第16話
シャラスが契約物を紹介するや否やイッサは呼吸以外の機能を全て停止させてしまった。
すげえな。人って呼吸以外の機能停止できるんだ。
「…………人間……だよね?」
「うん。正真正銘の人間」
イッサはギギギッと音でも聞こえるんじゃないかというくらいにゆっくりと俺の方を見て目を合わせ、文字通り頭の先からつま先までゆっくりと視線を降ろし、俺から目を逸らすともう一度シャラスに目を合わせる。
「もしかして契約事故起こしたの?」
「ん~。まぁ、そんな感じ? いや~なんかわかんないけどこっちに着陸した時になんか隕石みたいに地面に直撃して助けてもらった時にこいつの手に触れたというか」
「……着陸? 直撃?」
イッサはその二つの言葉を呟きながら右に左に首をひねる。
「シャラス、どうやってこっちに来たの?」
「へ? どうやってってゲート通る前に安全膜被ってそこから地上めがけて真っ逆さまに落ちたけど」
「そうなの? 私は普通に転移魔法で送られたけど」
「あ、私転移魔法使えないし」
「ううん。自分でしたんじゃなくて教官にしてもらったんだよ」
おいおい。小学校以来の友人じゃなかったのか? やけに会話が噛みあっていないじゃないか。まぁ、俺には関係ないことだし、この白いライオンとでもじゃれるか。
「お手」
そう言って手を出した瞬間、思いっきりガブッとライオンに噛まれた。
…………。
「こんのクソライオンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんな怒声を上げながらライオンに飛びかかり、掴みかかるが相手の前足とぶつかり合い、全力で相手を押すが相手もなかなかの力の持ち主で中々倒れない。
この俺の右手を思いっきり噛みやがって! 絶対にこのライオンに痛い目合わせてやる!
思いっきり頭を後ろに引き、全力で相手の鼻に頭突きをかますと変な声をあげながらライオンは痛みに悶え苦しむがそれでも倒れず、逆にキバを俺に近づけてくる。
「ちょっと和也! 何あんたライオンと喧嘩してんのよ!」
「止めるなシャラス! こいつは俺の右手を噛んだんだ! しつけはちゃんとやってやらないとなぁ!」
「……ライ。お座り」
イッサがそう呟いた瞬間、さっきまでの唸り声が嘘の様に甘えた声に変わり、スリスリとイッサの脇腹あたりに頬を擦りつけ、甘えだす。
「ていうかあんたもイッサもなんでネコ科のライオンにお座りさせてんの?」
「お座りは万物共通よ」
「いや、それもどうかと思うが……お前ら本当に友達か? 話噛みあってねえじゃん」
「こ、これはたまたまよ。ねえ?」
シャラスの問いにうんと頷くイッサ。
「まあいいけど……ていうかいつまで俺の部屋にいるつもりだよ」
「良いじゃん別に。そう言えばなんで私のところにきたの?」
「うん。それなんだけど…………一緒に倒してほしい異怪がいるの」
イッサは一瞬だけ俺の方を見るがまたすぐにシャラスの方に顔を向ける。
こいつ絶対に俺を見て「こいつでいけるかな」みたいなこと思ったよな。確実に思ったよな。
「一緒に倒すの? でもそうすると点数は半分になるんじゃないの?」
「うん。でも半分でもシャラスの点数を大幅に増やすことができるくらいの奴なの」
「それは凄いじゃない! で、どんなやつなの?」
「これ見て」
そう言い、イッサはタブレットを取り出して画面に指を走らせ、床に置くと空間に映像が投影され、俺達の目の前に巨大なクモに人の上半身を組み合わせたような姿をしている異怪の姿が映し出された。
これまたすごい姿をしてるな……ていうかこんなやつなら聖域隊もマークしてんじゃねえの?
よく見ると画面の端の方にスパイダータイプと書かれており、小さく(リ・ボーン)と付け加えられている。
「私ね。こっちに来てからすぐにライと契約してスパイダータイプを倒したんだけど何故か点数がくわえられなかったから調べてたの……そしたらこいつが復活してて私だけじゃ倒せなくて……」
「進化蘇生したんだ……これは大物ね。点数は?」
「正確には分からないけれどスパイダータイプが500点だから単純に考えたらそれと同じか650点くらいだと思う」
500って言えばこの前倒した白クマの親玉を倒した時は690だったからシロクマといい勝負ができるくらいには強いってことか……待てよ。じゃあシロクマに勝った俺ならスパイダーとか言うやつは簡単に倒せるんじゃねえの?
「言っとくけどあんたじゃ倒せないからね」
「心を読むなよ」
「分かりやすいのよ。スパイダータイプは普通に斬ったり焼いたりしただけじゃ倒せないの。少しでも体が残っていればそこから一晩で再生する。しかも再生した後は強くなって再生するから面倒くさいのよ。だから冥界でもスパイダータイプを相手にするときは1人ではやるなって言われてるのよ。ちなみにこいつだけは体液からは蘇生しないのが確認されているわ」
なるほど。他の異怪も体液が残っていればそこから生物に飲み込まれたりすることで蘇生を図るけどこいつの場合は体のパーツが少しでも残っていればそこからまた新たに体を作って強くなって蘇生するってことか。
「じゃあどうやって倒すんだよ」
「炎で全てを焼き尽くすか凍らせて永久に封印する。もしくは細胞レベルまで粉々に粉砕する。どれかね。イッサは1回目はどうやって倒したの?」
「炎で全部焼き尽くしたの。ライが炎を使えるから」
ほぅ。じゃあこいつは1人サーカス団ができるってことか。どうでも良いけど。
「でもどこかに体の一部があったみたいで」
「そっか…………よし、私たちも手伝う!」
シャラスがそう言うとイッサは笑みを浮かべてシャラスの手を取る。
…………こいつらは仲が良すぎるからあれだとしても……俺も昔はあんなふうに誰かと一緒に笑っていた時期もあったな…………なんであんなことしたんだか。
ふと窓の外を見てみると既に太陽は沈み切っており、外は真っ暗になっている。
そろそろ飯でも作って食うか。
「あ、晩御飯食べるの?」
「あぁ。腹減ったしな」
「ちょ、ちょっと待った!」
「なんだよ」
食材を出そうと冷蔵庫を開けようとするが目の前に急にシャラスが割り込んで俺が冷蔵庫を開けるのを何故か必死な形相で防いできた。
なんでこんなにこいつ必死な顔して止めてんだ。
「い、いやあのさ……その……きょ、今日くらい晩御飯いらないじゃん! 知ってるわよ! 人間は3食食べなくても生きれるんでしょ!?」
「そりゃ生きれるけど力入んねえし。ほらどけよ」
「あっ!」
無理やりシャラスを冷蔵庫の前から退かし、冷蔵庫を開けるとそれはもう綺麗な冷蔵庫の中身が俺の目の前に広がっており、1度扉を閉めてからもう1回開けてみるがやはり冷蔵庫の中には食材となるものは一切入っていない。
……………。
「おい」
「っっ! な、なに!?」
「お前まさか……食べつくしたのか」
「ま、まさか~……ラ、ライが食べちゃったのよ!」
突然のなすりつけにライは目を見開き、慌てて首を左右に振って否定する。
「冷蔵庫には今週分の食材が入ってあったんだぞ…………それをてめえは全部食いやがって!」
「ち、違うのよ! 食事をしてたら段々、ハマってきちゃって気づいたら食べちゃってたっていうか」
「ふざけんなぁぁぁぁぁ! 今週どうやって生きればいいんだよ!」
「も、もやしくらいなら」
「先に謝れやぁぁぁぁぁ!」
直後、俺の右腕が紫色に輝きだし、全て弾け飛んで手首から先が異常に肥大化し、色が極限まで紫色になる力が発動した。
「こんのドアホがぁぁぁぁ!」
「わっ!」
全力でその腕を突き出すがシャラスが伏せたことでそのまま拳は壁に向かっていき、止めようとする間もなく壁に直撃し、凄まじい爆音とともに壁が粉砕し、大きな穴が開いた。
…………やってしまった。
ぽっかりと空いてしまった穴からは隣のシャラスの部屋が丸見えになってしまっている。
「な、何やってんのよあんたは!」
「お前が食材食い尽したのが悪い」
「だからって壁に穴開けなくてもいいじゃない!」
とりあえず変化した腕を元に戻そうとするが誰かに触れられた感触がして腕の方を見ると不思議そうな顔をしたイッサが俺の腕をペタペタ触っていた。
「……こんな力見たことない。シャラス、彼は本当に人間?」
「うん。ただの人間」
「…………まさかね」
そう呟くとイッサは俺から離れたので元の腕を想像し、腕を元の姿に戻した。
「は、腹減った。なあ依頼きてねえの? できれば報酬が飯の奴」
「えっと……あ、来てる来てる」
「よし、早速行こう。シャラス」
「はいはい。イッサはどうする?」
「私もいく」
ということで俺達3人と一匹は依頼主のもとへと向かった。
シャラスの先導のもと到着した依頼主は俺も知っている爺さんだった。
「龍さん。あんただったのか」
「ん~? どちらさんかいの」
まあ、認知症だって言ってたから俺のことも覚えてないか……でも2ケ月前会った時は普通に俺の名前もちゃんと憶えてたんだけどな。
そして依頼の内容は飼い猫が外に出たっきり帰ってこなくなったから探してくれというもので依頼の報酬はカレーの残り。
冷蔵庫に何もない俺からすれば最高の晩飯だ。
「もう逃げんじゃねえぞ」
そう言いながら龍さんの飼い猫の頭を撫でて家を出る。
「まさかこんな短時間で見つかるとは思わなかったわ。あんた凄いのね」
「いったい何年この町にいると思ってんだよ。猫が行きそうな場所は大体頭に入ってる」
俺が物心ついたころには既にこの町にいたし、よく施設の先生と一緒に散歩にも行ったりしたから多分、この町に住んでいる連中の中で先生の次にこの町の昔と今のことを知っている気がする。
俺が小さい頃はまだチラホラ娯楽施設もあったんだが小学生になる頃にはほぼすべて無くなったし、レストランなんかも個人経営しているところを除いてすべて潰れ、ファストフード店も消えた。
「でもなんで猫ちゃん離れちゃったんだろうね。あんなに飼い主の人に懐いてるのに」
「死期でも悟ったんじゃないの? よく言うじゃない」
悪魔の世界でも猫はいるのか……学校で人間のことを学ぶ上で猫のことも学んだのかもな。
その時、後ろの方から何かがカサカサと音をたてながらこっちに近づいてくるのが聞こえ、慌てて後ろを振り返ると闇夜の中に赤く光っている怪しい光が2つあった。
「こっちだ!」
「きゃっ!」
2人の手を掴んで壁際に寄った瞬間、さっきまで俺達がいた場所に何かが突き刺さったような音が聞こえるとともにコンクリが砕ける音が聞こえる。
「ま、まさかあれがスパイダー!?」
「この感じ……そうだと思う」
その時、地面に青く輝く魔方陣が出現したかと思えば魔法陣から眩い輝きが放たれ、思わず腕で目を覆い隠し、光を遮断する。
「……消えた」
輝きが消えたのを確認し、腕を退かせると目の前にスパイダーはいなかった。




