第15話
ナロスタとかいうドジ悪魔女との戦いに勝利し、シャラスの留年危機の回避に大きく貢献してから早数日が経ち、明るい時は徐々に暑くなってきた今日この頃。
今日も今日とて俺とシャラスは真夜中の街を依頼解決のために走る。
「次の依頼はなんだよ」
「えっと……不良たちが空き地に集まってうるさいので追い払ってください。報酬はいらない小説10冊だって。どうする?」
「いや、お前が決めろよ」
「じゃあ行きましょ」
ということで不良たちが集まっているという空地へ行くと確かにもう寝静まる真夜中にも拘らず不良どもが飲めや歌えやの大騒ぎをしていた。
警察もあてになんないこの時代だしな……さて。いっちょ拳骨食らわしてくるか。
シャラスを隠れさせ、歌を大音量で流しているCDラジカセを思いっきり踏みつけるとグシャッという破砕音とともにうるさい音が消えた。
「てめえ何してんだよ!」
「近隣の皆様から苦情が来てるので君たちを静かにしに来たんだよ、ボケ」
そう言い放ち、一番近くにいた奴の腹に飛び蹴りを食らわせるとくぐもった声が聞こえるとともにそいつの体が宙を舞い、放物線を描いたあと地面に背中から着地して体をビクンビクン痙攣させる。
どうせこいつらに聞かない奴らだし、こういう場合は蹴る・殴るの行為が正当化されるのだよ……まぁ、ある程度だけど。
「い、今浮いたぞ!」
「お前らまだ高1だろ。さっさと家に帰って寝ろ。あと酒とたばこは20になってからだろうが」
「俺らの勝手だろうが!」
叫びながら殴り掛かってきた奴の拳を掴み、そのままヒョイっと軽くコンクリの壁に向かって投げたつもりだったんだがどうやら知らないうちに力が入っていたらしく、凄まじい音がしてコンクリの壁にそいつが埋まりこんでしまった。
…………うん。まあ生きてるから良し。
そんな様子を見た連中は恐れをなし、空き缶なんかは全部放置して空き地から去っていった。
「あ~あ。汚ね」
ビールが流れ出ているのを見ながら缶を回収していく。
「報酬、貰って来たわよ」
「お、サンキュー。何点稼げたんだ」
「依頼は全て一律の点数だから数をこなさないと意味がないの。今月で10件目だからまあまあの点数稼ぎにはなってるかも」
にしても……随分と汚くなったな。
空き地を見渡せばタバコの吸い殻が見えるし花火のゴミ、空き缶なんかが置かれたままになっているし、壁に沿ってたてかけられている小さなサッカーのゴールやバスケットのゴールは火遊びでもしたのかネットが黒くなっており、穴ぼこだ。
昔は草もたくさん生えてたり花もいっぱいあったんだけどな……今は花どころか草すら生えてない。
「この土地に思い入れでもあるの?」
「なんだよ急に」
「いや、せっせとゴミ拾いしてるから」
まぁ、シャラスの言う通りこの土地に抱く思いはこの町の中じゃ誰にも負けてないと思ってるくらいだからな…………ほんと、なんであいつらあんなことやったんだか。
昔のあの惨劇のことを思い出しながら拾えるゴミは全て拾っていき、目に見えるゴミを拾いきった時には両手がゴミでいっぱいになってしまった。
「帰ろうぜ」
「オッケー。今日はもう依頼も来ないみたいだし」
近くのゴミ箱に拾ったごみを捨て、シャラスと共に家に向かって歩き出す。
そう言えばもうすぐあの日か…………そろそろあそこにも帰るか。
「ねえ、この小説あんた読む?」
シャラスから一冊小説を受け取り、パラパラと中身を見てみるがどうやら俺には難しすぎるいわゆる一般文芸とか言われる本らしくやけに文章が固く感じ、すぐに本を閉じてしまった。
「やる。俺には難しすぎる」
「ふーん。この程度の本で難しいってあんたどんだけ本読んでないのよ」
「自慢じゃないが国語の教科書以外、小難しい物語を読んだ記憶はない」
読んだとしても施設で読んだ絵本みたいな簡単な物語しか読んだことがない。まぁ、その絵本も一冊しかなかったから大体は先生の読み聞かせだけどな。
何で世の金持って普通に両親がいて普通に暮らせている人たちはもう読まなくなった絵本なんかを施設なんかに寄贈してくれないのかねぇ。色々と張り紙とかしても集まったのは一冊だけだったからな。それに誰かが支援してくれるわけでもないし、収入だってそんなに多かったわけじゃない。遊具だっていつも取り合いが起きるくらいに少なかったしな……園児の数は俺がいた時で20人に対して遊具の数はたったの2つだからな。滑り台とブランコしかなかったから必然とその後ろに人は並ぶ。まあそのおかげで整列のスキルはその年に比べてやけに高かったけどな。
「そう言えばあんたの部屋にも本とか一切ないわよね。いつも何してんの」
「別に。朝学校行って夕方に帰ってきて近くの小さいスーパーで夕食の食材買って晩飯食って先頭に風呂入りに行って寝るだけ」
「あんた友達とかとは遊ばないの?」
「…………友達はいたけどもういない」
「ふ~ん。そいつらも都市にでて聖域隊とか言うのに入ったわけね」
「…………」
俺はシャラスの言ったことに何も言わない。
こいつはこの土地からいなくなったという風に解釈してるけど実際はもう全員、友達と呼べる奴はこの世からいなくなったといった方が正しい。
結局のところ親の顔すら見たことない俺は正真正銘、孤独なわけだ。
翌日の放課後、俺は1人家に向かう道をゆっくりと歩いている。
今日は珍しく喧嘩を売られなかったのでのろのろと歩いているわけだが普段から見慣れている景色がずっと続いているので結局はいつもと同じ速度に戻ってしまう。
「ふぅ……眠い」
最近、シャラスの依頼を真夜中にこなしていると言う事もあって完璧に俺の生活は夜型の生活になってしまい、学校は寝る場所と化してきている。
まあ、俺が寝た方が全員都合がいいみたいで誰も起こしに来ないけどな。
住んでいるアパートが見え、ポケットから鍵を取り出しながら階段を上がり、登りきると同時に顔を上げた時、俺の足が止まった。
「…………」
何故か俺の家の扉の前に腕をぶらーんと伸ばし、明らかにサイズが合っていないダブダブの黒いローブに腰のあたりまで伸びている白髪の少女がボーっとしながら立っていた。
…………何故かは知らんが非常に危険な匂いがする。今すぐここから出ていくのが得策だ。
「どあぁぁぁ!?」
そう思い、ゆっくりと後ろを振り向いて階段を降りようとするが1段踏み外してしまったらしくバランスを崩して階段を転げ落ち、コンクリの壁に思いっきり背中をぶつけてしまった。
「イッテ……ど、どうも」
痛む個所を摩っているとさっきの白髪の少女と目が合ったのでとりあえず挨拶をするがまるで人形のように静かな少女からは挨拶は帰ってこなかった。
「何の音……ってイッサじゃない!」
「やっほー! シャラス久しぶりー!」
「「いえーい!」」
…………な、なんだあの感情の変貌ぶりは。
さっきまでの人形のように感情を感じなかった少女は今、満面の笑みを浮かべてそれはもう楽しそうにシャラスとハイタッチを交わす。
「何年ぶりだろ」
「20年ぶり。中等部で分かれて以来だから」
「そっか~。もう20年か~」
悪魔の時間感覚は全く分からん。人間でいう所の10年……いやちょっと待て。普通中等部って言ったら大体13歳くらい……まぁ、悪魔に人間の常識が通じるはずがないか。
「さ、入って入って!」
「お邪魔しま~す!」
「ちょっと待てー!」
シャラスが俺の部屋に勝手にイッサと呼んだ少女を入れようとしたので慌てて起き上がり、階段を駆け上がって2人に近寄る。
「あ、なんだいたんだ。良いでしょ、あんたの部屋に入れても」
「良いでしょってお前の部屋に入れろよ」
「やだ。ここは私の部屋なんだから!」
それは俺にも言えることなんだが……まあ、別にみられて困るものもないからいいけど。
鍵を開けようとドアノブに鍵を差し込んだ瞬間、ボトッという音が聞こえ、音がした方を見ると何故かドアにぽっかりと穴が開いている。
…………あ、あれぇ? このアパートは外観が古いだけだろ……ドアノブが外れるってもうセキュリティーもくそもないだろ。
とりあえず扉を開けて玄関でドアノブを拾ってから2人を部屋に入れ、冷蔵庫からペットボトルを取り出し、2つしかないコップに水を注いで2人に出す。
「で、こいつ誰よ」
「私の小等部からの友達のイッサよ」
イッサはさっきまでの笑顔を完全に消し、俺に小さく会釈する。
「この子対人恐怖症だから私以外の人と話すときはいつもこうなのよ」
「だってシャラス以外と話しても面白くないんだもん」
「もう! イッサたら!」
……百合百合な空気が見えてくる。
「ところでイッサの契約物って何?」
「あたしはね~」
そう言いながらイッサは人差し指で畳に円を描くと小さな魔法陣が出現し、それが壁際まで移動するとそこで大きくなり、そこから白い毛並をしたライオンのような異怪が出てきた。
…………強そうだな。ていうかなんでナロスタの白クマと言いイッサのライオンといい、異怪は人間の動物の姿をしてんだ?
「す、すご!」
シャラスはタブレットを見ながら驚きの声を発しているので俺も後ろからその画面をのぞき込むと画面にはタイガータイプと表示されている。
「どう? 凄いでしょ」
「タイガータイプって警戒心が強いから同族の者以外近づけさせないのに……どうやったの?」
「ふふ~ん。魔法で影を極限まで薄くしてそーっと近づいたの」
えらい呆気なく契約されたんだな、お前。
そんなことを思いながら白いライオンをジーッと見ていると向こうはガンを飛ばされたと思ったのか姿勢を低くして牙を見せ、俺を威嚇してくる。
人に威嚇されても怖かないけどライオンなんかに威嚇されたら少し怖いな。
「ところでシャラスの契約物は?」
「ん? これ」
「お前これって酷いだろ」
「そう? じゃあそれ」
「代名詞を使うな、バカ。せめて名前を言え名前を」
「人間」
「そっちじゃねえよ!」
そんなやり取りをしているとカタンとコップが倒れた音がしたのでそちらを見てみるとイッサの手からコップが落ちていた。




