易度によって点数が入ってくる。難易度が高いものをこなせば必然と入って来る依頼の数も増えるしその中で戦闘に入る依頼だってあるわよ」
その前に俺が特殊な力とやらに目覚めないといけないんだけど。
「にしても真っ暗すぎない?」
「そりゃ、この町の電灯ほぼ全滅しているからな」
この町の電灯はほとんど全滅している状態だからあまり夜は誰も一人で歩きたがらない。
本当に何も見えなくて、少し先でも真っ暗で何も見えないし、それに数年前に起きた殺人事件なんかの影響もあってこの町の夜には人は1人もいない。
「この町って治安いいの?」
「数年前までは。人はほとんどいないから犯罪はほとんどなかった。あったとしても万引きくらいだったんだけど最近、あんまりいい話は聞かないな」
「ふ~ん。まあ、私からしたらいつも通りなんけど」
悪魔は夜の住人だから真っ暗闇でも普段と同じように生活できるって話か?
「もう、依頼は来ないのか?」
「分かんない。依頼はほとんど夜に来るけどね」
「なんで夜なんだよ」
「ほとんどの悪魔が異怪と契約するからよ。異怪は眠らないって言われていてね。それに悪魔は明るい時間はあまり動きたくないって人が多いの。だから、夜に多くの依頼が来るのよ。朝に来るのもあるけど点数が高くて、尚且つ難易度が高い依頼は夜に来ることがほとんどね」
なるほどね……俺と契約したこいつはかなり不便ってわけか。人間は夜になれば寝る。
人間ほど扱いにくい生物もいないと思うけど。
「なんでお前は明るくても外に出たんだよ。悪魔は明るいうちは動きたくないんじゃないのか?」
「全ての悪魔がそう言う訳じゃないのよ。朝からバリバリ働く悪魔だっている」
悪魔は夜行性。でも、全ての悪魔が夜に活動を活発化させるんじゃなくて朝から活動を活発化させている奴もいるってことか。
「ところであんた両親は? 何で一人暮らしなの」
「俺の両親は聖域隊の戦闘部隊の一員。でも俺を生んですぐに施設にぶち込んだんだよ。俺みたいな境遇の子供が集められた施設に」
「要は育児放棄ってわけね」
「簡単に言えばそうなる」
高校に進学するとともにその施設から出てきて、施設側からの警告でどうにかして両親から生活費を貰って一人暮らしを始めた。
今もどっかで汗水たらして地球の平和のために闘っているんだろうな……俺的には子供の方にも少しは意識を向けろといいたい訳なんだが。
だから、世論的に聖域隊に入隊する人物には結婚禁止令なるものを出したらどうかという意見もあるんだがそれはなんか色々とまずいらしく、実施されていない。
「なんか人間もややこしい事情があるのね」
「まあな。悪魔にもあるんだろ?」
「もちろんよ。まあ、育児放棄は無いわね。悪魔は出生率が人間よりも少ないから生まれてきた子供は大切にする傾向があるの。純血でも混血でも分け隔てなく育てていっぱい愛情を注ぐ。それが悪魔ね……まあ、愛情を注がない場合もあるんだけど」
暗くてよく見えなかったがそう言うシャラスの顔はどこか、悲しそうに見えた。
…………人間も悪魔の様に出生率が低かったら…………俺みたいな存在も存在しなかったんだろうか…………今更、どうこう言って両親が普通の親に戻るかって言われたら戻らないんだけどさ……子どもとしては親ともっと遊びたいと感じる。
施設に入ってからは共通点がある奴らばかりだったから皆と一緒に遊んでいる間は親の事なんか忘れていたけどやはり、寝るときなどは感情が上がってくる。
だから、見られない所で泣いたりもしたし親子が楽しそうに歩いているのを見ればその親子に対して嫉妬なんかの感情が湧きあがってきたりもした。
その所為なのかは知らないが、俺のような境遇の子供は大体の奴らが普通の道を外れる。俺みたいな不良もどきみたいなのになる奴もいるし、暴力団に入っている奴もいる。ごく稀にだがまっとうな人間に育って警官になったっていう奴もいるけどそんなのは本当に少ないらしく、大体は道を外れるらしい。
風の噂で聞いたんだが俺と同じ時期に入所してきた奴が人を殺して今でも少年刑務所に服役している奴もいるし、逆に恨みを買われて殺されたりしているっていうのも聞いた。
ふと、視界に明かりが点いている電灯が目に入った。
今どき電気がついている電灯も珍しいものだな。
気にする事なく、電灯の下を抜けようとしたとき、視線を何気なく下に向けると明らかに俺達のどちらでもない影が俺とシャラスの影の間に映っていた。
「っっっ!」
慌てて後ろを振り返ってみるがそこには誰もいなかった。
気のせいじゃないよな……確かに俺たちじゃない誰かの影が映っていた……しかも人間じゃなかった……。
「どうかしたの?」
どうやらシャラスは先ほどの影を見ていないらしい。
俺だけに見えていたのか? ……いや、暗闇の中じゃ悪魔の方が見えているはずだ……ただ単にあいつが見逃しただけの話か。
「いや……何でもない」
さっきの事は気のせいだと自分に言い聞かせながら俺は前を向き、シャラスと雑談をいくつか交わしながら自宅へと歩きはじめた。