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白百合の姫君は、狼の王への献上品となる。〜蛮族に囚われた私と従者たちの、長く屈辱的な夜〜  作者: 猫野 にくきゅう
泥に咲く受難:薄幸の侍女と獣たちの共食い

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第5話 覇王降臨、塵芥を裁く

 燃え盛る火の粉が舞い、血の臭いが鼻を突く。  


 一人の侍女を巡って共食いを演じていた兵士たちは、その男の姿を見た瞬間、凍りついたように動きを止めた。


 覇王ヴォルグ。  

 彼がそこに立つだけで、周囲の空気は絶対的な重力に支配されたかのように重くなる。


 手にした大剣の先からは、かつて彼が戦場で屠ってきた幾多の魂の慟哭が聞こえてくるようだった。


「……あ、あ……ヴォルグ、様……」


 血溜まりの中でリナの足を掴んでいたバルカスが、掠れた声で主の名を呼んだ。致命傷を負いながらも、その瞳にはまだリナへの執着という名の狂気が宿っている。


 ヴォルグは無造作に歩み寄り、バルカスの胸元をその巨大な軍靴で踏みつけた。


「バルカス。貴様は我が軍でも指折りの千人長だったはずだ。それが、たかが帝国の残した塵芥ちりあくた一匹に狂い、戦友と殺し合うか」


「……この女は……特別、なのです……。俺の、俺だけの……ッ!」


「貴様の私欲など知ったことではない。私が不快なのは、貴様のような愚か者のせいで、我が軍の精鋭が三割も失われたという事実だ」


 ヴォルグの剣が閃いた。  


 慈悲のない一撃。

 バルカスの首が飛び、その死体から溢れた血が、既に赤く染まっていたリナの頬をさらに汚した。


「ひいぃっ……! あ、あああああ!」


 リナは喉が裂けるほどの悲鳴を上げ、地面を這って後退した。  

 彼女にとって、兵士たちは「個別の恐怖」だった。だが、目の前のヴォルグは、この世の「恐怖」そのものを煮詰めたような存在だった。


 ヴォルグは剣を鞘に収めることもせず、怯えきったリナを見下ろした。  

 彼の瞳には、女としての魅力への欲情など微塵もない。そこにあるのは、自らの機械(軍団)を狂わせた「異物」に対する、冷徹な排除の意志だけだった。


「……リナと言ったか。貴様はただの侍女ではないようだな。その無垢な顔、震える肩。それが男たちの本能を毒し、統制を内側から腐らせる。……貴様は、意図せずして最強の戦士よりも多くのバルバド兵を殺したわけだ」


「ち、違います……私は、何も……何もしていません……! お願いです、殺さないで……!」


 リナは震える手を合わせ、ヴォルグの足元で必死に祈った。  

 だが、ヴォルグは彼女の髪を乱暴に掴み、無理やり引きずり起こした。


「貴様如きに手を煩わされるとは、不愉快極まりない。……だが、これほどまでに兵を狂わせる『餌』を、そのまま野放しにするわけにもいかん。ここで殺すのは容易いが、それでは我が軍の損失に見合わん」


 ヴォルグはリナの顔を間近で凝視し、鼻で笑った。


「貴様には、もっと相応しい檻を用意してやる。……これからは私の目の届く場所で、私のために働くのだ。そこで貴様という毒が、どれほどの価値を持つか見極めてやろう」


 リナの意識は、極限の恐怖によって遠のきかけていた。  


 兵士たちの奪い合いという「地獄」からは救われたのかもしれない。

 だが、彼女が連れて行かれるのは、それよりも遥かに高く、そして冷酷な「覇王の玉座」の側だった。


「連れて行け。……これより、この侍女をエリアーナの専属とする。軍律を乱した罰として、その身に一生消えぬ『仕置き』を刻んでやる」


 ヴォルグの命令により、リナは拘束された。  


 燃え落ちる兵舎、死に絶えたかつての「所有者」たち。  

 リナは、自分がかつて信じていた平和な日常が、二度と戻らないことを悟った。  


 彼女を待っているのは、かつての主人であるエリアーナとの再会。

 だが、それは感動の再会などではなく、王の戦利品として共に飼い慣らされる、終わりのない服従の始まりだった。

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