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得ると失うの狭間にあるのは  作者: 皆麻 兎
信念と野望が交差した先には

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第17話 捕えた理由を明かさずに

九譲呂が率いる謎の3人組に連れ去られた私は、気がつくとどこかの部屋の中にいた。両手両足を縄で縛られていたので、身動きができない。しかも、ログアウトをしてしまったので、縄から抜けて逃げだす事もできない状態だ。

規模からして何所かの長屋と思われるが、場所がどの辺りを位置するのかわからない。ただ、大津をたつ時の台詞(ことば)から察するに、京の都に戻ってきたのだけはわかる。


「…何のために、私を捕らえようとしたの?」

山南さんと別れてからどのぐらいの時間が経ったかわからないが、部屋に入ってきた男に対し、私は敵意をむき出しながら尋ねる。

そんな私の視線の先には、私が持つ時空超越探索機を観察する九譲呂の姿があった。

「何故…か。さて、何故だと思う…?」

質問に対し質問で返されてしまったので、私は次に何を口にすべきか戸惑ってしまう。

『あの男…あの手つきを見る限り、ヴィンクラだけでなく時空超越探索機(あれ)の事も知っているかんじね…システムエンジニアとかだったのかしら…?』

少し低めの声音をしたサティアの声が、頭の中に響く。

彼女はあらゆる機械をコントロールできるが、一つ欠点がある。内包元であるヴィンクラが私に装着されている際は、私の肉体を通してでしか対象の機械を操れないのだ。逆を言えば、普段腕に装着されていたり、身体に埋め込まれているからこそ、時空超越探索機や臓器補助機をコントロールできるという事になる。

「…お前は、己が多くの人間に知られていた事を把握していたか?」

「えっ…?」

その直後、彼が口にした台詞(ことば)に対し、私は固まった。

どういう事…?

『さぁ…』

私の疑問は、サティアにですら答える事ができなかった。

そんな私を見た男は、ため息をつきながら語る。

「知らぬは当人のみ…か。まぁ、お前とそのヴィンクラの存在は国家機密ではあるものの…“裏”の世界では有名だという事だ」

「“裏”…」

「察しの通り、俺はお前が生きてきた時代の人間。…多少時期を遡るが、考古学研究所の連中が極秘で特殊ヴィンクラの発注をかけてきたのは、今でも覚えている」

「…要は、ヴィンクラを作っているメーカーの人間だったという事…?」

「…表向きにはな」

私は恐る恐る質問を投げかけているが、一応会話が成立していたので少し安心した。

でも、真っ当な仕事をしていたのなら、何故“時空流刑”になったんだろう…?

いくらか話を聞いていても、疑問は尽きない。

「そして、とある罪によって時空流刑になった俺は、この1800年代の京に飛ばされ、今日まで生きてきた。長州や薩摩や土佐といった、いろんな藩で傭兵をしながらな…。そしてあの日…偶然、お前が佐久間(さくま) 象山(しょうざん)につき従っているのを聞いて…思いついたのさ。“面白き事”をな…!」

語りながら不気味な笑みを浮かべた九譲呂はその場から立ち上がり、壁に座っている私の元まで近づいてきた。

「っ…!!」

男は指先で、私のヴィンクラに触れる。

その時、ヴィンクラと密接している首筋に指の感触を感じたため、身体が一瞬震えた。

「…お前が“あそこ”にたどり着けば、”奴ら”は喜ぶだろうな…」

『…“奴ら”?』

不気味な笑みを浮かべる相手に私が恐怖する一方、人工知能(サティア)は言葉の真意が何かと考えていた。


「…中に入っても宜しいでしょうか」

「ああ、三枝か…。よい。入れ…」

「失礼致します」

襖越しに図太い声が聞こえ、九譲呂は中に入るよう促す。

開いた襖の先には、彼に従う三枝が立っていた。

「例の物を、お持ちしました」

「…うむ」

どうやら三枝は彼に何かを持ってきていたらしく、その手から何かを受け取っていた。

最も、九譲呂の背中しか見えないため、何を手渡ししているかは全くわからない。

再び襖が閉まる音が聞こえた後、男は私の方へと向き直す。

「あの三枝とか後藤田とかは…貴方と同じ、時空流刑者(タイムイグザイル)…?」

「…いや。奴らは、この時代の人間…。いや、”人”ではないか」

「…どういう意味?」

「…お前には関係ない。知る必要のなき事だ」

ふと思いついた疑問をぶつけてみたが、どうやら杞憂のようだった。

それに、自分を捕らえた男の仲間の事など、さして興味はない。また、江戸時代(このじだい)から去れば彼らの事を忘れることになるので、知る必要もなかった。

「さて…」

大きなため息をついた男は、その場で突っ立ったまま、懐に閉まっていた私の時空超越探索機を取り出す。

「これを、お前に返してやろう…と言ったら、どうする?」

「!?」

思いがけない台詞(ことば)に対し、私は表情を強張らせる。

『…何かありそうね』

この時、サティアは私が思っていた事を口にしていた。

「…条件は?」

私は警戒しながら、今の言葉を搾り出す。

大津からこの場所にたどり着くまでの間は取り上げられていた物を、わざわざ返してくれるというのだ。何もない方がおかしい。いろんな可能性を考え込む私を見た男は、フッと哂いながら口を開く。

「…よくわかっているではないか。無論、無条件で時空超越探索機(これ)を返してやる訳ではない。条件は…」

何かをたくらんでいるような口調で語る九譲呂は、更に言葉を付け足す。

「今から起こる事に、黙って従う事…だ」

「…私を殺めるの…?」

相手が条件を言った直後、無意識の内に今の言葉が出ていた。

私の発言に対して呆気にとられていたが、すぐに不適な笑みを浮かべながら続ける。

「殺めるつもりも、犯すつもりもない。…何も考えずに、成り行きを見守れという事だ」

「……」

そう言われた私は、唇を噛み締めながら考える。

 殺すつもりも犯すつもりもないなら…一体何をするつもり…?

今思いつきそうな事をたくさん心の中で浮かべてみたが、答えは見つからない。しかし、時空超越探索機(あれ)を取り返さなくては、次の時代へ行く事もできない。また、ログアウトしてしまったので、力づくで奪い返す事もできない。優先順位が高いのが何かと考えると、選択肢は一つしかなかった。

「…わかったわ。抵抗もせずに…って事ね」

「そうだ…」

私の返答を聞いた九譲呂は、満足そうな笑みを浮かべる。

その後、男は私の元へゆっくりと近づき目の前でしゃがみこむ。

「…口を開けろ」

「…?」

”何故”という言葉が一瞬浮かんだが、先に言われたばかりの条件を思い出した私は、恐る恐る閉じていた口を開く。

「ん…っ!?」

すると相手は突然、口付けをされる。

しかし、それはただの口付けではなく、口移しで何かを飲ませる行為だった。

自分の口の中に、豆粒くらいだが小さくて固い物が入り込んでくる。吐き出したかったが口付けによって塞がれていたので、飲み込むしかなかったのである。

「…飲んだな」

口に入れられた物を飲み込んだと確認した九譲呂は、静かに己の唇を離した。

「…私に…何を…?」

少しの間口を塞がれていたようなものなので、少し息切れをしながら私は口を開く。

「…いずれ、知る事になろう。では…」

「ぐっ…!!?」

息切れが収まった直後、腹部に痛みが走る。

どうやら、当て身を食らわされたようだった。

『沙智…!!?』

意識が徐々にぼやけていく中、サティアの声が頭の中に響く。

「…再びあいま見える事はないだろう。そして…」

うっすらと見える視界の中には、地面の倒れた私を見下ろす九譲呂の姿がある。

「これでやっと…”奴ら”に復讐ができる」

 どう…いう…意…?

彼が述べた言葉の真意を確かめたかったが、それをする間もなく意識は闇に堕ちていった。



「ん…」

その後、目を覚ました時に初めて見たものは、何処かの部屋の天井だった。

『目…覚めた?』

すると、サティアの心配そうな声が頭の中に響く。

「ここは…一体…?」

ゆっくりと起き上がると、そこは何処かの部屋だった。

しかし、先ほどいた部屋とは全く違うのだけはよくわかる。

『あの後…意識を失ったあんたを九譲呂(あのおとこ)は、部下を使ってこの場所に運び込んでいたわ』

「あ…!」

その時、私はやっと縄を解かれていた事に気がつく。

また、左腕には腕時計の形をした時空超越探索機がはめられていた。

『奴が装着した時にすぐ調べたけど…特にいじられた形跡はなかったわ』

「そっか…良かった」

私は時空超越探索機を起動して異常がないか確認していると、サティアが特に問題がない事を教えてくれた。

 私はあの九譲呂って男に口移しで何か飲まされて、それで…

意識がはっきりした私は、これまでの事を思い返す。

「サティア。彼は…あの九譲呂という男がどこ行ったか知らない?」

『…いや。そいつらは後藤田(ぶか)にあんたを託した後、さっきいた場所から去って行ったわ。一体…何がしたかったのかしら?』

私の問いかけに対し、不満そうな口調でサティアが答える。


「失礼します」

「あ…はい」

すると、襖の外から聞きなれぬ女性の声が響いてくる。

反射的に答えると、開いた襖から見知らぬ女性がお辞儀をしていた。しかも、見たこともない顔をしている赤の他人だっただけでなく、言葉にいくらか訛りがあった。

「…お目覚めどすか」

「はい…貴女は…?」

何者かを問おうとすると、女性は紙と筆を差し出してきた。

「これは…?」

何故、筆と紙を渡されたかわからない私は、首をかしげる。

しかし、そんな私に驚く事なく、女性は言葉をつむぐ。

「…遣いの方から言伝を得ております。”かの者らに己の安否を記して便り屋どん(=文使いの事)へ渡せ。そこまでが己からの条件なり”と…」

「かの者…?」

遠まわしな言い方に疑問を覚えたが、数秒間だけ考えた私は、すぐにそれが何を指すのかに気がつく。

「ありが…いや、かたじけない…」

目の前にいる女性にお礼を言うと、その人はすぐに部屋を後にした。

 私にとっての”かの者”は…

私はこの時代で一番世話になった、新撰組の人々の顔を思い起こす。九譲呂(やつ)が何を思ってこんな事を命じたのかはわからないが、何も言わずに行方をくらませたのだから文を書くというのはちょうどいい挨拶になると考えていた。また、現代にいた頃は書道をたしなんでいた事もあったので、筆の扱いにはだいぶ慣れていた。そのため、(ふみ)を書くのに問題はない。

その後、机に向かって正座した私は、巻かれていた紙を広げ、筆を握り文にしたためる。

そうして1時間近くが経過した後、私が眠っていた屋敷の外を出ると、文使いの男性が立っていた。

「…これを、壬生村にある新撰組屯所までお願いします」

「へい」

後藤田が置いていったと思われる銭と自分が書いた文を、この男性に手渡した。

軽く会釈した文使いの男は、その後何処かへと去っていった。私もお店の女将らしき女性に挨拶をした後、その場を発った。

「そうか…ここが、古代京都にあった花街(=歌舞音曲を伴う遊宴の町)・島原か…」

ヴィンクラの百科事典を見ながら歩いていた私は、一人つぶやいていた。

私が眠っていた場所はどうやら、座敷や食事を提供する揚屋の一つだったらしい。この島原という場所は多くの遊女が住まう、幕府が認めた花街の一つ。ただし、今は昼間だったので、ほとんどのお店はまだ営業していないようだ。そのため、街中を歩く人の数もまだらだった。

 “芸妓”っていう独特の話し方をする遊女が多いっていうけど…さっきの女性の言葉に不思議な訛りを感じたのは、この“廓言葉”っていう奴なのかなぁ…?

『…おそらく。でも、ログアウトしちゃっているから、記憶する事はできないのよね』

 そういえば、サティアって“記憶する”っていう事はできないの?

『!』

歩きながら心の中で交わす会話の中で、ふと思いついた疑問を呟く。

それを聞いた人工知能(サティア)は、黙り込んでしまう。

『…まぁ、人間みたいに肉体がないもの、あるわけないわよね』

 そっか…

多少違和感があったものの、サティアはひとまず私の問いに答えを返してくれた。

「…まぁ、いいや。とりあえず、人気のない場所に行ってから時空超越探索機(これ)を使って、次に行くとしますか!」

『…そ、そうね…』

とにかく、気持ちを落ち着かせていかないと、この時代で味わった嫌な事を思いだしてしまう。

良い思い出もあったが、悪い事も多かったので、早いところ次の時代へ行って頭の中をすっきりさせたいからだ。

 新撰組(かれら)に宛てた文…ちゃんと届きますように…!

そんな事を願いながら私とサティアは、島原の大門を出て京の街を…強いては、江戸時代(このじだい)を去る事となる。


私が、新撰組の彼らに宛てた文の内容はこんなかんじである。

『何も言わずに行方をくらました事を、お許しください。私はこの通り息災にしておりますので、皆さんもお勤め頑張ってください。短き間でしたが、大変お世話になりました。剣術指南してくださった沖田さんにも、宜しくお伝えください。皆さんと同じ釜の飯を食べた事で、“誠”とは何か。そして、“剣術”がただ人を殺すだけではない術なのだと学びました。皆さんが“誠”を貫く信念を持っているように、私も強き志を持つて、己の使命を果たします。

どうか、お体に気を付けて    緑山沙智』


私は彼らの事を忘れてしまう事になるが、この文が無事に届き、彼らの記憶に緑山沙智(わたし)という存在が残ってくれる事を、ただ願うばかりだ―――――――――


いかがでしたか。

今回でやっと、長かった江戸時代編が終わりました!

次回は次の時代になると思います。

この回を書いてて、たまたまですが花街の事を触れられて良かったかなと思います。また、幕末の島原では尊王攘夷志士らの会合として揚屋が使われていたとの事なんで、史実を絡められて良かったかなと(^^


次回は新章。今回が日本だったので、次は世界の話です。今構成まとめ中ですが、時代としては江戸時代よりだいぶ昔の話。

人ならぬ者も登場予定なので、お楽しみに★


それでは、ご意見・ご感想あれば、よろしくお願い致します!


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