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白百合の姫君は、狼の王への献上品となる。〜蛮族に囚われた私と従者たちの、長く屈辱的な夜〜  作者: 猫野 にくきゅう
白百合の姫君

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第6話 覇王の要塞

 螺旋状の階段を登る足音が、冷たい石壁に反響して重く響く。  


 背中を押されるたびに、エリアーナの素足はざらついた段差の感触を拾い上げた。

 窓のない階段室は松明の灯りさえ乏しく、前を行く兵士の大きな背中だけが、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がっている。


「……っ」


 急な勾配に息を切らし、エリアーナは粗末な麻布のチュニックの胸元を、無意識のうちに強く握りしめた。  


 つい数日前まで、彼女の周りには常に誰かがいた。

 髪を梳かす侍女、予定を管理する文官、影のように寄り添う騎士。


 けれど今、彼女の背後にセシルの凛とした気配はなく、ルクレツィアの理知的な話し声も聞こえない。ただ、自分を「物」として扱う男たちの荒い鼻息と、鉄の臭いだけが充満していた。


 最上階の重厚な木の扉が開かれ、エリアーナは部屋の中へと突き飛ばされた。


「ここで待ってろ。逃げようとしても無駄だ。ここは地上から十丈(約30メートル)の断崖の上だ」


 低い警告と共に扉が閉まり、外から太いかんぬきが下りる音が響いた。


 完全な、沈黙。


 エリアーナは床に手をついたまま、しばらくの間、荒い呼吸を整えた。  

 部屋は、驚くほど殺風景だった。壁は剥き出しの岩肌で、家具といえば寝心地の悪そうな簡素な寝台と、水差しが置かれた小机があるだけだ。


 窓は小さく、鉄格子の向こうにはバルバドの荒野を吹き抜ける夜風の咆哮が聞こえる。


「……ふふ……」


 不意に、暗闇の中で小さな笑い声が漏れた。  


 自分でも驚くほど、歪んだ響きの笑い。  

 かつて彼女がいた「黄金の檻」は、どれほど美しくても、結局は彼女を縛り付けるための場所だった。


 けれど、この「鉄の檻」は違う。


 ここでは、誰も彼女を「王女」として敬わない。

 誰も彼女を慈しまない。


 彼女はゆっくりと立ち上がり、冷たい石壁に背を預けた。  

 麻布の服が、傷ついた肌に擦れて微かな刺激を走らせる。その不快な感覚が、かえって彼女に「今、自分は支配されている」という強烈な実感を抱かせた。


(セシル……ルクレツィア……。私は、なんて最低な主君なのかしら)


 忠誠を誓ってくれた仲間たちが地下牢で屈辱を味わっているというのに、彼女の身体は、これから訪れるであろう「王」の影を想像し、熱く疼いている。  


 恐怖がないわけではない。


 殺されるかもしれない。

 乱暴に、文字通り壊されるかもしれない。けれど、その絶望の深さこそが、今の彼女にとって唯一の救いのように感じられた。


 ――ズシン、ズシン。


 廊下の奥から、地響きのような足音が近づいてきた。  

 一般の兵士とは違う、重厚で、一切の迷いがない歩調。


 エリアーナの身体が、弾かれたように硬直した。

 心臓の鼓動が耳の奥で早鐘を打ち、喉の奥が異常に乾く。  


 ガチャリ、と閂が外される音が、静かな部屋に雷鳴のように響き渡った。

 扉が開き、松明の逆光を背負って、巨大な影が部屋に侵入した。  


 覇王、ヴォルグ。  

 彼は謁見の間で見せた毛皮の外套を脱ぎ捨てる。身に纏っているのは黒い革の着衣だけだった。剥き出しになった太い腕の筋肉が、松明の光を浴びて鈍く光っている。


「……逃げずに待っていたか。それとも、逃げる力も残っていなかったか」


 ヴォルグの声は、昼間よりもさらに低く、密やかだった。

 彼はゆっくりとエリアーナに近づき、逃げ場のない壁際まで彼女を追い詰める。  


 エリアーナは壁に背を押し付け、自分を見下ろす黄金の瞳を見つめた。


「逃げる場所など、どこにもありませんわ。……陛下」


「陛下、か。この国にそんな言葉はない。私は私の力で、この地を、そして貴様を奪い取った。ただの『ヴォルグ』だ」


 ヴォルグの大きな手が、再びエリアーナの細い首筋に添えられた。  

 冷え切った彼女の肌とは対照的な、燃えるような男の体温。親指が彼女の喉仏をゆっくりと押し込み、微かな窒息感がエリアーナを襲う。


「くっ……ぁ……っ……」


「帝国一の至宝……。その高潔な皮を剥ぎ取った後に何が残るのか、私は興味があるのだ。……恐怖か、憎悪か。あるいは――」


 ヴォルグのもう片方の手が、エリアーナの腰を引き寄せた。  


 硬い革のベルトの感触と、男の屈強な肉体の圧力が、薄い麻布の服越しに直接伝わってくる。エリアーナは目を閉じ、込み上げる震えを抑えきれずに、その身を王の手に委ねた。


「……さあ、検分の続きだ。エリアーナ」


 ヴォルグの指先が、チュニックの襟元にかけられる。  

 夜の冷気が、これから始まる「夜の宴」を前に、静かに、けれど激しく波打ち始めた。

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