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白百合の姫君は、狼の王への献上品となる。〜蛮族に囚われた私と従者たちの、長く屈辱的な夜〜  作者: 猫野 にくきゅう
折れた魔剣:筆頭騎士の調教戦場(アリーナ)

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第6話 折れた魔剣の帰還

 アリーナの狂乱と砂塵は、遠く背後に消えた。  


 覇王ヴォルグの屈強な肩に担がれたまま、セシルは揺られていた。

 視界に入るのは、松明に照らされた石造りの長い廊下と、王の背中で踊る黒い毛皮だけだ。


「……ぁ……っ……」


 腹部を打たれた衝撃で、呼吸はいまだに浅い。だが、痛み以上に彼女を支配していたのは、かつて感じたことのない「安寧」だった。  


 もう、戦わなくていい。  

 もう、帝国騎士としての重圧を背負い、多勢に無勢の絶望に抗う必要はない。  


 最強の存在に完膚なきまでに叩き伏せられたという事実が、彼女の魂をがんじがらめに縛っていた義務感から解き放っていた。


 重厚な扉が開かれ、閉まる。  

 そこは、バルバド城の最上階に位置する、王の私室だった。


 ドサリ、と毛皮の敷かれた床に放り出される。  


 セシルは力なく横たわり、自分を見下ろすヴォルグの瞳を見上げた。窓から差し込む月光が、彼の影を巨大に、そして禍々しく引き伸ばしている。


「……ここが、貴様の終着点だ。セシル」


 ヴォルグが静かに語りかける。

 その声に、アリーナで見せた荒々しさはない。代わりにあったのは、手に入れた獲物を愛でるような、冷酷で深い慈しみだった。


「帝国が鍛え、磨き上げた『魔剣』。だが、今の貴様は見る影もなく曲がり、汚れ、折れている。……そんな鉄屑に、何の価値があると思う?」


「……価値など……あるわけない……」


 セシルは自嘲気味に、掠れた声で応えた。  


 泥にまみれ、男たちの復讐の道具となり、最後には一撃で沈んだ。  

 騎士としての誇りは、すでにアリーナの砂の中に埋もれている。


「いいや、価値はある。……私が、貴様を『別のもの』に造り替えてやるからだ」


 ヴォルグは膝をつき、セシルの首筋に残る鎖の痕に指を這わせた。  

 その掌の熱さが、彼女の脊髄を痺れさせる。ヴォルグは懐から、一筋の細い、しかし重厚な細工が施された「銀の首輪」を取り出した。


「今日、アリーナで貴様の魂は死んだ。今ここにいるのは、名もなき一個の肉体だ。……私の戦利品として、私のためにだけその武を振るい、私のためにだけ鳴く、愛玩の獣だ」


 カチリ、と硬質な音が響いた。  


 セシルの首に、銀の首輪が填められる。それは兵士たちが扱った無骨な鉄鎖とは違う。逃れられないほどに肌に馴染み、それでいて「王のもの」であることを誇示するように冷たく輝いていた。


「……あ……あああ……っ!」


 首輪が填められた瞬間、セシルは震えながら、自らヴォルグの足首を抱きしめた。  


 それは、帝国の筆頭騎士がもっとも忌み嫌うはずの、卑屈で、屈辱的な姿。  

 だが、今の彼女にとって、この行為こそが唯一の「帰還」だった。


 戦士として、女として、あまりにも激しく、残酷に扱われ続けた日々。

 その果てに、彼女がたどり着いたのは、絶対的な強者にすべてを委ねるという悦楽の深淵だった。


「私は……。私は、あなたの……『剣』です。……いいえ、ただの……『道具』です……」


「そうだ。貴様という剣は、一度完全に折れた。そして今、私の手によって、より歪に、より鋭く、私専用の器として生まれ変わったのだ」


 ヴォルグは彼女を抱き上げ、広大な寝台へと運んだ。  


 月光が照らす中、かつての騎士セシルは、その瞳に「支配される喜び」だけを宿し、王の指先が自分を蹂躙し、再構築していく感覚に身を浸した。


 夜明けはまだ遠い。  

 だが、彼女の心の中に、かつて抱いていた帝国の青空はもう存在しなかった。  


 あるのは、暗く、熱く、甘美な、バルバドの夜の闇だけ。


 折れた魔剣は、二度と帝国の地を踏むことはないだろう。  

 彼女は、王の寝室という名の新たな戦場で、永久にその身を捧げ続けることを、静かに、そして歓喜と共に受け入れた。

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