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白百合の姫君は、狼の王への献上品となる。〜蛮族に囚われた私と従者たちの、長く屈辱的な夜〜  作者: 猫野 にくきゅう
折れた魔剣:筆頭騎士の調教戦場(アリーナ)

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第5話 覇王の眼光

 その日のアリーナは、かつてない熱気に包まれていた。  


 擂り鉢状の観客席を埋め尽くすのは、バルバドが誇る数千の精鋭兵。

 彼らは手にした槍や盾を打ち鳴らし、地鳴りのような咆哮を上げている。その中心――最上段の石座に、漆黒の毛皮を纏った男が座していた。


 覇王、ヴォルグ。


 彼がただそこに座っているだけで、アリーナの空気は物理的な質量を帯びて重く沈み込む。その黄金の瞳が、地下の闇から引きずり出されたセシルを捉えた。


「……ッ」


 セシルは息を呑んだ。  

 首と両手首を繋ぐ鎖が、恐怖と、自分でも信じがたい「高揚」で激しく震える。  


 連日の蹂躙により、彼女の心身はもはや正常な境界線を失っていた。

 昼に男たちを屠るたび、夜の絶望が彼女を甘く蝕む。その歪な円環の果てに、彼女は心のどこかで「自分を完全に終わらせてくれる存在」を渇望していた。


「――ヴォルグ様! これが、例の『帝国の魔剣』にございます!」


 ガンツが誇らしげに声を張り上げ、セシルの首の鎖を強く引いた。  


 セシルは冷たい泥の上に跪かされる。

 その姿は、破れた麻布から傷だらけの肢体が覗き、かつての凛々しさは見る影もない。だが、その瞳だけは、血に飢えた獣のような妖光を放っていた。


「……ふむ。泥にまみれ、鎖に繋がれてなお、その牙は折れていないか」


 ヴォルグがゆっくりと立ち上がった。  


 彼が一段、また一段と階段を降りてくるたびに、兵士たちの怒号は静まり、代わりに緊張感が場を支配する。


「セシル・フォン・アルトワ。貴様は強すぎるがゆえに、このアリーナの雑兵では満足できなくなったようだな。……夜の訓練も、もはや貴様にとっては『娯楽』に過ぎんのではないか?」


 ヴォルグの言葉が、セシルの核を鋭く突く。  

 セシルは唇を噛み、上目遣いに王を睨みつけた。


「……黙れ。……私は、帝国騎士。貴様ら蛮族に……魂まで売ったわけではない……!」


「言葉と裏腹に、その身体は支配を求めて疼いているぞ。……良いだろう。私が自ら、貴様のその『強さ』の拠り所を粉砕してやる。……鎖を解け」


 場内が騒然となる。  


 ガンツが慌ててセシルの鎖を解いた。

 自由になった彼女の肉体に、爆発的な闘気が戻る。セシルは落ちていた木剣を拾い上げ、ヴォルグに対して正対した。


「……後悔、させてやる……!」


 セシルが動いた。  


 目にも止まらぬ踏み込み。

 一瞬でヴォルグの懐に入り、木剣をその首筋へと叩き込む。  


 ――だが。


 鈍い衝撃音と共に、セシルの動きが止まった。  

 ヴォルグは身動き一つせず、左手一本で、彼女の全力の打撃を受け止めていたのだ。


「……遅いな」


「な……っ!?」


 ヴォルグの右拳が、セシルの腹部にめり込んだ。  


 衝撃が背中を突き抜け、彼女の意識は白く爆ぜた。肺から空気がすべて押し出され、彼女の身体は糸の切れた人形のように砂の上に転がった。


「あ……が、は……っ……!」


 セシルは、激しく咳き込みながら泥を這った。  


 信じられない。

 自分が今まで戦ってきた男たちとは、次元が違いすぎる。


 これが、王。

 これが、略奪によって国を築いた男の力。


 ヴォルグは無造作に彼女に歩み寄り、その美しい髪を掴んで引き上げた。


「騎士の誇りも、技も、私という絶対的な力の前では無意味だ。貴様が執着しているその『強さ』さえ、私が奪い取ってやる」


 ヴォルグの大きな手が、セシルの首筋を力強く、死の予感さえさせるほどに締め上げる。  


 窒息の苦しみ。

 そして、自分より遥かに巨大な存在に完全に制圧されているという絶望的な事実。  


 その瞬間――

 セシルの中で、最後に残っていた理性の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。


(ああ……。そう。私は……この人に……)


 彼女の目から、初めて「屈服」の涙が溢れ出した。  

 暴力的なまでの上位者に、物理的に壊され、完全に所有されることへの、狂おしいほどの悦び。


「……殺して……。それとも、あなたの……足元で……」


 掠れた声で呟くセシルの瞳から、戦士の光が消え、熱を帯びた「所有物」の眼差しへと変わった。  


 それを見た兵士たちから、割れんばかりの歓声が上がる。


「決まりだ。この女は、今日から私の『戦利品』だ」


 ヴォルグは、意識を失いかけたセシルを軽々と肩に担ぎ上げた。  

 アリーナでの過酷な日々は、ここをゴールとして、さらに深淵なる地獄――覇王の寝室という名の「真の隷属」へと続いていく。

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