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風の系譜  作者: 豊島忠義
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 ここ数日、雨が激しく降り続いていた。「黄」本店では、豪雨のため、物資の運搬が、遅れているようだった。

 奥の一室では風連たちが、集まっていた。陳万年とその学友、杜延年、于定国、金安上。それから、燕刀門の李三。この「黄」の総差配である黄瑛であった。風蓮はその中心にいた。そして、風蓮の右後ろには、紅鈴が立っていた。

 紅鈴は、師父である紅心からの命で、百来が乗り移ったと思われる金旋の魔の手から風蓮を護ることに使命感を燃やしている。そのため、片時も風蓮から離れようとしない。

 そして、左後ろには童顔鬼が立っていた。

 巴蜀からの帰り、童顔鬼に聞いた話によると、渤海王、氾興に会いに行ったとき、噂を聞いたという。噂によると渤海王、氾興は既に亡く、その甥、氾隗ハンカイが渤海王の呼び名を継いでいたらしい。そして、その氾隗は宝刀を持っていて、刃向う者たちを次々と斬っているという話だった。童顔鬼は、ふと、蘭鳳派の魔封剣のことを思い出した。そこで、渤海王との立合いには、その魔封剣が必要だと考え、借りようと考えらしい。だが、蘭鳳派の御堂で乱闘になり、ついには、捕えられたという。そして、その捕えたのが、今、風蓮の右隣にいる紅鈴だった。

 童顔鬼はその紅鈴に対抗心を燃やし、同じように風蓮から離れようとしないのであった。

 風蓮はどこにでもついてこようとするふたりに、辟易した様子を見せながらも、本心は有難く思っていた。特に、童顔鬼は無心なのであった。まるで、あのときの、荷役のまとめ役の向のようだと思った。それで、童顔鬼が宝剣を欲しがっていたため、つい、蒼龍剣を貸していた。紅鈴は真っ赤になって怒っていたが、風蓮は、常に横にいるのなら、持っているのと変わりがないじゃないかと、説得したのだ。童顔鬼は飛び上がって喜んでいた。それを、風蓮は楽しく見守っていたのだ。

「さて、今までの経緯は以上です。風蓮殿、杜延年は御史台ギョシダイ、于定国は廷尉府テイイフ、金安上は侍中府ジチュウフに所属しています。この3人には事前に書簡を送り、私たちの活動の概略を説明しています。そして、極秘事項でない限り、私たちの活動に協力をしてもらえることになっております。さて、まず、杜延年からですね。所属している御史台は官職の監察するのが、主な役割です。その御史台の立場から、今、話したことについてどう思いますか?」

 杜延年は、鋭利な刃物のように、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。何故、陳万年のような温厚な男が学友としたのか疑問である。その杜延年は、眉間のしわを更に深くして話しはじめた。

「燕王は確かに、数年前に謀反を企てた実績がある。あのときにきちんと、処分できなかったのが今に及んでいるということだろうが……証拠がない。また、上官桀と桑広洋が組んだ可能性があるということだが、これも同じく証拠がない。御史台としては、廷尉府と連携しながら証拠を掴むべく動くしかない。そうだな、于定国」

 話を振られた于定国は、陳万年と同じく温和な顔立ちをしていた。常に微笑みを絶やさない。

「そうですね。刑罰を司る廷尉府では、捜査を進めましょう。何か情報があれば、陳万年に知らせますよ」

 そこに、手を上げて発言を求めたのは金安上であった。金安上は匈奴の家系だというだけあって、精悍な顔立ちをしていた。

「私は、侍中府にいる関係から、宮中内の事は把握している。誰も気にも留めてはいないが、私は一つ気になることがあるのだ。それは、今、苗族から朝貢のため使者が来ていることなのだ。燕王が指名され接待しているのだが、3日後、その苗族の使者が昌邑王を訪問することになっている。怪しくないか?」

「それだ!」

 杜延年が小さく、だが鋭く声を発した。

 陳万年がそれを肯定したかのように頷き、何かを思い付いたように微笑んだ。そして、黄瑛を見た。

「黄瑛殿、昌邑王の警護の中に、我ら燕刀門の誰かを潜入させることはできますか?」

「容易いことです。というより、実は、かねてより昌邑王の家宰から相談がありまして、警護の者を後、数人増やしたいこと、また、「黄」から身の上確かな者を推薦すること等を話しておりました。ですから、容易いと申しました」

 黄瑛は打てば響く鐘のように即答した。

 風蓮は黄瑛の手回しの良さに驚いていた。黄瑛の目はどのくらい先まで見通せるのか、商人とはすごいものだと思ったのだ。

 そして、3日後、風蓮たちは昌邑王の屋敷にいた。特に武術に優れた者は昌邑王の身辺の警護を担当することになっていた。当然、風蓮たちはその警護を担当していた。

 苗族、使者訪問の前日、昌邑王は、大広間で宴席を開いていた。この日は、昌邑王の誕生を祝う日であり、自分を後援してくれている貴族たちが集まっていたのだ。

 その宴席の中、風蓮たちは警護に徹していた。

「申し上げます。許広漢殿名代として、ご息女、許平君様がお越しになりました」

「何! 許広漢のヤツめ! 自らは来ず、娘ごときを寄越したのか!」

 昌邑王は来訪を告げた臣下を蹴倒して激怒したのだ。許広漢の娘と言えば、子蘭である。風蓮は何故? と疑問に思うと同時に、子蘭はこの場をどうやって治めるのだろうかと心配した。

「そのお声は昌邑王様ですわね。何をそんなに声を荒げておりますの?」

 広間に入って来たのは黄瑛だった。その後から、許平君である子蘭、その侍女となっている李玉が付き従っていた。

 昌邑王は思わぬ人の出現に慌てた。実は昌邑王は黄瑛の美しさに心を奪われている男のひとりなのである。家宰を通して何度か、妾へと話をしたのであるが、それとなく話をそらされていたのだ。

「これは、「黄」の総差配ではないか。どうしてここに?」

「許広漢様にお願いされましてね。陛下のご用でどうしても今夜外せないため、昌邑王様のところへは行けない。そこで、娘を名代として祝いの品を届けさせるので付添をと、頼まれたのです」

「そうか、分かった。では、礼を受けよう」

 昌邑王は、嫣然と微笑みながら話す黄瑛に鷹揚に応え、自分の席にふんぞり返った。

 その昌邑王の前に膝を折った子蘭は、お祝の口上を述べ、礼を捧げた。そして、李玉が祝いの品を捧げ、差し出した。

 それらの挙動を、遠目で見ていた李三が、風蓮の横で囁いてきた。

「風蓮、昌邑王も燕王とそんなに変わらないような気がするが……本当に護る価値があるのかな?」

「王族とは、とかく、あのような者たちなんですよ」

 風蓮の代わりに陳万年がため息交じりに答えた。

「なるほど、それで、陳万年はどこにも士官しなかったのか」

 李三の当を得た結論に陳万年も沈黙した。

 風蓮は李三の言った疑問について、考えていた。皇帝とは何なのか? ということを。

 政だけであれば、努力してきた志のある、例えば、陳万年の学友のような、杜延年、于定国、金安上らが考えて実行してくれれば、良い世になるはずである。彼らの中から最も優れた者を代表として推戴し、その優れた者が国全体を差配した方が良いような気がするのだ。

 努力を要せず、その血筋だけで、踏ん反り返っている王族が、皇帝となりこの国を差配する必要があるのだろうか? と考えざるを得ない。

「陳万年、皇帝とは何なんだろう?」

「そうですね……まぁ、簡単に言えば、人の代表として祭祀を行う者ということになりますかね。皇帝は天に選ばれます。選ばれた皇帝は、民の安寧を願って、祭祀を行うのです。仮に、天意を失えば、王朝は滅ぶということになります。秦王朝が滅び、漢王朝が立ったように」

「ああいうヤツに、民の安寧を願うことができるのかね」

 横から李三が口を挟む。

 風蓮は陳万年の言うことの半分しか理解できていなかった。天とは? 天意とは? 何なんだろう、そう思った。と同時に、仮に祭祀を行うのが、皇帝の勤めであれば、李三の言う通り、燕王や昌邑王には祭祀をすることは勤まらないな、とも思った。

 風蓮がそんなことを考えていると、銅鑼をジャンジャンと鳴らしながら、広間に入ってくる一団があった。輿を中央に据え、その前後にそれぞれ10人程が隊列を作りながら銅鑼を鳴らしての入場だった。苗族独特の派手な衣装を身に付けていることから、苗族の一団だと分かった。

 その苗族の一団は昌邑王の近くまで来ると、銅鑼を鳴らすことを止めた。そして、ひとりの男が前に出た。

「昌邑王に申し上げます。苗族大使より、お祝いの品をお届けに上がりました」

「おお、そうか。明日、お出でになる大使からの祝いの品か」

「はい。どうぞ、お受け取りください」

 使者がそう言ったとき、輿から煙が噴き出した。すると、人々はバタバタと倒れだした。

 そして、その男がニッと笑いながら、昌邑王に向かって銀針を飛ばしたのだ。だが、その銀針は着物に吸い取られた。子蘭が、着物の上掛を素早く翻し、銀針を遮ったのである。

 風蓮たちは、素早く覆面を被り、制圧すべく苗族に躍り掛かった。この覆面は、「金蛇の玉石」を煮ると染み出る液に、浸した布で作られていた。毒を浄化する作用があり、毒煙の中を自由に動けるのだ。

 風蓮たちが苗族の者たちを次々と、斬り伏せていく中、輿の中からひとりの男が現れた。その男を見て風蓮は驚いた。何と、金旋であったのだ。

「風蓮、いたな」

 金旋は輿から飛び降り、風蓮と対峙した。その手には、奪命剣らしき妖気を放つ剣が握られている。

 蒼龍剣は童顔鬼に貸していたので、風蓮の持つ剣は普通の剣だった。だが、剣技で勝ると思った風蓮は挑んだのだ。

 風蓮は風のように動き、刺突を繰り出した。風蓮の刺突が金旋を刺したかに見えたが、金旋の身体が霞のように消えた。

 そして、背後に気配を感じた風蓮は、振り返り様に、剣を横薙いだ。

「風蓮、簡単には殺さん。徐々に苦しみを与え続けよう……この世にあることを後悔するように徐々にな」

 風蓮の真横で金旋の声がした。風蓮は飛び退いた。

 チンッ!

 童顔鬼が風蓮の横に来ていた。金旋の奪命剣を弾いたのである。

「蒼龍剣を持つわしが殺る。風弟、下がれ」

 童顔鬼は風蓮の前に出て、金旋に対峙した。その瞬間、金旋の姿が揺らぎ消えたと思った。

「やっかいなモノを持ち出して来たな。俺は風蓮と話があるのだよ」

 再び、風蓮の真横で声が聞こえて来た。風蓮は、真後ろに飛び退いたが、目の前に微笑む金旋が現れた。風蓮は思わず、剣を金旋へと向けると、その剣は金旋の胸に刺さった。

 しかし、金旋は微笑みを絶やさない。

「かかったな、風蓮。逃がさんぞ」

 風蓮は剣を抜こうとするが、金旋が自らの身体を押し込んで来た。金旋の顔が近い。風蓮はその金旋の目を見てゾッとした。

 ――人の目ではない。

「風蓮、さぁ、行こう」

 金旋が風蓮の両肩を掴んだ。と、風蓮は意識を失った。

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