第4話 剥ぎ取られる矜持
再び馬の背に揺られ、どれほどの時間が過ぎたのか。
目隠しの布越しに届く風の音が、荒野の吹き曝しの音から、高く厚い壁に遮られた「反響」へと変わった。
重厚な鉄の門が軋んだ音を立てて開かれ、再び閉じられる。
その金属音は、彼女たちがもはや引き返せぬ場所に足を踏み入れたことを告げる、死刑宣告のようにも聞こえた。
「――着いたぞ。目隠しを外せ」
ガンツの声と共に布が剥ぎ取られる。
エリアーナが眩しさに目を細めながら見上げたのは、青白い月光に照らされた「バルバド城」の全貌だった。
それは、帝都にあるような彫刻と噴水に彩られた優美な宮殿とは、対極にある存在だった。
黒ずんだ巨石を積み上げ、実戦のみを想定して造られた無骨な要塞。
窓は小さく、いたる所に弓狭間があり、城壁の上では松明を掲げた兵士たちが、獲物を見下ろすような冷ややかな視線を送っている。
「……これが、お城?」
リナが震える声で呟いた。
彼女の目には、それが巨大な監獄か、獣の胃袋のように映ったに違いない。
城内の中庭に引きずり出された一行の前に、数人の屈強な女たちが現れた。
彼女たちは兵士と同じような革の鎧を纏い、腰には短刀を帯びている。その眼差しには、エリアーナたちを「客」として迎える敬意など微塵もなかった。
「ガンツ様、この者たちが例の?」
「ああ。ヴォルグ様にお目通り願う前に、こいつらの格好をなんとかしろ。帝国のヒラヒラした布切れは、この城の空気にはそぐわねえ」
ガンツが顎で指し示すと、女たちがエリアーナたちを取り囲んだ。
「な、何をするつもり!?」
セシルが縛られたまま、かろうじて残った騎士の気概で叫ぶ。だが、女の一人がセシルの腹部を容赦なく殴りつけ、その声を沈黙させた。
「ぐっ……あ、は……っ」
「黙ってな。この国の作法を教えてやるだけだ」
女たちは、無慈悲にエリアーナたちの衣服に手をかけた。
まず犠牲になったのは、近衛騎士セシルだった。すでに泥に汚れ、機能しなくなっていた青い制服が、短刀の刃によって強引に切り裂かれる。
「やめろ……それを、その服を汚すな!」
セシルが涙を浮かべて叫ぶ。
その制服は、彼女が血の滲むような修行の末に手に入れた「騎士」としての誇りそのものだった。
しかし、厚手の生地は無残に引き裂かれ、床に散らばる。残されたのは、下着姿となり、寒さと屈辱に震える一人の無力な「女」としての姿だった。
「次は、そのインテリ女だ」
ルクレツィアもまた、抵抗する術なくその身を晒された。
高級な官服が剥ぎ取られ、知性を守る外殻を失った彼女は、目を伏せてただ小さく震えることしかできない。
そして。
最後に女たちの手は、エリアーナのウェディングドレスへと伸びた。
最高級のサテンと、帝国の職人が数ヶ月かけて編み上げた繊細なレース。本来ならば、愛する夫となる者に、祝福の中で脱がされるべきもの。
「……ぁ」
背中の編み上げがナイフで一気に断ち切られた。
支えを失ったドレスが、重力に従ってずるりと足元へ滑り落ちる。夜の冷気が、汗ばんだエリアーナの白い肌を直接撫でた。
「ほう。これはまた、随分と金のかかった『皮』だな」
ガンツが近づき、地面に落ちたレースの断片をブーツの先で踏みにじった。
「だが、そんなモンを着て歩ける場所は、ここにはねえ。おら、これに着替えろ」
投げ渡されたのは、粗末な麻布のチュニックと、革のベルトだけだった。
エリアーナは、震える手でその粗末な服を拾い上げた。
香水の残り香が漂うドレスとは対照的な、藁と獣の臭いがする服。それを身に纏った瞬間、彼女は自分が「グランドリアの第一王女」から、名もなき「所有物」へと完全に作り替えられたことを悟った。
(……何も、なくなってしまったわ)
セシルの武勇も、ルクレツィアの地位も、そして自分の誇り高き王位も。
すべては今、バルバドの冷たい地面に、ゴミのように捨てられている。
下着の上から粗末な麻布を纏う感触は、驚くほどザラついていて、肌に微かな痛みを与える。
けれど、その不快な刺激が、彼女の脳を異常なまでに活性化させていた。
「……ふう、ふう……っ」
エリアーナは呼吸を整えようとしたが、熱い吐息が唇からこぼれる。
周囲の兵士たちの、欲望と嘲笑が混じった視線。
自分がただの「肉」として値踏みされているという、この上ない屈辱。それらが、彼女の脊髄を、痺れるような甘美な痺れとなって駆け抜けていく。
「……エリアーナ様、申し訳ありません……。私が、私が不甲斐ないばかりに……」
粗末な服を宛がわれたセシルが、地面に額を擦り付けて泣きじゃくった。
騎士としてのすべてを奪われた彼女の心は、すでに限界を迎えていた。
「いいのよ、セシル。顔を上げなさい」
エリアーナは、自分でも驚くほど落ち着いた声で言った。
泥を被り、麻布の服を纏い、髪を乱したその姿は、一見すればみすぼらしい。しかし、その瞳だけは、暗闇の中で妖しい光を放っていた。
「……私たちは、生きてここへ着いた。それだけで十分だわ」
「はっ、威勢がいいこった。いつまでその顔が保つかな」
ガンツが不敵に笑い、城の奥へと続く長い廊下を指し示した。
「来い。ヴォルグ様がお待ちだ。……あんたらの本当の『価値』が決まる場所へな」
エリアーナは、裸足に近い感覚のまま、冷たい石畳を踏みしめて歩き出した。
一歩進むごとに、粗末な服が肌に擦れ、自分が「奪われた存在」であることを思い出させる。
その痛みこそが、今の彼女にとっての現実だった。
突き当たりの巨大な扉。
そこからは、今まで対峙したどんな男たちとも違う、底知れない「捕食者」の気配が漏れ出していた。




