第22話
突然、笑みを浮かべながら少女がシャラスに抱き付いて頬をスリスリすること5分、流石に我慢の限界が来たのかシャラスによって離された。
「シャラ姉久しぶり! 元気してた!? 最近連絡とれなくなっちゃったから心配して魔王様にこっちの世界に来ていいかって聞いたらいいよって言われたから来ちゃった!」
「あ、そ、そう。それは良いんだけど貴方学校は? まだ実地研修に来れる学年じゃないでしょ」
「大丈夫! あたし天才だから実地研修までの単位全部取っちゃった!」
シャラスとは月と鼈くらいの学力差だな……まぁ、こいつも魔法を除けばかなり点数良いみたいだし……ていうか成績配分ってどっちの方が大きいんだ? やっぱり悪魔だから魔法関連か。
「そ、そう……というかよく魔王様も許したわね」
「そりゃあたし天才だもん! 魔王様からもご褒美って!」
なんというか……幼い感じがする。多分、向こうの世界の学校には優秀であれば飛び級制度が利用できて5歳で中学生とか普通にありそうだから多分、こいつもそうなんだろう。シャラスと比べて頭一つ分小さいし、顔つきもどこか幼い。
「おい、いい加減にこいつのこと教えてくれよ」
「この子はアスム・ユース。私の5つ下。あんたに分かりやすく言えば小学校6年生って感じよ」
「う~。あたしこいつ嫌い。べ~!」
アスムはあっかんべ~をしながらシャラスの後ろに隠れ、俺を睨み付けてくる。
……なんだろ……イラつくどころかなんか温かい気持ちに包まれてくるぞ。
「はいはい……とりあえずこの子は悪い子じゃないわ。家に帰りましょう」
「……お、お前まさかそいつ住まわす気か!?」
「ええ。仕方ないじゃない。何も持たずにこっちに来ちゃったんだから」
「でも政府からなんか送られるんじゃねえの!?」
「それは実地研修者だけの待遇よ。この子は本当に観光みたいな感じで来ちゃったし」
実地研修者だけの待遇かよ。どうせ関係あるんだから金払ってやりゃいいのに……でもよくよく考えたら悪魔がこっちに来られても困るんだけどな……でもマジでなんで悪魔は人間界で実地研修なんかするんだよ……まぁ、シャラスの部屋にならいいか……いつあの穴の開いた壁が気付かれることやら。
そんなことを思いながら俺達は夜の街を歩きながら家へと向かった。
土曜日、学校が休みなので久しぶりに1日ゆっくりできる……そう思っていた時期が俺にも若干ながらありました。冥界からこっち側の世界へやってきたシャラスの後輩の悪魔、アスムが俺の隣にあるシャラスの部屋に住み着いたのだ。
まだそれはいい……だが問題はそこからだった。
「いー! こっち見るなハゲ!」
「俺ハゲてねえし。ていうかこっち見るなよ」
壁に大きく開いた穴からアスムが威嚇してくる。
シャラスがいる時は仲よく遊んでいるんだが彼女が外にごみを出しに行ったりなどほんの少し出かけていなくなったとしても俺にこのように威嚇してくる。
最初は俺も適当にあしらっていたんだが……流石に鬱陶しくなってきたな。
俺が穴の開いていない逆側の壁の方を向けばいいんだが無意識のうちに寝返りを打ってしまうのでどうしてもアスムと目が合ってしまう。
「ただいま~」
「シャラ姉ー!」
こんな感じにたった数十秒、シャラスが出かけて行ってもこんな感じで数日ぶりにあった犬とその飼い主の様にハイテンションで触れ合う。
これもさすがに長いこと見続けているとイライラしてくる。
「なあ、そいついつまで部屋に置いとくんだよ」
「冥界に返してあげたいんだけれど今は研修中で向こうと連絡とる手段なんてないし」
「お姉ちゃん……あたしのこと嫌いになっちゃった?」
「う、ううん! そう言うわけじゃなくて……ところでアスムは帰りはどうするの?」
「お姉ちゃんと一緒に帰る!」
……これまたえらい具合に懐かれてるなおい……残り4か月間もこんな奴と一緒になんかいたくねぇ……それこそストレスで倒れるわ。
アスムはシャラスの腕にギューッと抱き付きながら俺の方を睨み付けてくる。
「ま、まぁ研修中くらいは良いじゃない」
「……はぁ。勝手にしてくれ」
穴が開いている壁に背を向け、目を閉じてとりあえず寝ることにした。
「…………もう夜か」
ガラスに叩き付けられる水音で目を覚ました時、明かりが付いていないと言う事もあるが明るかった室内が完全に真っ暗だったので明かりをつけようと立ち上がろうとした瞬間、何か冷たいものでも踏んだような感触を感じたので明かりをつけてから畳を見てみると水でも零したような跡が残っていた。
「あいつ水でも零したなら拭いとけよな」
雑巾を手に取り、濡れている個所を拭きながら彼女の部屋に入った瞬間、水が飛んできたので顔を上げた。
「…………なんだよこれは!」
壁が跡形もなく吹き飛んでおり、慌てて開いている穴から外を見ると道のそこらに砕けた壁が散乱しており、ガラスも見えた。
……どうなってんだこれ。異怪にでも襲撃されたのか?
そう思って携帯を開くが異怪関連のメールは来ておらず、ここ1時間の間に異怪がモンスターゲートからこちらへ侵入したことを知らせる警報が鳴った履歴もなかった。
「…………まさか」
正直に言えばこんなことをする奴は今のところあいつしか思い浮かばない。
でもなんで……あんなに懐いてただろ。
「見つけた」
「っ! アスムてめえか!」
上から声が聞こえ、空を見上げると4対の翼を広げているアスムが上から俺を見下ろしており、その表情は今までの純粋な笑みではなく、マイナスな印象しか与えない汚い笑みだ。
「答えろ……シャラスはどこにいる」
「答えるわけないじゃん。バッカじゃないの?」
「……それがお前の本性ってわけか」
「本性? 違う違う。あれが主人格。今の私は無理やり植えつけられた人格。シャラス・イグリストを殺すためだけにうえつけられたね」
「なんでお前たちはシャラスを殺そうとする」
「さあ? オーナーは大臣だけど理由までは知らされてないし」
大臣……魔王じゃないのか……でもシャラスに懐いている方のアスムは魔王からのご褒美でこっちの世界にやってきたって言ってたよな……つまりこっちのアスムが言っているオーダーを受けたのは大臣からでこっちに来たのは魔王からのご褒美ってやつか。
「とにかく何かは知らねえが……シャラスを返せ!」
異能を発動させ、右腕を変化させて跳躍してアスムに殴りかかるが後ろへ下がられ、俺の異能の腕が空を切る。
あいつは空中に滞空出来て俺はできないっていう時点で俺が不利だ。
「返すわけないじゃん。あいつは私の手で殺す……それがオーナーの願いであり、今の平和な冥界を保つための重要な任務。じゃね、はっ!」
「ちっ!」
複数の魔力の塊が奴の手の平から俺に向かって放たれ、異能の腕で全て叩き落とし、再びアスムの方へ視線を戻すがもう既にそこにあいつの姿はなかった。
クソ……俺一人じゃシャラスのもとにも行けない……どうすればいいんだ……というかなんで俺はこんなにもイラついてんだ。
雨が降りしきる中、小さい頭で必死に対策を考えるが浮かんでは消え、また浮かんでは消えの繰り返しで何の具体的な方法も思いつけない。
どうすればいいんだ……。
「随分みっともない顔してるじゃない」
「…………お前」
後ろからそんな声がかけられ、振り返るとそこには見覚えのある白髪を見せ、顔をフードで隠した黒いローブ姿の少女が立っていた。
そしてその隣には相変わらず俺に威嚇してくる白いライオン。
「イッサ……なんでお前が」
「別に。もう都会とやらで十分、異怪共を倒して卒業分の点数は稼げてから戻ってきただけよ……それにしてもまた面倒なことになったわね」
「どうすればいい」
「私の転移魔法で一気にシャラスのもとまで飛ぶしかないわ」
「行けるのか」
「何のために私がわざわざこんなド田舎まで出てきたと思ってるのよ」
こいつどんだけシャラスのゾッコンなんだよ……でもそのゾッコンぶりが今は役に立つんだが。
「頼む」
「……倒せるの? アスムは才能と魔力量だけで言えば冥界一の天才児と呼ばれているくらいよ」
「……んなもん知るか。俺、頭悪いから天才ってどんだけ頭いいか分かんねえけど……喧嘩だけは自信あるからな」
そう言うとイッサは呆れながらも小さく笑みを浮かべ、俺達の足元に大きな魔法陣を展開する。
「ほんと。脳筋野郎ね……でも貴方のその力と貴方の腕っ節の強さはマッチしてるかもね」
「どういう意味だよ」
「別に。さあ、飛ぶわよ」
イッサがそう言った瞬間、視界を覆い尽くすほどの眩い光が足元に展開されている魔法陣から放たれた。




