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風の系譜  作者: 豊島忠義
13/14

転身

 新緑が春の訪れを告げようとしているのか、辺り一面の木々は青々と茂っていた。

「皇帝陛下、丙吉がまいりました」

 その声に振り向いたのは風蓮だった。

 風蓮たちは我眉山での対決の後、しばらく、滞在していた。正一真教蘭鳳派、多蛇教、陶氏3組織の同盟のためだったのだ。

 そこへ、都から使者が訪ねて来たのであった。使者は金安上だった。

 金安上が話すには、昭帝が病のために急逝されたという。そこで、大司馬大将軍である霍光は、近くにいた昌邑王、劉賀を帝にした。しかし、劉賀の不行跡があまりにも酷く、在位27日で廃したのだった。

 悩んだ霍光は、劉病己を知っている丙吉に諮問した。その結果、皇帝は劉病己である風蓮と定まったらしい。そこで、金安上が迎えに参上したということだったのだ。

 それからというもの慌ただしく、急かされながら大都へと戻ると、皇帝即位の儀式などに忙殺されたのであった。

 そして、皇帝となってからは、朝廷にも出席し、皇帝としての仕事を卒なくこなしてきたのであった。

 だが、皇帝の仕事とは、ただそこに存在するだけのものだった。つまり、皇帝が居ようが居まいが、関係なく物事は進められていくのであった。

 ――これは、まさに形骸化という言葉そのものではないか。

 そこで、風蓮は独自の諮問機関を設けることにした。それを丙吉に命じていたのだ。

「陛下、皆、揃っております。ご来駕いただけましょうか」

「ご苦労、丙吉。皆はこの先の亭にいるのだな」

「はい、左様です」

 風蓮は先に歩んだ。

 霍光ら、他の廷臣たちには、自身の勉強のための会合であると説明していた。それは間違いではない。確かに自分はこの国の機構を良く知らないのであった。

 亭の中に入ると、中にいた4人が立ち上がった。陳万年、金安上、杜延年、于定国であった。この4人に丙吉を加えて、5人が諮問機関としての立ち上げメンバーなのであった。

「さて、今日は第2回目の会合なのだが……皆の意見を聞こうか。まず、誰からだ?」

 5人はお互いに顔を見合わせていたが、意を決したように杜延年が声を上げた。

「私から申し上げます。まず、政において、あるべき姿は何か……それは、法治主義と中央集権制です。これを成せば、地方に領地を持つ高官たちの力を抑え、校紀を糺すことができます」

 その鋭い目からは、いかなる不正も許さないという意志がみえる。それを包み込むように陳万年が話を引き継いだ。

「かつて、秦の始皇帝が実施した形態ですが、彼は性急過ぎました。ですから、我らは、5年、10年……短期、長期と計画を立て、徐々に変革させていきたいと思います。まずは、地方官と皇帝陛下の距離を縮めることからはじめたいと考えます」

 次に声を上げたのは、于定国だった。

「杜延年、陳万年が言う通り、政は緩やかに変革させれば良いのですが、それまで、庶民の生活は耐えられないでしょう。ですから、別に政策が必要になります。まずは、庶民の食の確保が肝要です。常平倉ジョウヘイソウという案を提案させていただきます。国が主食である米を統括することで、庶民への食の安定を保障するのです」

 それまで、黙って聞いていた丙吉が金安上を見た。

「国は内政だけでは、成り立たないと思います。外交はどうすべきか? 金安上、答えなさい」

「はい、西域諸国です。特に烏孫ウソンと結ぶことが肝要です。幸いにも、現在も細々ですが、交易は続いておりますので、それを拡大します。そして、西域諸国との絆を強くすることで、北方、匈奴を牽制できます。内政が充実するまでは、外交によって、不要な戦を避けることができます」

 金安上が話終えると、丙吉が微笑みながら、風蓮を見た。

「皇帝陛下いかがですか? 彼らの考えることは面白いでしょう……ですが、考えるだけであれば、誰にでもできます。問題は、これらを実行できるか、ということです。この諮問機関を実行部隊として、再編成し直す必要があるかと思います」

 風蓮は丙吉の言に頷いた。そして、皆を見渡しながら、声を発した。

「丙吉、面白いな。確かにお前の言う通り、実行部隊へと陣容の拡充が必要だな。まずは、根回しを謀り、朝廷へ発案せよ。特に、霍光への根回しを丁寧にな」

 そこにいた一同は立ち上がり、礼を返すと、静かに退室していった。そして、陳万年が衛士府隊長を連れて再び入室してきた。その衛士府隊長は李三だった。

 李三はふて腐れたように、足を投げ出しながら、椅子に座った。

「風蓮、何で俺が官服を着て、警護なんて仕事をしてるんだ? 何とかしてくれよ」

 風蓮はその様子を見て、吹き出してしまった。まるで、盗賊がきらびやかな絹服を着ているように、その姿は滑稽だった。

「李三、お前だけじゃない。俺もこの通りキンキラな、躓きそうな絹服を着てるんだ。仕方ないよ」

「いいや、お前は元々王族で、皇帝陛下になったのだから仕方ない。だが、俺は違うぞ。こんな服を着る義理はないんだ」

 そんなふたりの言い合いを、ため息を付きながら聞いていた陳万年は、戯言の話はここまでというように手を叩き、言葉で継いだ。

「はい。ふたりとも、いいかげんにしてください。今はそんなことを言い合っている場合ではないでしょう」

「そうですよ、ふたりとも。陳万年殿の苦労を増やさないように」

 そう言いながら入室してきたのは、子蘭だった。

「ふたりとも、十分、似合ってるわよ。だから、これから、私の話すことに傾注してね」

 そう言う子蘭は一旦、話を切り一呼吸を置いた。

 そして、続けて、話はじめたのであるが、その内容に風蓮は驚愕したのだ。その話とは、数ヵ月前に遡った。

 風蓮が皇帝に擁立されたことに起因していた。つまり、それを快く思っていない高官たちが、結託して反乱の狼煙を上げようとしているという。その反乱の狼煙は、幽州の員外(富豪)である氾家から上がると断定した。

 子蘭はその理由は3点だという。

 1点目は、燕王の武器密輸事件のときにも、この幽州、氾家を経由して匈奴に渡ったのだという。結果的には確たる証拠がないため、処分できずに、そのままになっていたが、そのときから、氾家は内乱を画策していたのだった。

 2点目は、百来が氾家にいることであった。正一真教蘭鳳派は、我眉山での対決から火石を奪った百来を捜索し続けていた。そして、やっとの思いで見付けた先が氾家だったのであった。しかし、氾家の勢力は幽州全域に及んでいるため、近付くことさえ難しいらしい。

 3点目は、中原北部一の巨大組織である黒龍幇コクリュウホウも絡んでいるという。幇主、氾隗は、氾家刀法ハンケトウホウの達人であり、また、渤海王と異名のある豪傑である。その氾隗の実家が氾家であり、黒龍幇構成員約1万人が幽州へ出入りする人を詮索しているという。

 そして、さらには、匈奴内の一部族がその背後にいて、幽州の反乱に連動して動く予兆があるというのであった。

 幹部のひとり、向悠がその匈奴の動向を見張っている。

 幽州内には、超老師本人が紛れ込んでいるらしいが、あまり、身動きがとれないため、情報が入りにくくなっているという。

 そこで、今後の方針を相談するために、今、大都にいる幹部が集まったのであった。

 子蘭は風蓮の皇帝就任に伴い、皇后となった。そのことで、秘密組織「陶氏」の幹部のひとりに加えられた。そして、黄瑛の後継者として、情報収集を共に行うようになったのであった。

 だが、風蓮は皇帝になったことで、自ら動けないもどかしさを感じていたのであった。そこで、ある考えを検討していた。

 それは、巡遊であった。過去を調べると、あの秦の始皇帝は統一後、直ぐに巡遊を行っていた。それに習おうとしたのだ。

「俺は巡遊を行う予定だ。まず、はじめの巡遊先は青州セイシュウにしようと思う」

 そこにいた皆は慌てた。幽州に隣接する地への巡遊は、まるで、襲ってくれと言わんばかりだと思ったのだろう。だが、ひとり、子蘭は微笑んでいた。

「風蓮、氾家を青州に誘っておき、自らは氾家本拠を急襲しようということね」

「そうだ。そこで、子蘭は陳万年と戦略を練ってほしい。ところで、既に調べていると思うが、黒龍幇、幇主、氾隗とはどういう人物なんだ?」

 子蘭は頷きながら、話しはじめた。それは、巷に囁かれる英雄伝だという。

 今から、20年前、氾家は、匈奴への武器密輸のために商家、紫家と手を結んでいた。その頃から、氾家の嫡男、氾簫ハンショウと紫家の長女、紫芳シホウのふたりは恋心いだくようになり、お互いに将来を約束していた。

 ところが、武器密輸が発覚しそうになり、氾家は、密輸方法を切り替え、そして、紫家を切り捨てのであった。

 そのため、紫家は一族の殆どが捕縛され、処刑されたのである。氾簫は何とか紫芳を助け出し、匿ったのであるが、氾家当主が許すはずがなかった。氾簫は仕方なく、紫芳を連れて氾家の手の届かない地へと逃亡を図ったのである。しかし、氾家の追手は、執拗だった。追い詰められた氾簫は、自らの命を犠牲にすることで、紫芳を逃したのであった。

 そのとき、紫芳のお腹には子が宿っていた。それが、氾隗であった。紫芳は、人里離れた地で氾隗を育て、氾家刀法を伝授すると、氾家への復讐を誓わせ、自身は亡き氾簫の跡を追って自害したのであった。

 途方に暮れた氾隗は江湖(世間)を彷徨っていた。だが、そのとき、白髪魔女に出くわし、捕えられた。

 白髪魔女は、白家の長女であった。白家の長女は氾家の傘下に加わったことで、氾家の嫡男、氾簫の許嫁となったのであった。だが、そのとき、既に、氾簫は紫芳と逃亡し、揚句に命を落としたのだった。そして、白家の長女は失望のあまり失踪した。それから、十数年経ったとき、白髪魔女と呼ばれる残忍な女となって、江湖に現れた。そして、自分をふった氾簫の子、氾隗の存在を知った。そこで、復讐するため、探し出して捕えたのだった。

 捕えられた氾隗は、同じく捕えられていた黒龍幇の幇主から内功、北明心把ホクメイシンハの伝授を受けた。そこで、白髪魔女と対決して倒し、幇主を救出したのだ。そして、幇主は重傷を負っていたため、内功、北明心把の伝承者である氾隗を自分の後継者として指名し、以後、氾隗が幇主として立ったという。

 それが、何故、氾家に協力することになったのか、分からないが、少なくとも、氾隗は幽州の英雄として、人々の尊敬を集めているということだった。

 ――氾隗もまた、自分の業に翻弄された男なのだろう。

 風蓮は自分と同じように、自分の業に翻弄された経歴を持つ、氾隗に情を感じた。そして、少なくとも、人々の尊敬を集めているのならば、友とすることもできるような気がした。

 そんなことを考えながら、静かに話を聞いていた風蓮は微笑んだ。

「面白いな。氾隗とは話をしてみたい気もする」

「風蓮、今は敵なのだから、十分、警戒してね。それでは、陳万年、戦略を練ましょう」

 子蘭は微笑むと陳万年を見た。

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