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風の系譜  作者: 豊島忠義
8/14

邂逅

「蓮……蓮……」

 ――誰かが自分を呼ぶ声がする……誰だろう……この声は、伯爺?

 風蓮が目を開けると、そこには白髪に、白髭に覆われた男がいた。両目は抉られている。その身体は、筋肉がなく、皮と骨だけのようだった。

 しかし、声は懐かしい伯毅の声だった。

「蓮か……何年ぶりかな」

 その男の声はやはり伯毅だった。風蓮は、はじめは、その変わり果てた姿に驚愕したものの、すぐに、再び、会えたことに感涙した。

「伯爺……伯爺……」

 風蓮は思わず、伯毅にしがみついた。身寄りのない自分を育ててくれた伯爺。夢や希望を持てと教えてくれた伯爺。そして、そのために、武術を教えてくれた伯爺が目の前にいたのだ。

 風蓮は、今までの経緯を話した。止めどなく溢れてくる涙を拭いながら、懸命に話したのだ。

「そうか……。蓮……いや、今は風蓮か。お前は天に生かされたのじゃな」

「天……」

「そうじゃ。天じゃ。お前がここにいるのも天意なのかもしれぬな」

 風蓮は、天とか、天意とか、意味が分からなかった。

 ――陳万年もそう言っていた……

 伯毅は、あの奴隷村を離れてからの話をしはじめた。首領である韓玄の罠に嵌まり、大都、燕王屋敷の地下にある、この洞窟に落とされたこと、そして、蒼龍剣の在り処を聞かれ、拷問を受けたこと、そのために、両目と左足を失ったこと等を話したのだ。

「風蓮、だけど、そんな韓玄もあの通りの姿となった。見えるか風蓮。わしの右後ろの方に、白骨があるじゃろ。あれが、韓玄の成れの果てじゃ」

 風蓮は恐れ慄いた。因果応報という言葉が頭に浮かんだ。陳万年が言っていたのだ。自分の成したことは、後に自分に返ってくるという。悪い事を成せば、悪い事が、良い事を成せば、良い事が返ってくる。だから、人は善行を心掛けなければならないと言っていた。その見本がここにあったのだ。

「風蓮、ここを出るぞ。お前の後ろの方に、しばらく進むと地下水路に出る。わしを背負い、その地下水路の流れに沿っていくのだ」

「分かった。伯爺を背負い、地下水路の流れに沿って、泳げば良いんだね」

「いいや、水に入ってはいかん。鰐という猛獣がいるらしい。だから、水の上にある木片等の上を走るのじゃよ。軽功、百変真功を駆使するのだ。良いな」

 風蓮は松明を作り、灯を点した。そして、地下水路に出るとその流れを見た。すると、木片等がいくつか浮かんでいた。

 ――そうか、ここには雨水や生活水が流れて込んでいるのか。

 風蓮は松明を口にくわえ、伯毅を背負った。そして、彼方に地下水路が二股に分かれている手前に中洲のようなものを確認すると、そこまでの木片等の浮遊物の位置を頭に入れて飛んだ。

 水上を飛ぶように走り、取り敢えず、中洲に到着した。が、ここまで来ると、浮遊物がない。

「伯爺、木片が流れてくるまで、少し休むよ」

 風蓮は暗い中、松明の灯りを頼りに浮遊物を探していた。そのとき、浮遊物ではないモノ、つまり、何か獣のような頭が無数に見えた。

 ――あれが、伯爺の言っていた鰐という獣か。

 風蓮は懐を探った。飛刀をいくつか忍ばせていたのだ。

 多分、ボスなのだろう。先頭の鰐1頭が中洲に上がって来た。人の倍近い大きな猛獣であった。それを見た風蓮は驚いたが、冷静に飛刀を手に取り構えた。だが、他の鰐も群がって、上がって来るのである。流石に風蓮は焦った。

 と、そのとき、矢がいくつも飛んで来た。風蓮が飛んで来た方を見ると、松明を掲げた小舟が2隻いた。先頭の舟に立ち、弓を構えている人を見て、驚いた。それは、子浪だったのだ。

「よぉ、風蓮。元気そうだな。だが、何故、お前がここにいるんだ?」

 風蓮は伯毅を背負ったまま、子浪の乗る小舟に飛び乗った。

「子浪、良いところに来てくれて助かったよ」

 風蓮はニコッと笑いながら応え、金旋に両肩を掴まれ意識を失ったこと、燕王屋敷の地下で伯毅に出会ったこと等を話した。今度は、驚いたのは子浪だった。風蓮が背負っている伯毅を下し、舟に座らせた。

「伯毅殿、お待たせ致しました。やっと、伯毅殿の所在を掴み、ここまで、救出に来たのです」

「そうか。子浪、良く来てくれた。そして、風蓮をここまで立派に育ててくれて、礼を言うぞ」

「いいえ、風蓮は、自ら道を切り開いてきたのです」

「そうか、自らか……まぁ、良い。子浪、直ぐに「陶氏」の幹部たちを招集せよ。首領、韓玄が金旋に殺られたのだ。頭となる者を選ばなくてはならない」

 伯毅はそう言うと、安心したかのように、少し眠ると言って横になった。風蓮はその伯毅の手をずっと、握っていた。

 地下水路は柵のある地点を通過した。この柵は鉄製だったが、子浪たちが、小舟が通る程度に破壊したらしい。その地点を過ぎると、直ぐに地下水路を抜け出た。そこは、貧民街だった。

 子浪たちとは、その貧民街で別れた。子浪は、ここ数日、許広漢の屋敷を拠点として、伯毅捜索に傾注していたらしい。そこへ伯毅を伴って戻っていった。

 風蓮は、燕刀門の拠点となっている「黄」本店へと向かった。すると、店の前で皆が待っていた。童顔鬼、紅鈴。そして、その中央に黄瑛。陳万年、李三たちが並んでいた。

 風蓮は少し、面映げに微笑んだ。

「ただいま。皆には心配をかけたみたいだね」

 風蓮がそう言ったとき、童顔鬼が抱き付いて来て、泣き出した。喋り出すが、泣き声と混じって何を言っているか分からない。が、どうやら、謝っているようだった。風蓮は、子供をあやすように童顔鬼の背中を撫でた。

「さぁ、中へお入りください」

 黄瑛が微笑みながら、風蓮を誘導した。皆はその後をついて来た。相変わらず、風蓮に抱き付いている童顔鬼を見て、風蓮は思う。

 奴隷村にいたときには、ほんの一握りの、伯毅や子浪、子蘭のみを家族と恃み、他には心を開いてこなかった。だが、今は、こんなにも自分を心配してくれる人々がいる。しかも、この無心で泣きじゃくっている童顔鬼という義兄もいるのだ。荷役取りまとめ役の向ではないが、風蓮は、幸福感を感じていた。

 奥の一室で皆が落ち着くと、黄瑛は、風蓮が金旋とともに消えてからのことを話しはじめた。毒煙のために、気を失っていた昌邑王およびその臣下たちを皆で手分けして介抱したのだが、頭痛がひどいようで、今も寝込んでいるという。

 事の事態を重く考えた昌邑王の家宰が、苗族大使へ苦情を入れたが、苗族からは使者は送っていないと言われ、結局、単なる賊の乱入事件として片付けられた。

 昌邑王の警護は、黄瑛が昌邑王の家宰と相談して、超老師とその配下を警護として手配した。そして、黄瑛たちは、風蓮捜索に力を注いでいたところ、子浪から救出したとの連絡があり、「黄」本店の前で待っていたということだった。

「風蓮様、10日後、「陶氏」の幹部会議が行われます。許広漢様が、そこに、風蓮様を出席させるように言ってきております。それまで、ゆっくり、ご静養ください」

「幹部会議に? 俺は幹部でも何でもないが……まぁ、子浪が言ってきたのなら出ざるを得ないかな。ところで、超老師たちは、金旋派を見張っていたはずだけど、大丈夫なのか?」

「これは、言い忘れておりました。金旋派の者たちは、皆、何者かに惨殺れていました。超老師たちを出し抜いて殺害に及んだ手腕、また、死んだ金旋派の者たちの亡骸を見ますと、斬られた後はなく、その精気を吸われたように萎んでいたこと等から、奪命剣を持つ金旋そのものが殺ったものと推測されます」

 風蓮は金旋の考えがまったく読めない。何故、自分の味方であったはずの、仲間を殺害したのか。そもそも、金旋が行った、仲間を作って助け合うという手法を真似たことで、風蓮はここまでやってこれたのだ、と思う。

 風蓮がそうやって、考え込んでいると、紅鈴が近付いて来た。

「風蓮殿、その右腕から邪気を感じます。調べさせてもらっても宜しいでしょうか?」

 紅鈴はそう言うなり、了承も得ず、いきなり風蓮の右腕をめくった。すると、そこには、梵字が1字、まるで刺青をしたようにくっきりと肌に描かれていた。風蓮はいつの間にこんな刺青をされたのか記憶がない。だが、多分、金旋だろうと思った。

「紅鈴殿、これの意味はなんだろう?」

「これは、呪です。金旋が自分の思い通り、この腕を使うために呪を込めたのです。つまり、風蓮殿がその手に剣を持ったとたん、誰を殺るのか、金旋は思い通りに操れるというわけです」

 風蓮は愕然とした。

 ――だから、あんな簡単にあそこから脱出することができたのか。

「紅鈴殿、何か手立てはないのでしょうか? 正一真教の力を持ってすれば呪も解けるのではありませんか?」

 黄瑛は不安げに聞いた。

 黄瑛の言う通り、正一真教であれば、何とかできるかもしれない。風蓮はそれに望みを繋いだ。さもないと、この腕を諦めるしかないではないか。

「そうですね……呪を解くと思われる方法は二つあると思います。一つ目は、金旋を殺すことです。呪を施した本人を殺すことで自然と呪は解けるはずです。二つ目は、北聖真掌です。妖仙、左滋をも封じることができるという北聖真掌を修得すれば、その呪を解くことも可能だと思います」

「北聖真掌を修得する方法は?」

 風蓮は、思わず話に引き込まれた。

 紅鈴が続けて話すには、『八陽九剣法、孤影剣法、この二つの剣法を修得せし者、至上の絶技、北聖真掌を得るだろう』と言われている理由であった。まず、八陽九剣法の型を踏むことで剣気を練ること。次にその剣気を真骨筋大経の要領で掌に散じること。そして、孤影剣法の剣技を奮えば、掌に散じた剣気を発することができるというものであった。

「童兄、ともに研鑽し、鍛錬しよう」

 風蓮の言葉に童顔鬼は、「おおっ、風弟とともに」と奇声を上げた。

 その日から、風蓮と童顔鬼は鍛錬をはじめた。そして、その補助役として紅鈴があたった。八陽九剣法の型を踏み、剣気を練り、掌に散じることに集中して、日々、鍛錬を続けた。

 そして、10日経ったとき、黄瑛に伴われて、許広漢の屋敷へと向かった。許広漢の屋敷に着くと、そこには、伯毅、子浪、超老師が既にいた。そして、懐かしい顔があった。それは、向であった。驚いた風蓮は思わず向の手を握った。

 あのとき、奴隷村から武器を運搬するとき、荷役まとめ役を勤めていた向であった。風蓮は向との出会いから幸福とは何か、そんな事を考えるようになった。そして、あのときは逃げることで精一杯で、助けることができなかったことを悔いてもいた。その向がここにいた。

「向、向も幹部だったのか?」

「ああ、そうだよ。しかし、風蓮は、随分、成長したようだね。その笑顔は魅力的だよ」

 風蓮は、笑顔が魅力なんてはじめて言われて、驚いた。この向はいつも、自分を新たな思考へと誘うのだ。

「風蓮、この向悠コウユウはな、今まで匈奴の動きを探っていたのだ」

 子浪であった。子浪は向悠の肩に手を置き、親しげだった。

「さて、顔も揃ったので、幹部会議を行う。皆、席に付いてくれ」

 伯毅は既に卓に向かって座っていた。松葉杖をつけば何とか歩くことはできるようだった。そして、その横には黄瑛が座っていた。

 皆が座に付くと、伯毅が話しはじめた。首領、韓玄が金旋によって殺害されたこと、そのため、早急に首領を推戴しなければならないこと、向悠の調べによると、匈奴は分裂して内乱状態であるため、今こそ、燕王とその一党の失脚を狙うべきだということを述べたのだ。

 伯毅の話に全員が頷いた。そして、黄瑛が立ち上がった。

「私に提案があります。まず、首領に風蓮様を推戴致します。風蓮様は蒼龍剣の所有者です。そして、長年、「陶氏」の懸念でした正一真教との親交を回復する等、目覚ましい実績があります。また、伯毅様は身体の不調から幹部の辞任を申し出ております。従いまして、新たに幹部として、陳万年様、李三様のふたりを推薦致します。以上ですが、超老師、向悠様はいかがでしょうか?」

 黄瑛は、淀みなくスラスラと話し、風蓮に微笑みかけた。驚いたのは風蓮である。幹部会議に呼ばれた趣旨がこれだったのである。風蓮はいくら何でも、飛躍し過ぎると思った。

「何じゃ。子浪らとは事前に合意できているみたいじゃな。まぁ、風蓮は若く、いまいち、思慮が足らんと思うがの。どうじゃな、向悠」

 超老師は事前合議していたことに苦言を呈しながら、話を向悠に振った。

「そうですね……先程の風蓮の笑顔には成長がみて取れました。オトコは3日経てば、刮目してみよ、と言いますからね。私は賛成です」

 向悠は風蓮に微笑みかけた。

 慌てたのは風蓮であった。

「少し、待ってください。俺に首領なんて勤まるわけがありません。それに、子浪、超老師、向悠たちの方が適任だと思います」

「何じゃ。風蓮は気概というものがないのか。自分が「陶氏」を率いて、この世に、民に、安寧をもたらさんという気概は。これから首領となるからには、それぐらいの気概が必要じゃ。良いな、風蓮」

 風蓮の弱音に超老師は励ました。

「とすると、超老師は賛成なんですね」

 風蓮の懸念を余所に黄瑛は超老師に確認した。

「当たり前じゃ。『蒼龍剣を持つ者、魔封剣を持つ者とともに、この世に光をもたらす』という伝承の通りじゃ。風蓮は、「陶氏」首領として、そこにいる正一真教の紅鈴殿とともに、今の閉塞した世に光をもたらすであろうよ」

 超老師の伝承の話に誰もが頷いた。

「それでは、後は、風蓮様だけですわ。伯毅様」

 黄瑛は、微笑みながら伯毅を見た。風蓮は内心、頭を抱えた。幼少の頃から、厳しく、そして優しく自分を導いてくれた伯毅に、風蓮は抗うすべがないのだった。

「風蓮、天命なのじゃ。きちんと向き合え」

 伯毅の威厳のある言葉に、風蓮は反射的に「はい、謹んでお請けします」と答えてしまった。だが、またしても、天命という言葉を聞いた。

 ――何なのだ、天命とは。

 そう思う。陳万年は、皇帝は天命により選ばれると言った。伯毅と再会したときには、自分は天に生かされ、また、ここにいるのは天意だとも言った。そして、今、「陶氏」の首領となることが天命だと言うのである。

 そう考えているとき、黄瑛が風蓮に微笑んだ。

「それでは、新しい幹部も承認されたということで宜しいでしょうか?」

「もちろんじゃ。風蓮が首領であれば、相談したいと思うであろうふたりを幹部とすることは順当じゃな」

 超老師はニヤッと意地悪っぽく微笑みながら、「早うふたりに挨拶をさせよ。そこにいるのじゃろ」と黄瑛を促した。

 黄瑛に促されて、入ってき来たふたりは挨拶をして席に付いた。

 陳万年は挨拶には慣れているのだろう、卒のない挨拶だったが、一方の李三はガチガチに緊張していて、風蓮には滑稽というか、可笑しくて思わず吹き出してしまった。

 だが、風蓮は直ぐに後悔した。何故なら、その後に、首領としての挨拶を求められたからだった。

「俺は先程、言った通り、首領の器ではないと思います。ですが、伯爺は天命だと言うので請けました。超老師の言う通り、俺は、天命とは何かも分からない若輩者です……」

 風蓮はそこで一旦言葉を切って、皆を見渡した。皆は何を言い出すのかとでも言いたいような顔をしていた。

 風蓮は言葉を続けた。

「幼少の頃、伯爺は俺に言いました。人には希望が必要なんだと。その希望に向かって突き進むために人は存在するんだと。今の俺の夢は、希望は、人々が細やかだけど幸せを持てる世に、そして、その人々が抱く細やかな幸せを護りたいと願います。その夢に皆さんの力を貸してください。その変わりと言っては語弊があるかもしれませんが、皆さんは俺の家族です。だから、全力で護ります。皆さんの命を預けてください」

 風蓮は言葉を終えた。しばらくの静寂の後、陳万年が立ち上がり拍手した。その陳万年に釣られたように皆も立ち上がり拍手を続けた。

 拍手が静まると、黄瑛が最後を締め括るように、配置を言い渡した。燕王を向悠が、上官桀を子浪が、桑洋広を李三が、昌邑王を超老師が、それぞれ配下を率いて監視することにした。

 ちなみに、李三は燕刀門の掌門を引き継ぎ、また、新たに配下を加え、活動することになった。

 黄瑛と陳万年は全体の参謀役として風蓮を補佐し、伯毅がその相談役を務めることとなった。

 そして、風蓮自身は当面は童顔鬼、紅鈴らと北聖真掌の鍛錬に専念することになったのだ。

 その夕方から風蓮たちは、道教の廟に篭った。紅鈴が言うには、金旋から施された呪を抑えるために、霊験のある廟内に篭った方が良いという提案に従ったのだ。その廟の周りは、李三が配下を率いて警護した。

 風蓮は、紅鈴が描いた方陣の中で、剣気を集めることに集中していた。

 そのとき、突然、その集中を乱す声が聞こえてきた。目を開けた風蓮が見たのは金旋だった。

 風蓮は身動きできない。今、動けば、集めた剣気が暴走しそうだった。

「風蓮、無駄なあがきを止めにしたらどうだ? その呪は解けんよ。ほら、右腕の感覚がなくなってきただろう?」

 確かに、金旋の言う通り、右腕の感覚がなくなりそうだった。だが、集めた剣気がそれを妨げているようだった。

 風蓮は再び目を閉じ、剣気を右手に流し込んだ。すると、感覚が少し戻ってきたのだ。

「ほぉ、呪が解けそうだな。だが……今、新たな呪を施すのだ。お前の額に施せば、お前は意識がありながらも、俺の思い通りにしか動けなくなるのだ。お前の愛する者を次々と殺戮してやる。風蓮、お前はさぞ、苦しむだろうな。楽しくて笑いが込み上げてくるよ」

 金旋の手が風蓮の額に迫っていた。風蓮は焦っていた。このままだと、金旋の成すがままになってしまう。思わず、金旋の手を背後に避けようとしたとき、剣気が一気に右手から溢れ出した。

 その溢れ出した風蓮の剣気は、額に伸ばしていた金旋の右手首を切断したのだ。風蓮が目を開けたとき、金旋は切断された右腕を庇いながら、背後に飛び退いていた。

「ググッ、北聖真掌……完成していたのですね……ですが、助かりましたよ。私は百来。まったく、金旋のヤツの恨みの強さには呆れましたよ。今まで私を封じていたのですから。右手は失いましたが……私の完全復活まで、後もう少しです。礼を言いますよ、風蓮。また、会いましょう」

 金旋の姿がぼんやりと薄れ、消えようとしていた。風蓮は、その消えゆく姿に向かって手を伸ばそうとして意識を失ってしまった。

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