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愛の魔法があったなら

作者: 久保 珠紀
掲載日:2026/04/05

登場人物

神田(かんだ) 真澄(ますみ)

 →此花高校3年生。

 純粋で心優しい、普通の少年。


恋塚(こいづか) (しずく)

 →真澄のクラスメイト。

 生徒会長を務めており、非常に厳格。


津和野(つわの) 紅葉(くれは)

 →此花高校空手部主将。

 真澄とは幼馴染であり、とても仲が良い。




─────

僕の名前は神田真澄。これといった特技もない、普通の高校生だ。しかし僕の通っている高校には、特殊な面がある。此花高校。ここでは、生徒会が教師を凌駕する程の権力を持っている。

その中でも特に実権を握り、手腕を振るう生徒会長・恋塚雫は全生徒からの畏怖の対象だ。

そんな彼女が今、目の前に立っている。

「ご機嫌よう、神田くん。元気そうで何よりです」

「こ、恋塚さん…おはようございます」

彼女の放つ静かな圧に萎縮していまい、目を合わせることもできない。

「あまり怯えないでほしいのですが…生徒会長といっても、ただのクラスメイトなのですから」

少し肩を落とし、いじけたような顔をする恋塚さん。その姿を見ていると申し訳なくなるが…彼女に無礼を働き停学になった生徒がいるという噂もある。気楽に接することはできないのだ。

しかし目をつけられているのか、休み時間には僕の机にまでやってきたりお昼ご飯を一緒に食べないか誘ってきたりなど、彼女のほうから僕に絡んでくることが多い。そもそも3回連続隣の席というのには、生徒会長としての権力を垣間見たような気もしたが…それについて本人に聞くのはあまりにも怖かった。

「ごめんなさい、あまりにも畏れ多くて…」

それを聞いた彼女はじっと僕を見る。あまり表情を動かさない彼女の仮面の下にある感情は、僕には読み取れなかった。

「すみません、所用を思い出しました。失礼します」

そう言って彼女は突然踵を返した。規則正しいハイヒールの音が遠ざかっていく。

『氷の女王』と呼ばれる程の彼女の重圧から解放された僕は、やっと肩の力を抜くことができたのだった。


─────

(畏れ多い、ですか…私は彼と仲良くなりたいのですが)

初めて彼の姿を見た時、私は生まれて初めての胸の高鳴りを覚えた。今思えば、いわゆる一目惚れというものだったのだろう。それ以来私はずっと彼に関わろうと創意工夫している。クラス替えや席替えには少し細工をしたし、この間は勇気を出して昼食に誘ってみた。しかし彼はずっと私を遠ざけようとする。

(生徒会長って、そんなに怖いですかね…確かにかなりの権限がありますが、私達も普通の生徒なのですよ?)

確かに、ほとんどの生徒は私を筆頭とした生徒会執行部とは対等に関わろうとしない。おかしな噂まで流れているようだし…

生徒会長としての矜持はあるが、それで彼に忌避されてしまっては本末転倒だ。

(何か策はないものですかね…)

色々と思索を巡らせながら、私は生徒会室へと戻るのだった…

その道すがら、見覚えのある人物と出会った。

「あら津和野さん、部活終わりですか?」

彼女は津和野紅葉。空手部の主将であり、彼の幼馴染。 

私と対等に接してくれる数少ない人物でもある。

「そうだよ、会長。もうすぐ大会だからね、頑張らないと!」

だが、このように空手一筋であるので恐らく恋愛に興味はないのだろう。どうかそのままでいてほしいものだ。

「そういえば、全国大会に進んだのでしたね。応援していますよ」

「ありがとう、会長も仕事頑張ってね!」

軽く手を振って彼女は去っていく。なんて爽やかな笑顔なんだろうか。

私は昔からあまり表情が動かない人間だった。そのせいで『氷の女王』とも巷では呼ばれているらしく、正直結構傷ついている。

(神田くんも、表情豊かな人のほうが好きですよね。私も、笑う練習してみましょうか)

彼のためならどんなことでも頑張れる。話しかける度に怯えられると、とても悲しいのだ。早急になんとかしなければ…


─────

(会長、いい人ではあるんだよね…好きな人が同じじゃなければなぁ)

真澄から彼女についての話はよく聞いているのだが、その内容を繋ぎ合わせると明らかに彼女は真澄に恋情を抱いている。

あの二人が話しているところをたまに見るが、あれは間違いなく恋する乙女の瞳だ。

なぜ真澄が気づかないのか不思議でならない。昔から鈍感だとは思っていたが、あれに気づかないのは流石にどうかと思う。

まあ、その前に十年間燻り続けている私の好意に気づいてほしいところではあるのだが。

真澄は昔から優しい人だった。小さい子供が泣いていれば手を差し伸べ、誰かに手伝いを頼まれれば即座に引き受ける。

そんな彼だが、自分には優しくない。悩みをずっと一人で抱え込みすぎるところがある。中学の時も同級生から受けていた虐めを心が壊れかけるまで隠していたのだ。

ふとした瞬間、袖の下に見えた痣に気づいていなければどうなっていたか…

私には幸い、それを解決できる力があった。私は、怒りに任せて彼を虐めていた女子たちを…あの時のことはよく覚えていないが、我に返った時には血塗れの彼女たちが倒れていた。

翌日から彼女たちは学校に来なくなった。やがて引っ越したという話も聞いたが、興味もない。そしてその理由は真澄も知らないし、知らなくていい。彼が虐めから解放された。それで物語は終わったのだから…

彼を害そうとするものはすべて排除するし、許さない。

あの日私は、ずっと彼を護ると誓ったのだ。


─────

あれからもずっと、恋塚さんは僕のもとへやって来る。一体なんの魂胆があるのだろうか?それについて聞く勇気もないが、危害を加えてくるような様子もないので余計に分からない。そして今日も…

「神田くん、一緒にお昼ご飯を食べませんか?」

畏れ多いので何度もお断りしているのだが、彼女は一向に諦める様子がない…

こうなったら…!

「いいですよ、どこにしますか?」

「えっ、いいんですか!?い、いい場所を知っていますのでそこで!」

相変わらず表情は全く動かないが、いつもより明らかに声のトーンが高い。まさか彼女は、僕と仲良くなりたかっただけなのか…?

いや、生徒会長たる彼女が僕なんかと友達になりたいはずがない。じゃあ一体、なぜ…?

その後僕は何故か生徒会室に案内され、恋塚さんと一緒にお弁当を食べたのだった。

話してみると意外にも砕けた口調になることに驚いた。普段とのギャップに困惑したが、少し人間味を感じた気がする。

その日から、ほとんど毎日恋塚さんと一緒にお弁当を食べるようになったのだった。


─────

(最近、あんまり真澄と話してないな…)

会長と真澄が絡むことが増え、昼食も一緒に食べることが増えたことで一緒に登校する時間くらいしか話すことがなくなってしまった。真澄の口から会長の名前が出てくると、不思議と胸の奥に靄がかかったように感じる。もっとも、私も十年間という長い時間告白する勇気が出なかったので嫉妬する権利など無いのだが…

でも、真澄はこの前全国大会で優勝した時誰よりも喜んでくれた。それだけで私は満足なのだ。そう思い込んでいれば会長を妬むこともない。

真澄には、来週の球技大会で活躍を見てもらえばいいのだから…


─────

三日後、球技大会当日。

「神田くん、一緒に頑張りましょうね」

「はい…足手まといにならないよう、頑張ります!」

「私もあまり運動神経がいいわけではないので、そう気負わなくていいんですよ」

恋塚さんはこう言ってくれるが、彼女は文武両道の才女。学年最上位クラスの運動神経を誇るはずだ。噂によると紅葉とも肩を並べる程らしい。

そういえば、紅葉が試合を見に来てほしいと言っていた。確か女子はサッカーだったか、見に行ってみよう。

開幕のファンファーレが轟き、球技大会が始まる。なんと1回戦の対戦カードは、僕のクラス対紅葉のクラスだった。

どっちを応援すればいいものか悩んでいると、紅葉が歩いてきた。

「真澄、私頑張るから。応援しててね!真澄のクラスが相手でも、一切手加減はしないよ」

紅葉の運動神経はよく知っているつもりだ。190cmという巨躯を誇る彼女の前に立ちはだかれる人はほとんどいないだろう。

「頑張ってね、紅葉。応援してるよ」

ありがと、と言って紅葉が頭を撫でてくる。昔はよくされたものだ。暖かな懐かしさに包まれていると…

「紅葉さん、もう試合が始まりますよ。並んでください」

「あ、会長。ごめん…すぐ行くから」

じゃあね、と手を振り走っていく紅葉。

試合が始まったが、案の定どちらのチームもワンマンプレーだった。恋塚さんと紅葉のタイマン勝負のような状況を、会場の皆が息を呑んで見守る。フィジカルで押していく紅葉に対して、細かい動きで翻弄しようとする恋塚さん。一進一退の攻防が繰り広げられる中、僕は…恋塚さんに応援の言葉を掛けていた。

「恋塚さん、頑張って!」

その瞬間、紅葉の動きが鈍くなる。その隙を突いて脇を抜けた恋塚さんがシュートを決めると同時に、試合終了のホイッスルが鳴った。


─────

(やっぱり会長は強いな…攻めきれない) 

フィールドの中心で、会長と相対する。真澄に私の活躍を見てもらった以上、何としても勝たなければ…

しかしその時、予想だにしていなかった声が聴こえた。

「恋塚さん、頑張って!」

刹那、思考が停止する。

『何故、私じゃない?』その疑問が頭の中を満たす。

(約束したのに!私より、会長を優先するの…?まずい、こんな事考えてる場合じゃ)

気づいた時にはもう遅かった。虚を突かれた私は会長に敗れ、そのまま試合は終わったのだった。

私は膝から崩れ落ちる。これは負けた悔しさではない。そんなものはどうでもいい!

(なんで…真澄!どうして、会長を?)

涙とともに、胸の奥にどす黒い感情が溢れ出す。

(真澄は渡さない、真澄の隣はずっと私のものだ…)

これが嫉妬であることは分かっている。しかし、もうこの感情は抑えられないのだ。

その日の夜…私は、中学校で仲が良かったが、別の学校に行った友達に電話で相談していた。

大切な幼馴染が別の人に好意を向けているかもしれない、と。

それを聞いた彼女は、

「うちの部長が、『人を好きになる薬』っていうの作ってるみたいなんだ。効果があるのかは知らないけど…使ってみる?」

そんなものに頼りたくはなかった。しかし、手段は多ければ多いほどいい。それを受け取る約束をして、私はベッドに入るのだった…


─────

あの球技大会の日から、私と神田くんはさらに親密になったような気がする。

彼も私に気を遣うことが減り、近い立場で話をすることができるようになった。

それに伴って、私の奥にある恋心もさらに肥大化していくように感じる。

誰にでも分け隔てなく接する彼の姿を見て、さらに好きが大きくなっていく。

この気持ちを彼に伝えたい…告白などしたこともないので、やり方も分からない。しかし、きっと正直に想いを伝えれば彼は受け入れてくれるはずだ!

その時、丁度彼がやってくる。

「あ、恋塚さん。おはようございます」

「…神田くん、話があるの。いい?」

「いいですよ。どうしたんですか?」

「実は…私、初めて会ったときから君が好きだったの。だからずっと君に近づこうと頑張った。私と付き合ってください」

突然のことに驚きながらも、自身に好意を向けてくれた彼女の告白。僕はそれを…


─────

「ということで、付き合うことになったんだ」

「は…?」

何も言葉が出てこない。

家で一緒にゲームをしている時に、突然告げられたその事実に私の脳は耐えきれなかったようだ。

「え、でも私と遊んでくれてるよね?どうして…?」

自分でも訳のわからないことを言っているのはわかる。でももう頭が働かない。

「うん、紅葉は大切な幼馴染だからね!」

幼馴染。なんて残酷な言葉だろうか。

ただ昔から近くにいただけの関係。真澄は私に何も思っていなかった…!

「ねぇ、真澄。ちょっとこっちに来て?」

「どうしたの、紅葉?目が怖いよ…?」

彼が少し後ずさりをする。

そんな彼に歩み寄り、腕を掴む。

「逃げないで。逃げてもすぐ後ろは壁だから、無駄だけどね」

片手で彼の両手をまとめあげる。

「やめて、痛いよ…!」

いつも私に微笑んでくれていた瞳が恐怖に染まっている。そんな姿も愛らしい。

「やめて…?じゃあもっと本気で抵抗してよ、私は片手なんだからさ」 

「これ以上強くできないよ…!」

(え、これが本気…?かわいい…!)

好きな人が、自分に負けて涙を流している。好きとも違う昂りが、胸の奥から溢れてくる。

「ねぇ、私と付き合わない?今からでも遅くないと思うの」

「僕は、恋塚さんが…好きで」

それを聞いた私は舌打ちし、腕を掴む力を強くする。

「もう一回だけチャンスあげるよ。私と付き合って?」

「僕は、紅葉をそんな目で見られないよ…」


─────

一瞬で目から光が消えた紅葉を見て、今の発言を後悔した。しかし、もう遅かった。

お腹に、重い拳が打ち込まれる。

「ゔっ…」

「痛い?痛いよね、ごめんね。」

私もこんなことしたくなかったの、と嘯く紅葉。しかし痛みで何も頭に入ってこない。

「でもね、私悲しかったの。ずっと護ってきた真澄に、裏切られて。ね、中学のとき君を虐めてた奴らが来なくなったの、何でだと思う?」

鈍い僕でも何となく理由を察した。

「顔、青いよ?想像しちゃったかな。そうだよ、私がやったの。君には伝えてなかったけど…私はそれぐらい君のことが好きなの。だから、お願い。好きって言って?」

光の宿らない目で淡々と言葉を紡ぐ紅葉の姿に、恐怖で声を発することもできない。

「そっか…まだ、ダメなんだ。じゃあ、こうするしかないよね」

再び、紅葉の拳を食らう。圧倒的な体格差の前に敵う訳もなく、僕はそのまま蹂躙され続けた。


─────

「あ、もう抵抗する気力もなくなった?」

そろそろ頃合いかな、と呟いた紅葉がこちらに歩み寄ってくる。

逃げようとするも、恐怖と痛みで体が動かせない。信頼していた幼馴染に殴られて、まだ感情の整理がつかない。

「その目は…まだ会長を諦めてないんだ。凄いね…でも、もう諦めて。」

髪を掴まれ、強引に頭を起こされる。

次は何をされるのだろうと怯えていると、紅葉の唇が僕の唇に触れる。

舌が僕の口内に入ってくる感触があるが、一切抵抗できない。

しかし、ある違和感を覚えた。

(何か、飲まされた…?)

「うっ…げほっ、げほ…」

「よし、ちゃんと飲んだね。その薬はね…あぁ、もう聞こえてないか。」

痛みと絶望の底で、僕の意識は闇に堕ちていった…


─────

目覚めると、僕はベッドの上にいた。

「おはよう、起きた?動かないほうがいいよ。骨、何本か折れてるから」

頭が痛く自分の状況がよく分からないが、ただ一つだけ分かることは、愛する人が側にいる。それだけだ。

「紅葉…好きだよ」

「…えっ!?ほんと?」

紅葉が目を見開く。何故だろうか、ずっと好きだったはずなのに。

僕を抱きしめた紅葉がこう告げる。

「私も大好き…!じゃあ、会長と別れてくれる?」

もちろん。今となっては、なぜ恋塚さんと付き合ったのかすら分からない。

承諾すると、紅葉は満面の笑顔で電話をかけ始めた。

『もしもし?』

「会長、津和野だよ。真澄がね、伝えたいことがあるって」

『あぁ神田くん、どうしたの?』

「僕と…別れてください。もう一緒にはいられないんです」

『えっ?どうして、私達まだ付き合ったばかり…!』

「そういうことみたいだから。じゃあね、会長。」

まだ何か言おうとした恋塚さんの言葉を遮り、紅葉は電話を切った。

「さて、じゃあこれからもよろしくね。真澄!」

僕も嬉しいはずなのに、涙が止まらないのは何故だろうか。心の奥で本能が何かを訴えている気がする…まぁ、気のせいだろう。


─────

(なんで、どうして…?)

私は一人、生徒会室の机で泣いていた。ふと顔を上げて鏡を見ると、完全に表情が崩れている。

(あんなに練習しても笑えなかったのに、泣くときはすぐなんだな…)

あの電話からして、彼は津和野さんを選んだのだろう。なんで…?

(お互いに好きだと思ってたのに…)

愛の魔法なんてものがあったなら、彼を再び振り向かせられるのだろうか?

そんなことを考えながら、私はひとり涙するのだった…


前作『荊の城が崩れ去るとき』とはかなりテイストを変えてみました!感想、評価などしていただけると次回作へのモチベーションになります。

今週中に次回作を書き上げる予定なので良ければ読んでいただけると幸いです!

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