第24話
魔法陣の輝きが収まり、目を開けるとそこはだだっ広くて何もない土地で長いこと人の手が加えられていないのか地面にはいくつもの穴が開いており、雑草すら一本も生えていない。
そんな事を考えながら俺は前方にいるアスムを睨み付ける。
「お前さ……植えつけられた人格なんだろ」
「ええ。そうよ」
「……何とも思わないのか。他人の体で他人の力で戦う事を」
「…………むしろ私は嬉しく思っているわ。今まで長い間、狭い部屋にいることしかできなかった私が今こうやって立てている……それがたとえ他人の物であったとしても私が立っているということに変わりはないわ……だからこの幸せを与えてくれたオーナーである大臣の命は絶対に遂行する!」
その瞬間、奴の4対の翼が勢い良く展開されて周囲に強い風が吹き荒れる。
「俺はお前を倒す…………シャラスを護る……それが俺の役目だ」
右腕に力を入れ、異能を発動させてあの腕へと変化させる。
互いに見合い、少しの間、俺達の間に沈黙が流れる。
―――――刹那。
「はぁ!」
アスムが威勢の良い声を発すると同時に目の前に複数の魔法陣を展開させるとそこから魔力のレーザーのようなものがいくつも放たれてくるが俺はそれらを腕で弾いたり、姿勢を低くして避けながらアスムめがけて全力で駆け出していく。
「食らえ」
「ふん!」
アスムが嫌な笑みを浮かべて握り拳を作った瞬間、俺はその場で回転し、その勢いで異能の腕を広範囲に振るうと俺の背中めがけて飛んできていたレーザーが全て叩き落とされ、そのまま一回転してアスムの直前で手首から先を巨大化させ、そのまま腕を振り切るがその場にアスムの姿はなかった。
「驚いたわ。そんなこともできるのね」
「意外と使い勝手がいいんだよ、この腕は」
空中に浮いている奴にそう言い放った瞬間、目の前に赤色の魔法陣が展開されてそこからバスケットボールサイズの火球が連続で放たれてくる。
「無駄だつってんだろ!」
手首から先を巨大化させて鞭の様に広範囲に振るい、火球を一気に叩き落とした瞬間、突然脇腹に凄まじい衝撃が走り、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「がっ! ぐあぁ! つぅ!」
二度地面をバウンドしてようやく体勢を立て直すことができ、脇腹の方を見てみると血が出ているわけではなかったが殴られたらしく、ジンジンと痛みが全身に広がっていく。
あいつはまだ空中にいるままだ……いったい何が俺の脇腹を殴りつけたんだ。
「こんなもんじゃないわよ……見なさい、これが冥界一の天才と謡われた者の魔法よ!」
奴が空に向けて手を上げた瞬間、上空にいくつもの大きな魔法陣が出現し、そこから雷、火球、水流が凄まじい勢いで俺に向けて放たれてくる。
それらを避けたり、腕で弾いたりしていくが突然俺を覆うほどの大きな影ができ、慌てて後ろを振り返る前にその場から飛び退いた瞬間、巨大な岩でできた手が地面に叩き付けられた。
そうか……さっきのはあれか。
そんなことを思いつつも上空から降り注いでくる攻撃をひたすら弾いていく。
「他人の才能と力を使っておきながらさも自分が生まれ持ったものって顔してんな!」
「っっ! 黙れ! お前には何もわからないわ! 私がこの世界をどれだけ憎んだか! そんな私に大臣がどれほどの大きな希望を与えてくれたのかを! たとえ他人の力であっても構わない!」
奴は腕を下から上へ振り上げた瞬間、俺の足元を中心にして広範囲の地面に大量の小さな魔法陣が出現し、遠くの方から魔法陣から火柱が立っていく。
「うらぁぁぁぁぁ!」
掌を地面に叩き付けた瞬間、俺の周囲が爆発し、粉塵が空に舞う。
「……所詮は人間。反応できない速度で魔法を使えば」
「勝手に殺すなよ」
右腕を横に振るった瞬間、強い風が吹いてまるで引き裂かれるように粉塵が風に運ばれ、どこかへと消え去って視界がクリアになり、奴の驚きに満ちている表情が目に入った。
奴の視線は俺の足元に注がれている。
「っっ! 魔法を遮断した!? いいえ違う! これは……貴方の足元だけ魔法という存在自体がかき消されている……そんなバカな! そんなピンポイントで魔法を消せる魔法なんて聞いたことがない! それにあんたのその右腕の異能はなんなの!? そんな異能なんて見たことない! 大体、どうして人間であるあんたが契約物なの!? 契約する際、人間はいけないと教わったはずでしょ!」
「知るか! シャラスに聞けよんなこと」
にしてもあいつばかり空に浮いてばっかで俺の攻撃が通らねえだろ……どうにかしてあいつの地上に引っ張るか俺も上空に飛ぶか……でも上空に飛べば人間の俺は何もできなくなってただの絶好の的に変貌するだけだしな……っっ!
その時、右腕が淡く紫色に輝きだしたかと思えば俺の頭の中で映像が再生される。
その映像は俺と同じ右腕のやつが背中から2枚1対の黒い翼をはやし、上空を飛んで敵となぐり合っている映像。
…………魔法を消す能力の時もこんな映像が見えたな……よし。
以前と同じように背中に意識を集中するが翼など生えるどころか空中へ浮かぶ前兆すら見られない。
「はぁ!」
「うわっ! おいおい! どうなってんだよ!」
アスムが放ってくる火球を避けつつも必死に翼を想像するが一向に変化が現れない。
このままあいつに空中にいられたら止め刺せないし、あいつに一向に一撃も加えられねえ!
「あ、あれ? な、なんでよっ!」
突然、攻撃がやんだかと思えば上空にいるアスムが苦痛の表情で腕を抑えており、顔色もドンドン血の気が引いた色になっていき、そこらじゅうに展開していた魔法陣も砕け散っていく。
なんだなんだ? いったい何が……。
「限界が来たのよ」
「シャラス! お前大丈夫なのか」
「ええ……アスムには別の精神が植えつけられてる。でもその精神と肉体が合わなくなってきてるのよ。元々肉体は冥界一の天才と言われているアスムの者だけど精神は入院している子のもの……ずれは徐々に大きくなるのは明白よ」
シャラスがそう言っている間にも翼で浮くことさえ難しくなってしまったのかそこらじゅうに黒い翼をまき散らしながら地面に降り立った。
「嫌だ……このまま離れるなんていやよ! やっと……やっと外に出て魔法を使えるようになったっていうのに! せめて! せめてオーナーの願いだけでも!」
「もう止めなさい……これ以上、その状態が続いたら死ぬわよ」
「そんなの覚悟の上よ! どうせ死ぬ運命なんだから!」
「…………死ぬ運命なんてものは無いわ」
シャラスは淡々と話し続ける。
「運命なんてものは変えられる……私だって殺されなきゃいけない運命とか今まで言われ続けてきたけど和也に出会ったから……そんな運命は変えられるんじゃないかって思うようになったの……貴方の運命だって必ず変えられる。私が和也と出会えたことで変えられたように貴方だってその運命を変えられるかもしれない存在と出会える! でも死んだらそんな存在と出会える可能性も無くなるわ!」
「うるさい……うるさいうるさい!」
アスムが叫びながら両手で地面を叩いた瞬間、地面が大きく凹んだかと思えばアスムの全身からすさまじい魔力が放出し始める。
「な、なんだ!?」
「感情に連れられて魔力が暴走を始めたのよ……時々、魔力を大量に持つものがおこす状態よ……こうなったらもう魔力が尽きて死ぬまで止められないわ……」
シャラスはもう諦めているような表情でそう話す。
…………させるかよ。アスムもアスムに植えつけられた精神だけの奴も死なせるか……なあ、異能の右腕……なんかあるんだろ! 2人を助けることができる力があるんだろ!
直後、右腕が紫色に輝きだし、腕が徐々に透明になっていくとともに頭の中にさっきの様に映像が流れ始める。
その存在は右腕を半透明の状態にして誰かにその腕を突き刺して引っこ抜いている。
……行くぜ。
魔力が暴走しているアスムの目の前に立ち、半透明になっている腕を挙げる。
「和也! あんた何する気!?」
「アスムから精神と魔力を切り離す……こいつらを死なせるわけにはいかないんだよ」
半透明の腕を突き刺した瞬間、血などが出ることもなく何かを掴めたのを確認し、そのまま腕を引っこ抜くと白い炎のようなものが腕の中に収まった状態で出てくるとともに一緒に出てきた魔力が煙となって消滅した。
その直後、暴走していた魔力が徐々に落ち着きを取り戻し始め、気を失ったアスムが俺にもたれ掛ってくるのを片腕で抱き留めた。
「…………ウソ……暴走した魔力を外部に放出する術なんてなかったはず……あんたの異能はいったい何なのよ」
「知らねえよ…………」
シャラスに気を失っているアスムを預け、手の中に納まっている白い炎を空中へ放つと俺の近くでゆらゆらと滞空した状態で留まる。
『……』
「まぁ、なんだ……お前がどんな病気で入院してるか分かんねえけど……医療技術なんて日々、進歩してんだ……それに悪魔の寿命は長いんだろ? 希望を捨てない限り……お前がお前自身の体で歩き回ることだってできる日が来るさ」
『…………何勘違いしてるか知らないけど私は病気なんかじゃないんだけど』
「…………は?」
え、さっきの台詞を聞く限り明らかに病気で入院しててっていう話じゃないのか?
『私は生まれつき、歩くことができないのよ……だからみんなと一緒に学校にも行けなかったし魔法だって学べなかった……そんな時に大臣は私に希望を与えてくれた。シャラス・イグリストを殺すことが出来れば大臣が直々に魔法をご教授するって…………でもそれも消えて無くなったわ』
「魔法なんて私が教えてあげるわよ、いくらでもね」
そんな声が聞こえ、後ろを振り返るとフードを取り払った状態で俺達とは別の方向を向いているイッサが立っていた。
「私こう見えても魔法の成績はトップクラスだから教えてあげるわよ……例え歩けなくても魔法はその気があれば誰にだって使えるんだから」
「そうそう。この私だって使えるようになるんだから!」
「え? お前教えてもらってたの?」
「もちろん」
『…………本当?』
精神体だけの奴の問いにイッサは何も言わずに首を縦に振る。
「研修が終わったらいくらでもあんたのところに行って教えてあげるわよ。意欲さえあればたとえ足が動かなかろうが目が見えなかろうが使えるのよ」
『…………そっか……ありがとう』
「あんた、名前は?」
『ラミア……ラミア・ネスト』
彼女がそこまで行ったところで白い炎が徐々に小さくなっていく。
「この世界にいれる限界が来たんだわ……」
「ちゃんと戻れるのか」
「ええ。精神と肉体を離す魔法は使用するときに帰還魔法も重ねて使うからちゃんと肉体に戻ることができるわ……ラミア。また向こうで会いましょ」
『うん! 向こうで待ってる』
嬉しそうな声でラミアは帰還魔法によって俺たちの目の前から消失し、元の肉体の元へと帰っていった。
「う、う~ん……あれ? ここどこ?」
「やっと起きた……どこか痛いところはない?」
「うん、ないよ……あ! 出たな腕化け物!」
「カチーン……誰が化け物だごらぁぁぁぁぁ!」
「イダダダダダ!」
流石にカチンと来た俺は思いっきりアスムにアイアンクローをかましつつ、グリグリを加えた。
「シャラ姉」
「ほら。もう泣かないの」
数日後の真夜中、涙目のアスムがシャラスに抱きしめられて頭を撫でられていた。
どうやら観光には帰還があったらしく、俺の部屋に突然冥界に変えるための転移魔法陣が出現したんだがさっきまで帰りたくないと駄々をこねていたんだがどうにかシャラスの説得に応じ、冥界へと帰ることとなった。
「また会える? ちゃんと会えるよね?」
「もちろんよ。研修が終わったらまた冥界で遊びましょ」
「うん! 約束だからね!」
満面の笑みを浮かべながらアスムが小指を立てるとシャラスの笑みを浮かべながら小指を立ててそれらを絡ませる。
あぁ……イライラする。さっさと帰れよ。
そんなことを思っているとどうやら相手にも通じたらしく、こっちを見るや否やあっかんべ~をしてきたので頭グリグリをジェスチャーで伝えてやるとすぐに辞めた。
「またねシャラ姉!」
「ええ、またね」
「化け物腕。死ね!」
「てめえが死ね!」
最後の最後まで俺に憎み口を叩きながらアスムは冥界へと帰っていった。
「やっと帰ったか……そう言えばお前、壁の穴どうすんだよ」
窓にぽっかりと空いた穴からは月明かりが入ってきて綺麗なんだが雨の日は普通に入ってくるからな。それに畳だから掃除がしんどいんだよ。
「まぁ、いいんじゃないの? どうせ私達しか住んでないんだし」
「……まぁ、それもそうか」
「さて和也。依頼行くわよ!」
「へいへい」
俺は今日も今日とて依頼解決へ向かった。
「なるほどね~。シャラス・イグリストの契約物が面白い異能を発現したんだね」
「はい。魔王様」
「……だから人間とは契約するなって言ったのに…………でもまあ良いんじゃない? 大臣はそう思ってるんでしょ?」
「はい。今はまだ観察だけでよいかと」
「うん、分かった。じゃあシャラス・イグリストの件は君に一任するよ」
「ありがとうございます」
「知られるわけにはいかん…………シャラス・イグリストを一刻も早く殺さなければ…………魔王が彼女のあれに気づく前に」




