デントウの祭り
S県西北部にある伝木町。この人口2000人ほどの町には、昔から代々続くユニークな祭りがある。
その伝統の祭り――その名も“電燈祭り”は、一年で最も夜が長くなる冬至の日に行われる。
「この祭りの起源は、大正時代、電気による照明が一般化しはじめた頃に遡るんです。村に初めて設置された電燈の周りで、当時の住人たちが夜通し盆踊りをしたことがその始りです。暗くて長い夜を照らしてくれる電燈に感謝するために、この祭りは特に夜が長い日を選んで行われるんです。もし明かりがなければ、この世は真っ暗闇でしょう? 明かりのありがたさを再認識して、明かるい光を生み出す電気に感謝する心を忘れないために、この祭りは代々行われてきたんです」
そう語るのは、“電燈祭り”保存会の会長、山瀬耕治さん(40)だ。
祭りは、そろそろ日が暮れ始める5時半頃から始まる。
町の中央にある櫓の上で太鼓が10回鳴らされると、祭りの行われる広場に人々が集まりだす。それからまた10回太鼓が鳴らされる時が、祭りが始まる相図であるという。
太鼓をたたく回数に、何か深い意味があるのだろうか?
「電燈が点くことを点灯というでしょう。テントウ、テンとトウ、つまり、アメリカの10と日本の10を現す言葉一つの単語の中に入っているということに由来するそうです。要するに、西洋の文明が日本と出会い、それが一つになって生活を明るくしてきた、ということなんですね」(山瀬さん)。
祭りが行われている間は町中の電気が消されて、広場の中心に建てられている3mの電燈のみが灯される。
この電燈こそが、大正時代に初めてこの村に設置された電燈で、今でも町を照らし続けているのだという。
「この電燈は村の誇りです。戦争中にはB29の目印になりやすいから、という理由で消されていましたが、この電燈を愛する町民たちによって、戦争が終わったその日の夜に、まっ先に、この電燈が灯されたと伝えられています」(山瀬さん)
やがて祭りが始まると、この祭りの名物「デント様」に扮した村の青年団が建物の間から現れる。
デント様は、コードをいくつも束ねて作った蓑に無数の裸電球をぶら下げた格好をした、この町の守り神のようなものである。
その始まりは、太平洋戦争中の灯火管制時において、真っ暗闇になった町中を、無数の懐中電灯をぶらさげて、一軒一軒警報が解除されたことを知らせて回った当時の隣組組長に由来するという。
「電気を無駄にする者はいねぇがぁ、明かりを粗末にする者はいねぇがぁ」と言いながら、デント様は広場にいる子供を追いかけ回す。デント様に捕まった子供は、次の一年間、いつも明るく元気でいることと、電気を無駄にしないことを約束させられるのだという。
このデント様は町民から非常に愛されており、特に子供たちは、捕まらないように必死に逃げ回る。これも祭りの日には必ず見られる光景だという。
「私は一度この町を離れて戻って来たのですが、やっぱり、冬至の日には、こうやって子供が逃げ回っているのを見ないと落ち着かないですね」(山瀬さん)
逃げ回る子供は、あの手この手で捕まらないようにする。それは、昔から変わらない、故郷の原風景であるという。
「最近の子供はけっこうないたずらものが多くて、水鉄砲をデント様に向かって撃ってくることがあります。そうなるとデント様の衣装には電球を灯すための電線が通してありますから、当然、感電してしまいます。昔はそんなことをしないように叱っていたのですが、最近では、今年は誰が感電するんだと期待されていて、すっかり村の風物詩になっています」(山瀬さん)
実際に感電したことがあるという人に話を聞いてみた。
「子供を追いかけていると、悪知恵が働く奴は建物の幅が狭い所に逃げ込むんですよ。それをうっかり追いかけていったが最後、待ちかまえていた子供たちに包囲されて、四方八方から水をかけられてしまうんです。いやぁ、あの時はまいりましたよ。おかげで、頭にパーマがかかってしまいましたよ」
そう言いながらも、どこか楽しそうに語るその人の頭は、確かに、パーマのようになっていた(どことなく天然のようでもあったが)。
このように、町民全てに愛されているこの祭りであるが、時代の流れのせいか、デント様の装いに用いる白熱電球が最近では手に入りにくくなっているという。
「今では世の中にLED電球なんてものが溢れているようですが、伝統の祭りには、昔ながらの白熱電球がやはり不可欠です。クリスマスのイルミネーション用の電飾を代わりに使ってはどうか? と言う人もいますが、それは邪道です。伝統の祭りは、伝統の道具を用いてこそ、その魂を継承していけるんです」
と、山瀬氏は記者に熱く語ってくれた。そこには、故郷の祭りを故郷の人間が守るのだという強い決意と、伝統を守ってきた人間の矜持のようなものが感じられた。
祭りが終わると、人々はそれぞれ懐中電灯を点して家路につく。祭りの間は町中が真っ暗であるが、今まで一度も盗難事件などが起きたことはないという。
「こうやって村が無事なのも、デント様のおかげです。我々は、子々孫々までこの伝統の祭りを継承していきますよ。この祭りはふるさとの魂なんです」(山瀬さん)
おそらく、このような人がいる限り、この祭りは末永く続いていくのであろう。伝統を大事にする人々の姿に、古き良き日本人の姿を見たような気がした。
これを読んだみなさんも、身近にある古き良き伝統を見直してみてはいかがであろうか? あなたの近くにもデントウの祭りが息づいているかもしれない。
ちなみに、かつては祭りの終わりに、地面に大量にまかれた電球をみんなで踏んで壊すという習慣があったそうだが、さすがに最近はやっていないそうである。伝統の存続を容易には許さぬ時代の流れというものを感じる。
<終>
※この祭りは実在しない。