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得ると失うの狭間にあるのは  作者: 皆麻 兎
真実を見通す目

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第4話 弓の稽古と射場始

<この回から登場するサブキャラ>

浄蔵(32):天台宗の僧侶。源頼光の知人で温厚な性格。陰陽師ではないが、高い法力を持つ。

源頼光さんの邸に居候する事となった私は、翌日から弓の稽古が始まる。

「では、沙智殿。これを…」

そう言われた後、頼光さんから練習用の弓と数本の矢を手渡される。

手渡された矢は、地味で質素な造りをしている。古ぼけているように見えるが、長く使っているという事は、それだけ丈夫にできている事を意味する。

「んぎぎぎ…」

弓の弦を引っ張ろうとすると、なかなか引っ張れない。

想像していた物より、遙かに硬く感じたのである。

「沙智殿。これには、秘訣がございましてな…」

頼光さんは、真剣な面持ちで説明する。

「ここをこうして…」

彼は弓を持つ私の手に自分の手を添えながら、コツを伝授してくれている。

しかし、当の本人は一生懸命で気づいていないだろうが、彼と私の体が密接していた。背中から抱きしめられているような感覚と、顔が近いという事が私の頬を赤らめる。

『心拍数上がっているし、緊張で全身固まっているわね…』

「…!」

ふと聴こえたサティアの声の後、四肢が少し軽くなったような感覚を覚える。

おそらく、私の心情に影響された肉体を、サティアがほぐしてくれたのであろう。こうして私の意志とは関係なく、その時の状態によって彼女が私の中に埋め込まれている臓器補助機に働きかけているのだ。そのため、もしサティアがいなかったら、ちょっとした事で具合を悪くして倒れてしまうであろう。

「ん…?沙智殿、如何した?」

何も気がついていない頼光は、頬を赤らめた私に視線を落とす。

「あ…」

この時、二人の視線が丁度良いくらいに合う。

それによって彼は身体が密接している事に気がついたようで、みるみる頬が紅色に変貌していく。

「…弓や剣の稽古をする相手は大抵、同僚や貴族といった男子相手が多いですからな。つい、いつもの調子で…申し訳ない」

「あ…いえ…」

二人は、少し気まずい雰囲気になっていた。

『…んな事言っている割には、離れないわよね?』

「ちょっ…」

突然聞こえてきたサティアの呟きで、私は我に返る。

だが、確かに頼光さんは頬を赤らめつつも私の腕に寄り添う大きな両腕を離そうとしなかった。

「…貴女が女子だというのが、こうしているとよくわかりますな。その細き肩と腕…何より、立ち姿が“あれ”に似ております…」

「頼光さん…?」

後ろから響いてくる低音の声が、意味新な台詞を告げる。

しかし、昨日出逢ったばかりの私は、この言葉の真意をすぐに理解はできなかった。


「失礼いたします、頼光殿」

弓の稽古を始めて小一時間が経過した頃、私たちがいる邸の庭に一人の僧が現れる。

この時代特有といわれる鈍色姿という僧衣を身につけた男性は、出家している割には若く見えた。彼らは、挨拶代わりの他愛のない会話を交わす。すると、僧の視線はすぐ近くで弓を構えていた私に注がれる。

「頼光殿…。この女性(にょしょう)は…?」

「へ…?ああ。この方は沙智殿といってな。此度病ではせ参じる事のできなくなった者の代わりに、射場始の儀式に出て戴く事になった御方だ」

僧侶の口から“女性(にょしょう)”という言葉が飛び出しつつも、頼光さんは意外と冷静だった。

最も、その言葉の意味を知らなかった私は、後になって初めて“男装がバレバレだった”事を悟る。

「貴方は…?」

弓を下し、彼らに視線を向けた私は、お坊さんが何者かを問う。

「ああ、これは失礼。わたしは、浄蔵(じょうぞう)…安倍殿のように陰陽師ではないですが、多少の術式を心得ている坊主にございます」

すると、浄蔵は深々と頭を下げながら名乗る。

 …要は、この男性(ひと)も晴明さんも、魔法使いみたいな人という事かな…

陰陽道や日本古来の術式について知らない私は、そういった客観的な見方しかできなかった。ただし、この若いお坊さんが実は安倍晴明と違った意味でライバルだった術師だという史実を知るのはまだしばらく先の事であろう。

その後も、弓の稽古は続く。何度も何度も的を外したが、やっていく内にコツが掴めたのか、射た矢がだんだん的のど真ん中へと近づいていく。

『…これを応用すれば、今後戦闘でも使えるんじゃない?』

 うん…そうだね…!

これまでずっと黙っていたサティアの声が、頭の中に響く。私はその時代に関わっていた人は思い出せなくても、そこで学んだ知識や技術はハードディスクの中に保存されているのでいつでも思い出す事ができる。この日の練習で、私は新たな体術を身に着けたのであった。

浄蔵(じょうぞう)様…?」

その後、休憩がてら邸の廊に座っていると、どこか一点に視線を集中させている僧侶が目に入る。

「!?」

浄蔵さんは少し険しい表情をしていたが、私が声をかけてきた事に気が付いてこちらを振り向く。

「…如何しましたか?」

「あ…いえ。何故か、一方を見ているようだから何か見つけたのかなと思いまして…」

私は何処か一点を見つめていた彼の行為に疑問を覚える。

「…誰かに見られているような、いとおかしな感覚がしましたが…おそらくは、気のせいでしょう」

どこか含み笑いを浮かべながら、浄蔵さんは呟く。

因みに、今は休憩時間なのもあって頼光さんは席をいない。そのため、この場にいるのは私と浄蔵さんの二人っきり(正確にはサティアも入れると3人)であった。

「そういえば…」

私はせっかくこの時代の僧侶と一緒にいるので、少し話を聞いてみようと考えて口を開く。

「浄蔵殿はどういった経緯で僧となり、普段は如何なる事をされているんですか?」

私からの問いかけに、彼は目を丸くしていた。

それは、僧侶の仕事に興味を持つ私に驚いたのか。それとも、術師の中では広く知れ渡っているのに、何を聞くのかと小馬鹿にする意味で驚いたのか。彼の表情が、どちらを意味するかまではわからない。

「わたしは、宇多法皇に教えを賜うために出家し、比叡山で玄昭殿に密教を賜っております。此度は、さるお方の命で下山をした次第です」

「…さるお方?」

「この先は、口を紡ぐよう申し付かっているので、ご勘弁を…」

話を掘り下げようとしたが、どうやら企業機密みたいなので詳しいことを尋ねるのはできなかった。

「話が変わりますが、浄蔵殿は都の貴族との関わりは持たれているのですか?」

「…と申しますと?」

話題を変えた私に対し、浄蔵さんは不思議そうな表情(かお)をしながら首を傾げる。

「いえ…僧侶って内裏や数多の場所で説法を説いたりするって聞いた事があるから、そういった催しによって親しくなったりするのかなと…」

「成る程…確かに、女房向けとして、内裏で説法を行った事はありますね…」

私の台詞に納得したのか、浄蔵さんは天台宗や密教の事。それが、如何なる力を持つのかを詳しく話してくれた。

 …文献で少し見た程度だし、当てずっぽうな訊き方だったけど…いろいろ教えてくれて良かったな…

『…沙智の人柄のおかげでもあるんじゃない?』

休憩時間中にいろんな話を聞けた私が満足していると、黙っていたサティアが口を挟んでくる。

こうして有意義な時間を過ごした私はその後、再び頼光さんと弓の稽古をし、その日を過ごす。そして、いよいよ射場始の当日を迎えようとしていた。



儀式当日となる十月五日の辰の刻―――――紫宸殿の一角にある部屋に私と頼光さんは訪れていた。

「わぁ…これが、射場始で使う弓矢かぁ…!」

儀式に使う弓箭(きゅうせん)(=弓矢)等の衛府具足(えふぐそく)(=武装するパーツの事)に対し、私は感激していた。

『…でも、その武官束帯っていう装束…動きづらそうね』

「そうなの…」

サティアの呟きに対し、私は同調する。

内裏に赴いた私達は、それぞれ束帯という武官が身につける装束の着付けをしてもらっていた。私の装束(ぶん)については、病で来れなくなったという武官の家の人が一通り持ってきてくれたのである。ただ、実際に使う弓矢だけ到着が遅れていたらしく、それらが私の手元に来たのは、装束の着付けが終わった後だった。

 難しくてよくわからなかったけど…着せてもらった半臂(はんぴ)やら闕腋袍けってきのほうやらは、研究所の人が見たら喜ぶような物かも…

平安時代(このじだい)についてあまり詳しくない私だったが、この後現代へ帰った時に学者である研究所の人々が喜ぶだろうと思うと、すごく満足感があった。

『この深緋(ふかきひ)っていう濃い赤色のような色をした衣なんかは、翠が狂喜乱舞しそう…』

この時口にしたサティアの台詞に、私は思わず噴出しそうになったのである。


「では、沙智殿。…参りましょうか」

「はい…!」

遅れて到着した弓箭(きゅうせん)の装着も終わり武官らしい格好に仕上がった私は、頼光さんと一緒に、射場始が行われる場所に向かった。

慣れない靴で歩きながら到達した場所には、多くの貴族らしき人々が廊に座り、御簾の向こうには女官らしき女性達の人影が見える。

 晴明さんだ…

廊に座る人々の中に、陰陽師・安部晴明の姿もあった。

頼光さん曰く、これは毎年行われる宮中行事のため、多くの人々が出席していきりだっているらしいが、晴明さんの表情はそういった苛立ちとは別の事に対して深刻そうにしている表情(かお)をしていた。

『沙智…余所見しちゃだめよ!』

 あ…ごめん

儀式とは関係ない事を考えていた私は、サティアに叱責されてしまう。本当なら時の帝もその場にいるため、矢を射る武官達はそれなりに緊張している。ただし、天皇の血筋がかなり細々とした時代で育った私には、帝の偉大さがあまり理解できていないのか、そういった緊張感はまるでなかった。しかし、手ほどきを受けたとはいえ人前で矢を射るのは生まれて初めてなので、「上手くいくか」といった意味で私は緊張していた。

こうして適度な緊張感を味わいながら、射場始の儀式が幕を開く。


 すごい…全部の矢が、ほぼ真ん中に近い…!!

射場始が始まり、出番は頼光さんまで来ていた。真剣な表情(かお)で弦を引き、矢を射る彼の姿は、圧巻の一言に尽きる。儀式なので歓声はなかったが、その場に観客達の拍手が沸き起こる。

 こ…この後やるのって、かなりのプレッシャー…!!!

私の順番が彼の後だったので、余計なプレッシャーに襲われる。余計な事は口にしないと決めているらしく、サティアも何も言葉を発しなかった。

「では…次っ!」

「はっ!」

儀式を取り仕切る役人の一声を聞いた私は、その場で返事をし、座っていた位置から立ち上がる。

 えっと…巻組の所を左手で握って…

私は頼光さんに教わった事を思い出しながら、弓を持ち、背に装着してある矢を一本取り出してからゆっくりと弦を引く。自分の肩より後ろという最大限のところまで弦を引いた後、構えた状態で的と矢やに視線を集中させる。

『矢を射る極意としましては…的を見ると同時に、飛び行く矢を追うように見つめる事です』

この時、私の脳裏には稽古の際に頼光さんが言ってくれた台詞(ことば)が浮かんでいた。

狙いを定めた私は、練習の成果として矢を目で追うように見つめる。

 …当たれ…!

心の中でそう叫んだのとほぼ同時に、私は引いていた弓の弦を瞬時に離す。

私の手から離れた矢は、風を斬り的へと立ち向かう。

「ほぉ…」

その結果を目の当たりにした晴明さんは、感心したような表情を浮かべていた。

私の射た矢はど真ん中とはいかなかったが、一番中央からほんの2・3cmほど離れたくらいの場所に矢が突き刺さっていた。

『…初めてにしては、上出来なんじゃない?』

拍手が沸き起こる中、ずっと黙っていたサティアの声が響く。

 ちょ…超緊張したーーーーー!!

表情こそ真剣なままであったが、内心は汗だくになるくらい緊張感が抜けたような私であった。おそらく、サティアが臓器補助機の動きを調節してくれなければ、私はプレッシャーだけで倒れていたのかもしれない。それだけ、実際は緊張したのだ。

自分の役目を終えた私は帝に向けて敬礼をし、その場から座っていた位置に戻ろうと足を動かし始める。

「!?」

席まで歩きその場に座ろうとした瞬間、異変に気がつく。

「こ…れは…!!?」

気がつくと、弓を握っていた左手に紫の斑点らしきものが浮かび上がっていた。

「沙智殿…!!?」

隣にいた頼光さんの驚きに満ちた声を聞いた直後、その原因に直感で気がつく。

「弓から…黒い光…!!?」

その異様な光景に、私は目を見開いて驚いていた。

『沙智!!その黒い光…背中の矢からも…!!!!』

頭の中に、必死で叫ぶサティアの叫び声が響く。

背中から発している光は彼女が宿るヴィンクラにも近かったので、危機感を感じたのだろう。

自分達の事で精一杯だったので、周りの状況は全く把握できていなかった。驚き逃げ出そうとする者。当然帝は、危機を感じてその場から去り、誰か術師の仕業だと気がついた晴明は周囲を観察する。

弓矢に関する智を得た私はこの後、身をもってこの時代でおき得る”呪詛”について体験する事となるのであった―――――――


いかがでしたか。

今回、沙智にとってはいろんな事を知れた2日間だったのかなと。笑

この第2章に入ってからまえがきにサブキャラの紹介を入れていきますが、章ごとに登場人物が変わるので、今作品では今後はこういった形でサブキャラ紹介を入れようと思っています。


また、前回と今回で紹介した3人は皆実在(?)の人物なので、書き甲斐あるって所でしょうか。

射場始はこの時代、実際の宮中行事の1つに組み込まれていますが、帝に敬礼する所とかは、最早想像で書いてます。というのも、ネットで調べてもどういった時期にやるという事だけで、具体的にどんな方法でやっているかはわからなかったもので…(苦笑)


さて、次回ですが…

最後の終わり方でわかる通り、沙智は何者かが仕掛けた呪詛を受けてしまったようです。ただ、平安時代に来て日も浅いのに、誰かに恨まれるなんてまずないはずです。なのに、どうしてこうなったのか?

次回は呪詛を始めとする陰陽道の話になると思いますので、お楽しみに★


ご意見・ご感想あれば、宜しくお願い致します!


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