第6話 黄金の籠への帰還
石造りの冷たい洗濯場から、豪奢な毛織物の絨毯が敷き詰められた王の居室へ。
リナにとって、その移動は天国への階段ではなく、より美しく飾られた「死地」への行進だった。
彼女は丁寧に洗われ、帝国の贅を尽くした絹のメイド服を着せられた。
ひび割れた指先には香油が塗られ、あかぎれは隠されたが、その下にある肉体の痛みと、心に刻まれた兵士たちの荒い息遣いは、どれほど洗っても消えることはなかった。
「……エリアーナ、様」
王の寝室の片隅で、リナは声を絞り出した。
そこには、かつての主人――
王女エリアーナがいた。
彼女は覇王ヴォルグの愛妾として、贅沢な寝椅子に身を預けていた。
だが、その瞳に宿る光はどこか虚ろで、かつての気高さは、王への絶対的な屈従を孕んだ艶やかな色に書き換えられている。
「……リナ、なのね。ああ、貴女までこの場所に……」
エリアーナが震える手でリナの頬に触れる。
かつての主従は、涙ながらに再会を喜んだ。しかし、それは「生きていたこと」への喜びではなく、「共に地獄へ墜ちた」ことへの共鳴に近かった。
扉が開き、覇王ヴォルグが静かに入室してきた。
二人の女は、条件反射のようにその場で深く跪き、額を床に擦り付けた。
「再会の時間は終わりだ。……リナ、貴様に約束通りの『仕置き』を与えてやる」
ヴォルグがリナの襟首を掴み、強引に引き起こす。
彼は懐から、鈍い輝きを放つ金色の首輪を取り出した。それには精巧な鎖が繋がり、鎖の先は、エリアーナが座る寝椅子の脚へと繋がっている。
「貴様は兵を狂わせた。その罪は、一生かけてこの女――エリアーナの『所有物』として仕えることで償え。貴様が独りで歩くことは許さん。貴様はエリアーナの影となり、彼女の足元で、私のために奉仕するのだ」
ヴォルグの手によって、リナの細い首に冷たい金輪が嵌められた。
カチャリ、という硬質な音が、彼女の自由が永遠に失われたことを告げる。
「エリアーナ。この侍女を、貴様の慰み物にするがいい。貴様が壊れぬよう、こいつを貴様の『鏡』として置いてやる。貴様が辱めを受ける時、こいつもまた同じ屈辱を味わう。……それが、私の軍を乱したこの女への罰だ」
「……はい、ヴォルグ様。……感謝いたします、私の主よ」
エリアーナはヴォルグの手に頬を寄せ、従順な笑みを浮かべた。
そして、鎖の繋がったリナを、憐れみと愛着が混ざり合った複雑な眼差しで見つめる。
リナは、主の足元で丸まった。
洗濯場での過酷な労働も、兵舎での理不尽な蹂躙も、もうない。
ここは温かく、食事も与えられ、清潔な衣服がある。
だが、彼女は一生、この部屋から出ることも、自らの意志で立ち上がることも許されない。
主人が愛される時は共に愛され、主人が折られる時は共に折られる。
一人の人間としてではなく、エリアーナという「戦利品」に付随する「付属品」へと成り下がったのだ。
「リナ……。これからは、ずっと一緒よ。……ずっと、この王のお側で……」
エリアーナの細い指が、リナの首輪を愛おしげになぞる。
リナは、その指先に自分の頬を擦り寄せた。
神様、ありがとうございます。
私はもう、冷たい水で手を凍えさせることも、見知らぬ男たちに奪い合われることもありません。
この「黄金の籠」の中で、主人と共に、王の慈悲という名の支配に身を浸していればいいのですから。
リナの瞳から、最後の一滴の涙がこぼれ落ち、絨毯の模様に吸い込まれて消えた。その顔には、絶望の果てに辿り着いた、虚ろで安らかな「幸福」が浮かんでいた。
覇王の寝室には、二人の帝国の女たちが、一筋の鎖で繋がれたまま――
夜の深淵へと沈んでいく静寂だけが満ちていた。




