第9話 屈服の宴
城の大広間は、熱気と獣のような咆哮に満ちていた。
帝国の宮廷で行われる、優雅な音楽と洗練された談笑が流れる晩餐会とは対極にある光景。剥き出しの石壁に掛けられた巨大な松明が赤々と燃え、煤けた煙が天井に渦巻いている。
長机には荒々しく焼かれた獣の肉が山積みにされ、兵士たちは大杯に注がれた強い酒を煽っては、戦功を誇示するように机を叩き、哄笑を上げていた。
その狂乱の渦中に、彼女たちは引きずり出された。
「――静まれ! 我らが王の『戦利品』のお出ましだ!」
ガンツの野太い声が響き渡ると、一瞬の静寂の後、兵士たちから耳を劈くような歓声と口笛が上がった。
エリアーナは、ヴォルグの手によって引かれる金の鎖に繋がれ、一段高い玉座の脇に立たされていた。
首に嵌められた金の首輪は、松明の光を反射して忌まわしく輝いている。
身に纏っているのは、昨夜からの粗末な麻布のチュニック。しかし、今の彼女にはそれが、何千金もするドレスよりも自分に相応しい装束であるように感じられていた。
足元を見れば、鎖で繋がれたセシルとルクレツィアが、冷たい床に膝をつかされている。
かつての近衛騎士セシルは、今やバルバドの兵士たちに酒を注いで回る「給仕」へと身を落としていた。
「ほら、どうした騎士様! 帝国の剣術は酒の注ぎ方も教えねえのか?」
「……っ……」
兵士の一人がセシルの細い腰を無作法に撫で、嘲笑う。
セシルは屈辱に顔を歪め、震える手で大杯を差し出していた。彼女の誇り高い筋肉は、今や荒くれ者たちの好奇の視線に晒され、愛玩されるための肉体へと成り下がっていた。
ルクレツィアは、その横で地面に這いつくばり、兵士たちが投げ捨てる骨や食べ残しを片付けるよう命じられていた。
知性を誇った外交官の指先は泥と脂に汚れ、彼女が必死に守ろうとしていた「帝国の法」は、兵士たちが酒をこぼした床を拭くための雑巾同然の扱いを受けていた。
「どうだ、エリアーナ。これが貴様の愛した帝国の、なれの果てだ」
ヴォルグが玉座に深く腰掛け、エリアーナの鎖を軽く引いた。
エリアーナの身体がよろめき、ヴォルグの膝元へと崩れ落ちる。
「あ……っ……」
ヴォルグは彼女の銀髪を指で弄り、大勢の兵士が見守る前で、その白い項を無造作に撫で上げた。
「帝国は貴様らを捨て、死人とした。だが私は貴様らを拾い、こうして生かしてやっている。……どちらが真に貴様らを慈しんでいるか、理解できたか?」
エリアーナは、広間を埋め尽くす男たちの欲望に満ちた視線を、全身で浴びていた。
自分を「物」として、あるいは「獲物」として眺める数千の瞳。その暴力的な視線に晒されるたびに、彼女の肌は粟立ち、呼吸は浅く熱くなっていく。
恥ずかしい。
死んでしまいたいほどの辱め。
けれど、その絶望の極致で、彼女の心臓は歓喜に打ち震えていた。
(ああ……そう。私はもう、誰の目も気にしなくていいのね)
完璧な王女である必要も、冷徹な父の期待に応える必要もない。
自分は今、ただ一つの「価値ある所有物」として、この最強の覇王の足元に転がっている。
「……はい、ヴォルグ……様。私は、あなたのものです」
エリアーナは自らヴォルグの膝に顔を寄せ、猫のようにその掌に自らの頬を擦り付けた。
その従順な仕草に、広間は一段と大きな地鳴りのような歓声に包まれた。
「ハハハ! 帝国一の白百合が、今やバルバドの犬か! 面白え!」
ガンツが大笑いしながら、手近な肉の塊をセシルの前に放り投げる。
「ほら、騎士様も食えよ。これからはバルバドの飯を食って、俺たちのために働くんだからな」
セシルは震える手でその肉を拾い、泥のついた口に運んだ。
その瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。それは、彼女の騎士としての魂が完全に死に絶え、バルバドという現実に屈服した瞬間だった。
宴は夜更けまで続いた。
エリアーナは、ヴォルグの傍らで、彼が飲む酒の杯を持ち、彼の指が自分の身体を自由に弄ぶのを、うっとりとした表情で見つめ続けていた。
もはや、ここには「エリアーナ・フォン・グランドリア」はいない。
あるのは、野蛮な王の刻印を魂に刻まれた、一人の女。
ヴォルグは彼女を抱き寄せ、耳元で低く囁いた。
「宴は終わりだ。……夜の続きを始めようか、エリアーナ」
その言葉に、エリアーナは言葉ではなく、濡れた瞳と熱い吐息で応えた。
屈服の宴を経て、彼女たちの運命は完全にバルバドの血と鉄の中に溶け込んでいった。




