第7話 闇に溶ける誇り
狭い塔の一室を支配するのは、壁に掛けられた松明が発する微かなパチパチという音と、二人の重なり合う呼吸の音だけだった。
ヴォルグの放つ圧倒的な熱量に、エリアーナの肺は焼かれるような錯覚を覚える。
彼の大きな手が首筋から鎖骨へ、そして麻布の襟元へと無造作に指を掛けた。
「……っ」
エリアーナは思わず目蓋を閉じた。
無機質な麻の布が、鋭い音を立てて肩から滑り落ちる。
夜の冷気が、今まで誰の目にも触れさせることのなかった、陶器のように滑らかな肩と背中に直接触れた。
その瞬間、彼女を襲ったのは、寒さよりも激しい「露出の屈辱」だった。
帝国で最も高貴な存在として育てられた彼女にとって、この剥き出しの状態は、精神的な死にも等しい。
「見ろ、エリアーナ。目を逸らすな」
ヴォルグの低く、抗いがたい声が耳元で響く。
強引に顎を持ち上げられ、彼女は潤んだ瞳を開かされた。目の前には、自分を文字通り「解体」しようとしている男の、黄金の瞳が据えられていた。
「これが、貴様が守ろうとしていたものの正体だ。一枚の布を剥がせば、そこにあるのは無力な、ただの女の肉体だ」
ヴォルグの分厚い掌が、エリアーナの脇腹を強く、指が食い込むほどに掴んだ。
帝国の宮廷画家たちが「神の傑作」と謳った曲線が、男の無骨な力によって歪められる。
痛み。
そして、それに続く痺れるような熱。
ヴォルグは彼女を寝台へと押し込み、その上に覆い被さった。
「く……、ぁ……っ! 陛下、私は……私はグランドリアの……」
「まだその名を口にするか。今の貴様に、あの腐った帝国の名はそぐわない」
ヴォルグは、エリアーナの言葉を唇で塞ぐことはしなかった。
代わりに、彼は彼女の耳たぶを、獲物の肉を確かめる獣のように鋭い歯で噛んだ。鮮烈な痛みが全身を駆け抜け、エリアーナの背筋が弓なりに反る。
「あ……っ、ぁあ……っ!」
指先が震え、彼女の手は無意識のうちにヴォルグの逞しい腕を掴んでいた。
拒絶するために。
あるいは、離したくないと願うあまりに。
彼女の理性は、必死に警鐘を鳴らし続けている。
――あなたは王女だ。
こんな野蛮な男に、獣のように扱われてはいけない。
しかし、その理性の壁を、ヴォルグの野蛮な寵愛が容赦なく粉砕していく。
ヴォルグの指先は、彼女の柔らかな肌の上を、まるで領土を検分する王のように、執拗に、かつ暴力的に這い回る。
彼が触れる場所すべてが、焼印を押されたように熱を持ち、自律を失っていく。
エリアーナは、自分の身体が自分のものではなくなっていく恐怖と、それを上回るほどの、今まで味わったことのない「所有される喜び」に溺れそうになっていた。
(ああ……壊されてしまう。私の誇りも、記憶も……すべて……!)
涙が頬を伝い、寝台の硬い枕を濡らす。
ヴォルグはその涙を拭うこともせず、ただ彼女の反応を楽しむかのように、さらに深く、彼女の聖域へと侵入していく。
彼の指先が、彼女の内に秘められた「女」としての芯に触れるたびに、エリアーナの口からは、王女としての品位をかなぐり捨てた、掠れた悲鳴がこぼれ落ちた。
「……良い声だ。帝国では、そんな風に鳴くことも許されなかったのだろう」
ヴォルグが満足げに唇を歪める。
彼は彼女の細い手首を掴み、頭上の壁に力任せに押し付けた。
「恐怖か、悦びか。貴様のその瞳に宿る熱がどちらなのか、身体で証明してみせろ」
「あ……ふ、ぅ……っ。私は……私は、あなた様の……」
エリアーナの言葉は、熱い吐息と共に闇に消えた。
彼女はもはや、自分が何者であるかさえ定かではなかった。
ただ、この荒々しい手触りだけが真実。自分を「物」として扱い、魂の底から服従を強いるこの男の重みだけが、今の彼女にとっての救いだった。
夜は、まだ始まったばかりだ。
バルバドの冷たい塔の中で、白百合の王女は、狼の王が刻む深い傷跡を、自ら望むようにして受け入れ続けていた。




