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風の系譜  作者: 豊島忠義
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女侠

 「風蓮……風蓮……」

 ――誰かが自分を呼ぶ声がする……誰だろう……この声は……

 風蓮が目を開けると心配そうに自分を見下ろしている李玉がいた。

「李玉……どうしてここに?」

「迎えに来たのよ。何せ、相手はあの金旋派のヤツらだからね」

 風蓮は辺りを見ると、李三が寝かされていた。

「これから、ふたりには、変装してもらうわよ」

「変装? 何故、変装が必要なんだい? それに、金旋派のヤツらがどうしたんだ?」

 李玉の説明によると、子蘭を含めた李玉たちの主な活動は、大都、長安にいる燕王の動きを見張ることなのであるが、もう一つ、金旋派の動きも見張っているという。金旋派の連中は、首領から何か密命を受けて、大都、長安にいるらしいのだが、その動きが怪しいらしい。しかも、金旋自体は風蓮に遺恨を持っているから、尚更に、注視していた。そこに、風蓮らが大都、長安に向けて出発したと連絡が来たところに、金旋派の動きがにわかに活発になったため、李玉が動いたということだった。

 そして、金旋派ら4人がここで罠を設け、待機していたところに、風蓮と李三のふたりが来たのであった。

 金旋派の4人は毒煙を焚いて待ち構えていたらしい。そこで、李玉は、その4人に飛刀を投じ、退けてから、解毒作用のある煙を焚いて風蓮と李三を介抱したらしい。だが、金旋派は10人程が動いていたはずだから、また、襲ってくると考えられる。そこで、大都、長安で知り合いの商家の店が近くにあるので、その商団に紛れ込んで、大都入りすることが適切だろうということであった。

「なるほど。そういうことか」

「さぁ、急いで行くわよ。三兄、いつまでも寝てない! ほら、立って!」

 李玉は李三を立たせて、張り切った声を上げた。

 それから、風蓮たちは李玉の案内で、商家の店へと入った。すると、奥から、美しい女性が挨拶に出て来た。

「これは、李玉様。よくぞ、おいでくださいました」

黄瑛コウエイ様ではありませんか。黄瑛様がわざわざ出向くことではありませんでしたのに」

 風蓮は李玉の丁寧な物言いと、泰然とした姿を見て驚いていた。

 後で聞くと、子蘭は大都では、許広漢キョコウカンという貴族のご息女という身分だという。そして、許広漢の正体は子浪だというのだ。

 許広漢は朝廷のある高官からの密命により、秘密組織「陶氏」の幹部として、活動していたらしい。つまり、子蘭も貴族のご息女、許平君キョヘイクンということになるのだ。

 そして、李玉は、表向きは許広漢の娘の侍女ということになっているようだった。

「許平君様のご依頼ですもの。私が直接、差配しなければと思いまして」

「そうですか。それでは、商団のこと、宜しくお願いします」

「はい、お任せください」

 大都一の大商人という黄瑛は、落ち着きのある女性だった。そして、その所作は優雅であった。

 実はこの商家「コウ」という店は、秘密組織「陶氏」の下部組織だという。主に情報収集がその任である。そして、その総差配が、黄瑛であった。

 翌朝、商団は出発した。荷馬車5両に大量の荷を積んでいた。その中に、風蓮たちも護衛隊の姿をして混じっていた。

 1ヵ月程して、大都、長安に着いた商団は、大通り沿いにある「黄」本店へと入った。そして、風蓮たちはその店の奥の一室に通された。

 その一室にいたのは子蘭と超朗チョウロウという老人だった。その超朗は老師(先生)という敬称を付けて、超老師と呼ばれ、秘密組織「陶氏」の幹部のひとりだという。配下の者10人を差配し、黄瑛と連携しているらしい。

「風蓮、久しぶりね。超老師、こちらが風蓮よ」

 子蘭が紹介すると、超老師は風蓮に顔を近付け、まじまじと見入った。

「これが風蓮か。何とも、女のように美しい顔立ちだのう。もっと、精悍な顔立ちかと思っていたが……これでは、娘どもに騒がれるのは必須じゃ。のう、子蘭」

「超老師! 風蓮を連れまわさないように。特に花街には近付いちゃダメだからね」

 子蘭は少し、眉を寄せ、超老師を睨んだ。それを、微笑みながら、黄瑛が見ていた。

「超老師、しばらくの間、風蓮様と李三様には、この客間を一緒に使ってもらいます。許平君様のご懸念のこともありますから、特に夜は、ここで大人しくしていてください」

 黄瑛の微笑みながらの言葉に超老師は、少し、照れているようであった。この超老師は子蘭の毒術、暗器の先生だったので、子蘭には強いが、美人で優雅な黄瑛には弱いようだった。

 そんな子蘭の様子を見ていた風蓮は不思議だった。気弱だった少女が、いつの間にか、快活な女性へと変貌していたのだ。

 そんな、風蓮の視線に気付いた子蘭が、少しはにかんでいた。

「子蘭、風蓮たちに現状を説明しておいた方が良いだろう」

 超老師の指摘に、子蘭は気を取り直し、説明しはじめた。それは、密命に関する活動状況だった。

 子蘭は、黄瑛、超老師らと、連携を取りながら活動しているという。そして、燕王の陰謀の証拠を掴むため、燕王と昌邑王ふたりの屋敷から近い許広漢邸を拠点としているらしい。これまで、ずっと、見張っているが、特に怪しい動きはないようであった。また、金旋派にも、今のところは大きな動きはないらしい。

 だが、風蓮は考える。武器密輸事件では、結局、証拠を掴ませなかったことから、今回もそう簡単に尻尾を掴ませるはずがない。

「俺の考えでは、燕王の武器密輸事件での手腕から考えて、燕王ではなく、まったく、別の者が暗殺を指示する可能性もあると思う。一見、関係のないと思われる者……例えば、落ちぶれた貴族の誰かとか……」

 そのとき、黄瑛は、李玉を見た。

「李玉様、高級飯店「江昌楼コウショウロウ」で見聞きした話をしていただけますか? 風蓮様ご指摘の答えになると思います」

 李玉は頷いて、静かに話しはじめた。

 それは、高官のひとり、桑広洋ソウコウヨウが何らかの形で絡んでいるという。だが、決定的な証拠はないらしい。そして、桑広洋がある組織に接触したという。その組織は百蛇教ヒャクダキョウと言い、毒を使わせたら天下一の異名を持っている教団であった。本来は、南方にある少数民族、苗族ビョウゾクの地から出ないはずだが、何故か、桑広洋の要請を受けたというのだ。

 風蓮は困惑していた。あの金旋派の些細な毒でさえ、混沌とした自分なのだ。天下一の毒の使い手たちに対抗するすべはない。

「その情報……お前が見聞きしたというが、どういうわけじゃ?」

 超老師が怪訝そうな表情で聞いた。

「私は黄瑛様から高級飯店「江昌楼」で、密会があるという情報を得て、隠し部屋で潜んでいました。黄瑛様が営む高級飯店「江昌楼」は高官たちも良く利用しています。燕王も桑広洋も……その日は、桑広洋の宴席に燕王配下の者が招かれておりました。私がその隠し部屋で直に密談を聞きましたので、間違いありません。風蓮を救出に向かう直前のことでしたので、皆様への報告が今となっていまいました。申し訳ありません」

 李玉の説明に続いて、黄瑛が一つの仮説を説明した。

「これは、あくまで仮設です。結論から言いますと、燕王は謀反を企てていると思われます。その証拠に鉄器の武器を匈奴キョウドに密輸して、武力を得ようとしました」

「それは分かっている。だから、我ら「陶氏」の殆どは匈奴まで出向き監視しているのではないか」

 超老師が口を挟むが、黄瑛はそれを黙殺して、話を続けた。

「かつて、先帝から昭帝の後見役として託された、霍光と上官桀ジョウカンケツは、今や互いを敵視する間になりました。そして、財政策で霍光と対立していた桑広洋は、上官桀を頼りはじめました」

「つまり、燕王、上官桀、桑広洋と繋がりを持ち、謀反を企てているということか? だが、燕王は謀反等より、対立する王族を抹殺して、自身が次の帝になるよう画策した方が良く、上官桀と桑広洋もその方が、危険性が少ないのではないか?」

 再び、超老師が口を挟んだ。黄瑛はそれを肯定するように頷いた。

「その通りですね。その可能性もあります。そのために百蛇教が雇われたことになりますから。ですが、一つ気になることがあります。それは、金旋のことです」

「馬鹿を言うな。金旋派の連中は今、わしの手の者が見張っているんだぞ。手抜かりでもあったと言うのか?」

 超老師が色をなして黄瑛に言い寄った。

「そうではありません。超老師、ここ数ヵ月、金旋本人の姿を見ましたか?」

 黄瑛の質問に超老師は答えられない。確かに、金旋派自体は見張っていたが、金旋本人には気を配っていなかったのだ。

「見ていないでしょう。そのはずです。金旋はひとり、泰山タイザンにいましたから……」

 黄瑛の話は昔の話へと遡った。

 300年程前の昔、各国が争っていた戦国時代の話であった。妖仙、左滋サジという者が、手下である百来ヒャクライを使い、世に混沌をもたらそうと画策していたらしい。それを、エツ国の臣でもあった范蠡ハンレイが阻止したのだ。結果、妖仙、左滋は封じたのだが、百来は取り逃がしてしまった。その百来が飛んで逃げたのが泰山の方向だったという。

 その泰山に登ったのが、金旋だった。

 そして、見張っていたはずの黄瑛の配下たちは、ひとりを除いて皆、落命したという。その生き残った配下が言うには、金旋の瞳は赤く光り、身体からは妖気を発していたという。また、その手には一振りの剣が握られていて、金旋の呪文に合わせて、剣を振る毎に、配下の者たちが次々と落命したというのである。

 黄瑛は、それは、奪命ダツメイ剣だと断定した。妖仙、左滋が持っていたという妖剣である。それを金旋が持って力を奮ったということは、金旋は怪しげな妖術を会得したということになると思った方が良いという。また、世に混沌をもたらそうという意志をも引き継いでいるかもしれないということだった。

「そして、その金旋もまた、燕王と謁見を果たし、その意を汲んで行動していると思われます。つまり、燕王は、謀反を企てているのではないかと考えました」

 風蓮はここまで黙って聞いていたが、風蓮の困惑は極みに達していた。

 ――対応しようがないではないか。

 天下一の毒の使い手だけでも、対応に苦慮するのに、更に、妖術を会得した金旋をも相手にしなければならないのである。

「黄瑛様、私たちはどうすれば良いのでしょうか? 父からは何か言ってきていますか?」

 子蘭が眉を寄せ、不安げに聞いた。

「当面は、今のまま監視を続けるしかないでしょう。許平君様たちは燕王、昌邑王の周りを、超老師方は金旋派をです。必ず、何か動きがあるはずです。私も、引き続き情報収集に努めます」

「俺と李三はどうすれば良い? 何からはじめれば良いのだろうか?」

 風蓮の問いに黄瑛はにっこりと微笑んだ。

「風蓮様には、まず、この大都、長安に慣れていただきたいのです。それから、毒術への対抗策をご検討ください。そのために、ひとりの人物を紹介致します。陳万年チンバンネンと申す者で、貴族のひとりです。今の世を案じるひとりでもありますし、また、私たちの協力者とでも言いましょうか、様々な助言もいただいております。彼の豊富な知識から何か得るものがあるかもしれません」

 黄瑛の話はそれで終わったのであるが、超老師が複雑な顔をしていた。

「黄瑛、まるで、お主が首領のようだの」

「私は「黄」の総差配であると同時に、「陶氏」の情報を司る幹部のひとりでもあります。皆さんがその情報に基づき行動することの何の不服があるのですか?」

 超老師は不服そうながらも、それ以上言い返せないでいた。それに追い打ちをかけるように黄瑛は言う。

「超老師、明日にでも風蓮様たちを案内して、陳万年様を紹介してくださいね」

「風蓮、こういう女を女侠と言うんじゃ。近付くとわしのように咬まれるから用心しろよ」

 超老師を睨む黄瑛を見ながら、風蓮は微笑んだ。

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