第21話
シャラスと出会ってもう2カ月ちょっとが経過しようとしていた。
あれ以来、パタッと異怪や悪魔どもが来る回数がめっきり減ってしまい、シャラスの点数稼ぎはもう依頼解決しかないのだがこの依頼も毎日100件なんて量が来るはずもなくよくて1日に10件、下手をすれば5件くらいしか来ない日だってある。まぁ、そんな依頼をチマチマやり続けたおかげかシャラスの小学生の時に溜まりまくったマイナス点と中学生の時の半分は無くなったらしい。
こいつどんだけ最初から借金抱えてたんだよ。
でもあれ以来、シャラスは外にもよく出るようになったし、施設のガキどもにも会いに行ったりしているらしく、よく先生からお礼の手紙が送られてくる。
だが一つ気になるのはあれだけ異怪や研修者が来ていたにも拘らず、イッサが俺達のもとを去って以来全くと言っていいほど襲撃してこない。
「……まぁ、良いっちゃ良いんだけど」
放課後、夕焼け色に染まる空を見ながら俺は家路を歩いていた。
最近は不良どももやっと学んだのか喧嘩を売りには来なくなったから毎朝の登校が本当に平和なものになった。嬉しい限りだ。
「くぅぅっっ」
背伸びをした時、胸を押さえつけられるような感覚を抱き、何気なく空を見ると上空にモンスターゲートが小さく開き、そこから何かが俺の方に向かって飛んでくる。
「うぉぉ!?」
慌ててその場から離れた瞬間、さっきまで俺が立っていた場所にモンスターゲートから落下してきた何かが直撃し、爆音とともに砂埃を上げる。
な、なんだ!? またシャラスみたいな悪魔が落っこちてきたのか!?
砂埃が風によって晴らされるのを待ち、マシになったころ合いを見て穴を見た瞬間、目の前から黒い羽根が吹き上がった。
シャラスと同じような黒い翼が4対もはやした赤い髪の女性が穴の中に直立不動で立っており、ようやく顔を動かしたかと思えば小さく口を動かし、羽を羽ばたかして空へと舞おうと地上から少し飛びあがったところで飛び蹴りをぶつけてやるとあらぬ方向から予想外の攻撃を食らったかのように赤髪の女はそのまま吹き飛んでいき、コンクリの壁に埋めりこんだ。
さっき奴は確かにシャラスと呟いた……イッサの言う通りシャラスを殺しに来たか?
「おい、シャラスに用があんならまずその契約物である俺に挨拶しろよ。ボケ」
「…………いきなり蹴らなくてもいいじゃないの!」
「わ、悪い」
少女は涙を流しながら痛む個所を抑えつつ、俺に叫び散らしてくる。
…………なんか思っていたのと違う。
想像していた冥界からの刺客の雰囲気と目の前の実際に現れた冥界からの刺客の雰囲気のギャップの差に驚きのあまり思わず謝ってしまう。
思ってたのはもっと殺気だった奴だと思ってたんだけどな……。
「バーカ! あんたなんて壁にぶつかって死んじゃえ! バーカ!」
少女はそんな叫びをあげながら4対の翼を羽ばたかせて上空へと飛び上がり、どこかへと飛び去って行ってしまった。
…………今は追いかけるよりもシャラスと合流する方が先か。
慌てて家に帰ってくるといつも通り、シャラスは部屋でお茶を啜っていた。
「あれ? どうしたの、そんな慌てて」
「いやな……変な奴がお前に会いに来たからさ」
穴から彼女の部屋に入り、床に広げられているお菓子を食べようとするが軽く手を叩かれ、睨みつけられたので舌打ちをしながら彼女の近くに座る。
「で、その変な奴ってどんな奴?」
「なんか4対の翼が生えてて赤い髪だった」
「……まさかね」
小さく呟くようにそう言うシャラスの手は若干、震えており、その証拠に掴んでいるスナック菓子がプルプル小さく震えている。
……イッサの言う通り、冥界からシャラスを殺しに来た奴がこの世界に来たわけだけどなんでそもそも冥界はシャラスを殺しに来るんだか。
「そいつはなんなんだ」
「……その昔、冥界は異常なまでの実力至上主義だったのよ。強い奴は弱い奴を従えさせ、弱い奴は強い奴の下に永遠につかなくちゃいけない……貴族と貧民の間に差別なんてなかったんだけどその代わり奴隷が出てきたわ。今はほどいい実力主義にシフトしていっているけどそれでもまだ昔の感覚は残ってないわ……そのなかで本当に使えない奴らを始末する悪魔がいたのよ……みんなは破壊者って呼んで恐れていたけどね」
「……つまりそいつがシャラスを消しに来たと」
「……はぁ。何もしてないのに」
盛大なため息をつきながらシャラスはそう呟いた。
……シャラスを護ると盛大に啖呵を切った以上、冥界に殺させるわけにはいかねえし、イッサとも約束しちまったしな。残り4カ月、シャラスを護るって。
そんなことを思いながらシャラスの頭にポンと手を置いてやると少し鬱陶しそうな顔をしながら俺の手を払う。
「止めてよ。子供じゃあるまいし」
「あ、そうか。もうお前160年以上生きてる婆だもんな」
「誰が婆よ!」
その日の晩、いつものように俺達は真夜中の街を走り回ってタブレットに送られてくる依頼を着々とこなし、晩飯の残りを貰えば朝飯に回し、遊び道具を貰えば施設のために置いておいたりとまあまあ順調に依頼をこなしていた。
「今日はこの辺みたいね。もう表示されないわ」
「そうか……でもお前がこの町に来てよかったな」
「なんで?」
「この町にはほんと何もないから色々と都市に比べて出来ないことが多いんだよ」
「……そういうこと。だから依頼が多いのね」
1度だけ、先生に連れられて両親に会うために都市へ行ったことがあるが一言で言い表すならば騒がしすぎるし、何より空気が臭い。
そこらじゅうを車が走り回り、人が忙しそうに歩き、あちこちにあるモニターから大音量でCMは流れてるはで中々きつかった。まぁ、向こうがこっちに来たら何もなさ過ぎてキツイって言いそうだけどな。
「にしても静かな町ね」
「お前それ何回目だよ」
「うるさいわねぇ。別に嫌味じゃないのよ……本当に静かな場所って何か落ち着くじゃない」
この町には車というものはゴミ収集車とかの行政の車とか都市から引っ越す奴らの荷物を載せた引越し屋の車とかタクシー位……あ、あと救急車もだな。そういや最近、消防車見ねえな。
「アダッ!」
「「…………」」
後ろをゆっくりと振り返ると道にぽっかりと開いている穴に落ち、ものの見事にエビぞりをしている少女がいた。
シャラスのこっちに来た当初はよく開いていた穴に躓いていたけどどれも小さな穴だったしな……ていうかこんなくらい中でも流石にあんな大きな穴は見えるだろ。
「ハァ……お~い、あんた。大丈……ってお前夕方の!」
「あー! 思いっきりあたしを蹴り飛ばした奴!」
穴の中を覗きこんだ瞬間、見覚えのある赤い髪と4対の黒い翼が見え、そのまま少女の顔を見てみると夕方、モンスターゲートから落ちてきたあいつだった。
俺はシャラスを背中に隠し、少し後ろに下がって距離を開ける。
「ここで会ったが100年目!」
「いや、会ってまだ数時間だし」
「……ここで会ったが数時間! 今こそあんたをぶっ殺してやる! 見てなさいよ! あたしが本気を出したらあんたなんて一瞬でグチャグチャの粉々になっちゃうって魔王様が言ってたんだからね!」
「お前が言ってんじゃねえのかよ!」
「ふふん! 魔王様のお墨付きなんだから!」
ダメだ……なんか調子が狂う。
「お前も何とか言ってやれよ……っておい」
後ろを向きながらそう言うがシャラスは俺に指を立てて静かにしろとジェスチャーで伝えながら必死に俺を壁にしようとする。
……? 益々わからんぞ。
「ちょっと待て。お前はなんでこっちに来た」
「そんなもん決まってるじゃない! あたしは魔王様から直々に…………なんだっけ?」
こいつダメだ。自分の役目すら忘れる刺客ってもう刺客でも何でもねえじゃん。ただ単に魔王様とやらから人間の世界を観光して来いって言われてきたくらいのもんだろ。
ていうかなんでシャラスはこんなにも必死にあいつと目を合わせようとしないんだ?
「と、ともかく数時間前のあんたの蹴りの分を仕返ししてやるー!」
そう言いながら少女は俺に向かって飛びかかってくるがとりあえずしゃがみ込んでみるとそのまま少女は俺の真上を通り過ぎ、すぐ近くの電柱の顔面からぶつかり、ズルズルと地面に落ちた。
……こいつって運動音痴?
「……うわーん! ママァァァァァァ!」
もうやだ。
怒っていたかと思えば今度は電柱に顔をぶつけたくらいで目から大粒の涙を流し、大きな声で泣き叫び始めてしまった。
こいつ情緒不安定すぎるだろ。
「おいシャラス、もう帰ろうぜ」
「あ、バカ!」
「シャラス…………後ろにいるのってシャラ姉?」
少女がそう言うとシャラスが嫌そうな顔を浮かべながら俺の後ろから出てきた瞬間、今まで泣き叫んでいた少女の表情が一瞬で明るいものになった。
「シャラ姉ー!」
「もぎゅっ!?」
少女はシャラスの名前を叫びながら抱き付き、頬をスリスリする。
……マジで何なんだ。ていうかこいつの交友関係マジで分かんねえ……対人恐怖症設定のイッサといい、情緒不安定のこいつといい……マジで分かんねえ。




