お嬢様体験
予約の十分前になった。
ハキハキとした執事が、待合スペースに案内してくれる。
時間になり、廊下を案内されたその先に……執事が二名でお出迎えだ。
え、すごい。二人もいる。
ハウススチュワードとフットマンということで、自己紹介された。
ハウススチュワードは物腰は柔らかいけれど、貫禄がある。
年齢を重ねないと出せない雰囲気だ。
たとえるなら、看護師長のような、経験を重ねた頼もしさを感じた。若い看護師さんもプロとして頼もしいんだけど、経験の差は滲み出る。
その場でハウススチュワードにコートを預けた。
海外のカフェでチップを渡してクロークに預ける、あれみたい。
座席にコートを持ち込まないだけで、スマートさが爆上がりでございます。
では、ここから本格的に、お嬢様体験のスタートです。
フットマンが荷物を持ってくれます。
手ぶらでカフェの中を歩くのは、気恥ずかしく違和感あり。普段は自分で荷物を運びますもので……。
大きなシャンデリアが見えました。
ちょうど、その下の席に案内されます。
席に座るときは椅子を引かれ、それに合わせて座ります。
よくある、二人いて一人だけが引いてもらうご案内とは違いました。
近くからすっと別の執事が来て、二人とも優雅に座ります。
その執事くんに対して「周りを見ながら判断して動けて偉いぞ」と、一瞬、社会人目線が出そうになりました。
しっかり研修を受けて、質の高いサービスを提供してくれる方々。そこで作られる空間は、とても気持ちがいいものです。
背後から英語が聞こえます。海外からもお客様……いえ、お嬢様がご帰宅されているようです。
友達と二人でシャンデリアを見上げ、どちらからともなく出てきた言葉が「掃除が大変そう」でした。
何かの漫画で、メイドたちが一日がかりでシャンデリアを掃除するエピソードがありました。
――駄目ですね。もう、お嬢様じゃなくて使用人の視点です。
テーブルは、それほど大きくもないですが、ゆとりのあるサイズ。お皿やティーカップ、ポットなどを置くときに、隙間を探して置く必要はありません。
ということは、友達としゃべるときに小声では届かないのです。
執事たちが優雅に動く空間では、自然と背筋が伸びて、テーブルに肘をついてだらけた姿などできません。
話題も「人に聞かれてもいいもの」を選んでしまいます。
緊張するというか……意識してしまって、「自宅にいるリラックス」感には、ほど遠くなりました。
「初めてのご帰宅ですか? ふふ、日本語としておかしいかもしれませんが」
とフットマンに微笑まれました。
気の効いた反応ができなくて、ごめんなさいね。
普通に「初回です」と答えました。
「まあ、何を言うの、セバスチャン」とでも言えばよかったでしょうか。
アフタヌーンティーの三段トレーが運ばれてきました。
取り皿はありません。
何段目から食べるか訊かれて、その段のお皿ごと目の前に置いてくれるスタイルです。
紅茶はポットから美しい所作で注がれます。
私はラプサンスーチョンがメインのブレンドティーを頼んだので、燻製のスモーキーな香りが広がりました。
ポットはティーコジーをかけて保温。
ティーカップの下のソーサーは、縁が高い形です。
紅茶を冷ますためにソーサーに入れて飲むという……あまり見栄えの良くないアレができますね。どれだけ猫舌なのかと思いますが、アンティークの本のティーカップの説明に出てきました。
アフタヌーンティーのスタンドからお皿を取るのも、紅茶のおかわりを注ぐのもフットマンがやってくれます。
常に気を配って先回りしてくれるので、テーブルの上のベルで呼ぶ必要がありませんでした。
あの、あれですわ。
悪役が「使用人は家具」として人間扱いしないという設定がありますが、その境地にならないと気を緩められない気がしました。
ピシッと隙のない執事たちが、至るところにいるわけです。
椅子の背もたれに背中を付けてはいけません――というマナー本の知識が頭をよぎります。
お手洗いに行くときも、エスコートですよ。
フットマンは案内した後にさっと立ち去り、その場で待ったりはしません。安心ですね。
席に戻るときもエスコートするので赤い絨毯の上で待つようにと、言われました。
私がお手洗いを出るタイミングで、他のお嬢様が案内されてきました。私はその執事にエスコートされて、優雅に席に戻ります。
予想以上に煌びやかで、しっかり執事教育された世界でした。
衣装を着て少し丁寧な接客をするだけかと思っていましたが、立ち姿も所作も、楽しませようという心もプロフェッショナルでした。
問題は、わたくしの方。
テーマパークでも照れてしまい、ノリが悪いタイプだったのですわ。そういえば。
当然、帰るときに「いってきます」とは言えず。
何一つ、執事カフェらしい振る舞いをできずに終わりました。
完全敗北です。
ですが、ちゃんと小説に使えそうなネタはゲットしてきましたよ。
お楽しみに。
2026年3月5日 一晩経って不要だと感じた部分を削除




