第25話 狼と吸血鬼と人間と
その後、ウォルヴ族の里に戻った私は、長老から吸血鬼との因縁について聞かされた。
「我々は互いを天敵と定めて、古き時代より争い続けている。“新月の子”の事もあって人を守ろうとする我らに対し、奴らは人を餌として扱う。…その思想が、相容れる事はないのだろうな…」
『…今は争いとか、大丈夫なの?』
長老による説明の中、サティアが口を挟む。
「…今、人間達の政情が不安定なためか…それが落ち着くまでは、大規模な争いにはならぬはずじゃ…」
「政情…?」
会話の中で、一緒に話を聞いていたオルカンが首を傾げる。
「…うむ。今、人間達は自分達を統べる新たな王を決めるため、内部で争っているそうだ。また、統治者が変われば人狼に対する扱い方も変わってくる」
「…今の王様は、人狼に対して、友好的なんですか?」
「…今の王は、俺達との利害が一致しているから、友好的にしているといった所だ」
私の問いかけに答えたのは、長老の横に座るスタイリンだった。
「吸血鬼の脅威は、人間達もよく知っているからね。俺達が奴等を見張り人を守るという協定があるからこそ、俺達はこの地で生活を営むことができるんだ」
「そっか…」
その後、フリードリッセが補足してくれた事で、この国における人狼の立場がわかったような気がした。
「でもさ、サティア。吸血鬼には吸血鬼狩人がいるように、狼族にだって、狩人はいるんでしょ?」
『…ええ。まぁ、ウォルヴ族は、そこの所は上手くやっているんだろうけど…』
「うん…。でもさ、守ろうとしている人間に攻撃されるのって…何だか嫌だよね」
その日の夜、眠れなかった私は、民家のすぐ側にある切り株に座ってサティアと話していた。彼女が“新月の子”という事で存在を隠す必要がなくなったため、村にいる間はずっとヴィンクラのミュートをオフにしていた。必ずつけるのは、私が寝ている時だけなのである。
ちなみにこの村に来てから、私はフリードリッセやオルカンの家に居候している。何でもオルカンの両親は吸血鬼に殺されたらしく、身内がいないので同じく両親のいないフリードリッセの家で暮らしているという。
これまでオルカンは狼に変身できる年頃でなかったので大丈夫だったが、先日の一件もあり、今後は一層注意が必要だとスタイリンが話していた。
「…彼らが言う“戦士”になると感情の起伏が激しくなるから、あの時みたいな暴走をするって事か…」
『あたしが食い止められるみたいだからいいけど、油断は禁物よね…』
「…うん…」
私は少し複雑そうな表情をしながら、首を縦に頷いた。
戻るか…
いくら村の中なら安全とはいえ、夜も遅い。入口で見張っている人に見つかると注意されるので早く戻ろうと考えた私は、その場から立ち上がって歩き始めようとしていた。
「…やはり、狼と行動を共にしていたようだな」
「!?」
突然、背後から聞き覚えのある声が響いてくる。
振りかえろうとした瞬間、羽交い絞めにされてしまったために、動けなくなってしまった。
「そう暴れるな。…今宵は、騒ぎを起こしに来た訳ではないからな」
口を塞がれたので私は逃げようと暴れるが、身体をしっかりと抱きとめられているため、それはできなかった。
私の前に姿を現したのは、昼間に人間達を襲っていた吸血鬼のリーダー・ベフリーだったのである。
「…一見すると、普通の人間のようだが…おや?」
背後にいる吸血鬼は私の耳元で囁く一方、首元に装着されているヴィンクラに気がつく。
『こいつ…何を…!?』
サティアの困惑した声が、頭に響く。
私も振り向けなかったので何をしているかわからなかったが、ベフリーはなぜかヴィンクラに舌を這わす。しかし、温度のない金属でできたヴィンクラは当然、鉄の味しかしない。
「何かはわからぬが、生き物ではない…という事だな。だが、狼族が守るくらいだ。大方、”新月の子”とやらだろう…」
「っ…!!?」
”新月の子”という単語に対し、私は反応を示す。
実際はサティアの事だけど…なぜ、同族ではないこの男が知っているの!!?
私は口を塞がれたままの恐怖を感じながら、困惑していた。
このままだと酸欠で気を失うのをわかっていたのか、ベフリーは塞いだ手を離してくれた。手が離れた瞬間、私は関節技を応用して、相手の腕から逃れる事に成功する。そして振り返った私は、いつでもすぐ戦えるよう構えの姿勢を取ったのである。
「驚いたであろう…?わたしがウォルヴ族達の言い伝えを知っていたのを…」
吸血鬼は、何故か楽しそうな表情を見せる。
こいつ…誰かに似ているような…?
私はそう思いながら、三日月の月光に照らされる吸血鬼を見上げる。蒼色と黒の入り混じった髪を持ち、血のように赤い瞳を持つ中年男性。会ったのはこれが2度目のはずなのに、「この時代以外でも会った事あるのでは?」と思わせる、いわゆるデジャヴを私は感じていた。
「我ら吸血鬼も人狼も、共に神に見捨てられし種族。月が我々の魔力に大きな影響力を与えるという共通点があるくらいだ。似たような伝承があっても、おかしくはなかろう…」
「彼ら人狼にある”新月の子”のような伝承が…吸血鬼にもあるという事…?」
私はようやく心を落ち着かせる事ができたので、相手の意味深な台詞に対して問いかける。
それに対して黙って頷いた後、ベフリーは語りだす。
「…狼族にとっては”新月”を”力の抑制”と捉えているらしいが…。我々、吸血鬼にとっては”力を奪われる脅威”…だ。しかし…」
「…しかし…?」
『沙智…!!』
「なっ…!!?」
次を口にしようとした吸血鬼より先に、サティアの叫び声が聞こえる。
彼女が何を察知したのかはわからないが、その正体は足元を蠢く何かだと直感した。しかし、気がついたのが少し遅かったようで、自分の影の中から黒い蔓のような物が伸びてきた。その蔓は、あっという間に私の身体へと巻きつき、肉体を拘束してしまったのである。
「騒ぎを起こさない…のでは、なかったの…!?」
私は巻きついた黒い蔓を解こうと腕を動かそうとするが、一見細い蔓は見た目以上に頑丈で引きちぎるのが難しい事を悟る。
「…確かにな。だが、そなたに何もしないとは申していないぞ?」
苦悶に歪む私の表情がお気に召したのか、吸血鬼は満足そうな笑みを浮かべる。
『魔術…ね。最近、こいつみたいな人外の奴等ばっかり出くわしているわね…!』
サティアの皮肉じみた声が、頭の中に響く。
サティアの声…このベフリーって奴に聴こえていないのは幸いだけど…
拘束された私は、何とか脱出できないかと様子を観察しながらふとそう考える。
あれ…?
私はこの時、違和感を覚えた。というのも「吸血鬼はサティアみたいな”人の心の中にいる者”の声が聴こえる」という先入観…否、確信を持っていた事。吸血鬼自体は他の時代で遭遇した事があったらしいが、そんな確信が持てるほど吸血鬼と関わりを持ったことがないはずだ。
「頭…痛っ…!?」
「む…?」
すると突然、頭が割れそうなくらいの頭痛が私を襲う。
しかし、敵はそれに気がついていないのか、私とは別の方向に振り向いていた。
拘束された私の視界に入ってきたのは、オルカンやフリードリッセ。そして、ウォルヴ族の若者達をまとめるリーダー・スタイリンだった。
みん…な…!!
彼らの出現は見えていても、声といった周りの音が全く聴こえない。オルカンやフリードリッセは私を見て何か叫んでいるような口の動きだが、何を言っているのかはわからない。おそらく、今同時に起きている頭痛が激しくて、周りの音を認識する余裕がないのだろう。本来ならばサティアが臓器補助機を調節してくれているはずが、その様子が見られない。彼女が何も行動を起こさないのを疑問に思いながら、私は頭痛に耐える。
しかし、ベフリーの術で両腕を拘束されていた私は、頭を抱える事ができなかった。
「お前たちでいう”新月の子”…吸血鬼にとっては脅威であり、かつ極上の餌になるという事だ」
「えっ…!?」
頭痛に苦しむ中、ベフリーがウォルヴ族達に述べていた台詞が、一瞬だけ私にも聴こえてくる。
それと同時に、彼と私の周りに黒い光が発生する。それが私ごと移動する魔術だと認識する余裕はなかった。
エレ…ク…?
光に包まれる中、私の横に人影があるのが見える。実際は当然ベフリー本人だが、この時の私の視界に入ってきたのは彼ではなかった。同じ蒼と黒の髪を持っていても、その顔は私とさして変わらない年代の青年の横顔。記憶を毎度消されているので知らないはずの顔を、私は知っていた。
『まさ…か…!?』
サティアの声が頭の片隅から聴こえた後、私を連れたベフリーは、そのまま狼達の前から姿を消したのであった。
紅い瞳に見つめられたままその場から姿を消した私は、多くの矛盾を抱えながら記憶の“覚醒”を迎える事となる。
この事態が何故起きたのかを私が知る瞬間が刻々と近づいていく―――――――
いかがでしたか。
今回は、これまでのと比べると、少し短い回だったと思います。
今回で吸血鬼の事を”ヴァンピール”と記載してましたが、これもドイツ語でいう吸血鬼の別称。「狼族はちゃんとドイツ語表記してるのに、吸血鬼だけ日本語のままだ!!」と、先ほど気が付いて、いれました。笑
さて、次回はどうなる?
ベフリーに攫われてしまった沙智。このままだと、餌になるの確実?
ただ、後半でエレクという青年の名前を出しましたが、この人物はこれまでの話で出てきた人物です。その辺りを読めば、このベフリーというおじさま吸血鬼の正体がわかるのではないでしょうか?
また、文末で書いた意味不明そうな一文は、とある話の●日前みたいな、カウントダウン的な意味を含んでおります。今後は、これまでは順調に知識を会得していた沙智がどんどん大きく変化していく事となりそうです。
ご意見・ご感想があれば、よろしくお願い致します!




