第25話
夏本番と言われる7月の末。俺は学校が休みである土曜日にもかかわらず、珍しく朝早くに起きて飯を食い、髪を整えて制服に着替えて時間が来るのを待っていた。
あの時も暑い日だったな……学校から帰ってきて施設のガキどもと一緒に遊んでいる時に突然飛び込んできた悲報…………正直、何故言わなかったんだっていう感情があることは否定できないけどそれよりも何故俺はあいつらが自殺を決意するほど苦しんでいたことに気付いてやれなかったのかという自分に対しての怒りの方が遥かに大きかった。
俺に対しても差別はあった……でも俺はそんな奴らを片っ端から殴り飛ばしていったからな……そのおかげで俺は今は差別が見えない暮らしを出来ているわけだが……あいつらの葬式でも親は誰一人としてこなかった。
その場にいたのは俺と先生、あとは住職さんと棺に入ったもう動くことのないあいつらだけだった。
もちろんそんな噂を聞きつけて政治家やどっかのお偉いさんなんかが線香だけでもと言ってやってきたがどいつもこいつもマスコミに自分はこんなに偉いことをやっているだぞっていうアピールをしたい奴らばかりで誰も心からの冥福を祈った奴なんていないはずだ……ウソ泣きまでして政治家生命をかけてこの差別問題を無くし、このような哀しい出来事が一生怒らないような世界を作るとか言っていた政治家は市民からの多大なる支持を受けて総理大臣になったがあれ以来、差別をなくすなんてことを聞いた記憶はなく、むしろそれを助長するような政策ばかりやっている。
聖域隊の武装開発費用を必要だとか言って倍に増大させたり、隊員たちの特権をもっと上げるべきだとか言ったりな……マジで殴り飛ばそうかと思ったくらいだ。
…………モンスターゲートなんてものが開いたからあんな事件が起きたんだ……あれさえ開かなければ聖域隊が生み出されることもなく、子供を産んだ瞬間から施設に預けるバカ親どももいなかったんだ……あいつらだって親の愛情を当たり前の様に受けることができる人生を歩めたんだ。
「なあ、シャラス」
「ん~?」
「冥界ではモンスターゲートって何なんだ」
「モンスターゲート? 何それ」
「何それってお前が出てきた穴だよ」
「…………あぁ、あの穴ね。人間界じゃモンスターゲートって呼ぶんだ。冥界にはそんな現象ないわよ」
……じゃああのゲートはいったいどこに繋がってるんだ……そう言えば聖域隊が出来てから一度もゲートの中に飛び込むとか調査を行ったとかって聞いたことねえな。研究しているしているってばっかりテレビで言ってるけど実際、そんな結果が出たことないし……でもイッサはシャラスが出てきたゲートつってたからてっきり冥界にもあることなんだと思ってたんだが。
「ところでなんであんた休みなのに制服きてんの?」
「……ちょっと墓参りに行くんだよ」
「墓? 誰かの命日なの?」
「まあな……お前も来るか? どうせ施設のガキどもの面倒見る奴はいるし」
「行く行く!」
どうやら相当、施設でガキどもと遊ぶことが楽しかったのかそう言うとシャラスは笑みを浮かべながら慌てて起き上がって身支度を済ませて俺よりも早く玄関を出て行った。
…………はぁ、あいつはほんと……。
呆れながらも俺はシャラスと同様、鍵を閉めて外へと出た。
「その命日ってあんたの知り合いの?」
「……同じ施設出身者のな」
「……あんたと同じってことは同世代よね? 病気か何か?」
「いや……自殺だよ。施設出身者に対する差別に追い込まれて俺と同時期に卒業した奴らは全員、15階建てのビルから手をつないで飛び降りたんだ」
「……ごめんなさい」
「いいさ……」
15階建てのビルの屋上からみんなで手をつないだ時、誰か一人でも躊躇わなかったんだろうか……まあ死人に口なし……あいつらのその時の心情なんか考えても当たりっこないんだがな。
それから俺たちは互いに何も喋ろうとはせず、ただひたすら何も考えず何も話さず、施設までの道のりをゆっくりと歩いていく。
…………今施設にいるガキどもが現実を知る前に……モンスターゲートなんてものを消し去りたいもんだが……今の俺じゃ何もできない……神じゃあるまいし、世界を変える力が手に入るという確証があるわけでもない……でも俺はそんな力が欲しい。世界を……丸ごと変える力が。
「悪魔も人間も根本は同じなのかしらね」
「…………」
「私もさ……魔力がないって初等部後期で言われた時から突き放されたっていうか……あんたと違って中途半端に親の愛情を受けていたから余計に相手にしてもらえないのが悲しかったわ……ほんと、自分でもよく自殺しなかったって思うわ」
「イッサとかいただろ」
「イッサは優秀だったからエリート校よ。私は落ちこぼればかりが集まる中でもさらに下……みんなからはゴミ校って言われてたわ」
「ひでぇな」
「そんなもんよ……実力至上主義からいくら修正したからと言って100年も経っていないのに全員の考えが変わるはずないもの。未だに貴族とかはゴミ校って呼んでるわ……だから教育は人間界で受けたかったんだけどね」
「なんでだよ」
「だって人間界では全員に教育の権利が与えられているんでしょ? 小学校・中学校までは義務教育だって聞いたわよ……それがどれだけ幸せなことか……冥界じゃ教育を受ける権利は全員に保障されていないのよ。奴隷制度だって実質潰されたようなもんだけどまだまだ奴隷として捕まってる人たちだって大勢いるし……人間は悪魔よりも短命だけどその分、発展も早いのよ。悪魔は長寿だからその分、焦らなくていいから何事もゆっくりな傾向があるのよ」
「なるほどね……着いたぞ」
相変わらず壁にあまり子供に見せたくない落書きがされているが今はそれを無視して施設内に入るとガキどもは昼寝しているらしくやけに静かだったので窓から中を見てみるとたった今から昼寝の時間に入るのか先生が人数分の布団を敷いている最中だった。
「ちょっと時間潰すぞ」
「了解」
ガキどもからは見えない位置に立ち、時折窓から中を確認しながら時間が経つのを待つ。
「あの子たちがあんたと同じくらいの年齢になるまでに元の世界になればいいわね」
「そうだな……」
俺は今すぐにでもその力が欲しい……他人の為にも……自分の為にも。
それから約一時間後、ようやく全員が眠りについた様子が見えたので起こさない様にゆっくりとドアを開けて中に入り、2階の先生の居住スペースへ上がるとお茶を飲んでいる最中だった。
「あら和君にシャラスちゃん」
「どうも」
「……行くんすよね」
「ええ。ちょっと待ってて」
そう言われ、俺は1階の施設スペースに戻り、椅子に座ってガキどもを見渡す。
…………こいつらの1体何人が親の顔と名前を知っているんだろうな……ちなみに俺は写真では見たことはあるが名前なんて知らないしこの神崎という姓もいったいどっちの物なのかも知らない。挙句の果てには両親の誕生日すら知らず、自分の誕生日も書類で見て初めて知ったくらいだ。
…………ほんと、面倒くさい時代だな。
そんなことを考えていると小さな呻き声のようなものが聞こえ、その声を発したガキのもとに行くと何か怖い夢でも見ているのか目から涙が流れている。
「…………怪物なら俺がぶっ潰してやるから」
そう言いながら涙を拭き、頭を撫でてやると元の寝顔に戻った。
階段から誰かが降りてくる音が聞こえ、一足先に靴を履いて外へ出ると赤い車が1台停まっており、その車に乗っているいかにも不良ですっていう髪色をしている連中がこっちを見ていた。
…………気に食わん。
その車に近づき、窓を軽く叩いたつもりがかなり力が入っていたらしく、ビシィっとヒビが入ってしまった。
「なんか用か。こっち見てたろ」
「べっつに~。なぁ」
イライラする笑みを浮かべながら運転席に座っている金髪の男は後部座席に乗っている仲間にそう尋ねるとその後ろの奴らも鬱陶しい笑みを浮かべながらこっちを見てくる。
「じゃあ消えろ。鬱陶しいんだよ」
「ごめんちゃ~い」
そう言いながら連中は車を動かして去っていった。




