第20話
その日の翌日、突然学校が休校になったという連絡がうちに届いた。
なんでもこの町に異怪が潜伏しているかららしいが……その潜伏してる個体は昨日、安田さんの家から飛び去ったあいつだろうな……。
横になりながら穴が開いた壁の方を見るが相変わらず白い毛並しか見えず、悪魔の魔法とかで音すらも消しているのか物音一つしない。
…………イッサがシャラスに何かしらの方法で説得しているとは思うが……ここまで長引いているとなると説得しきれないみたいだな……まぁ、俺がやってもできるとは思わねえけど……。
そんなことを考えながら寝返りを打った時、昨日の依頼で使わなくなった遊び道具をかなりもらったことを思い出し、白い毛並を思いっきり蹴飛ばすとライがこちらを睨み付けてくる。
「悪いけどシャラス呼んでくれ」
そう言うとライは何故かこっちに向けて大きく口を開ける。
「…………バカか!」
ライが何をしようとしているのかを察し、慌てて口を押さえつけた瞬間に火球が放たれ、目の前で大きめの爆発が起き、軽く吹き飛ばされた。
ゲッホッ! こんな狭い部屋で火球打つとかあいつバカ…………うわぁ。
顔を上げてみると人1人が四つん這いになってようやく通れるほどの大きさだった穴が人2人が横に並んでも余裕で通れるくらいの穴になってしまい、シャラスとイッサの姿が丸見えだ。
「…………和也。またあんたって人は」
「待て! 今のは俺じゃない!」
まあ、ライを蹴飛ばしたのは俺なんだが。
「で、何の用よ」
「いや~。ちょっと昨日貰った遊び道具を施設のガキどもに渡しに行きたいから手伝ってくれ」
「…………まぁ別にいいけど」
貰ったのは竹馬、サッカーボール、バドミントンなどのもう使わなくなった遊び道具で竹馬とバドミントンを俺が持ち、サッカーボールをシャラスに持たせて施設へと向かって歩いていく。
異怪が潜伏していると言う事もあってか外を出歩いている命知らずな奴らは俺たちくらいしかおらず、いつも以上に寂しい感じがしてたまらない。
「ねえ」
「あ?」
「あんたみたいな境遇の人っているの?」
「あぁ、腐るほどいる。聖域隊に入って子供産んだ親の9割以上が世界を護ってるっていうことに支配されて子どもなんてどうでも良いって感じで捨てるんだよ。それで出来たのがそう言った子供を引き取って育てる施設。俺もそこ出身だ」
「そう……人間も悪魔も変わんないのね」
そう呟くシャラスの表情は暗い。
…………そう言えばこいつは魔力がないって言われたんだっけか……しかも小学校に入ってからの検査でそう診断されたから余計に感じるんだ……親が自分を必要としないことが。今まで愛情を受けて育てられてきたから今の愛がない状態が嫌で嫌で仕方がないんだ。俺は最初から親の愛なんて受けてなかったから今はどうでも良いって切り捨てられてるが……シャラスは無理だろうな。中途半端に親の愛の居心地の良さを感じてしまってるんだ。
「あ、ここだ」
施設の門を開けて中に入ると外にはガキの姿は見当たらず、建物の中を見てみると広い部屋で体操でもしているのかラジカセがパイプ椅子の上に置かれており、その隣に赤ちゃんを2人抱いてあやしている先生とベビーベッドに寝ている赤ちゃんの姿がある。
チラッとシャラスの方を見てみるとショックを受けた表情をしている。
「…………これは」
「これが今の人間の現実だ。世界を、人類を護るということが生まれたばかりの赤子を施設に預けてもいいっていう免罪符になってんだ。誰も責めようとしない…………政治家は選挙のたびに施設出身者に対しての差別をなくすとか言ってるがそもそも問題の原因を無くそうって叫ぶ奴はいない…………所詮、人間なんてこんなもんだ」
準備体操が終わったのか子供たちが一斉に外へ向かって走ってきて俺達を見つけると窓を開けて足に次々に抱き付いてくる。
「この前のお兄ちゃんだ! どうしたの?」
「和君」
「これ。使わなくなった遊び道具っす」
「これって……いいの?」
「良いんすよ。どうせ使わないですし」
実はいうとまだ依頼は解決してないんだが安田さんはもう使わないからと言う事でくれ、さらに近所の人にも声をかけてくれて俺一人じゃあもって来れないくらいに遊び道具が集まった。
遊び道具を一か所に置くとガキどもは我先にと飛びついていく。
「この子はもしかして和君の彼女?」
「違います。私は…………こいつの友達です」
少し頬を膨らませてシャラスがそう言うと先生は背中と腕で抱えている赤子をあやしながら小さく笑みを浮かべて俺の方を見てくる。
「そう。良かったじゃない、和君。こんなかわいい友達が出来て」
「可愛いってそんな……」
「でも警報が発令されているのによく来てくれたわね」
「まあ」
そうか……だからガキどもは部屋の中でサッカーしたりしてるのか……。
「じゃ、俺達はそろそろ」
「うん。気を付けてね」
先生に別れを告げ、施設の門を閉めてから外に出る。
……異怪がいるせいであいつらは外でいっぱい遊べないんだよな…………こいつも一緒か。自分を殺しに来るかもしれない連中がいるせいでいつもの明るさが今はない……っっ!
その時、道路に巨大な鳥のような大きな影が通り過ぎていくのが見え、慌てて上を見るとこの前、安田さんの家から飛び立ったバードタイプの異怪がさらに巨大化して上空を旋回していた。
「シャラス!」
異怪がこちらへ向けて急降下してきたところで彼女の手を掴んで後ろへと跳躍すると奴のくちばしがコンクリの道路に深く突き刺さり、大きな穴が開く。
握っている彼女の手からは若干、震えているのを感じる。
……どの道、こんな老人の人口の方が多い場所に聖域隊がすぐに駆けつけるはずもない……イッサ、前に言っていた不安がなくなるかもしれないっていうのは要するに俺がこいつを護れってことなんだろ……悪魔は契約物の戦いに手を出せない……だから契約物である俺がこいつを護る。
右手に力を込めると腕が破裂し、手首から先が異常に肥大化した異能の右腕が現れる。
「シャラス……お前、怖いんだろ」
「…………」
俺の問いに彼女は何も答えない。
「まあ、なんだ…………俺が護ってやるよ」
「え?」
「俺、中途半端な不良で人間で他の奴らの契約物に比べたら弱いかもしれねえけど……これから強くなる。そんで……お前に襲い掛かって来るやつらを全員俺がぶっとばしてやる」
喋っている間にも異怪は回転を加えながら猛スピードで俺に突っ込んでくる。
右腕に力を入れると腕全体が紫色に淡く輝きだし、怪しいオーラが出てくる。
「だから……お前は安心して俺の背中にいろよ! シャラス!」
紫色に輝いている腕で突っ込んでくる奴のくちばしを全力で殴りつけた瞬間、奴の全身に衝撃が走り、両目から体液が流れ始め、数滴地面にポタポタと滴り落ちた瞬間、風船が割れるような音を発しながら異怪の体が破裂し、周囲に体液が散らばるがシューっという音をたてながら煙を上げて消滅していく。
「ふぅ……シャラス?」
一息つきながら後ろを振り返ると顔を少し赤くしながら小さな笑みを浮かべて俺の方を見てくるシャラスとちょうど目が合った。
「……本当に護ってくれるの?」
「あぁ、約束する。俺は約束は破らない男だ」
「そう…………和也……ありがと」
……数日ぶりだな。こいつの心の底からの笑顔を見るのは。
「えぇ!? もう行っちゃうの!?」
翌日の土曜日、突然隣の部屋からそんな声が聞こえ、壁に寄りかかっているライを押しのけて中の様子を見るとタブレットを手に持ったイッサが玄関にいた。
「うん。私ももっと成績を稼がないといけないしね……」
「そんな……やっと会えたのに」
「また会えるよ。この研修が終わったらまたあそぼ。ね?」
そう言いながらイッサは一瞬、俺の方を見た。
……あいつ忠実にキャラ設定護ってるな~。
「うん……残り5か月間。お互い頑張りましょ!」
「うん!」
互いに笑顔を浮かべながらシャラスとイッサは固い握手を交わした。
そんな様子を見届けて俺はカバンを持って学校へと向かうために家を出て歩きはじめると後ろから追いかけてくる足音が聞こえ、振り返るとイッサだった。
「よう、対人恐怖症設定少女」
「うるさい。ライに食わせるわよ」
相変わらず設定外は辛らつだな。
「で、なんか用か?」
「……4か月間、シャラスのこと頼むわよ」
「任せとけ。あいつの契約物になった以上はちゃんと守ってやるよ」
「そう…………それとこれはあくまで私の仮説なんだけど……恐らく冥界はシャラスを殺しに来るわ」
冥界ってシャラスたち悪魔がいる世界だろ……なんでそこの奴らがシャラスを殺しに来るんだよ。
「理由は?」
「分からないわ……ただ不審な点が多すぎるのよ。私たちはこの世界には転送されてきた。でも彼女はゲートから地上に叩き付けられるように出されたって言っていたから……それにこんな辺境な地に異怪や研修者が来すぎだわ……一応、気を付けておいて」
「分かった。お前も気をつけろよ」
「ええ……じゃ」
そう言ってイッサは俺とは逆の方向へと歩いていく。
「……俺も行くか」




