第5話 敗北の女戦士長
現在攻略中の小国エステニア。
その首都を眼前にして、バルバドの侵攻軍は立ち往生していた。
敵は、天然の要塞である「鳴り砂の谷」に籠城し、地響きを利用した落石と弓矢で、バルバドの猛者たちを次々と血祭りにあげていたのだ。
「……くそっ。正面突破は無理だ。横から回り込もうにも、あっちには底なしの沼がある……」
ゾラは前線の天幕で、地図を睨みつけていた。
彼女の髪は乱れ、瞳には焦燥の色が濃い。
だが、彼女を苛立たせているのは、戦況だけではなかった。
(……身体が、疼く……)
アベルに「躾けられた」箇所が、戦場の緊張感と呼応するように熱を持っている。
鎧の下に忍ばされた細工が、彼女が呼吸を乱すたびに、内腿の柔らかな部分をじりじりと嬲っていた。
「戦士長。今のあなたの策では、部隊の三割が沼に沈みますよ」
影のように現れたアベルが、ゾラの肩に手を置いた。
ゾラはびくりと肩を揺らしたが、それを振り払うことはできなかった。
アベルの指が、肩甲骨の間の「一点」を、優しく、しかし逃げ場を封じるように圧迫したからだ。
「っ……あ……アベル……。また、貴様の……知った風な口を……」
「事実です。君の武力は、この狭い谷では『的』でしかない。……僕が望むように、君を『動かして』あげましょうか?」
アベルの手が、鎧の合わせ目からゾラの首筋へと滑り込む。戦士たちが外で行き交う気配がする中で、ゾラはアベルの胸の中に引き寄せられた。
「……君は、僕がいなければ勝てない。僕に触れられなければ、満足に指揮も執れない。……違いますか?」
「……ちが……っ、あ……ああぁッ!」
アベルが指先をひねるように押し込むと、ゾラの頭から戦術も誇りも霧散した。
全身の力が抜け、彼女はアベルの腕の中に崩れ落ちる。
バルバドの女戦士長が、名もない新兵の足元で、泥のように溶けて喘いでいる。
「……お願い……。アベル……教えて……っ。どうすれば、いい……?」
それは、指揮官としての完全な「敗北宣言」だった。
アベルは満足げにゾラの顎を持ち上げ、その濡れた瞳を覗き込んだ。
「良い返事だ。……では、僕の『指先』となって戦いなさい。君は僕の所有物だ。いいですね?」
「……はい……。わ、私は……貴方の……剣……」
ゾラは、自らアベルの指に唇を寄せた。
屈辱感は、もはや快楽の香辛料でしかなかった。自分を無様に晒し、軟弱な男の脳に従うことに、かつてない全能感さえ抱き始めていた。
数刻後。
ゾラは、アベルが囁いた「敵の耳を潰す」という奇策を実行した。
音に反応して落石を落とす敵の陣形に対し、ゾラは全部隊に「盾を叩きながらの乱進軍」を命じ、あえて落石を誘発させた。岩が尽きたその一瞬の隙に、彼女自身が先頭に立って絶壁を駆け上がったのだ。
「……アベルの言う通りだ! 敵が、怯えている……ッ!」
ゾラの動きは、以前よりも研ぎ澄まされていた。
彼女の脳内では、アベルの冷徹な声が響き続けている。
どのタイミングで踏み込み、どのタイミングで首を刎ねるか。それは彼女の経験ではなく、アベルに「躾けられた」肉体の反応そのものだった。
敵軍の第一防衛線が、ゾラの一撃によって崩壊した。
血飛沫を浴びて咆哮する彼女の姿に、部下たちは歓喜する。
だが、彼らは知らない。
彼らの女王が、鎧の下でアベルに与えられた「快楽の楔」に繋がれ、一挙手一投足を一人の男に操られている、ただの「操り人形」に過ぎないことを。
ゾラは、敵の返り血を拭いながら、本陣で見守るアベルと視線を合わせた。
勝利の昂ぶりの中で、彼女が感じたのは自由ではなく、さらに強く縛られたいという狂おしいほどの隷属の欲求だった。




