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風の系譜  作者: 豊島忠義
14/14

系譜

 幽州は北方に位置するため、秋とは言っても、寒さは厳しく、山間部では雹が降る日が続いたりする。そんな幽州の寂れた村にある飯店の一室に風蓮たちはいた。風蓮の背後には常に童顔鬼がいる。

 他には、秘密組織「陶氏」からは、超老師、子浪、子蘭、正一真教からは紅鈴、多蛇教からは、伯麗、紅青がいた。

 李三、陳万年らは囮として、青州へと向かってもらった。そして、幽州の監視が緩んだところで、侵入したのであった。

 風蓮にとっては、すべては順調だったが、一つ、子蘭までついてきたのは誤算だった。

 子蘭は常に、黄瑛と相談していて、参謀役を担いたいという意欲にあふれていた。風蓮はその意志を無視できず、ここまで、許してしまったのであった。

「それでは、ここからどうやって、氾家を急襲すべきか、議論したいと考えます。意見がある方はどうぞ、述べてください」

 子蘭の発声で会議がはじまったものの、誰も発言しなかった。

 それは、風蓮が前もって、黒龍幇、幇主、氾隗と会談をしたいと言ったからであった。

 ――分かり合えるのではないか。

 風蓮はふと、そんな気がしていたのであった。

 痺れを切らしたように、童顔鬼が声を上げた。

「面と向かって、会談を申し込んだらどうだ。あちらも、英雄と言われる程の人物であるからには、可笑しなことはできないと思うのだ」

 一同は顔を見合わせた。他に妙案がない以上、童顔鬼の意見は真っ当な意見に思えたのだ。

「童顔鬼の意見は最もね。風蓮、どうする?」

 子蘭の言葉を合図に、風蓮は立ち上がった。

「良し。童兄の言う通り、正面から当たってみよう。皆、氾隗の居場所を探ってくれ」

 会議を終えて、一同は氾隗の居場所を探ったのだが、直ぐに判明した。それは、恒山コウザンの麓にある飯店で待ち構えているという。誰を待っているかというと、秘密組織「陶氏」の首領、風蓮をである。

 氾隗は道々に高札を掲げ、その所在を明らかにして堂々といるというのであった。それを聞いた風蓮は、その大胆さに驚きつつも、早速、恒山の麓にある飯店へと向かった。

 その飯店では、大卓の中央に大量の料理を並べている氾隗がいた。風蓮が近付くと、立ち上がり、拱手で挨拶した。

「「陶氏」の首領、風蓮殿だな。俺は、黒龍幇の氾隗だ。この幽州にお見えだと聞いたので、このように宴席を設け、待っていたのだ」

 風蓮は氾隗の佇まいと挙措に好感を持った。そして、その剛勇そうな体格には似合わない、純朴そうな顔を見て微笑んだ。

「お察しの通り、「陶氏」の風蓮だ。お招きに応じ、参上させていただいた」

 風蓮も同じように拱手で挨拶を返した。

 それから、大量の酒を用意させた氾隗は風蓮に勧めながら、共に飲食しはじめたのであった。風蓮は氾隗に勧められるままに飲み、喰いした。

 しばらくすると、ふいに氾隗が話しはじめた。

「風蓮殿、俺は何も氾家が実家だから味方しているわけではないのだ。皇帝が地方の力を弱め、自身に権力を集中させようとしている。それは、正しく、かつての秦の始皇帝がやったことで、そのために、民は多くの犠牲を強いられた。それを氾家は憂いていたのだ。だから、俺は味方しようと決めた。どうだろうか? 理解してはもらえないか?」

 氾隗のその目から真摯さが伝わってきた。

 ――なるほど、良い漢だ。だが、良い漢だからこそ、付け込まれ、騙されているのだろう。

 誰にとは、言うまでもなく百来にである。氾家当主自体はどうなのか分からないが、少なくともこの氾隗とは理解し合えると考えたのだ。

 そこで、風蓮は、丙吉をはじめとする陳万年らと話した内容を説明した。つまり、高官や、地方豪族らの力を弱め、その財を民に分配することで民の生活を安定させるのだと説明したのである。そして、その証拠として常平倉の設置を上げた。

 だが、氾隗は信用しない。その常平倉もその実は皇帝の嗜好に使われるのだろうと断定した。

 ――つまりはお互いの信頼関係の問題か……

 それならば、手はある。風蓮は黙って、持っていた剣を前に向けた。

「氾隗殿、ひとつお手合わせいただきたい。どうか?」

 そう言う風蓮に氾隗は怪訝そうな顔をしていた。それに答えるかのように風蓮は続けて話した。

「氾隗殿、我らは論客でない。お互いに自らの力で道を切り開いてきたのだ。武で語り合おうではないか」

 氾隗はニヤリと笑った。その笑顔は屈託がなく良い顔をしていた。

「良し。俺の氾家刀法を見せよう。風蓮殿はどのような武術を使うのか?」

「俺は孤影剣法だ」

 風蓮はそう言うと前に出していた剣を抜き、氾隗に刺突を繰り出した。

 それを背後に避けると思った風蓮は驚いた。それは、爆風にだった。氾隗は単刀を素早く抜き放したのと同時に、その刀が起こす刀風ともいうべき爆風に吹き飛ばされたのであった。

 そして、氾隗の第二撃は、爆風自体は小さいものの、単刀の振りに沿って、刀気を発してきたのだった。

 風蓮はその刀気を向かって、剣気を放った。刀気と剣気はお互いにぶつかり、より大きな爆風をもたらした。

 風蓮は、その爆風に吹き飛ばされ、飯店の外にまで出てしまった。

 飯店の中から、氾隗が走り出て、第三撃を放った。風蓮はその刀気を受けず、軽功、逍遙遊を駆使して、滑るように氾隗の周りを回りはじめた。

 捉えどころのない風蓮の動きに、的が絞れない氾隗は走った。そして、風蓮を遠目から狙い、爆風を放つのだ。

 風蓮はそれを避けながら、再び、氾隗の周りを回るが、その度に氾隗は走ったのだ。それを何度となく繰り返した。

 ふたりが、飯店で会ったのは、夕刻だったのであるが、その対決は翌朝になっても決着は付かなかった。遂には恒山の頂付近での対戦となっていた。

 ふたりには、見届人として、童顔鬼が付き添っていた。童顔鬼がふたりにそう告げて、近づ離れず側にいたのであった。

 他の者たちは、はじめの爆風に煽られたことで、さらに遠巻きで眺めていたのだった。

 だが、昼頃近くになる頃から、ふたりの動きに変化がみられるようになった。それは、ふたりともに体力の限界に近かったから起こったことだった。

 ふたりは静かに対峙していたのだ。爆風を放っていた氾隗も、その氾隗の周りを回っていた風蓮も疲れ果て、動くのを止めたのだった。

 そして、先に膝を付いたのは氾隗だった。爆風を放つのに体力の消耗が激しく、もう、放てるような状況ではなかったのだ。

「風蓮殿、ちょっと、待ってくれ。少し、休ませてくれ」

 それに頷いて応えた風蓮もその場に、ドサッと尻餅を付いた。風蓮は氾隗の周りを回りながら、剣気を放ってきたのだ。ここまで、長く戦ってきたのはかつてなかった。

 そのふたりの前に、童顔鬼が近付いて来た。

「もうその辺で終えたらどうか? ふたりの武功は拮抗していて、優劣は付かないだろう。こういう場合の良い解決方法をわしは知っているが、聞くか?」

 風蓮も氾隗も童顔鬼の方を見て、頷いた。この際、童顔鬼の申し出は願ってもないものだった。

「そうか、そうか。ふたりともに承知だな。それでは、ふたりとも、義兄弟となるのだ。それで終いだ。で、どちらが年上なのだ?」

 童顔鬼の話に氾隗が先に声を上げた。

「俺は18歳だ」

「俺も18歳だぞ。童兄、こうした場合はどっちが、義兄になるんだ?」

 風蓮の問いかけに氾隗が答えた。

「俺の方が義弟で良いよ。どう見ても風蓮殿の方が、より冷静だと思うし、俺は、人によると直情径行だということだからな」

 氾隗の答えに童顔鬼は頷いた。

「では、本日、ただいまより、ふたりは義兄弟だ。風蓮を義兄、氾隗を義弟とし、お互いに敬い合うのだ。生まれは異なれど、死ぬときはともにだ。良いな、ふたりとも」

 童顔鬼の言葉にふたりはともに向き合いながら頷いた。そして、お互いに剣と、刀を交差させ、誓い合ったのだった。

 と、ふいに氾隗が思い出したように風蓮に言った。

「ところで、風……風兄。ひとつだけ忠告させてほしいのだが、風兄は皇帝に騙されているんじゃないのか?」

 氾隗の言葉にニヤリと微笑んだ風蓮はきっぱりと言い放った。

「それは絶対にありえない……何故なら、俺自身が皇帝なのだからな」

 しばらくの沈黙の後、氾隗は近寄ってきて風蓮の頭に手を当てた。

「風兄、真気でも逆流したのか? 風兄が皇帝だなんてありえないよ。皇帝は今、青州だぞ」

「いいや、それは策なんだ。それが証拠に、ここにいるんだからな」

 風蓮は自分をゆびさして笑った。

「確かに、風弟は、皇帝だ。大都、長安の城で人々に傅かれているのだからな。だがな、わしの義弟でもある。従ってだ。氾弟もわしの義弟となるのだ。忘れまいぞ、氾弟」

 童顔鬼の言い様に、吹き出した氾隗は大笑した。

 笑いが収まったとき、風蓮は、自身の生い立ちを話しはじめた。奴隷村で育ったことや、童顔鬼との出会い、燕王の陰謀、その裏にあった百来の魔の手の存在、それらを阻むために秘密組織「陶氏」の活動等だった。

 そして、自分では分からないが天意というものにより、その秘密組織「陶氏」の首領となり、また、皇帝となったことを話したのだった。

 すべてを聞き終えた氾隗は目に涙を溜めていた。

「風兄、俺は、自分の人生に悲観して泣いたことがあった。だけど、風兄は、それ以上の過酷さと戦ってきたんだな」

「過酷かどうかは別として、俺はそんな多くの愛する人々に助けられ、ここまで生きてこれたんだ。今日からは氾弟、お前もその仲間なんだ」

 風蓮はそう締め括った。

 そのとき、声が聞こえて来た。それは、紛れもなく百来の声だった。

「風蓮、困りましたね。貴方は次々と私の思惑を裏切ってくれますね……ここは、この際、その命を奪っておくべきでしょうね」

 声が聞こえて来た方を向くと、百来が宙に漂うように浮いていた。その百来に向かって風蓮と氾隗は立ち上がった。そして、ふたりが声を発する前に後方から声が聞こえてきた。

「百来よ。お前こそがここでその存在を消すのだ」

 多蛇教、教祖である伯麗の声だった。伯麗は声と同時にその手に持っていた縛縄網バクジョウモウを投じたのだった。

 縛縄網は金蛇双剣と同様に、紅玉女禍が神仙から授けられたモノで、一度投じたら捕えるまで永遠に追っていくという代物だった。そして、一度捕えたら、例え神通力と言えども、すべての力を封じてしまうという神器だった。

 百来は既に攻撃体制に入っていたため、虚を突かれた形となった。避けようとしたものの、縛縄網に足を獲られ、地面に落下したのだった。

 風蓮が剣を、氾隗が刀を出し、迫るものの、百来は背後に跳躍して難を逃れた。

 そこに、氾隗は爆風を放つ。そして、風蓮は、その爆風の先へと剣気を飛ばした。

 神通力が使えない百来は爆風に煽られながら態勢を崩したところに剣気が襲ってきた。それを奪命剣で辛うじて抑えたのだ。

 だが、そこへ、正一教、蘭鳳派の神器、乾坤圏が飛来し、百来の眉間に刺さった。それは、正一真教蘭鳳派、紅鈴が放った一投だった。


「風蓮殿、百来の胸にある火石を抉り取ってください」

 紅鈴の声に従って、百来に迫った風蓮は、その左手に剣気を込めて、胸に突き刺し抉った。そして、火石を奪ったのだった。

 その瞬間、百来の目が光った。と見る見る百来の姿が透けて、最後には消えたのだ。そして、それまで百来を拘束していた縛縄網は空しくその場に落ちた。

 風蓮は振り返って、伯麗と紅鈴を見た。暗にこの状況の説明を求めたのだった。

 それに対して、紅鈴が応えた。

「恐らく、百来は封じられていません。ですが、その存在するための金旋の身体は消滅しました」

「そうじゃ。この縛縄網が跡を追わないということは、少なくともその身体はこの世にはないということじゃ」

 伯麗もその意見に賛意を示した。

「では、百来はどうなったのか?」

 風蓮がそう質問したとき、空が一瞬暗くなった。そして、空に薄らと、百来の顔が浮かび上がった。

「風蓮、罠だったのですか? いいや、違いますね。偶然ですかね……ですが……最後に勝つのは私です。私は、佐滋様に永遠の命を授かったのです。今、この世にあるための身体は失いましたが、必ず、復活を果たしますよ。後、100年先か……そんな遠い先ではありません。そのときに、風蓮、貴方はこの世に存在していないのです。貴方の悔しがる顔を見れないのは残念ですが、佐滋様も復活させて、この世に混沌をもたらします。さらばです、風蓮。ハッハッハッ」

 そこにいた皆は、その声を聞いていた。耳からというより、心に響いた声だった。そして、しばらくすると、空は元に戻ったのだが、風蓮の心は晴れなかった。

「風兄、氾家の始末は俺に任せてくれないか?」

 氾隗が茫然としている風蓮に話しかけて来た。その声に風蓮は何か思い付いたように氾隗を見た。

「任せたよ、氾弟。だけど、2ヵ月後、大都、長安に来てくれないか?」

 氾隗は風蓮の願いに頷いて答えた。

 その数ヵ月後、大都、長安、花街の中で最も賑わう高級飯店「江昌楼」の一室に集まっていたのは、子浪、子蘭、黄瑛、超老師、向悠、李三、李玉だった。彼らが座っている対面には、伯毅、伯麗、紅青、童顔鬼、氾隗、紅鈴が座っていた。

 そして、その中央には風蓮と司会進行役の陳万年がいた。陳万年が厳かに声を上げた。

「今日、ここに集まっていただいたのは、皆さんに組織の改編について告知したいからです。今後、秘密組織「陶氏」は、北方の組織「黒龍幇」、苗族の「百蛇教」と合併し、活動するものとします。合併により、組織の名を「風伯フウハク」と改めます。その編成は後程、発表致しますが、まずは、「風伯」の首領である風蓮様にご挨拶いただきます」

 陳万年の紹介により、風蓮は立ち上がった。

「私たちは、数ヶ月前、幽州において百来と対決し、その身体を消滅させることに成功しました。ですが、それは封印したわけではありませんでした。その証拠に、百来は、暗空にその残像を現わしたのです。百来は、再び復活を遂げ、妖仙、左滋をも復活させ、この世に混沌を招くと告げました。そして、それは、我らが既に亡き後だとも告げ、その姿を消したのです。それを阻止し、民の安寧を図るためにはどうすれば良いのか……我らは人間ですから、その寿命が尽きれば、当然、死が訪れることになります。その百来の行動を阻止することは不可能なのではないか、はじめはそう考えました。ですが、そのとき、氾弟が声をかけてきて思い付いたのです。それは、我らには仲間がいることです。その志を共有し、義兄、義弟と呼び、血を分けた実の親子、兄弟よりも絆の強い仲間がいることです。その仲間の絆は延々と持ち続けることができます。それが、300年前に組織された「陶氏」の存在理由だと気付いたのです。そこで、今、その「陶氏」という組織を拡充させるために、この度の合併とさせていただきました。皆さん、仲間を増やしてほしい。後継者を育ててほしいのです。それが、百来や妖仙、左滋等の妖しい者どもの暗躍を阻止し、この地で暮らす民の安寧を護ることに繋がることになると考えます。それこそが、我らに与えられた天命なのです」

 風蓮はそう言って挨拶を締め括った。一同は立ち上がり拍手をもって、その挨拶に応えたのであった。

 この風蓮は、漢王朝における功績は大きい。第9代、セン帝として、減税や常平倉の設置、中央と地方での行政改革といった政策を行った。その結果、武帝以降の国内の疲弊を緩和させることに成功した。また、外交面では烏孫と連携して西域に進出、匈奴を弱体化させる等、漢王朝の国勢を復興させることにも成功した。これら内外の政策により、中興の祖として、人々に讃えられたという。

 そして、何と言っても、最も大きい功績は、風蓮が率いた「風伯」の活動だろう。王朝の興亡に拘わらず、その時代の熱き漢たちは、「風伯」の志の元に集い、戦っていったのだ。決して、歴史の表舞台に出ることはない。が、しかし、その志は脈々と引き継がれていったのである。

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