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白百合の姫君は、狼の王への献上品となる。〜蛮族に囚われた私と従者たちの、長く屈辱的な夜〜  作者: 猫野 にくきゅう
泥に咲く受難:薄幸の侍女と獣たちの共食い

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第3話 不憫な魔性

 洗濯場の空気は、いつの間にか重く湿った熱を帯びていた。


 リナは、いつものように冷水に手を浸していた。

 連夜の蹂躙により、彼女の足取りはおぼつかず、瞳からは生気が失われている。首筋や腕に残る生々しい痣は、隠そうとしても隠しきれず、それがかえって男たちの視線を釘付けにしていた。


 今のリナには、ある種の「毒」が宿っていた。  


 それは彼女が望んだものではない。

 あまりにも脆く、あまりにも不憫に震えるその姿が、男たちの破壊衝動と「自分だけがこの小鳥を握り潰したい」という歪んだ庇護欲を同時に掻き立てていたのだ。


「おい、その手……。昨日のバルカスか。あいつ、少しやりすぎなんじゃないか?」


 洗濯物の回収に来た一人の兵士が、リナの側に膝をついた。

 男はリナの震える肩に手を置く。その手つきは一見いたわるようだが、指先は執拗に彼女の肌をなぞっている。


「……あ、ぅ……っ……」


 リナは蛇に睨まれた蛙のように硬直する。  


 そこへ、背後から荒々しい足音が響いた。

 バルカスだった。


「おい、ゴルド。俺の獲物に勝手に触るなと言ったはずだぞ」


 バルカスの声には、明確な敵意が混じっていた。  

 かつてバルバドの兵士たちは、略奪品を「共有」することを当然としていた。だが、リナという「格好の獲物」を前にして、その略奪の作法が崩れ始めていた。


「『俺の獲物』だと? 笑わせるな。こいつは戦利品だ。誰がどう扱おうと勝手だろうが。……それに、お前ばかりが独占して、こいつをボロボロにするのは面白くないんだよ」


 ゴルドと呼ばれた兵士が立ち上がり、バルカスと睨み合う。  


 二人の間に火花が散る。

 周囲の兵士たちも手を止め、殺気立った空気が洗濯場に充満した。


 リナは、自分のせいで男たちが争い始めていることに恐怖し、ただ小さくなって泣きじゃくった。だが、その涙こそが、彼らの闘争心に油を注ぐ。


(……やめて……。私のために、争わないで……。怖い……怖い……!)


 彼女の祈りは届かない。  


 その夜、事件は起きた。


 いつものようにバルカスたちがリナの寝床を訪れようとした時、扉の前にはゴルドの一派が立ち塞がっていた。


「今夜は俺たちの番だ、バルカス。規律なんて知ったことか。強い奴が、いい女を抱く。それがバルバドの掟だろう?」


「ふん……。軟弱者が何を抜かす。力で分からせてやるよ」


 暗い廊下で、鈍い打撃音と呻き声が上がった。  


 兵舎の規律を維持するための「仲間意識」が、一人の侍女への所有権という欲望の前に、音を立てて崩壊していく。


 寝床の中で耳を塞ぎ、震えていたリナは、扉の外で繰り広げられる暴力の嵐を感じていた。  


 自分を犯す男たちが、今度は自分を奪い合うために血を流している。  

 リナという存在は、もはやただの侍女ではなかった。バルバドの兵士たちを狂わせ、共食いさせる「不憫な魔性」――


 彼らの団結を食い破る劇薬へと変質していたのだ。


 翌朝、洗濯場には血痕が残り、数人の兵士が重傷を負って運ばれていった。  

 女長はリナを忌々しげに睨みつけ、鞭を振るった。


「この疫病神め! お前が来てから、男たちの空気がおかしい。お前のような薄汚い女は、さっさと野垂れ死ねばよかったんだ!」


 リナは鞭の痛みに耐えながら、絶望の深淵を覗き込んだ。  


 自分が弱ければ弱いほど、周囲の獣たちは牙を剥き、争いを激化させる。  

 平和を、安寧を求めていたはずの侍女の祈りは、今や軍全体を内乱へと誘う「呪い」へと反転していた。


 事態は、もはや現場の兵士たちの手に負える範囲を越えようとしていた。  

 リナを巡る対立は派閥化し、武器を取る者まで現れ始めたのだ。

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