第27話
学校も夏休みに入り、セミの鳴く声が鬱陶しくなった8月中旬。俺はエアコンも効いていない蒸し暑くて仕方がない部屋の中で上半身裸になってただひたすら腕立て伏せを行っていた。
7月末のあいつらの命日の日に決意したあれを達成するためにはもっと今よりも強くならなければならず、異能の右腕と喧嘩で培った勘だけでは絶対にこの先の戦いで勝ち残れないだろう。
現にアスムとの戦いじゃ終始、あいつの魔法に押されていたようなもんだし……それに相方が魔法も何も使えないから俺がもっと強くならなきゃいけないんだ。
「あっつ~い。ねえ、エアコン効いてる場所ないの?」
「悪いがこの辺にはそんな天国みたいな場所はねえよ」
「なんで!? 冥界だってほとんどの施設にはエアコン置いてあるわよ!?」
「冥界とこの町を一緒にすんなよ。この町の経済状況はこの国で一番悪いって言われてんだよ。なんか経済破綻一歩手前とからしいぞ。だから電気代削減とかでエアコンとかの電化製品は公共施設からほとんど取り外されたんだよ」
100回2セット目を終え、今度は片腕でさっきと同じ回数行う。喧嘩ばかりやっていて程よくついていた筋肉がここ1カ月ほどの筋トレでまあなかなかいい具合の筋肉に変わってきた。
元々俺の体質的に筋肉がつきやすい体質らしい……まあそこにシャラスと契約したことによる身体能力の向上も上乗せされているんだろうけど。
「今じゃ市役所しかねえし、市役所も市役所でほとんど使ってねえらしいぞ」
「もうこの町貧乏過ぎ! なんで私こんな町に落ちたのよー!」
シャラスがそう叫んだ時、ふとイッサが言っていたことを思い出す。
イッサたちは教員による転移魔法陣によってこの世界へ転移してきたらしいがシャラスだけは違い、魔法陣による転移ではなく安全膜とか言う膜を被ってこの世界へ落ちてきた。
「なあ、お前こっちの世界にどうやってきたんだよ」
「どうやってってそりゃ私も魔法陣でバビュンとこの世界へ来る予定だったのよ? でも私、魔力無いから途中で操作を誤りかねないってことで安全膜っていう膜を被ってくださいって言われたからそれを被ったんだけどさあ出発ってところでやっぱりこっちに変えてくれって言われたのよ。なんか最新式の安全膜だからってことで。でもあのありさまよ」
……その最新式の安全膜ってやつのお蔭でお前は今もこうして生きているんじゃないのか? でもアスムのオーナーがあの初老の大臣とか言うやつだったよな……何で大臣はシャラスを殺そうとしているんだ……そもそもなんでイッサの言う通り、冥界にいる間に殺さなかったんだ。それに……アスムにシャラスを誘拐させた時も俺達が来るまでに殺せる時間はあったはずなのになぜか眠らせただけで殺しはしなかったよな……どうしてだ?
「……ねえ、海ある?」
「海だぁ? まあ確かにここから歩けば一応あるにはあるがそこの海」
「行きましょう! ぜひ行きましょう! ていうか今から行くわよ!」
「お、おい!」
「ほらさっさと服着替えて!」
適当な服を投げられ、ちゃちゃっと準備を済ませて玄関に立つシャラスを見て俺は呆れて何も言えなくなってしまったがとりあえず俺も暑いことは暑いのでシャラスの言う事に文句は言わず、準備を整えて海へと向かうべく、家を出た。
「な、なによこれ」
「なにこれって海だろ」
「こ、こ、こんなの海じゃなーい!」
シャラスの叫びがよく響く。
まあ確かにこいつが言うのも無理はない。南畝この町唯一の娯楽と言ってもいい海はもうゴミだらけでそこら中からヘドロの匂いがして鼻が曲がりそうになるし、夏の暑い日になるとそれがもっとすさまじく変容を遂げて近づけば病院送りと言われるほどの悪臭が漂い、冬の寒い日は寒い日で風に乗って俺が住んでいる町にまでこのヘドロ臭さがやってくる。
ゴミと言っても種類は様々。ビールの空き缶、使えなくなったテレビや冷蔵庫、遠目から見ても虫がたかっている生ごみらしきもの、砂浜に埋もれたビール瓶、挙句の果てには犯罪者が乗り捨てたままの車までもある。
「汚すぎるでしょ!」
「世界一汚い海としてギネスにまで認定されかけたが日本政府から猛反発を受けて止む無く登録を中止したという逸話まで残っている最強最悪に汚い海。その名も腐海。夏は1回でも吸えば病院送りになるほどのヘドロ臭さが、真冬には冷たい風に乗せられてこのヘドロ臭さが襲来し、緊急休校まで決定するほどの臭さだ。誰も掃除しようとしない魔の海」
「私泳ぎたいのにー!」
「諦めろ」
そう言って家へ帰ろうとするがシャラスは一向にその場所から動こうとしない。
「おい、何やってんだよ。帰るぞ」
「……掃除するわよ!」
「はぁ? お前バカなの?」
「あんたが馬鹿よ」
「……だからいきなり出てくんなって」
後ろから冷たい声がかけられ、もう振り返ることすら面倒だがとりあえず振り返るだけ振り返るとそこにはマスクをしたイッサと同じく大きめのマスクをしたライの姿があった。
「ライ! イッサ! 奇遇ねー!」
「ほんと奇遇! シャラスも海に泳ぎにきたの!?」
「うん!」
何が奇遇だボケ。シャラスの盗聴用の魔法陣をくっつけて毎日、話す内容を精査している犯罪者がよく言う……ほんと、このライオンも懲りない奴だな。
後ろから獣の唸り声が聞こえ、俺もしっかり睨み付けてやる。
「でもこの有様じゃ泳げないみたいね」
「うん……ねえ、確か研修中の奉仕活動で点数稼げたわよね!」
「あ、そうだ! それでこの海を綺麗にすれば!」
「「点数が入ってくる!」」
けっ! 仲が良いこった。ま、俺もライト仲が良いけどな。
「んの野郎! てめえの牙ぶっ潰してやる!」
叫びながら殴り掛かるがライの俊敏な動きの前に俺の拳は当たらないが伊達に俺も契約物として戦っていないのでライの俊敏な動きからの攻撃も華麗に避けて見せる。
「というわけで私たちでこの海を綺麗にするわよ!」
「おー!」
「……え、俺も?」
「当たり前でしょ」
そんなわけで俺たちの海の掃除が始まった。
「というわけでこの一帯をインビジブルの魔法で覆っておいたから少なくとも一般人には私たちの姿は視認されないし、スローモーションの魔法で汚い状態の海辺を張り付けておいたから異能を使っても何ら問題はないわ」
「さっすがエリートのイッサ!」
「もー! シャラスだって少しずつ魔法使えるようになってきたじゃない!」
魔法って便利なんだな……ていうかこのくそ汚い海辺を掃除って1日2日どころじゃすまない話になってくるぞ。下手したら一月はかかるかもしれないな。
「で、車とかゴミとかどうすんだよ」
「……」
「ゴミはどうするの?」
「ゴミとかはこのブラックホールで圧縮するの」
俺が話しかけてもそっぽを向いたまま話さないし、シャラスが話しかければ笑みを浮かべて彼女の顔を見ながら話し始めるし……マジでシャラス以外の人間限定の対人恐怖症っていう設定を徹底してんのな……それほどのことまでしてシャラスを護りたいって過去にどんなふうに救ってもらったんだよ。
そんなわけでさっそく海辺のゴミ掃除が始まり、ペットボトルや空き缶などは全てイッサが発動したブラックホールの中へ放り込んでいき、車などの大きなものは俺の右腕の異能で鷲掴みにしてブラックホールの中へと放り込む。
「シャラス」
「ん?」
「ゴミだけすえねえのかって聞いてくれ」
「ゴミだけすえないの?」
「ブラックホールの魔法は安定させるのは難しいのよ」
なるほど。吸い込ませるよりも俺達が放り込む方が安定して魔法を維持できると。
少し納得し、せっせとゴミをブラックホールの中へと放り込んでいく。
「……面倒だな……そうだ」
右腕を巨大化させることが出来るのを思い出し、限界まで右腕を巨大化させてそれを遠くの方まで届くくらいにまで伸ばしてバターンと腕を倒し、校庭のグラウンドを整備するときに使うトンボの要領で腕を引っ張ると簡単にゴミが俺の手に引っかかってこっちまで引きずられてくる。
たまにドロッとしたものを感じるが……まあ洗えばいけるだろ。
「シャラス、穴広げろつってくれ」
「穴広げてー!」
シャラスが大声でそう叫ぶとブラックホールの直径が先程の2倍にまで広がり、だいたいフリスビー4つ分ほどの直径にまで広がった。
そこへ大量のごみを鷲掴みにしたまま放り投げると気持ちいいくらいに圧縮されて潰れていく音がブラックホールの中から聞こえてくる。
ちなみに腕にくっついたヘドロは海で綺麗に流した。
「だいぶ綺麗になったわね」
「あとはヘドロだけだが……どうすんだ?」
「ライ」
「あっつ!」
イッサが契約物の名前を呼んだ瞬間、俺のすれすれの所を火炎放射が通っていき、それがまるで地面を焼くようにして放たれていく。
こいつなんでいつもいつも俺のすれすれの所を通すわけ? ていうかヘドロって焼いていいのか? なんか余計に臭くなりそうな気がするんだが。
「シャラスも練習でやって見なよ」
「よーし……」
シャラスは目を瞑り、集中する。そして―――――。
「はぁ!」
シャラスが気合の籠った声を発するとともに地面に手をついた瞬間、俺達の前方に巨大な魔法陣が出現したかと思えばそこから異常なまでに太い火柱が立ち上った。
俺もライも驚きのあまり、口をぽっかりと開けて何も言えなかった。
……本当に冥界が言っていたことは間違ってたんだな……シャラスが魔法を使えるほど魔力を持っていないってことが……ていうか今の見たら確実に逆だろ。
イッサは既に予想済みだったのかうんうんと首を縦に振るくらいだ。
「ん~。まだやっぱり出力調整が難しいわね」
「それはまだ魔法に慣れてないからだよ。これからドンドン使えば慣れるよ」
「そうね……よし!」
シャラスは気合を入れ、再びさっきの魔法を使って周囲の日の海にしていく。
そんな光景を見ている時に後ろから服を引っ張られ、振り返るとこっちに来いと指を動かしているイッサがいたのでそれに従ってシャラスから少し離れる。
「ね? 見たでしょ。シャラスの魔法」
「あ、あぁ……なんかすげえな」
「シャラスが魔力を持ってないなんて嘘だったのよ。むしろ逆。あり過ぎるほどよ……シャラスが今使っているのは初等部で習う火の魔法だけどあそこまでの威力は普通は出ないはずなのよ。恐らく冥界の政府の人間がシャラスの魔力量を脅威と感じてああやって魔法を使わすことを禁じるためにあんなでたらめな決定をしたのよ」
そう言うイッサの表情は少し怒っていた。
「でもなんで冥界はそんな事」
「分からないわ。冥界の脅威になるからというだけではまだ少し理由が足りない気がするの……それだけならもっと違うやり方があったはずよ……なのに彼女をあそこまで徹底的に魔法から引き離したのにはもう一つ理由があるはずなのよ……」
理由ねえ……。
「それは大臣ってやつも絡んでんのか?」
「恐らくね…………ちょっと待って。確か初等部後期に行われる魔力検査は大臣管轄だったわね……」
ブツブツと俺の理解できない言葉を吐きながらイッサは思考の海に飛び込んでしまった。
「これで掃除終了!」
シャラスがそう言った瞬間、シャラスたちが持っているタブレットから音が鳴ったのでイッサとシャラスがタブレットを起動させると1件のメールが来ていた。
「お、冥界からだ……やった! 奉仕活動で200点よ!」
「やりぃ!」
いつもの依頼が大体10点から20点の間をウロチョロするくらいだから大体、10件分くらいの点数を一気に稼いだってわけか。
「それじゃ……いざ海へー!」
「海へー!」
シャラスとイッサは黒いローブのまま綺麗になった海へとダイブしていった。
俺は泳ぐ気はないのでライと遠くの方からお留守番だ。
にしても……なんでシャラスは魔法から引き離されたんだ…………?
その時、後ろで誰かに見られているような視線を感じ、振り返るが後ろにはただただ砂浜が広がっており、誰の姿もなかった。
ライも俺と同じように視線を感じたのか後ろを振り向いている。
「……気のせいか」
「へぇ~。これはこれは……まさかシャラス・イグリストがあんなにも魔力を持っていたなんて……それにあの契約物の右腕……あの魔力と右腕……是非貰いに行こう」




