対決
「風弟……風弟……」
どこからか、自分を呼ぶ声が聞こえた。この声は……童顔鬼?
風蓮が目を開けると、そこに童顔鬼の笑顔があった。
「おお、目が開いたぞ。良かった、良かった。風弟、わしが分かるか?」
風蓮はどうしたのか思い出そうとした。
――そうか、俺は落ちたのだった。
そして、背後から来た童顔鬼が自分を抱き抱えたのだ。
「童兄、ここは地底なのか? 死んでいないのか?」
風蓮は身体を動かそうとしたが、激痛が走った。
「動くな、風弟よ。お前は身体を壁に打ち付けられたのだ」
童顔鬼の話によると、童顔鬼は、あのとき、落ちていく風蓮を背後から抱き抱えると、鍵縄を投じたらしい。
鍵縄は、しっかりと壁を捉えたのだが、そのために、風蓮と童顔鬼は、振り子のように振られ、壁に打ち付けられたという。
その後、童顔鬼が横穴を見付け、そこで、風蓮を介抱していたのであった。
「皆はどうしたのだろう」
風蓮は気になったので聞いてみた。
確か、陳万年がいた場所の床石が崩れただけだと思った。であるなら、皆は無事だということになる。
童顔鬼は風蓮にニッと笑いかけた。
「大丈夫だ。皆は無事だよ。ここへの道を探すと言っていたから、もう少し、休んでおこう」
風蓮は、秘密組織「陶氏」の首領だとしても、そして、絶技を会得しているとしても、結局は、自分は助けられて、存在するのだと思った。
この童顔鬼の笑顔は良い。心を軽くしてくれる。
風蓮がそう思っていたとき、声が聞こえてきた。それは李三たちの声だった。
「童顔鬼、風蓮は無事か?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと打ち身があるが骨は折れていない」
童顔鬼の答に一同、胸を撫でおろしたのだが、ひとり、陳万年だけは、慚愧に耐えない様子だった。ついに、陳万年は、思い余って、横たわっている風蓮の横に両手を付いた。
「風蓮殿、何故、私を助けたのですか? 貴方は皇族なのですから……ご自愛いただかないといけません」
陳万年の言葉に風蓮は微笑み返した。
「陳万年、命に上下はないんだ。皇族だろうが、奴隷だろうが、等しく命は尊いのだ。それに、お前が落ちるより、俺が落ちた方が助かる可能性があったからな」
風蓮は童顔鬼のように、邪気のない笑顔を向けた。
「風蓮、気持ちは、分かるけど、無茶であることには変わりないわよ。もう少し、考えて行動してもらわないとね」
横から、子蘭が割って入り、風蓮に注意を促しながら、何やらに薬らしき練状のモノを取り出した。
子蘭は、風蓮が無茶ばかりして、生傷が絶えないことを心配していた。それで、超老師の指導を受けながら医薬の数々を開発していたのだ。
この練り状のモノもその一つだった。
「風蓮、これは、麻膏散といって、痛みを麻痺させる薬よ。今は緊急のときだから、これを塗布するけど、後で、きちんと休養しなければ傷は癒えませんからね」
風蓮は子蘭に微笑みながら頷いた。そして、子蘭の治療が終わり、痛みを感じなくなると立ち上がった。
「子蘭、後、どのくらい進むんだ?」
「もうちょっとよ。ここから、半日程進むと、妖仙、佐滋を封印している楼の裏に出るはずだから、その楼を守護している者に紅鈴を呼んでもらいましょう」
風蓮たちは再び、子蘭の案内で進んだ。依然として、子蘭の後について、遊逍歩で進むのである。
陳万年は責任を感じてか、若しくは慣れたのか、その歩みに破綻は見えない。
そして、言われた通り約半日あまり進むと、地上に出た。楼の裏手なのだろう。
そこに待っていたのは、紅鈴だった。
「紅鈴殿、どうした? まるで、我らがここに来るのを知っていたようだが……」
風蓮が尋ねると、紅鈴ははじめて風蓮の目を見た。それまでの紅鈴は何かを思い悩んでいたのだろう。風蓮が声をかけるまで、上の空だったようだ。
「風蓮殿、私はどうすべきなのか悩んでいました。ですが、いくら考えても結論は出ません。そして、今、風蓮殿の顔を見て決めました。全ては、風蓮殿に委ねるのが一番良いと……」
紅鈴が話すには、こういうことだった。
昨日、百蛇教の集団が我眉山の周りを取り囲み、その教祖である伯麗が正一真教蘭鳳派、掌門である紅心に面談を求めてきた。
紅心はまずは話を聞いてみようと、その面談に応じたのであるが、そこには、伯麗とともに、金旋の姿をした百来がいた。
そこで、百来は提案をしたのである。
二択だった。
一つは、このまま、正一真教対多蛇教の乱闘とすることであるが、双方に多くの死傷者が出るため望まないだろう。
もう一つは、四方陣で代表者が対決することである。自分と伯麗は神仙、佐滋が封印された火石がほしいのであるから、正一真教の者たちの血を望んでいるわけではないという。
そして、風蓮が既にこの楼に向かっているから、揃えば四方陣も可能となると言ったのだった。
当然、紅心は後者を選択したのであった。
そして、風蓮たちを迎えるために、紅鈴をここで待たせていたという。
四方陣とは、4人が東西南北を位置して対面し、神剣を手に印を結ぶのである。
そして、結果的には意志が強い者がその陣を支配するのである。
つまり、百来か、伯麗かのどちらかの意志が強ければ、すなわち、妖仙、佐滋は解放されるということになる。
だが、逆に、紅心か、風蓮かのどちらかの意志が強ければ、百来と伯麗を捕らえることができるということであった。犠牲を最小限に留めるためには紅心は有効な選択をしたと言えた。
風蓮は紅鈴の説明を聞いて頷き、案内をお願いした。その間、疑問に思った神剣について尋ねた。
「紅鈴殿、一つ聞きたいのだが、神剣というのは、一つは正一教蘭鳳派が所有する魔封剣、もう一つは、童兄に預けている蒼龍剣だと思う。後二つは、百来と伯麗が所有しているということか?」
「はい、百来が所有するのは、奪命剣です。妖仙、左滋がその念を込めて作ったという剣は、実は、神剣、水雷剣を鍛え直したモノなのです。それから、伯麗が所有するのは、金蛇双剣と言い、多蛇教、開祖である紅玉女禍が神仙から授けられたと言われています」
風蓮はある考えが閃いた。
――ひょっとすると、百来ははじめから、この機会を狙っていたのではないか?
であるならば、もう一つ聞かねばならないと思った。
「もう一つ聞きたい。紅鈴殿は、先程、意志が強い方が勝つと言っていたが、意志とは何だ?」
「分かりません……ですが、これだけは言えます。意志は風蓮殿そのものだということです。百来は、世を恨み、そして、現世に混沌を招こうとする妖仙、左滋に傾倒、崇拝しています。伯麗は、父親である伯毅殿への恨み、そして、風蓮殿への恨みで凝り固まっています。紅心様は、世を憂い、慈悲の心を持ちながらも、仙境へと導かれようとしているように思われます。風蓮殿は何ですか? 何を成してきて、何を成そうとしているのですか? それが、意志だと思います」
風蓮は童顔鬼を見た。そして、微笑んだ。
――俺の心は決まっている。そうだよな、童兄。
妖仙、左滋が封印されている楼の中へと案内された風蓮は、位置を確認した。中央に火石を乗せた台が置かれ、それを囲んで、北方に、金旋の姿をした百来が、対する南方には、正一真教蘭鳳派、掌門である紅心がいた。そして、西方にいるのが、伯麗なのだろう。自分は東方への位置へと付くことになると確認したのだ。そして、童顔鬼から蒼龍剣を受け取り、その位置へと付いた。
「風蓮、久しいですね。今日は、決着を付ける日ですよ。伯麗殿もこのときを待っていたのですよ」
百来は、風蓮に微笑みかけた。だが、風蓮は、それを無視した。そして、伯麗を見た。その目は風蓮を捉えて離さないという強い目をしていた。
風蓮に無視された百来は苦笑しながら続けた。
「まぁ、良いでしょう。それでは、皆さん、神剣を抜き、印を結んでください……そうです。それでは、四方陣を発令しますよ」
百来はそう言うと、自らも印を結び、呪文を唱えはじめた。
すると、辺りが、暗くなり、遂には、何も見えない暗闇となった。
風蓮は、しばらく、佇んでいると、向こう側に幼い少女が見えた。泣いているようだった。
近寄って、声をかけてみた。
「どうしたんだい? 何故、泣いているのかな?」
「お父さんがいない……お父さんが……」
少女は泣きながら、そう話した。
風蓮は思わず歩み寄り、少女の肩に手を置こうとしたその瞬間、その少女は風蓮に斬りかかってきた。
風蓮は素早く、飛び退いて、少女を見た。その少女の両手には、金蛇双剣があった。
風蓮はそういうことかと、この状況がどういうことなのか分かってきた。
これは心の姿が現れているのである。
つまり、この少女は伯麗の心なのだろう。少女の姿のまま、父親を探し求めているのだろう。その一方で、父親を奪った自分を憎みもしているということなのだ。
「伯麗殿……いや、伯姉と敢えて呼ばせてほしい。俺も、幼少の頃、いなくなった伯爺……伯毅を慕って泣いた。つまり、俺たちは伯毅を通じて、姉弟の間柄だということだと思う。そう思わないか? 伯姉」
「いや、違う。お前さえいなければ、お父さんは私を捨てなかった。お前さえいなければな」
「まるで、子供の……弟に父親を取られたと泣く幼子のたわごとだな」
「やかましい! お前に奪われたときを、返せ!」
伯麗は金蛇双剣を左右から同時に振り下してきた。だが、風蓮はそれを躱さずに、一歩前へ出て、伯麗を両側から抱きしめる形で、身体を受け止めた。
「伯姉、本当は分かっているのだろう? 俺がいるといないとにかかわらず、伯毅は一ヵ所に留まるような人ではないことを」
「離せ! 離さぬか!」
伯麗はもがくものの、その目には涙が溢れていた。
「伯姉、今、伯毅は俺のところにいる。だから、一緒に来ないか? 一緒に来て、恨み言の一つでも言えば良い。そして、今後は、共に、家族として過ごさないか?」
もがいていた伯麗の手が止まった。
「分かった。分かったから、離せ」
伯麗の言う通り風蓮は離した。そこに、一瞬の隙が生まれた。
伯麗の双剣が風蓮の両脇を刺したのだった。風蓮は再び、伯麗を抱いた形となった。
「伯姉……伯毅は後悔しているのだと思う……もし、俺がここで死んでも……俺の仲間が案内してくれるから、会ってくれないか? それで……」
風蓮はそのまま崩れ、倒れた。それを抱き抱える形となった伯麗は涙に濡れた目で見ていた。
「死ぬな、風……風弟。死んではならぬ!」
どのくらい時間が経ったのか、分からなかったが、風蓮の意識が戻ったとき、どこからか声が聞こえてきた。
「風蓮……風蓮……」
この声は……金旋か。
風蓮は目を開けた。刺された両脇を確認すると、傷はなかった。身体を起こして前を見ると、金旋がいた。
「風蓮、俺を殺してくれるはずだろう……百来に囚われて生きることも、死ぬこともできないのだ。憐れだと思って、俺を殺してくれ……風蓮」
風蓮は右手を見ると、その手には蒼龍剣が握られていた。
――金旋もまた、俺の業の犠牲者なのだ。
そして、金旋を救うためには、殺すしかない、そう思った。
風蓮は蒼龍剣を金旋に向けた。
「風蓮、この手には奪命剣がありますよ。そう簡単には金旋は殺れませんよ」
金旋から発せられる声であるが、明らかに口調が違う。これは、百来の言なのだろう。そう思った瞬間に、金旋……いや、百来が奪命剣を繰り出してきた。
チンッ
風蓮はやっとの思いで弾き返すことができたが、その速さは、紛れもなく、孤影剣法だった。
風蓮は愕然とした。剣技は明らかに相手の方が上であったからだ。百来の顔が微笑んだ。
百来が再び動こうとした瞬間、その両側から、百来に向けて刺突が繰り出された。繰り出したのは、正一教蘭鳳派、紅心と、多蛇教、伯麗だった。
「風蓮殿、軽功、逍遥遊を駆使するのじゃ」
風蓮は紅心に言われるままに、逍遥遊で攻めた。三者で攻め続けたことで、百来は劣勢となり、大きく飛び退いて、間合いを取った。
「ハッハッハッ、これは驚きました。伯麗までが攻めてくるとは、少し、計算違いでしたね。ですが、佐滋様の火石が近くにあることで、こんなこともできるのですよ」
百来はそう言うと何か呪文を唱えた。すると、百来がぼやけていくと、3人へと分身したのである。
「風蓮殿、北聖真掌じゃ。剣気を蒼龍剣に乗せ、発するのじゃ」
風蓮は、紅心の言う通り、剣気を練り、蒼龍剣を持つ右手に剣気を集めた。
そして、大きく取った間合いから、3人の百来が、迫ってきたその瞬間、風蓮は剣気を放った。放たれた剣気は3人の百来の胸を貫き、百来の動きを止めたのだ。
3人だった百来は再び、ぼやけていき、一つになり倒れた。だが、その背後にもうひとり、別の男が立っていた。これが、百来本人なのだろう。
「風蓮、お見事でした。よくぞ、金旋を殺りましたね。目的を果たしました。ですが、風蓮、貴方は疑問に思っていたでしょう。何故、私が、ここに現れたのか……そして、四方陣を望んだのか……今日は、立夏の日だったからです。そこに、四つの神剣の気を集めたことによって、ほら、この通り、佐滋様も力を得ましたよ」
百来がそう言っている間に、いつの間にか、百来の胸元に火石が浮かんでいた。そして、火石は百来の胸にめり込んでいった。
「左滋様はいただきました。後は、この世に戦乱を生じさせ、満たされた負の気により佐滋様を復活させるのみ。風蓮、また、会いましょう」
その百来は暗闇に解けて消えていった。
すると、暗闇が晴れた。自分がはじめに位置に付いた場所にいたのだった。




