第2話
「そんな訳で早速特訓よ!」
「ちょ! おい!」
シャラスは俺の腕を掴んで、無理やり俺を引きずりながら家から出て外へ連れ出した。
「ねえ、ここら辺に人気がなくて広い場所とかない?」
走りながらシャラスが俺に尋ねてきた。
ていうか家の鍵閉めてないんだけど……まあ、大丈夫か。あんな外観がボロイ家に誰も入らないだろうし盗られるようなものも無いに等しいし……まあ、保険証とかは困るけど。
「人気がないかは知らないけど広い場所ならある」
「まあ、良いわ。そこに案内してくれる?」
「了解」
シャラスに腕を掴まれたまま、道筋だけを口頭で説明しながら近所にあるかなり大きめの公園に案内した。
この町はバブル期の時はかなり子供の数が多かったらしく次々と子供が楽しめるように大きめの公園が作られていったのだがバブルが崩壊したのを期にこの町での仕事がどんどん減っていき、とてもじゃないが食っていけないとなって多くの子供を持っている家族が都会へと引っ越していった。さらに今まで後先考えずにポンポン作ってきた公園が町の開発の妨げとなってしまい、他の街よりも施設がかなり少ない。
病院もほかの町に比べて少ないしゲームセンターなんかこの町には存在しない。
さらにそれらが原因でこの町に残っていた学生たちも一斉に外の高校や中学校へと出ていく人が増え、子供の数が減少する速度に拍車をかけてしまっている。さらに言えばモンスターゲートのこともあり、子供はここにある施設に残して親だけが都市に行くと言う事も起きた。
「へぇ~。結構大きい場所なのね。それに人目もあまりないし」
「“今は”だけど。夕方になればガキどもが遊びに来る」
つってもその遊びに来るガキも数人くらいだけどな。
「まあ、良いわ」
するとシャラスは手を重ね、ブツブツと何かを呟くと俺達の足もとにマンガなんかでしか見ない魔法陣の様な物が浮かび上がり、それは徐々に直径を大きくしていき公園全体を包み込んだところで消滅した。
「今のなんだ?」
「悪魔に伝わる魔法の一つでね。対象者を見えなくするのよ。正確にいえば私たちの影を究極にまで薄めるの。人間には絶対に見破れないわよ」
魔法か…………悪魔って便利なもの持っているんだな。
ぜひ、その魔法を俺に一生かけておいてほしいよ。それじゃあ、面倒くさい奴らの相手もしなくて済むし、警官にも毎回毎回呼び止められなくて済む。
「とりあえず、何するんだよ特訓って」
「契約物はね、契約した時点から特殊な力を手に入れるのよ。焔を操る能力だったり、水を操ったり風を操ったりなどなど。その種類は様々よ」
「ほぅ。つまり、俺にも何らかの力があると」
俺の質問にシャラスは首を縦に振った。
なんか中二心を擽られるな……俺もあったさ。そんなことを考えていた時期が。懐かしい。
「で? 何をすればいい」
「さあ? 知らない」
その一言の後、やけに風の音が大きく聞こえた。
俺達の間には妙な空気とともに沈黙が流れ、あいつは不思議そうな顔をしていたが俺は呆れ気味に大きなため息を一つついた。
悪魔のシャラスが知らないんだったら俺が特殊な力とやらを1人で使えるように出来るなんて不可能だろ。というか何らかの力とかは悪魔の領域じゃないのかよ。
「だ、だって本当に知らないんだもん!」
周りに流れる空気に居心地が悪くなったのかシャラスは慌てて釈明をするが、もうそれはただの言い訳にしか聞こえない……というか言い訳だ。
「と、とりあえず気合い入れれば何とかなるんじゃないの!?」
ここまでレベルが低い苦し紛れの言い訳という物は初めて聞いたぜ。というか、完全に俺に丸投げしたよな。悪魔のシャラスに分からなくて人間の俺に分かるわけがないだろ。
まあ、とにかくその特殊な力とやらを目覚めさせないと異怪を倒すどころか戦えないしそれに折角、超能力っぽい物を手に入れたなら使ってみたいし……ハァ。
「もしもこのまま俺が特殊な力を目覚めさせることが出来なかったらどうなるんだ?」
「……私の留年が確定するわ」
シャラスはひどく落ち込んだ様子で今にも泣きそうな様子だった。
こいつ、どれだけ学校の成績が危ないんだよ。
「留年なんてそうそうしないだろ。平常点とか課題の提出点とかで」
「悪魔の学校は一般教育科目と魔法・魔術講義、そして魔法・魔術実習があるのよ。後の2つが必修科目で単位を落としたら再履修なんていう救済措置は無い。さらに言えば悪魔の学校は成績を付けるのは全て筆記、もしくは実技テストだから。だから点が低ければどんなにせがまれても、どれだけ圧力がかかろうとも即留年……私は一般の成績はいけるんだけど……後の2つがね」
なるほど。点数至上主義の教育現場なのか。
つまり、こいつはその魔法・魔術講義と実習の単位がリアルにヤバイ状態で今にも留年が確定しそうな状態ってわけか。
「それで、異怪を倒した際に貰える得点はそのまんま成績に加味してくれるからこの実地研修で1万点くらい取らないと私卒業できないのよ!」
……点数の上限は知らないがともかく、異怪倒しまくって点数をガボガボ、ザクザク稼いでいかないとといけないという訳か。
「仕方がない」
「和也?」
俺は留年になった事も留年の危機に陥った事も無いから留年という物がどんな恐ろしいことかは知らないがともかく、俺の関係者が留年されたらなんとなく気まずい。
「とりあえずは想像からだよな」
頭の中で手から焔を放つ様子を思い浮かべ、カッ! と目を見開いて腕に力を入れる…………が一切、変容はなし。となると、手から焔が出る能力じゃない。
「シャラス。力にはどんな種類があるんだ」
「えっと、メジャーなのは手から何かを放つとかかしら。あとは何かに触れてそれを自由に変形させたり操ったりできるとか、後レアなものだったら重力を操作できたりなんかの自然に干渉する能力かしらね」
おいおい、それじゃ一体何通りの場合分けが必要になってくるんだよ。
でも、そんな事を言っている場合じゃないし……全部試すか。
「シャラス。全部試すぞ」
「分かったわ。まずは水よ!」
シャラスに言われたとおり、頭の中で手から水を放出する様を思い浮かべ、手に力を込めるが先程の焔と同じように変容は無い。
「次!」
「次は地面にふれて砂を操る!」
公園の地面に触れてみるが、特に砂が磁石に吸いつけられるようなことは起きない。
「次は鉄を操る!」
「鉄!?」
鉄って言われてもこの公園に鉄なんか……家の鍵って鉄か?
試しにポケットから鍵を取り出して、鉄と思われる部分に触れてみるがこれも特に無い。
というよりもポケットから出す時点で触れているから分かっていたけど。
「次!」
「えっと…………」
おいおい、まだ数個しか能力言えてないぞ! こんな所で終わったらヤバイだろ!
「あっ! 触れたものに電流を流す!」
それを聞き、頭に思い浮かべながら俺はシャラスの腕を掴んでみるが特にあいつが苦しむ様子はない……これもハズレか。
「ていうか、何あんた私を実験台にしようとしているのよ」
「近くにお前がいたから」
「そんな理由で殺されたら恨んでも恨み切れないわよ。次行くわよ!」
「任せろ」
その後もシャラスが言っていく能力を頭の中で想像し、それを実践しようとするが力の片鱗すら発現することは無かった。
触れたものを凍らせる、重力を操る、天候を操作する、相手の心理状態を見抜く、相手をコントロールして自分の人形に変えるなど試してみるが一切反応は無かった。
「ごめん。もうこれ以上、思いつかないわ」
あれから大体、2時間ちょっと経過したが一向に特殊な力が目覚める前兆らしきものはない。シャラスが記憶しているというあらゆるパターンを試してみたが何かを操れる訳でもなく、何かを呼び寄せるわけでもなかった。
「もう、思いつかないのか?」
「無理よ。頭の中に叩きこんである能力の内容を全部言ったんだから」
全部言っても俺の能力は覚醒せず……時間帯的にそろそろ帰るか。
時間帯も既にお昼から夕方くらいになっており、太陽の位置が2時間前よりも低くなっているような気がする。
「帰るか」
「そうね」
結局、俺の能力を覚醒させることは諦め、俺達は公園を出て家路へと付いた。
「お前の契約物が聖域隊のメンバーだったらザクザク、ガボガボ点数がたまるんだけどな」
「何よ、その聖域隊って」
「聖域隊っていうのは異怪を倒すために作られた兵器の聖域武装を扱ういわば防衛軍みたいなもの。そいつらのおかげでこの世界は滅亡することなく存続出来ている」
異次元扉が何故開いたのか――――その原因は不明だが聖域武装がいつ、どこで、誰によって開発されたのかもよく分かっていない。ただ颯爽と異怪が暴れているエリアに赴き、人間を喰い殺す化け物を殺すだけ。
世界はあいつらを受け入れているけが……俺は受け入れられない。
「ところで聖域って何?」
「ここに石ころがあるだろ? この石ころを高いところから落とせばどうなる?」
地面に落ちている石ころを拾い上げて彼女にそう聞くと、ハァッと一つ、大きなため息をつきながら俺の手に会った石ころを取って、肩の高さに持っていくと手を離した。
「そんなもんこうやって落ちるに決まっているじゃない」
空中で離された石ころはそのまま重力に従って地面に向かって落ちていき、コツンという音を響かせて地面に着地した。
「まあ、そうなるわな。でもな。聖域っていうのはその常識を歪めるんだ。さっきの例でいえば高い所で石を離しても、落ちないようにすることが出来るし火に水をかけると消えるっていう常識を歪めて消えないようにすることが出来る」
「それ、明らかに人間の技術じゃないじゃない」
そう……シャラスの言うとおりそんな事、今の人間の技術で出来ることではないんだ。
常識は常識。一本の鉛筆を半分に折って無理やり二本にする――――そんな事ならまだしも、非常識を歪めてそれを再構築し、常識に変えることなんて人間には不可能だ。
「ああ、俺もそう思う。でも、この世界でそんな事を言っているのは俺くらいだろうよ」
「なんでそんな事言えんのよ」
「この世界はその聖域によって救われているからさ。聖域は常識を歪めて異怪を殺すだけじゃなくて、あり得ないことを疑う人間の感情をも歪めて疑うっていう感情を信じるっていう感情に変えたんだよ。だから、この世界はさも、自分たちの手で聖域武装を作りだしたかのように聖域武装を受け入れている」
疑うという感情を殺された人間達はあり得ないことをあり得ることへと変える兵器を疑いもせずに受け入れ、まるで人間が生み出したかのように平然と利用している。
この世界に存在しているほとんどの国家は自国を護るための最低限度の兵力として聖域武装を取り入れており隊員を育成する教育機関だって各国にある。
「ふ~ん。その聖域武装っていう奴も異怪を狙っているわけね」
「狙うというより地球の平和の為に殺すのは当然っていう感じだ」
そんな事を喋っているうちにいつの間にか、おんぼろアパートの前に着いていた。
「ところでお前、家どうすんだよ」
「ちゃんと冥界から手配はされているんだけど…………」
シャラスの声が聞こえなくなり、彼女の視線がオンボロアパートに向けられているから俺もアパートの方を見ると入口の所に段ボール箱が数個置かれており、そこにみたことも無い文字が書かれている紙が張られていた。
……この状況から見るに、こいつの荷物だよな。
「部屋の番号は……うん。あんたの隣ね」
俺はその言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ところでお風呂とかあるのよね?」
「ある事はあるけどシャワーだけだから正直、近くにある銭湯を使った方が良いぞ。このアパートの住人であることを証明したら格安でいれてくれるし」
このアパートはどうやら建てられたのが相当、昔のようで風呂はシャワーだけしかなくお湯は溜められないし、たまにお湯出しているのに何故か途中で勝手に冷水に変わったりするからこの近くにある銭湯に俺は行っている。周に3回ほどだけど。
「そうなんだ……生活費とか諸々は冥界の政府が持ってくれるからそこら辺は何とかなるけど……まあ、日本の銭湯っていうのに興味あるし」
「悪魔に銭湯ってないのか?」
「ないわね。家に大きな浴場はあるけど日本みたいな赤の他人が一緒のお風呂に入るって言うのはないわね。最近は銭湯も作ってみようかっていう事になっているけど」
なるほどね。人間の事が悪魔の方に流れているということか……。
まあ、隣に住んでいるなら何かあればすぐに呼ぶこともできるし…………でもなんか、こいつが隣に住むことで嫌な事しか起きない予感があるんだが……気のせいだと思った方が良いな。
「まあ、こっちの生活で何か分からない事があったら言えよ。教えてやるから」
「悪魔の生活と人間の生活って大差ないわよ」
「へぇ……ところでお前料理できんの?」
「悪魔に食事という概念は無いって言ったでしょ。食べなくても生きていけるの」
そう言えばさっきそんなこと言っていたな……食事せずに生きていけるんだったら水なんかも飲まずに生きていけるんだろうか……やっぱり、異なる生物と人間って根本なことから違うんだな。
「とりあえず、荷物運ぶから手伝ってよ」
「いやだ」
そう言い、部屋に戻ろうとするが後ろから腕を掴まれた。
「手伝って」
満面の笑みでそう言う彼女。
「い・や・だ」
それを平気な顔をして断る俺。
「手伝わないと悪魔式の呪いであんたを一生呪うわよ」
「手伝おう。むしろ、全部任せろ」
俺は態度を変えて、せっせと彼女の荷物を運んでいく。
以前、ボコボコにした奴から呪いでもやられたのか非常に不運な事が連続して起きたことで呪いという言葉を聞くのも嫌だった。
例をあげると不当逮捕されたり、ヤクザから毎日毎日借金返済の催促という名の間違い電話が数カ月連続でかかってきたり……。
ともかくせっせと彼女の部屋に荷物を運んでいき、元々荷物が少なかったこともあり数分ほどで荷物の搬入は終わった。
「ありがと。ま、これからお隣さんとしてよろしく」
笑みを浮かべながら差し出してくる手を俺は苦笑いを浮かべながらも握った。
なんか、あまり良いお隣さんになる気配がしないのは気のせいだと思いたい。