ネグロ・マギカ
ネグロ・マギカは造語。黒魔術という意味で使用しています。
ガ◯ガード的展開を意識して考えました。
22世紀を迎えようとする直前の日本は荒みきっていた。
かつての経済大国の面影もなく、先進国とはお世辞にも呼べないほどに産業も低迷していた。技術特区と呼ばれる海外資本によって先端科学研究が行われている一部地域を除いて、日本は一世紀近く文明が後退していた。それはかつて昭和と呼ばれる時代に酷使していた。
さらに追い打ちを掛けたのは隣国の大国で勃発した内戦である。経済格差、民族弾圧に抵抗する民衆がついに社会主義を名乗る封建体制に武装蜂起したのである。これに地方の軍閥の幾つかが呼応し、民衆側についたことで泥沼の内戦が十年近く続いていた。この戦果から逃れようとする一部の人々が黒社会のコネクションを使って密入国してくるようになったのだ。
日本に密入国者が一気に増加した事で、日本病と呼ばれる慢性的不景気が原因の失業者による犯罪が増加傾向にあった日本の治安は加速的に悪化した。
さらに、密入国者の中に軍の制御から離れて暴走した「人鬼」と呼ばれる、死体をサイバネティクス技術で戦闘兵器化した対人殺戮兵器が入り込んでいることが判明したのだ。
死体に防腐処理と有機素材で作られた肉体駆動制御装置を組み込むことで、不死のリビングデット兵器を完成したのだが、不完全な制御系は暴走を引き起こし、さらに「よみがえり」現象と呼ばれる脳の一部復活活性化によって中途半端な自我が芽生えたせいで反抗的になってしまったのだ。
問題なのは何故か蘇った自我が一様に暴力的で破壊衝動を抱いていることだった。
不死のシリアルキラーが大量に日本の関東圏東京に潜伏していることが判明し、東京は首都としての機能を剥奪され、二十三区は高い塀によって封鎖されることになった。
巨大スラム都市「廃都」の誕生である。
廃都へ入るのか容易だが、出ることは困難だった。人鬼は欺瞞機能によってセンサーでは生者と区別がつかないからだ。生者と死者が入れ替わっている可能性があるので、塀の外へ出ようとする人間には審査が厳しかった。
廃都への物資は常に豊富に流入していた。ただ人々に買う金がないだけである。
封鎖されているため経済活動が思うように出来ないからだ。しかし日本全域に人鬼の存在を拡散させるわけにはいかなかった。
特別地域経済支援法によって、廃都住民には特別生活支援金がばらまかれていた。
これが日本経済をさらに悪化させていた。しかし一千万人以上の日本人を見殺しにも出来なかった。
人鬼に増殖機能さえなければこんな封鎖は必要なかったのだが。
人鬼は生者を殺し、人鬼に変える機能が付けられていた。自身の生体機械の一部を体内に移植することで人鬼に生まれ変わるのだ。
既に開発された本国では製造中止され配備されていた分は処分されたが、逃亡した数十体の行方は不明であった。この国の内戦に人鬼に変えられた人々が参戦し戦火を拡大していると云われている。おそらく数千体の人鬼がいるものと推測されている。
日本における人鬼潜伏数は百体程度と考えられているが、さらに増殖しているのは確実だった。
ところで廃都での経済活動とは何か?と問われれば、一番がサービス業である。
風俗水商売を筆頭に、ギャンブルそして怖いもの見たさの観光である。これらは全て黒社会が牛耳っていた。日本の暴力組織で人鬼の脅威に怯えながら、廃東京内にシマを持とうと考える豪胆さを持ちあわせた者はいなかったからである。
一応警察組織は廃東京内にも存在した。内部の人間だけで編成されているため、黒社会と繋がっていた。汚職警官ばかりと言ってよかった。
今や首都はかつての東南アジア、中南米のような社会の腐敗と理不尽な暴力と激しい貧富格差が支配する都市と化していた。
錨チャカは運び屋である。
と言ってもヤバいブツはほとんど運ばない運送業者である。
この廃都でヤバい商売に手を染めない人間はいない。あくことなき欲望を満たすためにあえて完全に手を染めるか、生きるために仕方なく手を染めるかの違いはあるが。
チャカはカマドウマと呼ばれる機械駆動跳躍式車両を使ってこの廃都で運び屋を営んでいた。
カマドウマはバイクのような形状の乗り物である。実際カマドウマの背部のシートを跨いで乗るのだ。
バイクで後輪部に当たる部分に跳躍脚が付けられ、これで機体が飛び跳ねて移動するのだ。
いったいどこを移動するのか?ビルの屋上や壁をである。
カマドウマには前足がある。これには鋭いのこぎり状の爪がついている。壁面などにしがみつくためだ。
荷物はシート後部に取り付けられたボックスに入れられる。だから荷物は小包程度に限定されていた。
なぜ、運び屋のチャカはそんな場所を移動するのか?なぜ普通に舗装された道路を使わないのだろうか?その方が容易に早く目的地に着けるのに。
そう聞かれると、チャカはこう答えるだろう。
「バカじゃねえの。昼夜問わず路上でうろついているのはチンピラと、娼婦と、ジャンキーだけだぞ。それでも日中なら武装した一般人もいるし、取り敢えず警察の目があるから目立った荒事は避けるだろうが、薄暗くなってきたら荷物を持ってチンタラ走っている車両なんて十分と経たずポンコツにされるぞ。運転手は身ぐるみはがされて、運が悪ければ内臓までも抜き取られてまさに骨と皮だけにされる。後は警察に身元不明の死体として処理されるだけだ。こっちは金のために時間を問わず荷物を運ばないといけない下請け業者だから、出来るだけ安全なルートで荷物を運んでいるだけさ」
彼は十七歳。一応高校生である。身長は165センチとかなり足りないが、活発で陽気な性格で友達は多かった。生まれてすぐにここが封鎖されたためこの廃都が彼の生活と人生のすべてがある場所だった。
母子家庭で、妹がいて三人暮らし。父親は警官だったが五年前に殉職してしまった。チンピラ同士の抗争に巻き込まれたのだ。
その後は飲食店を営む母親を妹が手伝い、チャカは学校半分でアルバイトで稼いでいた。
特別生活支援金は支給する側の役人によって既に搾取され、各家庭に支給される実際の支援金は半分以下の金額になっていた。そんなはした金とても生活できなかった。
だが誰も逆らう者はいなかった。役人の背後には必ず黒社会がいるからだ。弱者から搾取するための仕組みは彼ら達によって完成されていた。だから一般人家庭ほとんどは一家総出で働いて稼がなければならなかった。少しぐらいヤバイ仕事であっても、だ。
きれいな満月の夜だった。
「おれに喧嘩を売るとはいい度胸だ、チンピラ」チャカは雑居ビルの屋上でカマドウマを狙って銃撃してきた少年を捕まえた。トカレフを手にしたチャカは容赦のないところを見せ、まず右の太ももを撃ちぬいた。
「おれがチャン・ファミリー傘下の運び屋だと知って襲ったのか?」
「それがどうした」痛みをこらえて吐き捨てるように少年が言った。年齢的にはチャカと同じくらいだろうか。これぐらいの年齢の少年は組織の下っ端として利用されていた。チャカもそう言えなくはない。バックのいないシングルはかなりの豪腕でないと生き残れない。いわゆる用心棒代を支払うことでファミリーの名を使って威嚇できるし、何かあったときは介入してくれる。チャカみたいな個人事業者には必要悪といえるが、なくてはならないシステムだった。
「おれはゾーリン・ファミリーと契約している。チャンの所の下っ端を揺さぶってこっちに引き込むためさ。シマの拡大が目的だよ。おれを殺るならやってもいいが、ゾーリン・ファミリーは元ブラックベレーの猛者ぞろいだぜ。ここがバクダッド並の戦場になるが、いいのか」
「新参のロシアンマフィアがでかい顔出来ると思うなよ」とチャカ。
「チャンさんはウラジオストックとも太いパイプがある。血の気が多い連中が寄り集まった程度のファミリーなら一捻りだぜ」
「ホテル・エルミタージュのエカテリーナかよ。何時までもオバハンがでかい顔していられるほどこの業界は老人にやさしくないぜ」
「エカテリーナをなめないほうがいい。ロシアの中枢ですら彼女に逆らえる政治家はいない。本当にツアーの血筋だとも云われているしな。個人資産はアメリカ国家予算に匹敵すると云われている化物さ」
「その伝説のリバイアサンがこの国に現れることはない。ここはもう場末の居酒屋みたいなの国だからな」
「それだけに関して言えば同意するが、それがお前に好影響をもたらす要因にはならない。無駄話で時間でも稼いだか、チンピラ」
「ふん。殺るならやれよ、運び屋」
「そうしたいのは山々だが、おれは配達の途中なのさ。今夜は見逃してやる。太ももの傷と痛みを思い出すたびにおれに手を出したことを後悔しな」
チャカはカマドウマに乗り込み月夜に飛んだ。
荷物はある少女へのプレゼントだった。チャン・ファミリーを支援している中華財閥の一つ泰山グループの令嬢にこの廃都で時折発見される未知の鉱石、ネグロ・マギカで作られた首飾りを極東代表であるチャンから送られることになっていた。貴重な鉱石の持ち主から半ば強引に買い取って装飾を施し首飾りにしたのだ。
この鉱石は時折奇妙な反応を起こすらしい。
その反応については後にチャカ自身が思い知る事になるのだが、今夜は順調に仕事を終え家路についた。
今夜は、妹におみやげを買っていこう。今夜の仕事は結構良い金額になったからだ。
今夜の月は綺麗だ。地上がどれほど穢れていようと月の光が浄化してくれるようだった。
プロローグの習作のつもりで書きました。
この時期にはちょっとヤバいネタかも。
そのへんは深読みせず御笑読下さい。