1.吾輩は悪役令嬢(仮)である
目が覚めてふと思ったこと。
ここ、どこ?
目覚めたら知らない天井……ではなく、ベッドの、なに? なんて言うの? ひらひらのついた、お姫様のベッドみたいなところにいました。
え、本当にここ、どこ?
私、昨日、ホテルとか泊まったっけ…? いやいや、昨日も普通に布団で寝たよね。でも、このお布団、超絶ふわっふわで絶対うちのせんべい布団じゃない。
混乱しつつも起き上がったが、違和感しかない。床の高そうなカーペットとか、サイドテーブルのゴツめの呼び鈴とか、ここはどこのホテルかお城だよって感じの部屋。
「えっと……眼鏡は、って、あれ?」
ふと、見えすぎることにも違和感を感じた。何を隠そう、私は眼鏡歴ウン十年、小学校の頃からの眼鏡っ子である。そのはずなのに、眼鏡なしなのに驚くくらいよく見える。近くを見ると荒れもなく爪まで整った自分の手が、遠くを見るとずらりと並んだ本棚の背表紙の文字まではっきりと見えていた。『宮廷作法の全て』や『貴族名鑑』、『婉曲表現法』といったよく分からないものもあるが、『花言葉から引く植物図鑑』はちょっと気になる。
ふと、豪華な装飾のドレッサーが目に入った。鏡に写った姿に思わず息を飲んだ。
サラリと艶やかな黒髪に鮮やかな赤の瞳。涼やかなツリ目とキツい顔立ち。
間違いなく、ほんの数日前に見せられた顔だ。
「うそ……、え、この顔、まさか……」
トントン、と控えめなノックがドアから聞こえてきた。
「マルグリッテ様、お目覚めでしょうか?」
聞いてよ! このキャラ、マルグリッテ! 最高なの!!
生返事で聞き流した姉の声を思い出す。彼女の手にあった、性格の悪そうな黒髪赤目の子と、優しそうな銀髪の子が描かれたパッケージが脳裏に過ぎった。
こ、これってまさか、私、悪役令嬢に転生しちゃったってこと!?
夕食後、私は絶望の縁にいた。
「明日が入学式とか、絶対詰んでるわ……」
明日のため早くお休みくださいませ、とあっという間に寝支度を整え、退出していった侍女たち。
今日一日、どうやって乗り越えたのか、本当にわからない。
幸い、この体の意味記憶は残ってたみたいで、ここがどこかとか、私や周囲の人たちが誰かってのは何となくわかった。それでも、イケメンすぎるお父様やお兄様、美人すぎるお母様に囲まれて食べるご飯は味なんて分からなかったし、偽物だってバレるかもと思うと気軽な雑談なんてもってのほかだし……。正直、一人で花や図鑑を眺めてるときくらいしか、気の休まるときはなかった。
幸い、疑われることはなかったから、元の『マルグリッテ』は寡黙タイプだったのかも。まぁ、この表情筋の固さからして、普段からニコニコ笑ったり表情がくるくる変わったりって方じゃないのは何となくわかった。
朗報なのは、元々の『マルグリッテ』も草花が好きだったらしい。広い庭に私専用の花壇もあったし、かなり広くて弄りがいがありそうだった。というか、ある程度苗を選定したり、植えたりした形跡が見られたから、『マルグリッテ』とはぜひお話してみたかったなぁ。種類とか色合いが私の好みドンピシャだし、絶対気が合ったに違いない。
でも、明日から学園に行かなければならない私に、悠長に土弄りしている余裕はないだろう。
「こんなことになるなら、お姉ちゃんの話、もっと聞いておくんだった……」
姉はいわゆる乙ゲーオタクだった。しかも、かなりのめり込むタイプの。一つのソフトをやり始めると全ルートクリアはもちろん、推しのルートは何周、何十周もするというガチ勢である。
「はぁ……なんでお姉ちゃんじゃなくて私が転生してるのよ……」
私でなく、姉がこんな状況に陥っていたら狂喜乱舞していただろう。断罪回避どころか、正ヒロインを抑えて、推しキャラと結ばれるに違いない。いや、原作強火オタクの姉なら、ヒロインと攻略対象者が結ばれるためなら身体を張って、悪役令嬢として生き生きと活躍するところすら目に浮かぶ。
だが、原作を全く知らない私には到底無理な話だ。
正直、このキャラの名前がマルグリッテということ、見せられたゲームのパッケージから銀髪の正ヒロインがいることの二点しかわかっていない。攻略対象者の顔も名前も知らないのだから、断罪回避のために避けたくとも避けようがないのだ。
「とりあえず、明日から私が心がけるべきことは、誰に対しても——特に銀髪の美少女に対して、親切にすることね。嫌がらせなんて以ての外だわ」
深く頷きながら呟く。
もしかしたら入学式の明日、ヒロインや攻略対象者と遭遇したり、同じクラスになってしまったりするかもしれない。そんな物語みたいなこと……って言いたいけど、ここは実際に物語の世界なのだから、お約束のテンプレが起きてしまっても仕方ない。
もしそうなっても、気持ちを落ち着かせて、絶対に絶対に虐めないように気をつけないと!
学園に通う一年間、何とか生き抜いてやるぞ!
——終わった。
金髪碧眼の、キラキラ輝くような、The王子様という感じのイケメンが親しげに話しかけてくる。
見て『思い出して』絶望した。
馬車降り場で待ってくださっていた、こちらの方は、リュシアン・ヴァルモン王太子殿下。見た目がそれっぽいだけでなく、本物の王子であり、絶望的なことに、私の婚約者である。
「リッテ、どこか具合でも? 顔色が良くないが」
麗しい見た目に反して、性格や女癖が悪い……と言ったこともなく、性格は穏やか、文武両道の努力家だ。帝王学を学ぶ傍ら、体を鍛えるためと剣術の稽古にも力を入れていらっしゃる。お忍びで市井の視察に行くこともあり、ただの頭でっかちってわけでもない。
それならお生まれに問題が……と言いたいが、御血筋も問題どころか、正腹かつ現国王陛下の第一子であり、文句のつけようがない。陛下には側妃様もいらっしゃるけれど、正妃殿下とも仲は良好だし。ついでに言うと、二つ下の側妃腹の弟殿下とはよく共に遠乗りに出かけ、五つ下の同腹の妹殿下には四季折々の贈り物を欠かさず、仲は極めて良好とか。ますます非のつけ所がない。
「いえ、問題ありませんわ。お気遣いありがとう存じます、殿下」
貴族令嬢として完璧な返しのはずである。
しかし、内心のガッツポーズはいとも簡単に打ち砕かれる。
「あぁ、人目で緊張しているのか。リッテ、外とはいえ私達の仲だ、いつも通りルース、と呼んで構わない」
うぅ、恥ずかしいからあんまり言わないでほしい。
悪いけど、前世でお仕事一筋で生きてきた私には、そのキラキラ笑顔は眩しすぎる。それに、あんまり仲良しアピールをされると、婚約破棄で捨てられたときの私の立場が無さすぎるんだけど……。
こんな人目のあるところで愛称で呼び合うなんて、『マルグリッテ』の常識でも、私個人の感覚でも、バカップル一直線である。周囲の視線が生暖かい気がしてならない。
というか、いつも通りって言うけど、人前でルースって呼んだことないから! お茶会とかで近衛が少し離れて二人になったときに数回呼んだだけだから!
「ま、参りましょう、リュシアン様。式で代表挨拶もなさるのですから、遅れるわけにはいきませんわ」
「……まぁ、仕方がない。急ぐとしよう」
す、と不満気な顔で差し出された腕に手を添え、エスコートを受ける。
…………いや、恥ずかしすぎない!? こんな常にエスコートされる必要ある?
せめてもの抵抗で、愛称でなく名前で呼んだが、これでは全く意味がなく、逃げたい気持ちでいっぱいだ。もちろん、本当に逃げては不敬まっしぐらだから逃げられないのだが。
はしたなくない程度に早足になろうとしても、リュシアン様が全然急いでくださらなくて、もう既に帰りたい。しかも、ずっと不満そうに私を見てくる。
「学園内では身分は問わないと定められているのだから、そんなに気を張らずともいいだろう?」
「他者に対して身分を振りかざすつもりはありません。ただ、わたくし自身が、その決まりに甘えたくはないだけですわ」
気を抜くとぼろを出しそうだからね。
本当は呼び方も譲りたくないんだけど、断っても断ってもこの王子様、しつこいし……。ホント、強制ルートの選択肢並に。せめてもの妥協が名前呼びだわ。人前で愛称は絶対に無理!
「せっかくリッテと一年間、同じ学び舎で机を並べて過ごせるんだ。本音を言うなら、毎日ゆっくり二人で茶会をしたいぐらいなんだが」
「学生とはいえリュシアン様には御公務がおありです。無理を仰ってはいけませんわ」
若干むくれていて、ちょっと可愛いかもしれない。
落ち着いて見えるけど、リュシアン様もまだ御年十五歳。前世の私の半分ほどの年齢である。王族として、感情を制御する訓練は積んでいるはずだが、完璧でないところに人間味があって、正直、ちょっと親しみがもてる。
でも、自分の半分しか生きてないって考えると、犯罪気分が抜けないんだよね。『マルグリッテ』の体だし、問題はないんだけども。
「父上も、この一年くらいは学業に専念させてくれてもいいと思わないか?」
「もし本当にそうでしたら、放課後にわたくしと会ってくださるお時間はないのでは?」
「リッテ、あまり意地の悪いことを言わないでくれ!」
「ふふ、申し訳ありません。わたくしもリュシアン様と過ごせるのが嬉しくて、少々はしゃいでしまったみたいですわ。お許しを」
こんな風に話してるけど、内心、心臓バクバクである。いつ『お前は誰だ! 本物のリッテをどこにやった!』的なことを言われるかと思うと、心臓が口から飛び出しそう。
見た目がきらっきらなThe王子様、こんなに気さくで優しい、王位継承権一位の王太子、そして、悪役令嬢たる私と婚約してる。もうこれはほぼ確実に攻略対象者に違いない。というか、メインキャラな気がしてならない。
はぁ……今後、リュシアン様に嫌われてもいいけど、お願いだから処刑エンドはやめてほしいな……。
一人称視点って難しいですね。
たまにふざけたのも書きたくなるので、気が向いたときに続くかも。




